幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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16話 誰かを守れる私になりたい

2024年2月27日(昼)

 

何もない真っ暗な世界にただ立ちすさむ。僕の目は開いているのにどこまでも暗く、奥行きも分からない。ユズルの前に何かオレンジ色の物が光っていた。何も見えない空間と比べればどれほど魅惑に見えて捕まえようとしても腕がとても重い。触れてみればやけにフワフワする。なんだろ、これは。何度か瞬きをする。ユズルの上にシャーベットカラーの綿毛で包まれた小さなドラゴンがスイーッと現れるのが見えた。

 

「ユズルさん、大丈夫ですか」シリカは顔を覗かせる。

「大丈夫だよ、問題ない」

「そのセリフは『大丈夫ではない』と思っていいですか?」

 

シリカの声を聴き、見つめるうちに記憶が蘇ってきた。シリカを守ろうとして自分の幻影を八体出現させたことは覚えている。その後は確かロザリアの言葉に苛立ち、剣を振り下ろして….シリカに腰を抱きしめられて….どうにも曖昧で思い出せなかった。

 

「シリカ、僕はあの時、ロザリアを斬ったのか」

「ユズルさんは斬っていませんよ。あの場にいたプレイヤーは全員監獄にワープしました」

「よかった。ちなみにどの位寝ていたの?」

「三日間です。いきなり倒れましたから、本当に心配しましたよ」

 

三日間も眠り続けた事実を無視し、周りを見渡した。白いベッドに横たわり、傍の小さいタンスの上には、大きい木製のかごに果物が入っている。

 

「でもシリカ、『オレンジカーソル』だったらここには入れないはずじゃ….」

「やっぱり誤魔化すことはできませんね。はい。ユズルさんが倒れた後、あたしの信頼できるプレイヤーに連絡してクエストを手伝ってもらいました」

 

 ユズルは呆然とした。ソードアート・オンラインはカーソルの色は緑かオレンジの二色しかない。最近では多くのプレイヤーを殺めたプレイヤーはレッドプレイヤーと比喩される。だがゲームの仕様では二種類のみだ。このオレンジから緑のカーソルに戻すには必要以上にドロップ率の低いアイテムを要求される面倒なクエストをクリアしなければならない。

 

「そうだったんだ。それはす―――」

「きゅるるっ!」

 

謝ろうとする前に、目の前にいたシャーベットカラーのドラゴンに噛まれてしまう。だが、痛くは無い。よく猫がじゃれあうようにする甘噛みだった。頭が覚醒してくれば、その生き物の色はシリカと出会っていた時に見た羽とよく似ている。

 

「そうか、君がピナなんだね。よかったねぇ、このこの」

 

 少し強めにワシワシしてしまうも、ピナはユズルの手に寄り添って受け入れる。ただ、長い間撫でていたせいか、ピナの毛は少し傷んでしまい、ボサボサとなる。ユズルはアイテムストレージからブラシを取り出してピナの毛をとかし始めた。当のピナは身体を伸ばしてリラックスしている。その様子を見ていたシリカは微笑んでいた。

 

 

毛づくろいを終えたピナは、椅子に座っているシリカの膝で寝息をたてている。シリカはどこか遠慮しつつも、視線をユズルから離さずにいた。

 

「あたし、ずっと気にはなっていましたけど....ユズルさんはどうして倒れました?それに、プレイヤーに囲まれた時に目を閉じちゃったんですけど....開けた時にユズルさんがまるで別人でした」

「別人?」ユズルには心当たりが無かった。

「はい....ただ、上手くは言えないんです。口調は過激でしたけど声の感じはいつも通りだったと思うんです。でも、人形みたいに無表情でした」

「....考えられるとすれば僕の持つスキルかもしれない」

 

 言うが早く、シリカはぐぃと近づき「そのスキルを教えてください」と言う。押しの強い姿勢にユズルは観念して自分のメニュー画面を開く。戦闘用のパッシブスキル画面まで動かす。画面に表示された【幻影】の項目を開けば、シリカは真剣な顔立ちで見入っていた。

 

「この『負の精神か正の精神が極限に高まる』ってどういう意味ですか?」

「あぁそれは自分の感情が高い時に発動するって意味だよ。正は楽しい感情とか嬉しい感情で、負は怒ったりした時だよ」

「わかりました。あと『高まった分だけ自身と同じ分身を作り出すことができる』というのは?」

「これが、自分だと分からなくてね。多く分身をだす度に意識ははっきりしているんだけどね」

 

ユズルの言葉が終わらないうちに、シリカは急に厳しい顔をした。

 

「ユズルさん、このスキルは間違いなく強いです――ソロでもフロアボスと戦えるスキルです――でも分身を出し過ぎてはいけないと思います」

 

 ユズルはうなだれた。【幻影】はある意味、戦闘では必須スキルどころか依存しているスキル。しかし、ユズルにはシリカに言われるまでその危険性に気付かなかった。二十体の拷問吏に囲まれた時は、六体の分身を出現させ、倒すことに言い得ない「快楽」を感じた。今回はオレンジプレイヤーに、八体の分身を出して、歯止めが効かなくなっていた。強烈な違和感にユズルは震えた。シリカに見守られたまま、ユズルは目を閉じ、記憶の欠片をつなげて思考を巡らせる。

 

ふと、複数の単語が公式のようにできあがってきた。

 

『幻影』は『感情が高ぶった分だけ分身を出現させる』――二体までは平常心を保っていた。三体から四体はまだ出したことがないから分からない。五体から六体は倒すこと事態を楽しいと感じていた。八体を出した時は自分を抑えられないまま、苛立ちをそのまま行動に移していた。

 

そして、このスキルを手に入れる原因を作った面妖な老人は自分の真意を「どこまで持つか」と話していた。確かに【幻影】のスキルを極めれば、誰の力を借りずに圧倒的な集団戦術が可能になる。だが、複数の分身をだすほど自分自身を見失う感覚。

 あくまで推測に過ぎない答えではある。しかし、この考えであれば、今までの行動に納得できた。

 

「もしかして、【幻影】は分身をだすほど理性を代償にするスキルで、生み出した本人は理性を無くして本能のままに闘うようになるのかもしれない....」

 

ユズルの導き出した答えに、シリカは顎を引き、納得した仕草をする。だとすれば、あの時のシリカは本当に危険な状況であったはずだ。今回は一瞬だけ分身を出現させたから何事もなかった。しかし、あのまま分身を消さずに戦っていれば間違いなく守るべき相手に刃を突きつけていたはずだ。

 

「シリカ、ごめん。自分の気づかないうちに危険に晒していたみたい」

「ユズルさんは謝らないでください。あの時、逃げないでいたのは自分の意思です」

 

....本当に強い子だ。自分はシリカの護衛でピナの蘇生を手伝っていたつもりだったが、とんだ思い過ごしであった。誰も守ってほしいとは思っていない。少なくとも一緒に行動したシリカは自分のできる範囲でピナを生き返らせる為に戦っていた。今まで「守る」ばかりを考えていたユズルは彼女を通して人の強さを信じたくなった。

 

 

「これからユズルさんはどうしますか?」

「しばらくは商人で生計をたてようと思っている。それか、幻影のスキルに頼らない強さを探すよ」

「あ、いえ....そうではなくて....」

 

シリカは言いにくそうにモゴモゴさせながらユズルの目を見て話す。私としては一緒に居て彼にはこれ以上スキルを多用しなければならない機会を減らしてあげたい。しかし、今のレベルではユズルさんの足手まといになってしまう。私ではできることはない。でも、どうしても「誰かと支え合っていけばスキルを使わずに済む」意見を伝えずにはいられなかった。

 

「ユズルさんには誰か頼れる人はいますか?」

「いるにはいるけど....会いにいけなくてね。世間の評判で上手く身動きが取れない。前に友人が僕とフレンド登録をしていたせいで、事件に巻き込まれたことがあってね。それ以降、会いに行きにくくてね」

 

ユズルは自嘲的な笑いを浮かべた。本当に一緒に居たい人物とは会えない。月夜の黒猫団とは商人として関わりあっていても、壁を作ってしまい、深い関係には至っていない。キリトやクラインやノーチラスは攻略組として動き、ユナは歌チャンとして多忙な日々を過ごしていると聞いている。とても頼っていい状況ではない。

 

「とても酷いことを言いますが....ユズルさんはその人と積極的に関わっていくべきです。それに、クエストを手伝ってくれた人達は話していました。『ユズルというプレイヤーは悪い人ではない。悪い人なら第四十層で救助隊を含めた全員をたった一人で救うことはしない』と言っていました」シリカは落ち着いて話すも、ユズルはある言葉に取り乱した。

「ちょっと、待って!その人は自分の正体を知ったうえで手伝ってくれたの!?」

 

詳しく話を聞けば、第四十層で救助したプレイヤーの中にユズルが一人で救助したことを伝えた人がいたらしく、それが下層プレイヤーに広がり、悪評は風化されているとのことだ。その後、クエストを手伝ってくれたプレイヤーはシリカにユズルに関する情報を話してくれ、途中で休憩を挟みながら言ってくれた。

 ユズルを狙うプレイヤーは現在では『アインクラッド解放軍』に属する攻略組と『血盟騎士団』に属する下っ端であり、その目的は『プレイヤーキルによるレベルアップ』というものだ。百層まで半分に近づいてからは「GMのユズルを倒す」よりも「GMのついでにレベルも上がるから倒しておこう」と切り替えている。その目的はプレイヤーの士気をあげて攻略に勤しむようになるから、という理由だ。

 

「なんだか扱いが酷くない?命を軽く見られているような気がする」

「大丈夫です。私もそれ聞いてムカつきましたから」

 

お互いの似た意見に、思わず笑い合った。彼女との出会いは重く圧し掛かっていた心の痛みを癒し、ユズルは自分を改めて始め直すことを心に決めた。今は攻略や商人の立場に囚われず、一人のプレイヤー名『ユズル』として仲間と支え合いたい。仲間から借りた勇気と人の強さを信じて進みたい。ユズルの心は久しぶりに生き生きしていた。

 

シリカはそんなユズルの柔和な顔を見てにっこりしながら、寝ぼけているピナを頭でユラユナさせ、転移門まで見送りにユズルと向かう。そんな彼女もある決意を固めていた。

 

 

2024年2月27日(夕刻)

 

「行っちゃったな。ユズルさん」

 

転移門広場の場所でユズルを見送ったシリカは、自分の拠点としている第八層主街区≪フリーベン≫の自室の椅子に座り、頬杖をついてポツリと呟く。これはユズルさんには話していないが、あの話には続きがある。手伝ってくれたプレイヤーからユズルさんの話を聞いた中に、悪評を風化させたのはとある一人の少女の声だという。彼を見捨てたプレイヤーに泣きながら哀切や哀傷とも言える怒声が、その周囲にいた人の心を動かし、ユズルの【悪名】【GM】のヘイトを軟化させたというものだ。

 

シリカはその話を聞き、感銘と同時に嫉妬した。会ったことは無くても分かる。その少女はユズルさんのことが好きだ。そうでなければたった一声で人の心を動かせる言葉をだせるはずがない。私はユズルさんには感謝こそしても、恋はしてはいない。どちらかと言えば、生徒が憧れる先生を好きになる感じが一番しっくりくる。

 

あの人の作ってくれた現実世界でも良く食べていたパンやオカズは不思議と鬱屈としていた気持ちを無くしてくれた。タイタンズハントに囲まれた時は本当に「ダメだ」と思っていたのに、無事だった。優しさと強さを備えても、どこか迷いながらも前に進む姿に惹かれている自分がいる。

 

今まではフラフラしていたけど、私はユズルさんの背中を追いかけたい。

だから――

 

『誰かに守られるだけの私じゃない、誰かを守れる私になりたい』

 

このソードアート・オンラインの恐怖で埋もれていた本当になりたかった自分を見つめ直し、決意を新たにした。

 

 

2024年6月25日(深夜)

 

シリカと別れて、四ヶ月過ぎた。ユズルは商売の仕事をし、空いた時間は友人と過ごすようにしていた。月夜の黒猫団と会えば何気ない会話で、面白おかしく楽しんでいる。たまに攻略から帰ってくるキリトも加わり、趣味スキルの【手品師】を応用してメンバーの誰かにドッキリを仕掛けたのはいい思い出だ。

しかし、風林火山のメンバーとはちぐはぐな関係だ。第四十層の救助隊に志願したカル―とオブトラには会えても、兄貴分のクラインは何かと理由をつけられて会えずじまいだ。初めて顔を出した時に二人の漢に抱き着かれて痛かったのは生涯忘れられないだろう。

 

「ふぅ、今日も大変だったな」

 

 深夜の路道を歩きながらユズルはポツリと言う。ここ数ヶ月は幻影のスキルは使っていない。悪評に過敏に怯えなくて済む生活は自分の傷を癒すには十分であり、商人の仕事で生計をたてるといったのんびりとした日常を送っていた。ゆったりと歩いていると、転移門広場辺りが騒がしい。何かと思えば、ミルクティーのように薄い茶色の短い髪形をした少女が一曲目を歌い終わり、片手を上げてファンに手を振っていた。

 

「みんなー!聞いてくれて、ありがとー!!」

「イエ―イ!」「歌チャン、サイコー!」「ユナちゃん!超絶カワイイヨ!!ユナちゃん!!」

 

どうやらユナの深夜ライブだった。そう言えば、『フレンド登録を消してからは聴いていなかったな』と立ち止まる。最近のユナの活躍は情報屋経由で聞いていた。第四十層撤退戦後の活躍でユナは戦闘技術とレアスキルが認められ、血盟騎士団のメンバーとして入団し、各地の転移門広場で路上ライブを行い、攻略組の士気を上げている活動をしている。ユズルはそんな彼女の話を聞き、自分のことのように彼女の出世を喜んだ。

 

思考しているうちにユナは二曲目を歌う。先ほどまで心地よく火照っていた気持ちは、一瞬で冷えた。ドラマや映画でよくある、アイドルの振り付けから遅れてユナの短い髪はさらさらと流れるモーションにファンは見惚れた。だがユズルはユナの歌い方に変な感じがした。何かがずれているような、釈然としない、何とも言えない感じだった。

 

(ユナ....何かあったのか)

 

どこか空を見上げて歌う姿は、熱気の応援をしているプレイヤーとは裏腹に、ユズルは顔を曇らせる。彼女はいつも花を秘めている暖かい少女だ。笑っているとき、怒っているとき、呆れているとき、泣いているときはどんな時も相手を想い、人を心から癒す少女だ。たとえ、悲しそうに歌う時でも彼女は花を散らさず歌っていた。眼前に映る冷たく歌う少女は本当に自分の知るユナなのか、胸が締め付けられて息もできなくなりそうだった。

 

....今はユナが心配で堪らない。

 

しかし、彼女と話すには増えすぎたファンにばれない様にしなければならない。何時もならすぐに諦めていたが、シリカから「積極的に関わるべきだ」の後押しもあり、すぐに思いついた。

 

「そうだ、手紙を書こう」

 

ユズルはすぐにひらめいた。本来、フレンド登録をしていなければ特定の相手にメールはできない。しかし、手紙であれば情報屋経由で相手に届くはずだ。ユズルは歌の途中で抜け出し、すぐに近くにある部屋を借り、机に紙を置いて向き合う。備え付けの電灯を光らせて筆をはしらせる。まるで止まらないジェットコースターだ。会っていた時では口で言えなかった思いまで綴っていく。

 何度も書き直すたびに床に丸まった紙は散乱し、書き終えた時にはすでに陽が昇っていた。ユズルは机に突っ伏したまま沈み込むように寝入った。

 




次回からしばらくユナの視点に切り替わる予定です。
 ほとんどオリジナルになってしまいますが、お付き合いの方、よろしくお願いします( ^^)

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)

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