幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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18話 このまま時間が止まればいいのに

2023年10月16日(昼間)

 

ユナはここ第四十層主街区≪ジェイレウム≫で久しぶりに幼馴染の後沢鋭二という本命に由来するプレイヤー『ノーチラス』の様子を見たくて来ていた。

 第四十層主街区≪ジェイレウム≫は、かつて巨大な監獄だったという設定で、四方を高さ二十メートルある石壁に囲まれているせいか町全体は薄暗い。夜になっても照明は控えめであちらこちらに残っている鉄格子は動かすたびにキィキィと耳障りな音をたてる場所だ。

待っていれば茶色のレザーアーマーを着た朽葉色の顔に、見覚えのある幼馴染の姿を発見する。相手も気づき、小走りに近づく。

 

「ユナ、どうしたの」

「『ユナ、どうしたの』ってことないでしょ。せっかく様子を見にきてあげたのに....」

「あ、いや....最前線に来るなんて珍しいからさ….それにこの街、あんまりユナには似合わなそうだし....」

 

エーくんからみた私の印象って一体なんだろ....音ゲー好きで地元のゲームセンターと比べれば、この街の雰囲気はさほど、庭みたいなモノだ。歯切れの悪い言い訳で誤魔化そうとするノーチラスを軽く睨むも、いくつになっても変わらない彼にフードの奥で微笑む。ノーチラスはバツが悪そうに、言いよどむ。その様子にユナは幼馴染の違う変化を見逃さずにはっきりと言う。

 

「何かあったの、エーくん」

「....街中じゃ、その呼び方はやめてほしい」

 

 ひとまずは現実世界でのあだ名を冗談交じりで言う。ノーチラスはそっぽを向いたまま言い返し、深々と呼吸を吸い込んで気持ちを落ち着かせてから、短めに答える。彼にもユナが気晴らしに冗談を言っていること自体は分かり、彼女の優しさに甘えた。

 

「ちょっと攻略中にミスがあってね」

「ふぅん、それでそんなに凹んでいるんだ」

 

....本当の事は言えない。今回のミスは努力だけではどうすることもできない問題だ。副団長のアスナから団長ヒースクリフの伝言が頭から離れない。血盟騎士団のギルド本部で攻略戦の反省会を終えた帰りに副団長に呼び止められた会話を思い出す―――

 

 

「軽度のフルダイブ不適合(コン・フォーミング)(FNC)....」

「うん....さっき団長がそう話していたの....それで団長からノーチラス君の処遇を任されているけど....私としてはそれだけの理由だけで辞めさせたくはないのよ」

 

アスナはノーチラスと同じく軽度のFNCであり、友人であるネズハというプレイヤーも同じように悩んでいた。彼女は遠近感の不具合で接近戦闘ができなかった。しかし、キリトの勧めでチャクラム使いに転向してからは遠距離アタッカーとして活躍した事例もある。

 

「....本当にごめんなさい。時間があればFNCと向き合う方法を見つけられるけど…さっき偵察部隊が第四十層のボス部屋を発見してね…三日間だけ時間は取れないの」

 

うつむき加減に呟くアスナにノーチラスは何も言わない。ここ数日の話し合いで血盟騎士団は少数精鋭ギルドを目指す考えにアスナや他のサブリーダー達は賛同していても、上位プレイヤーを下請けプレイヤーが排除しようとする傾向があり、見過ごせない。ゆえに、ノーチラスのようなトラブルを抱えたプレイヤーを『役に立たないからレベル上げを大義名分にして倒そう』となるのではと想像せずにはいられない。予想を振り切り、アスナは答える。

 

「ノーチラス君、君にはこの三日間....休暇を与えます。フロアが突破されてから改めて症状を検討し、一緒に対策を考えましょう」

 

…今はこれでいいはず。お辞儀をしてフラフラした足取りでギルド本部を後にするノーチラスをアスナは見送る。本人に直接は言っていないが、アスナはノーチラスを高く評価していた。ソードスキルの出の速さと天性の勘による状況判断能力。そして、訓練やミーティングをサボったことはない真面目な性格に子どもっぽさに親しみを感じさせる人柄はギルドの良いムードメーカーになっている。

そしてアスナ個人としてはかつて相棒だったキリトに似ている所もあり、血盟騎士団に入るまで彼に守られていた時のように、今度は自分が彼を守りたいという理由だ。少し猫背のノーチラスが見えなくなった時、アスナはギルド本部に戻った。

 

 

押し黙ってしまった幼馴染にユナは腰の革袋に手を入れ、色とりどりのキャンディーが詰まっている硝子瓶を取り出した。それをノーチラスに突き出して、手の平を持ち上げてよと、ジェスチャーする。軽く振れば、オレンジ色と青色のキャンディーが一粒ずつ、コロコロとノーチラスの手に転げ落ちる。

 

「それ舐めて、元気出しなよ」

「........もう子供じゃないよ....」

 

文句を言いつつもキャンディーを口に入れると、口の中でミカンとラムネの味が広がる。二つの味を混ぜると、なぜかマスカット味に変わり、驚きながら味を楽しんだ。しかし、「子供っぽい」と思えば、正気に戻り、勢いよく飴を舐め回す。

 

「ノーくんはまだギルドじゃペーペーなんだからミスしても当たり前じゃない。新人のたった一度の失敗を許さないほど頭でっかちなギルドじゃないでしょ。同じミスを繰り返さないように、次から気を付ければ良いんだよ」

 

 私は不安にさせないよう明るく笑顔で答える。失敗すれば、部分的に直せばいい。唄の練習でさえ、納得のいく唄を歌える自信が付いたのはつい最近だ。ユズルと一緒に歌を振り返ったお蔭で、自分の得意不得意を知り、得意な部分を伸ばしていた。沈んでいる幼馴染を慰めようとしたつもりでした。

 

「....ユナには解らないだろ、最前線のプレッシャーなんて」

 

小さくなった飴を噛み砕きながら隠したかった本心を漏らしてしまい、はっと口を噤む。許してもらえると甘えて、つい胸にわだかまる鬱憤を言ってしまった。ほんの一瞬だけ顔を曇らせるも、すぐに笑みを取り戻し、ユナは言った。

 

「それはそうだけど、でもノーくんを元気づけることくらいはできるよ」

 

妙に元気の無さすぎるエーくんを励まそうと思い、最前線の第四十層主街区≪ジェイレウム≫でライブを決意した。ちょうどバイオリンとチェロ、オーボエに似た楽器を携えたトリオはゆったりとした夜想曲のBGMを奏ででいる。オーボエを演奏しているNPCの隣に立つと、胸に両手を当て、三つの音楽に合わせた声量で歌い始めた。

 

今回は夜想曲に合わせて、夕暮れの情景と、家路を歩く人の気持ちを書いた歌詞。何時もは下層で歌っていても、ここは最前線だ。普段はデスゲーム攻略にまい進している攻略組プレイヤー達も立ち止まる。ある人は瞼を閉じ、ある人は身体を揺らして聞いていた。無数の視線が心身につつかれ、心拍音は早くなり、喉につっかえる感覚を覚え始める....

 

(段々と人が集まってきたな....でも、エーくんだけを意識すればいい....大丈夫!)

 

今までの唄の練習を想い、喉につっかえる感覚を払拭させる。二分足らずの唄を歌い終えると、さざ波のような拍手が沸き起こった。やがてアンコールを求める手拍子に変わっても、アンコール用の歌など用意していない。ユナは何度もお辞儀をし、白いフードを被り、ノーチラスの腕を引っ張りながら足早に広場から脱走した。

 

 

狭い裏道をやみくもに走り、人気のない一角で立ち止まると、ユナは手を離して大きく息を吸う。

 

「あーうー、緊張した!」

 

耳の付け根まで真っ赤にし、両手を上げて叫ぶユナに、ノーチラスは苦笑交じりの声を掛けた。

 

「いや、今さら何言ってるんだよ。いきなり歌い始めたのはユナじゃないか」

「そういうこと言うんだね。せっかく落ち込んでたエーくんを励まそうと歌ったのになぁ」

 

悪戯っぽく言うユナに、恥ずかしそうに彼は顔を背けてしまう。実際には、ノーチラスの赤く染まった頬に「サプライズ大成功!!」と、内心は飛び上がっていた。

 

「それにしても、ユナって、あんなに歌が上手かったんだな。中学まで、ギターを弾いてる所しか知らなかったから…」

「正確には¨ピアノ¨も一緒につけてね。女子高に進学した時に、歌のほうが好きだったから個人レッスンの教室に通い始めてね。エーくんが知らないのも無理ないよ」

 

しばらく現実世界の話をやり取りし、不意にノーチラスは自分のHPバーの下に見慣れないアイコンが点灯していることに気付く。緑色に光る音符は記憶にないものだ。

 

「あれ、このバブ、なんだろう....」

 

首を傾げていると、メニュー画面越しのユナは悪戯っぽく笑っていた。

 

「それは≪風音の護り≫。防御力と毒耐性、スタン耐性にボーナス」

「えっ....なんでユナがそんなことを....あっ!まさか....ユナの歌で....」

 

ノーチラスの半信半疑で訊ね、ユナはフードの下で笑みをこぼして「ピンポーン」とクイズ番組の司会者風に答えた。

 

「正解!私のエクストラスキル≪吟唱≫の効果だよ」

「チャント........エクストラスキル........!?」

 

いつの間にそんなスキルを習得していたのか、と驚いていると、ユナは不意に真剣な表情となって言った。

 

「あのね、エーくん。私も攻略組を目指そうと思うの。吟唱スキルを習得しているプレイヤーはほとんどいないから、きっと役に立てる」

 

 

2023年10月18日(昼間)

 

ノーチラスを励ますライブは成功し、ユズルがいなくても無事に歌い切れたユナは、さらに唄に対する自信を持った。しかし、今度は別の問題で悩んでいる。

というのも、「プレイヤー名:ユナの歌を聞けばステータスバフが付く」と情報屋を通して噂が広まり、転移門広場に行けば多くのゲームプレイヤーが私の唄を聴きに来てくれる。最初こそ嬉しくてもいい気分は長く続かなかった。歌い終えればすぐにファンから逃げるように転移門でワープしなければならず、お蔭様で、お決まりだったユズルと歌い終えた後の反省会はできないでいるからだ。

 

ユズルには歌うフロアを伝えていても、入り待ちしているプレイヤーがフレンドに連絡すれば、たちまち攻略組やら下層プレイヤーの入り交じったライブに変わる。結局は唄うだけ歌う日々....一応メールで反省会はしても、どうも満たされない感じが続いていた。『私は唄うだけ歌うCDプレイヤーやロボットじゃあ、無いんだけどなぁ』と歯痒くてならない。チラリと時刻を見るとお昼ご飯にちょうどいい時間帯に、ユナはユズルを食事に誘い、彼をノーチラスに会せようと考えた。

 

「....エーくんなら、ユズルを悪いようにはしないよね」

 

どこか不安はあるも、「幼馴染の彼なら大丈夫」と信じていた。

 

『急な話だけど、私と気の合う友達を紹介したいの。久しぶりに友達もお休みを貰えたから、食事も兼ねて会えないかな?』

 

ユズルにメッセージを送る。ノーチラスには事前にメッセージを送ったから心配ない。身支度を整えてから待ち合わせ場所に移動した。

 

その後、ジェイレウムの街の西門広場に面した小さなオープンカフェで待っていれば黒いフードを被ったユズルは普段と変わらない様子で来てくれた。さっきまで渦巻いていた不安だった気持ちや苛立ちが落ち着いていく。しばらく幼馴染が来るまで音楽の話題や好きな映画、彼の趣味や好きな食べ物の話をした。

 

ただフレンド追跡機能の話をした途端にユズルは急に険しい目つきをした怖い表情に変わる。見たことのない顔にユナは心配するも彼は「何でもないよ」といつもの笑みを浮かべていた。どこか苦しそうな表情に胸がチクリと痛むも雰囲気を壊したくなくて気にしないフリをする。ユズルとの音楽以外の気負いしない会話は癒され、肩の重みは軽くなっていた。

 

「(このまま時間が止まればいいのに)」

 

不意に作詞の途中である文字を思い浮かべつつ―――ユナは彼との談話を楽しんだ。

 

そして、もし今度ユズルと会った時は「もっとユズルと話をして悩みを聞きたい」とそう決めていた........

 

2023年10月19日(早朝)

 

第四十層撤退作戦を成功させた風林火山と血盟騎士団の名声は上がり、特に風林火山は頭一つ抜きんでた存在となった。それからエー君は血盟騎士団の攻略組として復帰した。エーくんはここ数日モンスターと戦うたびに「目の前のプレイヤー、いや人間共を皆殺しにしようとしているとしか思えない目をしている」と、認識したとたん、急に全身が石化してしまったかのように固まり、全く動かせないと悩みを話してくれ、そして「ユナのお守りを貰ってからは、そうならなくなった」と言ってくれて私は嬉しかった。

 

ただ、ユズルに連絡を入れようとフレンド登録画面を開けば彼の名前は見当たらない。何度も確認しても見知った名前の無い一覧画面はやけに色あせて見えた。

 

「急な話になるけど、ユナは攻略組になって皆の役に立ちたいんだよな」

「そうだけど....今は少し迷っているかな。あんなことがあったばかりだしね」

 

コーバッツのように目的の為なら人の命を軽く見ているプレイヤーに嫌気が指してしまい、そんな人もいる攻略組に入りたいという決心は揺らいでいた。

 

「それなら血盟騎士団の支援組枠で入るのはどうだ?ユナの≪吟唱≫スキルの希少性を考えれば団長のヒースクリフや、副団長もダメとは言わないはずだ。支援組の募集はしていないが….今回の救出作戦は皮肉になるけど、周りのプレイヤーからユナの印象は良いんだ….今なら功績を称えて、入団できるはずだ」

 

血盟騎士団は団長であるヒースクリフによる情報収集力でトップクラスの攻略ギルドに成長したところが大きい。彼の机には常に何十枚もの紙を山積みにし、ホロキーボードを猛烈なスピードでタイプしている団長だ。攻略組を目指す数百人規模のプレイヤー達の最新情報を常に収集、整理して、新たに勧誘するプレイヤーを検討している。当然、≪歌エンチェンター≫として有名人のユナの情報も集めており、興味を持っているのも周知済みだ。

 

「....血盟騎士団の情報力があればユズルと会えるかな」

「....他と比べれば会える確率は高いだろうな。ただ........ユズルに関する情報は団長も、明確な情報を集めることはできていないみたいで....はっきりとは言えない」

 

血盟騎士団に入れば、ユズルと会える可能性がある。たった一本のか細い糸でも縋りたい….今の私には十分だ。心に新しい決意が生まれてくる。秘やかな情熱が私を満たしていた。

 

「それでもいいよ、エーくん。私も入るよ…血盟騎士団に!!」

 




改めて小説を振り返り、一度オリ主とヒロインの立場を整理します。

ユズル:嘘とはいえ、アインクラッドのプレイヤー全員に『GM』と疑われている。また、原作でキリトの背負った『ビーター』を含めて有りもしない悪評も広がっている。少しずつ風化されているも、見つかればすぐにプレイヤーキルの対象。

16話では『歩く商人』『何でも屋』として一般プレイヤーに落ち着いている。

ユナ:8話でエクストラスキルを手に入れてから有名に成り始めた。その後は『歌チャン』『アインクラッドの歌姫』の二つ名が広まる。ノーチラスを励ますライブにより、プロモーションや歌唱力が評価され、アインクラッドの希望として、アイドルの地位を得ている。

【筆者の感想】
なぁに、これ?
 自分の設定を振り返ると、結構気づきがありますね。全プレイヤーの絶望を受けている人と全プレイヤーの希望になっている人の恋愛物語になっていました。どこの『ロミオとジュリエット』だろ?と思います。

様子見でタグに『禁断の恋』を入れますが、この二人だけです。現時点ではカップリングはあるも、危ない恋愛をしている訳ではありません。ご理解の方、お願いします。

原作死亡キャラ(ヒーストグリフ)に関するアンケート調査

  • 生存(コメディ+他作品要素が増加)
  • 死亡(鬱要素+残酷な描写が増加)
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