2023年12月25日
『本日A班に休息を与える。各自、明日の訓練に向けて英気を養うこと』
血盟騎士団に入団して六日過ぎて、ようやくギルドの雰囲気に慣れてきた頃に、久しぶりの休暇を貰えた。世間から「最強」と名高い血盟騎士団は、その通りにスケジュール表に決められた業務や訓練に忙しなく動いている印象通りのギルドだった。
与えられた役割と報酬が合わなければ即交替させられる一軍・二軍制度の仕組みは合理的でもリラックスはできない。特に狩りに関しては一定以上のノルマを越えなければならず、常に緊張状態でパーティを組んでいるメンバーがピリピリしている所は、いつになっても慣れそうになかった。
「タイムスケジュールに合わせた食事に、決められた時間に訓練や狩りにもだいぶ慣れてきたな。マネージャーも付いているからライブに合わせた調整も良くなっている....」
振り返れば、ノーチラスが血盟騎士団に加入してからは離ればなれになり、私は第十六層の主街区に一人用の部屋を借りて生活していた。一人暮らしは初めてで不安だらけでも、生活費を稼ぎに狩りをしたり、簡易仕様の料理で自炊をして、ノーチラスの活躍を応援し、ユズルと音楽を語る生活は充実していた。ここは待っていれば出来立ての食事や安定した収入で前よりも満たされている毎日のはずだ。
「血盟騎士団に入れて生活は充実して満たされているはずなのに....なにかが足りないような感じがするなぁ」
ずっと感じている心の乾きと虚無感。淡々にみえる歌詞にアニメソングを合わせた原曲に納得した唄を作っていく。ノーチラスと共に「強くなる」と決意して狩りや訓練に精を出して参加し、彼女は無理なく強くなっていた。けれども、彼女のモチベーションはゆっくりゆっくりと失っていた。
一
2024年01月14日(深夜)
血盟騎士団に入団し、初の大きいライブの準備をしていた。興奮して武者震いが止まらない。何度も深呼吸をして落ち着ける。休日の買い物で見つけたライブ用衣装も用意万端だ。
「よし、早速連絡しよ」
ユナは手慣れた手つきでフレンド登録画面を開く。いつも送っていたプレイヤーの名前は見当たらない。フレンド一覧をスライドさせるうちに、フレンド登録から消えていたことを思い出し、顔を曇らせるもすぐに朗らかな顔に戻す。
「....まあ、大きなライブだから気づいて来てくれるよね」
自分に言い聞かせるよう、聴きたくない言葉を無視して瞑想する。指定した時間に転移門広場に向かえば、待ち合わせしたファンのプレイヤーはメニュー画面を開く。数分待てば、多くのプレイヤーで広場は埋め尽くされる。私は軽く手を振り、いつも通りの唄を歌っていく。やがて、二曲目の中盤に差し掛かったときに、喉のつっかえる感覚が出始める。観客を見渡すも黒いフードはどこにも見当たらない。ファンのプレイヤー達は、そんなユナの焦りを気にせず、
一瞬だけ上がった声を出すも、夜にひと際目立つ三日月に向けて声を伝えれば、また安定して唄えていた。何事もなく終えた様に見えるライブは、ひとまずファンの喝采で幕を閉じた。
「今日も良かったよ、ユナちゃん。皆喜んでいたし....これでまたユナちゃんのファンが増えちゃうね」
「うん、ありがとね。いつも調整してくれてとても助かっているわ」
「いいの、いいの。これもマネージャーの仕事だしね」
「あの、今日の唄はどうだったかな?どこか変えた方がいいところとか....」
「?特に無かったけど....いつも通り、ファンも多くなってきているから、そのままでいいんじゃないの?」
....そういう意味じゃないよ。私の中で最低の烙印を押したい酷さだった。心地よさのない冷え切った身体でなにも満たされていない。ただ、虚しさしか残らなかった。不機嫌を顔にださないよう、気をつけながらライブ会場を後にする。マネージャーと話し合う気にもなれなかった。
その後のユナは、黒いフードを目印にすることを諦め、深夜のライブにいつも現れる月を目印に唄を歌うようになった。
二
2024年2月25日(早朝)
あれから自分に対する唄のモチベーションが解らないまま、来てくれるファンに向けた『大衆向けの歌詞』を書き綴っていた。以前に歌った歌詞は白黒のモノトーンに見えてしまい、歌おうとすれば何故か気持ち悪くなる。今の自分にはありふれた言葉を並べて作られた歌詞を歌っていくしかなかった。
「どこか前と違う気もするけど....気のせい、気のせい」
誰もいない血盟騎士団の個室部屋で呟く。ふっと¨ピロン¨と音が鳴る。メニュー画面に新聞のようなアインクラッドの記事が大見出し部分のみ表示された。二ヶ月経ってもユズルの足取りは一向に掴めず、業を煮やして独自で情報を集めることとした。情報屋と交渉し、月三百コルのデジタル新聞を購入している。
『今明かされる衝撃の真実!![竜使い]のシリカに恋人の存在!?』
....何時ものゴシップね。情報屋は有名人のプレイベートや攻略組の最新情報をプレイヤーに伝えている。中には大きな事件を取り扱う情報もあるから見逃せない。ここ最近では、12月24日第三五層≪迷いの森≫にイベントボス≪背教者ニコラス≫の出現により、約百人の被害を出した、が一番の人災だ。
いつもは人の交際している記事などは興味のない私は、ふとその写真に目を奪われた。斜め左方向から取られた男女の写真で、軽く会釈をする茶色の髪を赤い髪留めでツインテールを束ねた少女と黒いフードを被った男の子が手を握っている。握っている人の小指には朽葉色の髪と薄い茶色の髪が巻き付いていた。
ようやく見つけた彼と思われる有力な情報だが、ユナは感じたことの無い気持ちになる。頭は氷を巻かれたように冷たく気だるくなってきた。胸から喉元につきあげて来る冷たくそして熱い球のようなものがこみ上げてくる。私は何度も何度も飲み込めば、今度は涙をややともすると目頭を熱く潤してきた。
―――なんだろう、この気持ち?
戸惑うもどうしたらいいかわからない。ずっと感じていた心にぽっかり空いた隙間に熱いマグマを敷き詰められる感覚に耐え切れず、布団を被り、身体を覆いかぶせるようにして丸くなる。気にしている人物の安否に安心している自分は何処にもいなかった。熱く熱く、全身を焦がす感覚と、冷えて冷えて、恋人のいる彼に対する
せっかくの休日なのに、なにもしたくない……
コーバッツに言われた針を刺されたような痛みを比べず、鋭いナイフが突き刺さり、カラになっている隙間からドロドロと黒い液体が一滴ずつ垂れていく。心の乱れを知っているのは、濡れている枕とぐしゃぐしゃになったシーツと窓から差し込む朝日だけである。
2024年4月12日(深夜)
それからの日々はよく覚えていない。仕事やライブは顔に出さずに淡々とこなし、余った時間は無色で乾燥したつまらない歌詞を書く日々を過ごしていた。しかし、今日は違う。団長ヒースクリフから外出自粛要請の指示があった。というのも、昨日の夜に第五七層主街区≪マーテン≫で圏内に関わらず殺人事件が発生し、しばらくは外出を控えて自粛することとなったからだ。この事件に現場にいた血盟騎士団のアスナとノーチラス、他ではキリトというプレイヤーが調査している。ライブの中止が続いたお蔭で、じっくりと自分を振り返る時間があった。
本当は「写真に写っている人物は探している人ではない」と否定したい。でも【竜使い】のシリカは噂ではとても愛嬌がある、素直で真っ直ぐな可愛い子。写真に写っている人物がユズルであれば優しい彼と恋人になればお似合いのカップル。友人であれば彼の幸せを喜ぶべきにも関わらず、酷く裏切られたような気分になった。
私の様に他人の迷惑を考えずに自分の思い通りに相手を利用し続けた罰が当たったかもしれない。会えなくなって初めてユナは、ユズルの存在の大きさを無視しきれなくなっていた。それと同時にユナはユズルと出会った時から鏡の前で念入りに「自分がどの角度からどの様に見えるか」と整え、特に前髪の網目や染めた髪の色合いまで気にしていたと気づく。
純粋に彼と一緒に書いた作詞や作曲をしながら見える景色はなんだかキラキラ輝いて見えていた。認めたくないが、今の自分は「ただ歌えれば、それでいい」と開き直っていた頃に戻っている。自己分析をしたユナは半ば安堵し、半ば失望しながら、椅子に身を寄せて考える。
―――彼は、いったいどこにいるのか....
机で途中の歌詞を止め、頬杖をついて、夜景を見上げた。本音といってこれまでは、ユズルと話したい時はいつでも連絡がつくと思っていた。失って考えてみると、ユズルと私を繋いでいたのはフレンド登録だけで、それが途切れてしまえば、たちまち相手のことは分からなくなってしまう。例えば彼が誰かに襲われていたり、行方不明になっても、こちらからは安否は分からないし、探しようはない。
今まで二人の楽しい日々はずっと続くと思っていたのに、こんなにあっけなく途切れるものなのか。これが仮想世界の人間関係なのか。そう思った瞬間、ユナはいままでにも増して切実にユズルがこいしく、逢いたいと思った。
しかし、どうもがいたところで、こちらからは探しようがない。彼は幻影のローブを肌身離さず装備していては自力で見つけられず、小指に巻き付いた髪の毛しか特定できず、向こうから現れてくれるのを待つしかない。ユナは諦めて背伸びをし、書きかけていた歌詞を綴っていく。認められない本心に蓋をしてから再び自分に言い聞かせていった。
2024年05月30日(日中)
ユナは唄の新しいアイディアを求めて、第十一層の主街地【タフト】にある二階のカフェで甘めの熱いカフェオレを頼み、流れていくプレイヤーを眺め、長時間長尻になっていた。本音は彼と初めて会った日付と場所にいれば、もしかしたら、ふらりと妖怪のように
しばらくして、少し息のきれている男女が空いていた席に座る。黒いコートを着た少年がメニュー画面を開き、青髪のショートヘア―の女の子はNPCにコーヒーを注文していた。静かな住宅街にNPCの掛け声の「はーい!」は、やけに大きく耳に響く。
「キリト、今日はこれで買い忘れはなかったよね?」
「たしか、ケイタがお菓子を買ってほしいって言ってなかったか?」
「あ~あれは無視していいよ。ほっとくとバクバク食べちゃうから」
「それだと、俺も同じじゃないか?買い置きしているモノを勝手に食べてるし」
「キリトは良いんだよ。ウチのギルド代表で攻略組として頑張っているからね、そのお礼だよ」
キリトと呼ばれた男の子は「そんなものか」と呆ける。ユナは『攻略組』『キリト』の言葉に、耳をピクリと動かす。たしか、新聞で騒いでいた圏内殺人事件を調査し、【黒の剣士】の二つ名を持つプレイヤーだったかな、と思いふけていた。
「そうだ。実はね、置いてあったお菓子の中には私の手作りも混ぜてあったけど....キリトは分かった?」少し頬を染め、どこか弾んだ声で言う。
「え?いや分からなかったぞ。もしかしてやけにぼさぼさしたクッキーがあったがアレだったか?」
彼女は表情こそ笑顔のままだが、咎めるような厳しい目つきをしている。傍から盗み聞いても¨デリカシーないな¨と苦笑していた。女の子のあれは何か怒る理由があって仕方なく怒っている感じだろう。
「そうだよ。そのぼさぼさしたクッキーがそうだよ....今日のオカズは一品減らしておくね。あとついでに、キリトの嫌いなオカズを作っておくから楽しみにしてね」
「!ゴメン、サチ!悪かったから許してくれ!!」
「何を謝っているの?キリトは素直で純粋に言ってくれて悪いことは言ってないはずだよ」
「....本当にごめんなさい。言い方には気を付けます....」
サチと呼ばれた女の子は「よろしい」とうなずいてから、コーヒーを口に運ぶ。なんだかんだで、オカズは減っていないし、好きな子をからかっているかの様子だ。微笑ましいカップルだった。気を緩めたせいか、また思い出したくもない考えが頭をよぎり、止めようにも止められなく思考が連想していく。
撤退作戦の日から何度も思っていた。彼に会わなければ、ずっと「歌うことが好き」で終わっていたのかも知れない。
あの日の私より、この私は随分と女々しくなった。本当は彼に会えやすい場所など探してはならないのに、でも身体の方が先に動き出してしまう。「こんなことはいけない。会えば彼を危険に晒してしまうと分かっている」「心の中では逢わないでおこうと思っている」にも関わらず、負けていた。
負け続ける弱い自分に激しい自己嫌悪から自分を変えた彼を恨む。いくら恨んでも恨みきれないほど憎かった。私自身も、本当はどうしたらいいか分かっているのに、それを否定したくてこんな気持ちでいる。今にも冷え切ったマグマが噴き出すか、零れ落ちそうな入れ物に力強く蓋をし、冷えたカフェオレを一気に飲み込んだ。
【補足】
1、 この話を思いついた言葉
グロース『愛と憎しみは全く同じものである。ただ、前者が消極的であり、後者が積極的であるに過ぎない』
➡「怒り」と「好きだ」という矛盾した心理が同時に生じ、板挟みの状態。
アルベルト・カミュ『¨愛されない¨ということは不運であり、¨愛さない¨ということは不幸である』
➡そもそも¨愛されない¨は興味の無い心情の在り方にあって運が悪いとしか言えず、¨愛さない¨は興味の有るにも関わらず、失う恐怖やどこか相手か自分を信じ切れない等の幸せを受け止められない状態。ただどちらもすれ違いや悪いことの積み重ねで起こりやすい。
2、 月を見たいと思う気持ち
元々は「人の内面的な正確」を表す天体で、女性的なエネルギーを持つ星。月の周期によってはホルモンバランスが変化して不安定になりやすい傾向になり、情動的になったり、体の血のめぐりが増加する。
➡月を見たいと思う気持ちの時には、不安な気持ちが隠れていることがある。いつも見てくれている月の存在は安心感を得られるもの。月の力を信じ、本心を大切にしていくことでモチベーションアップに結び付き、明日の希望を持ったりすることも可能。
次回は、鍛冶屋の姉御が登場予定です!!お楽しみください。
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