二階の隠れ部屋ではケーキを食べ終えた二人は、現実世界の味に近い味を再現した紅茶を飲んでいた。ここでは防音も完備されたプライベートの空間。空いた時間をガールズトーク曰く、普段は言えない暴露話に花を咲かせている所だ。
「もう酷いものですよ~初対面なのにいきなりケッコンとか申し込まれた日には地獄です」
「あー確かにね。いきなり初対面でケッコンはちょっとね....」
シリカは手をワシャワシャさせながら、あたかも気持ち悪さを表現する。
「でも、ユナさんはどうですか?お仕事絡みで言い寄るプレイヤーは多いと思いますけど」
「うーん。贈り物の中にそういうのはあるかな。基本、マネージャーが捨てちゃうけどね」
「それが一番です!その気だけで女の子を手駒にしようとする人ばかりで嫌になりますよ!――「どこかにキラキラな出会いはないかなー」って何度思ったことでしょうか…」
机に突っ伏しながら荒々しい口調のシリカにユナは苦笑していた。余りにもすがすがしい子だな。なるべくいい雰囲気にしようとユナが尋ねた。
「そう言えばさ、ユズルが無茶して倒れたって何かあったの?」
「あれ?ユズルさんから聞いていませんか?」
「一年ぶりに会ったし――
シリカは周囲を確認して言葉を選びながら話す。幻影の使用効果や発動条件。そして、数を出す度に理性を失い、本能のまま戦うようになるデメリット。知っている範囲を話し終えた後、ユナは微かに唇を震わしていた。
「そんなに危ないスキルなの――その『幻影』って」
「オレンジプレイヤーに襲われて使った時は、プレイヤーを殺めようとしていましたし....分かっていると、やっぱり心配になりますよ」
さらに、シリカはうなるように言い続ける。
「私は許したくない人をユズルさんは斬らなかったことに『よかった』と言ったんです。本当に優しすぎる人です――そんな人が、自分のスキルで人を殺めたならどれほど苦しむのか。そんなの見たくないんですよ....」
うつむき加減の彼女にユナも、また、シリカと同じ気持ちだった。話を聞いたユナはある決意を固めていた。苦しそうに辛い顔をする彼を――今はもっと近くで支えたいさえ思う。本当はもう少しシリカと話したかったが…時間は有限だった。もうすぐ約束の五分前に近い。お店を出た入り口の前でシリカが口を開く。
「思い切って聞いちゃいます――ユズルさんのこと、好きですか?」
「えぇ好きよ――ファンじゃなくて一人の男の子としてね」
「でしたら…傍にいてあげて下さい。ユズルさんにはユナさんが必要ですから」
二人は互いに顔を見もせず、お互いに頷いてから、急ぎ足でピナを迎えに行った。それ以来、シリカはユナの友人になった。共通する認識を知ることでお互いを思いやる、そんな珍しい経験もあるものだ。
一
ピナを迎えにきたシリカとは別にユズルはユナの変化に驚いた。悲しそうな、淡い雰囲気はどこにもない。どこかスッキリとした感じだ。ユズルはシリカにお礼を言うも「たいした事はしてないですよ」とシリカにピシャリと言われる。そのままシリカはユナとフレンド登録し、その場を後にした。
約束の時間から五分の遅れで、キリトやノーチラスが合流する。程なくしてアスナも転移門広場から現れた。
「遅いぞ~アスナ。またナンパでもされたか」
「からかわないでよ、キリトくん。ちょっとゴタゴタしてただけよ」
振り返ったアスナに、キリトが、にやけたような、からかうような顔をしていた。
「『ゴタゴタ』って、あんまり聞かないよな」
ノーチラスはヒソヒソ声でキリトに耳打ちする。しかし、アスナにはばれてしまう。
「何か言った?ノーチラス君?」
「何も言ってないぞ」
顔を赤らめながら抗議するアスナに、真顔で答えるノーチラス。怒りの形相は無く、目線だけが鋭くなる。だが、すぐに気持ちを切り替えたアスナは全員にアイテムが十分にあると確認し、五人はいそいそと迷宮区に向かった。
二
迷宮区の洞窟内はアスナが先頭に立って、湿地草原の森までやってきた。キリトは足場の萎びた草葉に暗く生い茂った木々の奥へと消えていく細い獣道を覗く。木の間から突風を吹かして皆の髪を乱した。アスナは平然と朗らかな口調でユズルに言う
「ユズル君、皆で狩りをするのは初めてだよね。色々緊張すると思うけど――私達でちゃんとエスコートしてあげるから安心してね」
細剣を装備して空いた片手に首輪の付いたチェーンをジャラジャラ鳴らしていた。あれこそ、よく犬を散歩させる時に使う必須アイテムだ。しかし、この周辺に犬やペットらしい生き物はいない。身の危険を感じたユズルは解いた。
「それは助かるよ。ただ、それは何の為に使うの?」
アスナが首輪の付いたチェーンを差し出すのを見て、ユズルは急いで言った。
「ほら、ユズル君は自由に歩いたりできないじゃない。プレイベートの狩り位は気ままにやらせたいと思ったの。だから、ローブの代わりにこれを首に付けていれば、他のプレイヤーに見つかっても誤魔化せる。自由で何も縛られずに楽しめるのよ!」
「なるほど。大体分かった。けど、ごめんなさい、丁寧にお断りします!――自分から縛られにいく趣味はないので」
ユズルは早口に撒き込まれ舌のまま、言い切る。多少興奮気味のアスナを全力で断った。他の三人は無言で足元を見ている。時々ユナはチラリとこちらの様子を見ていた。
「駄目だったかぁ。やっぱり首輪がいけなかったのかな。ユナちゃんはどう思う」
「え!?こっちに振らないでください....私にそんな趣味はありませんよ」
「でも、ユナちゃんは皆のアイドルだよね。もしかして男を首輪につけて飼いたいとか――」
「思いません。それでしたらアスナさんはお酒を飲まして人を食べちゃうタイプですかね?私の時も飲ませていましたし....怪しいなぁ」
いつの間にか性癖の探り合いが始まる。互いに探り合いと騙し合い。ユナとアスナによる高度な駆け引きに男性陣はドン引きしていた。キリトは「偵察に行ってくる」と離れていく。逃げた黒猫を軽く睨むユズルとノーチラスに対し、二人の駆け引きは加速していく。
「それは別の話よ。でも、年上の男性にするには抵抗はあっても、年下の可愛い男の子なら首輪につけて飼いたい――みたいなシチュエーションはドラマの定番じゃないかな」
「いつの時代の話ですか。純愛ドラマでもそんなシチュエーションは流行りませんよ」
現実世界と仮想世界を一緒にする闇はここまで広がっていたか。ユズルはノーチラスのそばまで歩いていき、隣に立って上空か洞窟か分からない天井を見上げた。ふと何かに気付いたユズルは、そっと耳打ちする。
「うーん....もしかして、ユナはそっちの気があるのかな?」
「俺は知らないが――最近の女子は男同士の恋愛、つまり『ボーイズラブ』に隠れてハマっている子が多いみたいでな。その方向なら....ユナも――」
「そんな訳ないでしょ!エー君!そこはちゃんと言ってよ!!」
明らかにユナは不機嫌だった。ノーチラスとユズルは周囲の索敵をしながら離れていく。二人は肩越しに振り返り、木々が邪魔して見えなくなるまで、アスナとユナを見守る。程なくして森の暗闇からキリトがぬぅと現れた。一呼吸置き、あたかも離れたもっともらしい理由で誤魔化す。
「おい。偵察していたのに何やっていたんだよ」
「何か知らない間に性癖暴露大会になってた」
ユズルの言葉で、吹き出しそうになるのを、キリトは必死で押し殺した。ノーチラスはともかく、アスナがキリトの方をじっと見たからだ。
「冗談はともかく、ユナに縛りたい性癖はないはずだぞ。アスナは…ちょっと分からないな」
ノーチラスが真面目に額に皺をよせ、ちらりとアスナを見た。まだユナと一緒に話をしている。未だに駆け引きをしている二人を他所に、キリトもアスナを細目で見る。
「アスナは少しずれているだろ。アレを見てみろ。首輪付きのチェーンを普通に持っているし…百歩譲って言い直せば好きになった男には相当尽くすタイプかもしれないぞ」
「キリト、それじゃ何だ?アスナは愛情が深い分他人から見ると『ヤンデレ』だ。でも、男からすれば信頼できる理想の女の子と言うことか?」
「大体合ってる。ただそれだと――アスナの愛情を受け止めきれる男って....」
「まぁ、早々に見つからないよな。あの見た目だからよくナンパされるみたいだけど…相手の方が気の毒に感じるぞ。『閃光』の異名の名前通り、アスナは速攻で振るからな」
「何か『閃光』の意味が違うと思うけど....妙にしっくりくるなぁ」
ノーチラスの冗談にユズルが軽いツッコミを入れる。三人とも同じ事を考えていた。
まばゆい笑顔に誘われた男達を速攻で振り払う姿のアスナ――圧倒的な高速攻撃と技のスピードで敵を振り払う細剣のアスナ。『閃光』の異名は、この二つからなぞらえたかもしれない。ユズル、キリト、ノーチラスは声に出さず、会釈と視線で納得させた。そうでもしなければ、にやけた顔を隠せない。駆け引きを終えた二人は妙な顔をするも三人は何も聞かず、見ずで押し通した。こうしなければ、後が恐ろしいからだ。
やがて木々の隙間からくる突風も収まる。キリトは偵察中に、突風のくるタイミングや安全地帯を確認していた。正確な情報に助けられた四人は、薄暗い湿地草原の茂みを進んだ。
三
湿地草原エリアを抜ければ、砂利道通りに入った。樹木の部分は安全地帯を確認し、五人は奥へと進む。湿った場所に似合う爬虫類モンスターが多く生息していた。特に『リザードマンロード』は厄介であり曲刀とバックラーを使うトカゲのような二足歩行モンスターだ。またソードスキルを扱い、地の利を活かした戦い方は初見では苦戦を強いられる。濡れた落ち葉に足元をすくわれるも、態勢を立て直しながら敵をポリゴンに変えていく。
出現率の低いモンスター扱いか骸骨の剣士モンスターもいた。名は『デモニッシュ・サーバント』。長剣とバックラーを使い、二メートルは超える身長に身体に青い
「ひぃ、スイッチ!!私、女の子だからお化けだけはだめなのよ!ユナちゃんお願いね!!」
「私も女の子なんだけど――なぁ!」
全速力で
四
砂利道を進めば、怪物の掘られたレリーフに灰色と薄青を混ぜたような扉を見つける。石造りの円柱が立ち並ぶ巨大な二枚扉。キリトはすぐに、メニュー画面から¨ボス¨と分かる色でマッピングをした。
「すぐ戦う訳じゃないけど…ちょっとだけでもボスを見ようか」
アスナの提案にノーチラスは顎を引く。
「うぅん…確認だけなら大丈夫か?そぅと開ければ、大丈夫か」
「いいんじゃないかな。フロアボスは部屋から出れないしね」
ユナの言葉にキリトは心配しつつも同意する。
「それなら、念のため回路結晶を準備しとくね。皆も転移結晶は準備しておこう」
ユズルの言葉に頷き、四人はいつでも転移結晶を使えるよう革袋に用意する。恐る恐ると扉を開いていく。先は肉眼で確認できないほど真っ暗な闇が広がっていた。扉から漏れた光は中央まで届けば反応し、奥から青く丸い玉が現れていく。まるで、火の玉ようにユラユナと揺れていた。アスナが火の玉に向かって言う。
「人魂…ってことは、ボスは、お化けなのかな….」
「まてまて、アスナ。そうと決めつけるのはまだ早い。奥に大きい影があるよね。あれがボスだと思うよ」
声が恐怖におののいているのが分かり、ユズルは冷静に状況を伝えた。ドア越しからノーチラスが片足を踏み込んだ。その瞬間――
獣の唸り声がフロアに響き、部屋全体に手前から奥の全てに青い炎を灯した場所に大きな物が姿を現した。恐ろしいモンスターだ。背は四メートル近くあり、青黒く赤い血管の浮き出た肌、岩石のようにゴツゴツとした筋肉質な巨体、丸くなった羊の角を頭に生やし、馬の突き出た嘴が特徴的だ。巨大な身体を支える足は大きく、牛の蹄は大樹ほど太く、艶やかに光っていた。腕が非常に太く、手にしている大剣はやけに小さく見えるほどだ。
「――ッ!!」
モンスターはドアから漏れた光に気付き、首を大きく振り返る。視線にプレイヤーを発見すれば、雄たけびを上げ、唾を撒き散らし、大剣を棒切れの如く振り回して直進する。
「きゃぁああああああああ!!」
「うわぁああああああああ!!」
薄暗く青い炎に照らされた青黒い肌に赤く光る眼が迫る勢いに恐怖する。キリトとアスナは悲鳴を上げながら今持つ最高の俊敏性で逆走していく。さらにアスナの振り回して勢いづいた首輪付きチェーンは運悪く、ユズルの首に装着する。
「は?ちょ、アスナ!?――あばばばばば!!」
逆走する力の強さにユズルの首は一段と締まっていく。気道は細く、僅かな息もできない。叫び声を上げられず、そのまま砂利道の小石に当たる感触を確かめながら引きずられる。何度も体位を変え、ユズルは気道を少しでも広げようともがき、動いていく。
「え!?アスナさん!!ユズル――ユズル思いっきり引きずってますよ!!」
「え?おい!俺を一人にしないでくれ!!」
脱兎のように逃げるアスナとキリトに合わせてユナとノーチラスは戦線を離脱する。ドアの隙間から大きな土煙が舞う。激しい地揺れと共に、モンスターの雄叫びが迷宮区の洞窟に木霊した。
エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査
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孤独な少女(シリカ編)
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人の温かさ(リズベット編)
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働くAI(ユイ・ストレア編)
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超食べたい(ヒースクリフ編)
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受け継がれる幻影(???編)