幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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第十話で登場した彼が再登場する予定でしたが尺の都合で次回に持ち越されました。
 ファンの皆さんにお詫び申し上げます( 一一)


26話 狭間の宴

 後ずさりしたクラインに喜びは無く、むしろユズルを拒絶していた。転移結晶を使用して一人でどこかに転移しようとする彼が気付いた時には、もう三人のギルドメンバーに抑え込まれて地面に組み伏せられていた。

 バンダナに口ひげの男性と黒髪で顎髭を整えた男に両手を押さえつけられる。一番若いプレイヤーは全身で両足を固定させた。ユナと話していたオブトラは一瞬怯むも、会話を切り上げて助勢に加わる。

 

「今日こそは逃げんなよ!ちゃんと話し合え!」

「離せ!!一体どの面さげて会えばいいんだよ!」

 

バンダナをした赤い腹当て男に癇癪を炸裂させる。全身重装備に固めマントを着用した男も便乗して言い返す。

 

「たった今、会ってんだろ!!現実逃避するなよ、リーダー!!」

「うるせぇ!!ここは仮想世界だろ!!現実じゃねぇならノーカンだ!」

 

クラインの支離滅裂な言い様に、カル―は抑え込む四人を激励する。

 

「トーラス、ジャンウー、アクト!!ぜってぇリーダー逃がすなよ!ここでケジメつけさせる!!」

「「おう!!」」

 

勇ましく言うも風林火山で随一の巨漢を持つカル―が助勢しないのは何故だろうか。ユズルにはいささか疑問だった。口ひげを生やしたジャンウーと黒髪のアクトと呼ばれた二人は息を合わせる。返事のないトーラスは激しく抵抗を見せる両足に余裕のない視線を送っていた。

 

「カル―、何でクラインはあんなに取り乱しているの?」

「――何時だったか、今はアインクラッド解放軍の連中に仲間を人質にされてよ。そこにいるトーラスだ。フレンド登録してたアイツぁ嫌々お前の討伐に協力する破目になってよぉ。それ以降、強くなりてぇとひたすら攻略組を目指すように狩りをやり始めてな....」

 

 苦々しいカル―を他所にユズルは顔をしかめる。クラインが討伐に加担した時期は第十九層のラーベルグ襲撃だろう。協力の部分もおおよそマップとフレンド登録のリストを開きながらユズルの居場所を伝え続けたといったところだ。ただ、それだけで取り乱すには度が過ぎる。

 

「それだけか?まだ何かあるよね。風林火山との関わりなら、後は第四十層の撤退作戦くらいだ――知らない間に何かあった?」

「あぁ、お前さんの言う通りだ。あの作戦以降、俺たちのギルドは一瞬で有名ギルドに成りあがった。初めは喜んでいたけどな――その――ついうっかり、お前を一人残して離脱した話を聞いてな。

生きてんのか、死んでんのか全く分からねぇままだからリーダーは荒れちまいやがった。暫くして、おめぇがギルドに来てくれたよな。生きてると分かってもリーダーはなんて詫びればいいか、分かんねぇんだろうな」

 

 何度ギルドを訪れても一向に会えなかったのは責任を感じて避けていたからか。行くたびにぎこちなかった雰囲気も納得できる。ラーベルグの裏切り行為は人質を取られていたなら仕方のない。だが第四十層の撤退作戦に至ってはお門違いだ。

 あの作戦は戦闘経験のあるカル―とオブトラが一度は崩れた戦況を立て直さなければ成し得なかった。回路結晶の撤退も事故と見せかけた『犯罪者』を狙うモンスタープレイヤーキルの様なものだ。クラインだけに押し付けられた責任ではないに、ユズルは偏頭痛を覚えた。

 

「クライン…別に気にしてないと言えば嘘になるけど、気にしてないよ。それに――」

「気にしてねぇだと?そんな訳あるか!!何も悪ぃこともしてねぇのに寄ってたかって、ユズの字をハネモノ扱いしてよぉ。俺もどうかしようとやった事が全部空回りだ!――全部....オメェを苦しめるばかりで何もできなかったんだぜ....」

 

ユズルの哀しくも沈鬱に眉を寄せて深々と嘆息する様子にクラインは湧き上がる憎しみを吐き出し――すぐにガックリと項垂れた。しゃくりあげるクラインの肩にそっと手を置いて、ユズルは優しくあやすかのように慰めの言葉をかけた。

 

「クライン、何度も会いに来たことも苦しめたと思うならそれは違うよ。あの時に変装までしてお忍びで愚痴を聞いてくれた時にどれほど励み、いかされたと思う?

 独りよがりの孤独を埋めてくれて「約束を守る」「生き抜いてやる」って決意したんだから…兄貴のしてくれたことは決して苦しめるばかりじゃないよ」

 

ユズルとしても、もちろん理不尽や弱者を攻めに快楽を見出すプレイヤーへの憤怒はある。が、一方では忌々しくも認めざるを得ない安堵はあった。一歩間違えれば、クラインは疎か逸話繫がりでキリトも殺されていた。プレイヤーに紛れたGMを倒すか百層までの到達をクリアとするソードアート・オンライン。誰が味方か敵かも分からない殺伐とした世界だ。

 幻影のローブを手に入れるまでクラインとキリトに会わなかったのは、むしろ良かったかもしれない。

 

「それに僕達は一緒に生還を誓った義兄弟だ。やけを起こして取り返しの付かなくなった方が一生後悔していた――本当に兄貴が....無事で良かった」

 

 純粋に安否の労いはクラインの心に届いたかは分からない。額を地に潰すほどの大声を上げて泣く彼にジャンウーとアクトはなかば反射的に抑えていた拘束を緩める。必死の抵抗に両足を押さえつけるトーラスに、強引な手際でオブトラが引き剥がす。

 ただ【風林火山】のメンバーが涙ぐむ姿から攻略組のアスナやノーチラスやキリトは彼らの苦悩と絆の強さを理解したのだ。このクラインを頭にチーム全員が胸に秘めた、他人を思いやる深い思慕を。

 

 

「すまねぇな。こんなみっともねぇ姿、見せてよ」

「やめろよ――それくらいは何時もの様に笑い飛ばしてよ」

 

静かに呟いたクラインの言葉に、ユズルはそっけなくも兄貴分である彼の顔を軽く見る。

 

「アスナ。もしよければこれから食べる昼食に風林火山も混ぜていいか?」

「いいわよ、皆と食べれば楽しいし――色々と話を聞いてみたいしね。でも、お肉足りるかな?」

「メンバーも六人いるから、肉のストックはあるだろう。ちょっと聞いてくるよ」

 

振り向いた途端に食材が足りないという懸念は一瞬で解消された。十一人で囲む昼食のテーブルに鮮やかな彩りの野菜や肉が、五人の眼前に置き並ぶ。ごちゃ混ぜの食材に紛れ物の中には市場では、まずお目にかからない食材もちらほらあり、森林の寒風に頬を染め、未知なる味を期待するかのような顔に変わる。

 

「こんなもんだが――足りるか?」

 

 クラインが言った時には、五人は目をランランと輝かせていた。アスナの開発したほろ酔い成分を無くしたブドウジュースと手作りサンドイッチと共に、銀串に焼かれた肉と野菜をテーブルに運ばれた途端、場の空気は豹変した。張り詰めた雰囲気はなく、唄や踊りに笑い声のある食事は、ランチよりも宴に近い。

 

ユナと一緒に肉や野菜を焼いていたユズルはテーブルの方をチラチラ見たが、アスナは楽しそうで、落ち込んでいた様子もなくキリトとなにやら生き生きと話していた。次にユズルはノーチラスへと目を移した。ノーチラスは風林火山のメンバーと笑い合い、時にアスナの方をチラチラと見ていた。彼が彼女を元気にさせたのだろうか?

 宴の締めくくりは、ユナによるプライベートライブだ。ロックを思わせる輪郭をはっきりさせた高音に横ノリの曲調を合わせた軽音なリズムに伸びやかな声を乗せていた。マイクがハウリングするトラブルも人差し指を軽く当てたウィンクをする。どことなく愛嬌のある仕草であり、集団ライブで歌う小悪魔たる居住まいに、これはこれで人を魅了する彼女の存在感といえよう。

 

 

「――はーい!私のプライベートライブでしたー!!」

 

 得意げに張り上げるユナに、興奮と熱気を我慢せずに放出する傾聴者。今のささやかなプライベートライブをした理由を理解しているのは、当事者のユナだけだ。風林火山の話した苦悩の裏に、ユズルが追い詰められた顔をするほどの恐怖と当てはめていた。

 

クラインの説得に彼は嘘をついていたわけではない。彼の弱さを知っていたからそう聞こえたかもしれない。ただここにいる誰よりもごく繊細な、ほんの(りん)のような光にしか見えなかった。彼を癒すために歌を唄い、知り合いと仲間を楽しませる時間(とき)はライブ以上の高揚感と涼風のような歌声に、彼女本人すら戸惑いを覚えた。

 

この張り裂けんばかりの胸の高鳴りは忘れることはできない。たとえ心に蓋をしようと、忘れられるはずもない。たった数分だが、黒いフードでない想い人を強く意識した光景は、彼の魂と同調(チューニング)したと錯覚するほどだ。しばらくの間に慣れ親しんでいた心の乾きと虚無感は無い。ユナの心は滾々(こんこん)と沸きだす水々しさに、砂に隠れていたビー玉が燦然(さんぜん)と輝いていた。

 

後片付けにテーブルを仕舞おうとしたユナに、ユズルはひそかに呼びかける。

 

「人気になってから聴きに行けなかったけど....久しぶりに聴けて――ますますユナの唄が好きになった。ありがとう」

 

淡い微笑みを直視できず、ユナは顔を逸らした。歌の反省会と予想していた以上に、フード越しではないユズルの笑顔と「好き」という言葉はユナには過ぎた幸福だった。初めて手紙を貰い、強く、長く想い続けていた故に――聞きたかった二文字の言葉。感情が高ぶるあまり、ユナは反射的に胸の内を全てさらけ出す言葉を、寸前の所で押し留める。ユズルは私を「好き」とは言わず、私の唄を「好き」と言ったに過ぎない。動悸が収まるのを待ってから彼女は明るい声で振り向いた。

 

「どういたしまして。私もユズルが楽しんでくれて良かったわ」

 

お互いに頬を薄く染めた横顔に思わずひっそりと笑い合う。この夢見心地を終わらせたくない。今この場で秘めた想いを吐露し、しがみつき、彼と恋人になれればどれほど心地よいか。だがそうすれば、裏切りや失う恐怖に怯える彼は、必ず拒絶する。二度と会えなくなる恐怖に――ユナは一線を踏み越えられなかった。

 

 

幻影のローブを長時間外した自由さにすがすがしさはあるものの、ユズルは奇妙な感覚だった。気の合う知り合い同士による素顔で語り合い、宴のように騒ぎ合うなど、こんなことを忘れかけていた。クラインとのわだかまりを解消できただけではない。恋い焦がれる人による唄にも励まされた。最高の一日と、ユズルは胸を張って言えよう

 

第七四層の森林に囲まれた安全地帯の後片付けも、十一人もいれば早く片付いた。トーラスが余った食材を入れるとき、はっきりと、いかにも凛とした声が聞こえてきた。

 

「誰か来るみたいだな――ユズの字は隠れた方がいい。血盟騎士団の三人は変装した方がいいな」

 

クラインは砂利道通りの空洞を見つめたまま、視線を見ずにむんずりと立ち上がる。眉間を寄せた顔に、鋭い視線を光らせた。ユナは白のフードコートを装備する。何度もアイテムストレージを確認するアスナは、焦りの表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさい…変装用の服を忘れたみたい」

「副団長――気を悪くしたら悪いけど…隠れる方法はある」

 

 ノーチラスは自分でも豪胆と言える提案をそっと耳打ちする。急激に耳まで赤くなるも返事をせずに「はい」の意味で俯く。変装用に茶色で服の先がほつれたコートを身に着け、コートの前ボタンを開き、アスナを軽く抱き寄せて全身を包み込む。コートにアスナを包み隠した後にノーチラスは≪隠蔽≫を呟くともに、アスナの気配を遮断させた。

 

 

数秒後、十二人の男性プレイヤーが現れる。誰が見ても異常な光景だ。槍を杖代わりに歩く者、肩を借りながら足を引きずる者もいれば耐久値を気にせず、剣先を杖代わりに歩く者もいた。にもかかわらず、さっきから前を歩くプレイヤー二人は目もくれない様子だ。

 

「あ?解放軍の奴らが、何でこんな場所にいるんだ?」

「たしか一層から五十層までの治安維持をしているはずだよね」

 

 素っ頓狂な声で噛みあわない会話をするユズルとクライン。ユズルからすればすぐに答えはでていた。アインクラッド解放軍には秘かに攻略組を目指す部隊を編成し、自分の命を狙っていること。巨大になりすぎた組織をディアベルやキバオウたるリーダー達が統括しきれていないこと。シリカとアルゴから聞いた情報を合わせれば、最前線に来た理由は指導者の「独断」である可能性が高い。

 アインクラッド解放軍が統治者を無視し、最前線におもむく暴挙に出たことにユズルは不安と苛立ちを感じていた。

 




展開に時間をかけましたが、ようやく書くことができました。

・クラインが「守りの戦を得意とする」背景の裏に隠れた無念を払拭した
・ユナが「唄に対するモチベーション」が何であるかに気付いた
・新たな恋物語の予感

特にクラインとユナの所は、前から書きたかった分だけ喜びも大きいです!(^^)!
 ただ、心理と背景を合わせて書いた分だけ他よりも展開が遅いのはお詫びします。到らない作者ですが、これからもどうぞよろしくお願いします(*^_^*)

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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