幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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注意です!!
 今回ヘイト要素、相手を差別する言葉があります。
ご注意ください。


27話 行き過ぎた理性

「休め!!」

 

黒鉛の鎧を着こなした黒い仮面を被った大男の掛け声が轟き、疲弊していた十人は座り込む。安全地帯の隅で休ませるやり方は基本すら分かっていない証拠だ。仮面越しに目をぎょろりと睨みつけた大男は、大袈裟な足音を立ててこちらに来る。

 

「何だ?アイツぁ警戒ってもんがねぇのか?あからさまな挑発してよ。よし、俺が――」

「…クライン。僕が行くよ。一応【何でも屋】や【商人】の肩書きもあるから話しやすい。それに、ギルド同士の軋轢は避けた方がいいよ」

 

 自分を省みず相手の見下した態度に、不敵な笑みでクラインは放言した。クラインの意気込みを無視し、ユズルは即答で応じる。アインクラッド解放軍の悪さはディアベルからも更生の余地は壊滅的と聞いていた。その真意を測る意味もあった。

 

「私は【アインクラッド解放軍】所属、コーバッツ中尉だ」

「私は何でも屋を営む商人という者です」

 

なんとなく威張った話し方をする中年の男性だ。仮面を外しても茶色の短髪がギザギザして見開いた目によりきつい印象を受けた。

 

「ふむ、貴様はこの先まで攻略しているだろうか」

「この先というのは…?」

「このフロアにいるボスの部屋だ。そんなことも分からんのか」

「私は知りえませんが、大方の攻略は終わっていますね」

 

 ユズルは嘘を言っていない。知っている範囲はボスの居場所しか知らないからだ。下手(したて)で拝謁するユズルを見てコーバッツは段々と愉悦感を味わっていた。

 

「では、そのマップデータを提供してもらおうか」

「なっ!?マッピングがどれだけ大変か分かって言ってんのか!」

 

そう叫ぶクラインに、コーバッツは顔面に血管をむくむくと這わせる。

 

「我々は常に正義を掲げ秩序を維持すると共に閉じ込められたプレイヤーの為に日々鍛錬を積み貢献している!その対価としてこの要求は当然だ!」

 

 おごり高ぶったコーバッツの態度、しかも商人に対して『購入』ではなく『提供』を要求するなど盗むもいいところだ。いや、実際は盗みではあるが。

 まったく話の通じない相手に、ユズルは頭を掻きむしる困ったフリをする。ともかく、こちらが先のマップを持っている限り、コーバッツは一向に引く気はなく、アインクラッド解放軍の正義に反する者として暴力と脅迫を行使する気でいるらしい。なるべく最もらしい理由から、相手の言う『正義』を見計ることとした。

 

「申し訳ありません。こちらとしては護衛を頼んで手に入れた情報ですからね。軍の正義と言えども、タダで渡すに――」

 

言い終わるより前に、腹部に強烈な衝撃がユズルを襲う。後方に吹き飛ばされてしまい、クラインに支えられた挙句、地面に崩れ落ちる。よほど腹の虫を刺激したか、片足を正したコーバッツは目を剥いて形相を変えた。

 

「何を勘違いしている下層民――私は交渉してはいない。軍の正義による『命令』を発している!商人風情が我が軍の正義を語るな!!」

 

 ユズルは腹部の鈍痛を慣らしながら初めから交渉の余地などない事実に早く気付くべきだったと後悔していた。コーバッツから発せられるのは、行き過ぎた理性で塗り固められた正義のみであり、本能のみで生きる獣とさして変わらないのだ。もう少し時間を稼げれば妥当案も出たであろうが...両ギルド同士の緊張は爆発寸前まで高まっていた。

 ノーチラスはアスナを≪隠蔽≫で隠す役割で動けないも、敵意を剥きだしにしていた。【風林火山】もクラインを初め、特にカル―とオブトラはコーバッツに強く(がん)を飛ばしている。キリトとユナは傍から何も窺えないも、コーバッツがユズルを蹴り飛ばした、そのときから、何かが決定的に変質していた。

 

「――ッ…分かり、ました。私はボスまでの道のりを知っています。マップコピーで良ければ、無料で差し上げましょう」

「それでいい…協力感謝する」

 

 人数だけは最大規模をほこる【アインクラッド解放軍】と【月夜の黒猫団】【風林火山】【血盟騎士団】と軋轢を生めば、狩りや相場による小競り合いが散発し、極限まで行けば死合いによる一大騒動を起こしてしまう。動きにくい身体でマップを操作し、現在地からボスまでの道を書き記したデータを、コーバッツに譲渡した。

 

「初めからそう渡せば良いのだ――痛い目を会わずに済んだものを」

 

コーバッツは口元をひん曲げ、乱暴に画面を押し、鋭い眼光を細めながら辺りを見渡した。商人の依頼したプレイヤーを品定めしているのか。いずれにせよ、相手もギルドに所属している攻略組のプレイヤーに手を上げるほど馬鹿ではないはずだ。

 

「そこの――お前」

 

 コーバッツはもう一人のプレイヤーを両脇に並べ、白いフードを被った少女に声をかける。

 

「進軍中にも聞こえた歌声に聞き覚えがあったが――貴公はアインクラッドの歌姫か?」

「ええ、そうですよ」

 

ユナはフードを深く被り直して素っ気なく言う。

 

「貴公の歌声は戦闘が有利になるバフを付けるな。ならば、攻略の為に我らに歌って頂きたい」

「今日の私は依頼されて護衛で来ています。他のメンバーに歌が好きと聞いたので、はるばる私は承諾してきました」

 

断固として言い放つコーバッツを、ユナは冷ややかに丁寧な口調で返す。僅かに鼻先で笑いも含めていた。ウソを嘘と思わせない彼女の威厳は、コーバッツの威厳を揺らすには十分だった。

 

「アインクラッド解放軍の『正義』に合わせて、「さあ、歌え」と下層民に命令する様に言われても、私は自分を卑しくしてまで歌いたくはありません」

「……ッ!」

 

 すかさず反論しようとしたものの、コーバッツは言葉に詰まった。歌姫の侮辱は【血盟騎士団】と【歌姫のファン】を相手にするとなり、慎重に言葉を選ばなければならない。その僅かな沈黙の隙を逃さぬとばかりに、ユナは重ねて畳みかける。

 

「もし攻略ではなく歌が好きであれば、マイクを用意し、ステージを作り、楽しんでくれる人が入れば唄います。それだけ用意して頂ければ、私も皆の為に心を尽くして唄いますよ?」

 

 拒否はぜずとも、ユナは歌を拒絶する言い回しをする。コーバッツはユナの言った意味を考えていた。数秒後、言葉の意味を理解した彼は鼻を鳴らして踵を返した。疲弊したプレイヤーに近づき、「たかが小娘が。アインクラッドの恥さらしめ」と小声で言う。

 

「さあ立て!貴様らの所為で休憩を挟まなければならなくなった!遅れを取り戻すぞ!!」

 

コーバッツは疲弊しているプレイヤーを罵倒し、指揮が執れるほどに溜飲を下げてから、進軍の指示を出す。渡されたコピーマップを見ながら進軍をするコーバッツに、これまで静寂を貫いていたキリトは、視線だけを見つめて、命令口調で言った。

 

「おい…ボスにちょっかいだすならやめといた方がいいぜ」

「それは私が判断する」

「これ以上は言わないが――そいつらを¨捨て人¨にするなら全力で止めるぞ…」

「軍をどう『使おう』が私の勝手だ!!この程度で根を上げる軟弱者ではない!!」

 

『捨て人』の言葉に、ほぼ反射的に『使おう』と激高したコーバッツは、軍を配列して進軍を開始した。憮然となるアインクラッド解放軍を放置し、ただキリトは何も言わずにこれから起こる残虐な展開に、胸の内の癇癪を抑えていた。

 

 

「本当に大丈夫かよ、あの連中…」

「いくら何でも、いきなり本番でボスに臨んだりはしないと思うけど…」

「あれ、アスナさん。いました?」

「最初からずっといたわ」

 

どことなく現れたアスナに、索敵能力値に自信のあるクラインは少しだけ驚く。先ほどまでアスナはノーチラスのコートに隠れてアインクラッド解放軍の一部始終を覗き見ていた。

 

「キリト。さっき¨捨て人¨って話したみたいだけど…相当酷い何かなの?」

「そうか、ユズルは知らないはずだよな。¨捨て人¨はレベルの低いプレイヤーがボスに攻撃して注意を逸らした時に、高レベルのプレイヤーがソードスキルを叩き込む戦術だ。

ただ、低レベルプレイヤーは犠牲になる。第二五層で使われたやり方だが、今はギルドマスターが発案・禁止している戦術だ。やるはずはないと思うが――」

「やると思う。あの人、『正義』のまえに人の命を簡単に切り捨てる事を割り切っていたし」

 

言い終えるよりも、先にユナから横やりが入る。キリトは、言い切った後にユズルを眺めるユナの眼差しに、驚いていた。同じ様な眼差しをする女の子を見たことがあったからだ。

 

 リズベット工房で新しい武器を作るに必要な素材を求めて、鍛冶屋の店主と共に深い穴に落ちて生存反応も途絶え、メールで安否を伝えることのできない状況だった。無事に帰った時に、迎えてくれたサチは「死んじゃったのかと思った」「ずっと怖かった」と泣きじゃくっていた。あの瞳は、半夜のサチの面影とあまりにも重なりすぎた。いわば何か大切な人を失いかけたような目とよく似ていた。

 

彼女の訴えが、キリトにとってコーバッツは¨捨て人¨をすると確信できた。それだけでなく、霧で見えにくかった心に自分自身を投影していた。

 

 サチを泣かせた日から考えていた。自分は何の為に戦うのか。俺は皆が好きだから――誰も失わないように、誰も遠くに行かないように、ずっと剣を振るってきた。第五十層で手に入れた『新しい力』も目の前にいる人を救える力だ。だからもう自分の取るべき行動は決まっていた。

 

「悪い。お人よしと思うが…俺は追いかけたい。捨て人になる人を救いたい…」

「まぁ、キリの字がそう言うならいくぜ。このままじゃ目覚めも悪いしな、コーバッツはムカつくが」

「私も捨て人なんてやり方認めたくないし、キリト君が言うなら行くかな。あの人は論外だけどね」

 

 クラインの合意を交えたコーバッツの批判に、アスナも便乗した。また第二五層の残虐な光景を見なければならない背徳感に悩む一方で、彼は同じ志を持つ二人の勇気に感謝していた。

 毅然として応じるクラインとアスナの横顔は、戦場に臨むのとさして変わらない引き締めた顔に静寂に静まり返った洞窟には、攻略組随一の実力を持つ三人により、ほのかな闘気が宙をうねった。

 




【用語解説】
 
・下層民...
 商人や下層にいるプレイヤー等の戦闘に貢献しないプレイヤーを指す言葉。反語に上層民は攻略組やギルドマスター等戦闘に貢献するプレイヤー。有名ギルドにいる人も上層民に当たる。
 元ネタは差別用語になる為、ここでは記載しません。

・捨て人...
 安全レベルに満たないプレイヤーにボスを攻撃させ、ボスの攻撃をした硬直状態の隙に、ダメージを与えるプレイヤーが集中攻撃する作戦。ただし、囮になったプレイヤーは死を覚悟しなければならない。
 元ネタは艦隊これくしょん『捨て艦』。運営としては「心情的にはやって欲しくはない」戦術である。

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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