幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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アニメでも人気の回ですね!!
 キリト君がかっこよく見えれば良いですが...
是非お楽しみ下さい。

【注意書き】
※アンチ・ヘイト要素があります
※ボスによる残酷な展開があります。
※歪んだ人間の思想があります。

ご了承下さい( 一一)



28話 二体の悪魔

 決意を固めた三人は、ユズルから回路結晶でボス部屋の入り口まで移動するやり方を聞き、頭の熱を一旦だけ胸に押し込める。アインクラッド解放軍を追う時間は作戦を立案する時間に変わるも冷えた頭に反して暗然とした心は、さらに暗くさせていた。

 今回は安全レベルに満たないプレイヤーを一人でも多く生還させる作戦。だが、テーブル上にボスの特徴を書き記した用紙を広げれば、壁役も攻撃役も足りないお蔭で、身の安全を守れるかさえ分からない状況だ。

 

 アスナは青黒い肌のボスモンスターに難色を示していた。大剣を軽々と振り回す筋力に部屋の奥から扉までの長距離を瞬時に走る俊敏性を兼ね揃えたモンスターなんて、アスナにしてみれば、反則もいいところだ。クラインも僅かな情報に気ぜわしなく速足で歩き回り、僅かでも生存率を高める可能性に脳電を走らせる。クラインは安全地帯を行ったり来たりして辺りを動き、はたと止まったかと思えば、また歩くを繰り返していた。

 

「圧倒的に壁が足りねぇ。情報通りなら五人一組で攻撃を受け止めてぇから最低十人は必要だが――ウチで回すならカル―とトーラスとジャンウー、後はノーチラスの四人だ――いくらなんでも危険すぎる…」

「攻撃は、キリトくん、クラインさん、オブトラさん、トーラスさん、ユズルくん、私を入れて六人ね。三人一組で分けられるけど――守りも高いなら早くポットローテをしても後半は息切れして勝てない…」

 

 僅かな勝機の見えない戦闘に誰も口を開けなかった。壁になる人数もいなければ、殿を回す人員もいない。高い俊敏さもあれば撤退は困難となり、ボスは絶対に倒さなければならない。一時間以上の戦いで体力を削るやり方とは真逆に、幾分の時間を与えずに短期戦による戦闘など成功例がない。

 この理不尽な状況に暗影を落としかけたアスナとクラインは、メニュー画面を操作するキリトに気づかなかった。テーブルにゴトッと鈍い音の視線の先には、キリトの愛用する黒い剣とは対象に、白い刃先と薄青を合わせた水晶のような剣だった。

 

「クライン、アスナ――隠していた訳じゃないが、俺にはエクストラスキル【二刀流】がある――二本の刀を高速で使用できるスキルだ。ボスの懐まで行けば、高性能のこの武器で攻撃し続ければ、ボスを倒すことができる!捨て人をする隙も与えずに攻撃すれば助けられるはずだ!」

「それじゃ守りはどうすんだよ!オメェ一人で命賭けるつもりか!?」

 

 新しいスキルは気になるも、キリトの提案はクラインからすればキリトが¨生きる¨か¨死ぬ¨かの博打だ。突破する可能性は一番高い最善案だが、採用を認めたくない彼は次善策を考え始める。焦りのクラインに対してユズルは水晶の剣をしげしげ観察しながら言う。

 

「なら僕はノーガードのキリトをサポートするよ。僕のスキル【幻影】は分身を作り出せるものだから…これを使えばボスを攻撃して注意を逸らせる。それなら――」

「ユズル、そのスキルは使っちゃダメ…シリカちゃんから聞いたよ。そのスキルのデメリットを――本当に大丈夫なの?」

 

小声で耳打ちをするユナは伏し目がちなユズルに言う。

 

「…ゴメン、目の前で何かを失うよりは――やれることは全部やりたい」

 

 ユズルは薄く逼迫した顔で、まるでこれが一番の最善策と思い込ませる様子で、そっと耳打ち返した。クラインに【幻影】のメリットのみを説明するユズルに――少しずつ何かが壊れていくかのようで、内心穏やかではいられなかった。

 最終的に六体の分身を壁で出す提案に決まり、一瞬だけいまいましさと苦々しさの入り混じった顔つきをしてしまう。すぐに、顔を引き締めた彼女は撥弦(はつげん)楽器を取り出し、軽やかに弦を弾く。

 

「突入前にありったけのバフを付けるよ!歌い終わる前に戦闘の準備をして!」

 

作戦会議を終えた皆にユナはややヒステリー気味に言う。周囲は鎧や武器を切り替える数分の間に赤色の音符や水色の音符の付いたマークが立ち並ぶ。どれも短期戦に持ち込むには最適なバフに、キリトやクラインやアスナを含めたメンバーは段々と明るい顔を帯び、ユズルもメニュー画面に浮かぶ音符に触れ、説明を黙読した。

 

≪陽炎の祈り≫――攻撃力のボーナス。

≪水音の加護≫――俊敏力と麻痺耐性、自然回復のボーナス。

≪風音の護り≫――防御力と毒耐性、スタン耐性のボーナス。

 

短期戦に合うバフを確認し終えたメンバーは、ユズルの回路結晶を使用し、空間に歪曲した青い渦巻きに飛び込んだ。

 

 

 眼前に映る光景は地獄と言うには生温く、戦闘という言葉はあまりに甘美に聞こえた。それまで救出に闘志を燃やしていたメンバーが、二枚扉の開かれた先の一歩を躊躇するほどだ。今まさに手を伸ばし、青黒い肌のボスモンスターは手近にいたプレイヤーの片足を摘み、宙づりになった男の両手と両足を掴む。

 

「ぎゃああああ!!」

 

腹部から引き千切れる肉の音。飛び散るポリゴンは綺麗な半円の放物線をえがく。離れた下半身になお消滅せずに残る上半身から痛ましい悲鳴が上がった。下半身を咀嚼するボス≪ザ・グリーン・アイズ≫は人骨を噛み砕く鈍い音を洞窟に響かせ、全軍の指揮をとるコーバッツは眉一つ動かさずに、残った上半身をボスに投げつけて消滅させる。

 

「中尉命令だ!強き者の盾となれ!!軍の正義、解放のために――命を賭けろ!!」

 

 疲弊した八人の肩は震え、腕にまで汗をかき、声にもならない叫び声と共に、剣や槍を投擲する。無謀の突入に二人を身代わりに、ダメージを与えるはずの一人の断末魔は彼らの脳にこびり付く。解放とか正義とかよりも――目の前のコーバッツが同じ人間なのか、ボスモンスターと同じ悪魔なのか、もう分からなくなっていた。ただ、『生きたい』としか分からなかった。

 投擲スキルの無い、ただ投げるだけの槍や剣にボスの注意を引くことはなく、≪ザ・グリーム・アイズ≫は眼前に向かってくるプレイヤーを左右に叩き落とし、もう一人は蹄で蹴り飛ばす。左胸から左脇腹が跡形も無く消し飛ばされた様子も、コーバッツはボスに目をくれず腰の引けたプレイヤーの足に狙いを定める。

 

「臆病者は俺が斬る!!我が軍に弱卒は要らん!」

 

振りかぶる腕におぞましい激痛の一撃が彼の上腕を襲う。

 

「なっ――」

 

手首を動かす感覚から肩を回す感覚のない様を、コーバッツは信じられなかった。

 

――自分の両腕が無い。

 

 ただの一撃で、あっさりと両腕を切断された。何人もの部下に拳を振るい、誰よりも絶対的な正義を信じ、腕っぷしで中尉まで登り詰めた自慢の腕が消え去った。いや、奪われた。下層民と嘲笑った黒いフードを着たプレイヤーに奪い去らわれた。痛みよりも、尊厳を奪われた喪失感が、コーバッツの心を真っ黒に染めた。

 

「貴様ァァァ!!」

 

コーバッツの顔は憤怒に歪み、見る影の無いほど餓鬼化した。アインクラッド解放軍の聖戦をぶち壊し、弱卒の人種に誇りを穢された。傍目で見ればただの殺戮であるかもしれない。だが彼にとっては健闘を邪魔されたことが――ボスを倒す結果を横取りされることが腹ただしくて仕方なかった。

 

「これより前線部隊を切り替える!負傷した兵は引き、現存兵は負傷した隊を支えろ!」

「勝手に――」

「その後は歌姫の指示の元、入り口の安全地帯まで非難しろ!最後にこの言葉は三大ギルドの通達だ――『生きろ』」

「――ッ!!」

 

 コーバッツの怒りの眼差しを、意にする事無く、黒いフードを被ったユズルは声を張り上げた。

 

「皆さん、こちらに避難してください!ボスは引き止めていますから慌てずに!」

 

 ロイヤルブルーの布防具を身に纏い、羽根つき帽子を乗せたユナは敵を警戒し、アインクラッド開放軍の八人と共に避難を始める。ユズルは砂地を蹴り上げ、ボスに向かう。誰一人として命令に従わず、年長者よりも若造の命令を聞く生き残りを、コーバッツは彼らの愚に憤りを感じた。

 二人の言霊(ことだま)はアインクラッド開放軍の八人に生きる希望を与える反面――視線すら向けられないただ一人の独善者は、怒りに瞳を濁らして、いた。

 

 

ユズルは壁役に六体の分身で応戦し、本体はアスナとの連携攻撃に集中させていた。ザ・グリーム・アイズの大剣にふと悪寒に囚われたアスナとユズルは反射的に後退する。大きな砂埃に先の見えない様子の内、すぐにユズルは気になった部分を整理していた。

 

 固有名≪ザ・グリーム・アイズ≫の別名は¨青眼の悪魔¨――人体の部位破壊に敵を攻撃するその姿を、初めは名前に恥じぬボスとしか思えなかった。だが戦い方は他者をいたぶる残虐な戦い方にも関わらず、安全マージンに満たないプレイヤーを大剣で斬らずに叩く行動はあまりにも不自然だ。一番ダメージを与えるべきコーバッツを無視している姿も気になる。どこかモンスターが残虐性を演出している様は――冷静で賢すぎていた。

 

「アスナ、キリトの準備はどう?」

「今はまだ駄目!――せめて一瞬でも隙をつくらないと!!」

 

厚い肌にゴツゴツした筋肉は大岩並みに固く、細剣を弾かれてしまい、アスナは焦燥を隠しきれなかった。アスナが地に力を入れて勢いをなくすと同時に、ユズルは短刀を蹴り上げるが、ボスの注意を仕向けるまでには至らない。

 

「――やはり正面は難しいか。ユナのバフが切れるまであと二分。せめて一分で態勢を崩したいか」

 

独り言で、ユズルは早急に切り出した。

 

「前の大剣だけ意識しろ!!――弾けば隙ができるはずだ!」

 

右翼に控えたクラインはカル―とトーラスの攻撃に合わせて大剣を弾く。続けて左翼にいたカル―とノーチラスに分身を合わせた攻撃をボスは正面から受け止める。バフの恩恵で一本のゲージの減少では時間が足りず、あと九十秒で戦闘は困難となる。叱咤激励の飛び交う洞窟に、さらなる死闘を繰り広げ始めていた。

その中≪ザ・グリーム・アイズ≫に興味を寄せていたユズルは、ある賭けを思い付いていた。

 

 

「あのボスはずっと正面ばかりで攻撃を受け止めているな…なら、背後か頭が弱点かもしれないか」

 

ボスの弱点を模索していたユズルは今までに攻撃を受けていない部分は弱点と睨んでいた。一番の有力候補は頭部ではあったが、体長四メートルを超える巨体ではしがみついて登るわけにもいかない。さらに右翼と左翼のプレイヤーをあしらうあたり、ボスの情報処理能力は高い。しかし分身を空中に出現させ、土台になって昇れば――索敵範囲外の上空であれば、気づかれずに奇襲をかけられるはずだ。

 

「残り十秒――もう相談する時間もないか」

 

 

アスナにはもう一人の分身を就け、本体はそそくさと前線を離れる。

 突然何かが起こった。分身の七体目を操り始めた途端、ユズルの頭に痛みが走り、視界は歪曲する。自分に「大丈夫」と言い聞かせ、もう一人分の分身を呼び出す。気づいた時には七メートルは上がっているのだろうか。戦場の全体を見下ろせるまで上がっていた。

 空中で分身に足裏を弾かせ、上空から三メートルを落下した勢いのまま、ザ・グリーム・アイズの頭骨ごと刺し砕く。ユズルの奇襲が、成功した瞬間だった。

 

 

 目の前のボスに何があったのか。壁を指揮するクラインと攻撃を指揮するアスナは理解できなかった。暴れ狂うボスの怨嗟を交えた雄叫びに威圧され、攻撃と守りを緩めるほどだ。

 

「グォオオオオオオ!!!」

 

 だが、戦闘を開始し、初めて大きく隙が生まれた事実。これをキリトが逃すはずもない。水晶の剣と漆黒の剣を両手に装備したキリトは、ボスの懐まで詰め寄る。

 両剣に光が集う。輝きはさらに双剣に集い、眩く束ね上げていく。仲間の意思と誇りの結晶を掲げ、自分の信義を貫く力を、キリトは高らかに叫ぶ。

 

「スター・バースト――ストリームッ!!」

 

光が奔る。光が吠える。切り裂くたびに溢れ出る光は、星と錯覚するほどだ。

二撃、五撃、九撃――綺羅星(きらぼじ)の如く輝きながら空間を灼く。その星光がキリトに、かつて月夜の黒猫団と見上げた空を回想させる。

 

「があぁああああッ!!」

 

十一撃、十三撃、十五撃――ユズルやクラインが何か言ったのかもしれない。だが聞こえない。耳元で微かな閃光も、烈風を掠める音も、何も聞こえない。

 

十六撃!!――この一撃の重みは皆の想いだ!キリトの一撃はザ・グリーム・アイズの腹部を貫通していた。全てのHPゲージを破壊した『地上の星』に、小さな唸り声を上げてから、ザ・グリーム・アイズは静かに消滅していった。

 

 

たった十人でボスを倒した。≪ザ・グリーム・アイズ≫の消滅した空虚な世界に、ユナとアインクラッド解放軍の生き残りは安全地帯から全てを見届けた。【月夜の黒猫団】【風林火山】【血盟騎士団】の連合軍による死闘を、彼女は肉眼で戦況の全貌を焼き付けていた。

 クラインの指揮の元、大剣を何度も弾き返す連携した鉄壁の守り。アスナを先頭に急所を探る一閃の攻撃。ボスの急所を見極めたユズルの奇襲。キリトのエクストラスキル【二刀流】による連続攻撃。僅か五分間の出来事だった。

 

 ともあれ、戦いの気配は一段落したが、生き残ったアインクラッド解放軍の八人の体力は完治していない。黙視で確認し、ユナは傷ついたノーチラスやアスナに回復ポーションを配り歩く。

 

¨無事で良かった…¨

 

 扉の隙間風に髪をなびかせながらも、ひとまずユナは安心した。すぐにユズルにも回復ポーションを渡さなければならない。今回の戦闘では、【幻影】に頼らなければ被害はもっと甚大であった。壁や攻撃――奇襲作戦に合わせて分身を八体も出現させていた。シリカちゃんの話しでは、「プレイヤーを斬る程に理性を抑えきれなかった」と聞いている。今はただ、肉体も精神も限界に近いユズルを傍で一緒に居たかった。

 彼女を加えたメンバーに精神的な余裕があれば、特にキリトやクラインはもっと早い段階で、殺意を含めた独善者の気配に気づいていたのかもしれない。激戦で疲労したメンバーと回復に勤しむ彼女には咎められないところではあった。

 

何の前兆も無く、何の脈絡もなく――光彩は風に乗って彼女の頬を掠めた。

 

プレイヤーが出血の代わりに現れるダメージの光彩に、一体何が起こったのか周囲を確認する。

 

「え――」

 

 光彩の流れ出る先の光景に、ユナは信じられない気持ちで硬直した。回復したコーバッツが黒いフードの顔に剣を突き刺していた。後頭まで貫通している刃先から大量の光彩が溢れている。ゲージは黄色から濃色に減少している様にコーバッツは満面の笑みであった。

 

「その分身攻撃――貴様がGMか。散った軍の為に――ここで消えろ」

 

低い声で呟くその声は、既に正義の妄執に囚われた悪魔の声色だった。それを聞いたユナは、彼を責め立てていた人の広く深い悪辣さをみくびっていたと理解した。

 

戦いは、まだ続いていた――胸に安堵する暇など無いほどに。

 

 




【被害報告】
 捨て人二人+ダメージアタッカー=合わせて三人

※捨て人の二人はコーバッツにより消滅している。
※ボスが直接倒したのはダメージアタッカーのみ。

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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