幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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29話 ...いつまでも...どこまでも

 先にユズルは意の一番に飛び出してコーバッツの蛮行を止め、勢いのままクラインとアスナの率いる別動隊でボスを塞き止めた。捨て人を辞めさせるには味方にも攻撃するコーバッツを止めなければならず、両腕を切断するという過ぎた攻撃に、これにはユナは難色を示していた。

 捨て人にされているプレイヤーの避難と防衛役の彼女は、アインクラッド解放軍のプレイヤーにコーバッツの所業を聞くまでは、ユズルの非道に見える行動より悪くないとさえ思う程だ。

 

 元々コーバッツは第二五層で行われた捨て人の候補に入るプレイヤーだった。候補から外れたい一心で上層部にひたすら媚びを売りまくり、好意を上げたことで死を免れたそうだ。そんな彼が¨中尉¨の階級を得た理由は第四十層撤退作戦である。死者を出さなかった功績を自分の手柄と公表し、好意的な印象を持つ彼の真意を疑わなかった上層部は階級を上げたのだ。

 当然その場にいたプレイヤーは抗議するも上層部は『正義を貫く真面目な人物』を疑わず、偽りの実績を信じてしまい、今の階級を得たそうだ。

 

ユナは不快感を押し込め、再び追求すれば耳を塞ぎたくなる話だった。コーバッツ自身に確たる実績のないまま階級が上がり、彼はプレイヤーの育成・教育係の任をこなせなかった。他者に階級を見せつけて狩場に指示を出し、ひたすら上層部に媚びを売る日々。低い階級の者には教育という名の暴力で口裏を合わせるやり方を繰り返していたそうだ。精神を病んだプレイヤーによる離反者の増加に業績を守りたいコーバッツは、今回のボス攻略に臨んだそうだ。

 

 ほぼ命懸けの戦争に我が身可愛さで行う所業にユナは一計を実行に移した。コーバッツがユズルを蹴飛ばしてから秘かに実行していたことだ。音楽プレイヤーの録音機能を押し、コーバッツの音声を記録させ、さらに救出と見せかけて『捨て人』をした証拠を抑えておいた。

 ギルドマスターに提出すれば彼を失脚に追い込める。これがユナによるコーバッツを追い詰める作戦だ。唯一の誤差は――コーバッツがユズルを刺しただけだった。

 

 

刹那は、なかば反射的なものだった。剣を目掛けて短刀のソードスキルを発動し、コーバッツの剣を弾き返す。ユナは対人経験が乏しく、武器破壊をする技量は著しく劣っていた。戦闘経験の無いだろうプレイヤーに武器を弾かれたコーバッツは怒りに暗く濁った眼差しでユナを凝視した。

 

「何故庇う?彼奴を殺せば全てが救われるだろうが!」

「あなたにこの人を殺させない...私たちが阻みます。ここで」

「黙れッ!!小娘ごときが口答えするな!どいつもこいつも馬鹿タレガァ!!」

 

 もはや錯乱に近く喚き散らしながら斬りかかる。長剣と短刀では間合いの取り方を測りながらの戦いに距離を詰めての乱剣。刃を合わせるのみで一合も打ち合わずにユナは長剣が擦過(さっか)する寸前での回避を繰り返す。

 

「堂々と戦わないか!卑怯者!!」

「悪いけど戦う理由が無い!私は守りたい人を守る――ただそれだけよ」

「戯言をぬかすな!歌うだけの小娘に何を守れる!?」

 

攻める気配をみせない少女に段々と苛立ちを乗せた攻撃は大振りとなる。回避という挑発が実を結んだ瞬間だった。後ろに下がりながら、ユナは羽根つき帽子を掴んで地に落とす。これが、彼女の合図だったかもしれない。

 

「私たちが、ね。彼を守るの」

 

 埒のあかない展開に舌打ちを打ったとき、コーバッツの左腕にピッキング用の細い針が刺さった。ピッキング用の針はプレイヤーにダメージを与えることもない。乱暴に針に指先を摘むも不意に全身の痺れに襲われる。コーバッツは全身を支えられず、そのまま砂地に膝を付いた。

 

「無駄だ。それは対違反者に特化した犯人を抑える麻痺デバフ付きの道具だ。暫くは動けないぞ...昨日の装備のままで良かった」

 

 ノーチラスはコーバッツを見下ろす形で睨む。彼の隣に立つアスナは少しだけ前進し、コーバッツと向き合う。凛とした、細い眼力にコーバッツは一瞬だけ怯みを帯びた。

 

「コーバッツ...あなたは捨て人の実行犯及び、プレイヤー殺人未遂として血盟騎士団が拘束します――貴方に弁護士を付ける権利も、検察による問答もありません――処罰はギルドマスターの話し合いで決まります」

 

冷酷に僅かな怒気を含めてアスナは言う。弾劾された彼は、地に額を押し付ける力に微かなポリゴンが上空に舞う。絶対的な正義を砕かれ、誰も味方になる人もいない彼は――ただ、茫然と動かなくなった。こうして、コーバッツの心は砕けた。

 アスナからクラインに手渡された首輪付きチェーンによる拘束を、彼は暗く虚ろな、抜け殻のような眼差しで受け入れ、空虚な空間を見据えていた。

 

 

騒動は終わった。拘束されたコーバッツは動けず、生き残ったアインクラッド解放軍も黒いフードの人物が世間の言う『犯罪者』と知っても責める視線は見受けられない。ユズルはずっとうずくまったままの姿勢で固まっている。

 

「大丈夫だよ――もう、ユズルを責める人はいないわ」

 

 近づいて話すも返事はない。急な突風で砂埃が目に入り、彼から視線を外してしまい、黒いフードはユズルの素顔をさらした。ユズルの顔は変質していた。潰された両目に口は横半分から首が斬られている。喉まで傷めたか、ひたすらうめき声を上げている。背中を丸めていた彼は右手の甲に短刀を突き刺していた。

 

ユナの双肩は危ういほど激しく震えた。彼はずっと耐えていた。誰も命を奪わない――皆が傷つかないように自分を抑えていたと。私は他人を優先している彼は好いている。でも他人を救うばかりで、そこに自分が救われる選択をしていない。それが堪らなく嫌いだった。

 

「もう――やめてよ!!」

 

思わず突き刺していた短刀を遠くに飛ばす。まるで何かを探す仕草をしたあと――

 

「ヶァッ!!ォォ...」

 

――半ば悲鳴に等しい嗚咽を張り上げながら、無様に地を殴り始めた。

 

「ユズル!!!」

 

 自傷行為をやめないユズルに、ユナは前から胸に飛び込む形で突進する。ユズルは私の話を聞いていない。いや、聞こえていない。幻影のデメリットで理性を無くし、既に自分の殺意を寸前の所で抑え付けている。それを超えていないユナの発言には、いっさい彼の耳に届いていないのだ。両腕でしがみつき、地の砂粒をまとわりながら暴れる彼に絶叫する。

 

「ねぇ!――私が分かる!?いつも貴方に向けて唄を歌っていたユナよ!初めて手紙を貰って嬉しかったユナよ!貴方がどう思っているか知らないけど――ユズルのことが好きなユナよ!!」

 

もう夢中だった。転がりながら胸に隠すつもりだった『本当の想い』を叫ぶ。ここで二度と会えなくなってもいい。たった一瞬でもいい。彼の心に『殺意』に負けない強い感情を伝えたかった。声を絞り上げるほど、彼の拒絶は少しずつ弱まる。

 

「これ以上自分を傷つけないで!もう、自分を責めないで!もうこれ以上――一人で遠い存在にならないで…」

 

 暴走の糸が切れた様に動かなくなった彼を慈しむようにそっと、ユナはユズルを抱きしめた。どれくらいの時間が経ったんだろう。気づけば、ユズルの口は復元していた。喉の復元を終えないまま、ほんの掠れた小さな声を漏らす。実際にその声が聞こえたのかは定かではない。体の中で共鳴しただけかもしれない。でもその声ははっきりと私に届いていた。

 

「...ゆぅ、な...けっ...こぉ、ん...し、よぅ...」

「うん。喜んで」

「...ぇ」

「ユズルだからだよ。この世界の全てがユズルを責め立てても、私は違うって――何度傷ついても、ユズルはそんな人じゃないと言うわ」

 

ユナはユズルの胸に顔を埋めさせて告げる。

 

「ずっと一緒だよ...いつまでも...どこまでも」

 

ユズルはユナの肩にもたれたまま――人肌の暖かさを感じていた。

それは――いつしか人心の深い闇に我を忘れ、ただ磨り減っていくしかなかったユズルが、探していた鈍く光る正体だ。ユナは、どんな僕になってもありのままを受け入れてくれる。その理解に、胸の中の傷が癒されていくのを感じながら意識を手放した。

 




【後書き】
・7話で初対面し――10話で強制的に離れ離れになり――20話でヒロインは恋心を自覚し――22話で出合い――29話で無事に結ばれました!!

ここまでの展開は筆者一人では挫折していました。
 評価を頂いた『yunaital』『まっちゃんのポテトMサイズ』『Lankas』さん
 感想で応援してくれた『まっちゃんのポテトMサイズ』『コクマ』『氷冬流』さん
そして、ご愛読している皆さん、本当に有難うございます(*^_^*)

PS:もし、お名前の提示を良く思われなければ削除します。お伝えして頂ければ幸いです。


エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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