2024/10/21(深夜)
見知らぬ天井と明るい目木の天井に、まだ醒めやまぬ意識のまま、ユズルは周囲見渡す。時間も夜になっているのか周りの暗がりに宵月の明かりが差し込む程度だ。開かれたカーテンにキリトはベッドに背を向けて寝息を立てている。
あれから何があったのか。アインクラッド解放軍のコーバッツに正体を暴かれ、殺意を向ける前に誰かが守ってくれた。目は見えない恐怖に幻影のデメリットが蝕み、奇声や怒声が責められる濁った激情に全身を押し寄せられていた。ただ、しばらくして何かが違った。どこか暖かい温もりと心地よさに包まれているとふいに想い人の声が聞こえて、前にアルゴから聞いたケッコンシステムが脳内を去来して――
「ユズル、具合はどう?」
ユナの声だ。ユズルはユナを見つめた。混濁した記憶を遡り、抱きしめられて告白までした所まで回想すれば、心はぼんやりと熱くなっていた。
「もう少し眠っていても良かったんだよ。まだ二日しか経ってないんだから」
「普通は一日も寝ていたら疲れは取れるんじゃない?」
「…普通はね。無茶して【幻影】を使うからでしょ。また三日も寝るのかと思ったわ」
ユズルの憮然な言い方に、ユナは冷ややかに言い返すと、近くの椅子に座る。
「ユナ――ここは?」
「エギルさんのお店の二階。クラインさんの紹介でしばらく借りてるの」
「どうりで見覚えがあるわけだ――この明るさはこの街の名産だからな」
ユズルは軽く上半身を起こし、窓から漏れた灯りを眺める。深夜に色彩を掻き集めた光の集積物を眺めるのをユズルは楽しみの一つにしていた。窓の明かりに執心している彼にユナは気を利かせて水を向けさせる情報の解説を始める。
「ユズル、コーバッツの件、ギルドマスターの話し合いで無期限の監獄行きに決まったわ」
「…そうか」
充分な罰にも関わらず、ユズルの返事は沈痛な声だった。今に始まったことではないが、どうしても相いれない物事には、素直になっていい気もする。ユナは真剣な顔つきで淡々と話し続けた。
「それともう一つ――ユズルの処遇だけど、貴方のGMの疑いは晴れたわ。ただ、常に誰かと一緒にいるという制約付きだけどね」
ユズルは叫びそうになった。あまりのことに固まり、喜びと哀しさを混ぜた気持ちで、ユナの薄茶色の瞳を見つめ、上半身を起こしたまま動けなかった。GMの疑いが晴れた――ソードアート・オンラインをクリアするまで続く逃亡生活をしなくていい。ユズルは半ば疑い、半ば嬉しさに満たされながら、次の言葉を言い出せなかった。
「ユズルが寝ちゃった時だけど、アスナさんが事件を報告してね。すぐに団長に呼び出されたの。コーバッツの処罰を話し合いたいから聞きたいってね。もちろん、皆で一通り伝えたわ。
そしたら、団長が¨何か対価を渡したい¨と言ったから――ギルマスの集まりでユズルを自由にさせる様に発言して欲しいってね。もう皆が同じことを言ったわ!…ユズルが起きていたら、その時の団長の顔を見せたかったな」
ユズルは黙って聞いていた。ユナはご機嫌に鼻歌を歌いながら天井の方を向いて微笑んだ。皆に救われてもう命を狙われないかもしれないが――果たしてユズルは何をしていたのか。
そう、僕自身は何もしていない。ただ身を潜めて動き、相手が危険になると分かっていても人に甘えて過ごしてきた。どうしようもない口惜しさと共に、改めて痛感する。
――やっぱり僕はちっぽけな人間だな
強大なアインクラッドの傍らで、ただひたすら自分を小さく、惨めに、怯えていたプレイヤーに過ぎない。ユズルは憂鬱顔を奥に引っ込め、微笑して誤魔化した。
「本当に、良かった」
「もう少し喜んでもいいんじゃないかな?」
どこか他人のような言い方にユナは眉をひそめていた。
「あぁ、それもそうだね」
ユズルの曖昧な相槌に、確かにこういう関係だったかも知れないと心の中で思っていた。
それにしても久しぶりに会ったユズルは以前と比べれば衰弱していた。それでも吸い込まれそうに静かで、穏やかな透き通った瞳は変わらずで、それだけで初めて唄を聴いてくれた頃に戻ったような、懐かしい気持ちにならずにはいられなかった。
「どうかしたの?な~んとなく、凹んで見えるよ」
「皆に迷惑をかけたからかな。だいぶ落ち込んでいるよ」
ユズルの声はきっぱりとしていて、それでいてユナはいくらか胸に蟠る想いを口にする代わりに、彼の悩みを聴くことに徹した。ユズルは掛け布団の上からきつく掴む。
「大切な人を、守りたい。ただ、それだけを考えていたよ。名声や地位や身の安全なんかと引き換えにできるほど、安いものじゃないからね」
「それは…」
「だけど、同時に思ったよ。何で人に頼ることが出来なかったのか――いや…違うか。ただ『助けて』と言えば良かった。なのに、皆を失いたくないから距離を置いていたとね」
大切な人を守りたいのに距離を置く。矛盾したその言い方を、ユナは遮ることなく、真剣な眼差しで識別するようにユズルの総身を見渡し、ただ静かに頷いただけだった。
「大切なものを失うのが怖くて逃げていたよ――それが結局周りを不幸にするだけ不幸にしていたと。僕はさ――特にユナには色んなものを沢山貰ったよ。なのに、想いは空回りしてばかりで何も返していなかった。ごめん――好きなのに…幸せにできなくて…」
「ユズル…私は…」
ユナは何かを言う寸前、突然ドアが破れて人が流れ込む。
一
「おい!何やってんだ。せっかくこれから面白くなりそうな所だったのによ!」
寝息を立てていたはずのキリトが飛び上がり、ドアから流れたプレイヤー達に鋭い声をぶつけた。【月夜の黒猫団】【血盟騎士団】【風林火山】のメンバーにシリカやリズベットが押し潰されている。それでも、ケイタの持つ特大ビデオ機材やアスナの小型クリスタルのカメラにクラインの迷彩を施した棒付きマイクは止める気配を見せない。
「だから押すなって言っていただろ!」
「ケイタがもっともっとで詰めるからだ!」
「仕方ないだろ!滅多に見られないユズルのラブシーンだぞ!永久保存版ものだ!!俺は!たとえゾンビに襲われてもカメラは止めないぞ!!」
謎の使命感に駆られているケイタは、倒れつつもカメラを向けたまま、のしかかりをしているダッカ―を睨む。サチは倒れてはいないも、望遠鏡を向けたまま視線を外していない。少し頬を赤くしたまま、双眼鏡で覗いているササマルとテツオに軽く跳ねながら何か話をしていた。
「もう…男の子ってどうしてこうデリカシーってものがないのかな」
アスナは小型クリスタルのレンズからシャッター音を連射させる。
「アスナ…そのシャッター音なんだよ」
呆れてはいるもののノーチラスの握っている録音クリスタルは点滅したままだ。
「皆静かにしろ!せっかくの録音に声が入るだろ!――ジャンウー、しっかり撮れたか?今の甘酸っぺぇ声が撮れたか!?」
「ばっちりだぜ!これでいつでも摘みになるぞ」
棒付きマイクを持つクラインの催促に、ヘッドフォンを付けたDJ衣装のジャンウーは親指を立てた。押しつぶされた人混みからシリカとリズベットはにゅるりと抜け落ちる。
勢いのまま、ベットにダイブするシリカをユズルは受け止める。リズベットはユナに駆け寄り、背中を軽くたたいていた。
「ユズルさ~ん、ユナさ~ん!ご結婚おめでとうございます!!」
シリカは満面の笑みで祝福し、リズベットはさらに嬉しそうな顔で
「ユナ、アンタは幸せになりなよぉ~」
などはしゃぎながら言った。しかし、あまりにも騒ぎ過ぎた。一階からドタドタと激しい足音を鳴らし、先住民のエギルは破られた扉に金切り声を上げる。
「おいこら!家のドアをぶっ壊すな!――ってクライン!それウチの酒だろうが!!」
「細けぇこと言うな!!今日は結婚祝いだ!たらふく飲ませろよ!!」
そんな、しんみりとした微妙な空気は陽気な宴会によって、どこ吹く風になっていた。半眼の粘るような目つきをしたユズルとユナ。とりとめとなく考え事をしていると、ユナの右手がユズルの左手に乗せられる。
「さっきの返事。ユズル、私ね――今とっても幸せだよ。貴方が約束を守ろうと動いていた繋がりのお蔭で、私は皆と出会えた。皆と仲良くなれた。私の大好きなユズルに――また出会えたんだから」
ユナはそう言ってから、左手を重ね、さらに右手を絡ませる。
「今までありがとう、ユズル…」
愛を注ぎたい女性の言葉に思わず、ユズルはそっと手を引き寄せる。宴で笑い合い、語り合う人の姿は明るさで溢れていた。一人では儚い光も束になれば、眩いほどに輝く。
約束に縛られて生きてきたユズル自身が、眼前に映る輝きに、疑心暗鬼の充満する世界で強い絆で結ばれた人の繋がりを目のあたりにしていた。ユナに「繋いできた結びつきは必ずあなたを見捨てない」と思い出せば、これ以上ないというほどの優しさと喜びでいっぱいになっていた。
「いけないな、まだ目が悪いみたいだ――あぁ、でも…あったかい」
まぶたを焼くような熱い涙が流れ、右手で顔を支えるユズルの頬をつたう。ユズルの空いた手に両手を重ねるユナの手には、約束の証である巻き付いた髪の毛と共に――銀色の指輪が光っていた。
二人の恋の行方は結婚と言う形で正式に結ばれました。
次回からはMHCPとカーディナルの話となります。
ヒーストグリフ生存の結果に合わせて、ゆるふわな話となります。オリジナル回に悪ふざけする描写もありますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
お知らせとなります――
アンケートを募集した【恋のABC】つまり、二人の初夜をR-18で投稿します。
理由としては、性描写だけではありません。
現段階でALO編のプロットを見返せば、R-15では著しく反社会的な行動や行為に引っ掛かる可能性があるからです。
投稿した時は、≪掲示板≫でお知らせします!(^^)!
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