幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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33話 ユイちゃんのトテトテ散歩録(上)

死屍累々――

 

そう呼ぶに相応しい現状であった。

白目を剥き、口の唾液を垂らしたまま横たわる程に徹底的に打ちのめされた聖竜連合の八人は吃音を呻かせる。まるで、暴風に吹き飛ばされたかのように、周囲に散らされていた。

 

 だが、この現状は自然災害ではなく人為災害である。最後に残るまで惨劇を目の当たりにしたプレイヤーは、涙を流しながら許しを請いていた。

 

「すっ…すまねぇ!!俺達が悪かった!もう許してくれ!!」

 

見るに堪えないほどの哀れを誘うその悲嘆ぶりには、誰であろうと同情したくなる。もちろん、その事情を知らなければの話だが。

 

「謝る相手が違います…私じゃなくて…連れ去ろうとした子ども達に言ってください…」

「きゅるっ!!!」

 

濃紅色の瞳を見開いたままの少女――シリカとその相棒のピナは表情を崩さないままだ。アインクラッド解放軍の分裂による抑止力の低下した第一層に、住民からパトロールを頼まれたシリカだったが、お昼ご飯も近くなり意気揚々と戻ろうとすれば、聖竜連合に三人の子ども達が連れ去らわれそうになる現場に出くわした。

 

安全を代価に大人一人につき三千コル、子ども一人につき千コルを徴収しなかった為に、足りない場合は子どもを一万コルの価値で補うというもの。俗にいう人身売買だ。言い争ううちに埒が明かないと判断したのか聖竜連合の攻撃を受け止めたシリカは、それを戦闘の合図とし――死屍累々の現場を作り出した。

 

「この階層の人は戦闘ができません――知ってますか?ここの宿は高くても百コル位です。戦えない人達にこんな重税をおわせて――モンスターよりも貴方達の方がよっぽど恐ろしいですよ…」

 

ひぃと男の唇が動いた。返答というよりも震えに近かった。

 

「今日はそのまま帰ってください。また人を誘拐するなら、今度は手加減しません」

「…ひひっ!ありが――」

「手加減はしません。その次も繰り返すなら、容赦はしないですよ?」

 

 男の謝罪を待たず、シリカは短刀を喉に刺さる寸前で止める。そしてやつれた顔をさらに蒼白にさせた。その言葉に男は引け腰のまま、後ろに後ずさり、回路結晶のワープホールに集団を転移させる。シリカは遠目からワープホールの消えるまでずっと睨んでいた。

 

ワープホールが消えると、拍子抜けするほど優しい声色で少女達と視線を交わす。上から見下ろさず、膝を曲げて向き合った。

 

「怖かったけどよく頑張ったね…偉いね」

 

幼い子どもでも、戦っていた少女が自分を守ってくれていたことは明白に理解できたのだろう。わっと鳴き声を上げながら少女に駆け寄る。

 

服にしがみ付く小さな手に、シリカはそっと手を触れる。頭にも触れてゆっくりとあやしていく。こんな自分でも誰かを守れるほど成長できた高揚が胸を焼く。安心して緊張の糸が切れたのか、黒い長髪の少女は倒れる様にシリカに寄りかさりながら、耳元に眠息を囁き始める。

 

「えっ!?大丈夫!…ええっと…ああっと…」

 

予想外の出来事に何をしていいか分からない。解らずに泣いている子につられて涙目になる寸前に、黒いフードと白いフードを身に固めたプレイヤーが割り込む。

 

「泣いちゃだめだよシリカちゃん。落ち着かないと――せっかくお姉ちゃんになれたのに」

 

呆気に取られるシリカに、艶やかなウィンクを送る。数週間前に会ったばかりであるユナの微笑みは心に甘い涼風を送っていた。黒いフードを被ったままでもユズルと分かったシリカは、焦燥の気勢に呑まれることも無く、深く深呼吸をする。

 

「強くなったね、シリカ。ここだと目立つから、まずは子ども達を保護している協会に向かおう。そこで話し合おうか」

「はい!」

 

一人では出来ないことに¨不安¨を感じても、協力し合う¨安心¨に、シリカは口を開いて返答を返してしまう。そうだ、私は一人じゃない――改めて、シリカは秘めた心で想った。

 

 

第一層の細道にひっそりと臨む、小さな協会は子ども達の保護施設として機能している。寝息を立てている少女をシリカはおんぶし、ユズルとユナは二人の子どもに手を引かれ、この教会に案内された。多くの子ども達でわちゃわちゃと騒いでいる子に目くじらは立てず、むしろ平和な世だった。

 

「なにか話したいみたいだから、あっちで子ども達と遊んでくるね」

 

そう言いながらユナは笑い、他の子に歌を教え始める。髪の乱れを直さないまま、シリカはユズルの傍まで寄って来た。

 

「ユズルさん。あの…私――」

「事情を聞こうとは思ってないよ」

 

ユズルは短く答えた。そこから、子ども達や外に誰かが聞き耳をしているかを確認し、声をひそめて言う。

 

「あの時にシリカがいなかったらどうなっていたか、僕は考えたくはない。ただ、シリカがいてくれたから子ども達は救われた。あれだけ痛い目を見ればもう聖竜連合は人を誘拐しようとは思わないだろう」

 

ユズルにとって、シリカが聖竜連合を攻撃した理由を知るのはさほど難しいことではなかった。聖竜連合はレベルの低いプレイヤーを標的とし、アインクラッド解放軍の抑止力を失えば、今度は第一層の住民を標的にする。現に第一層から第十層のパトロールを依頼される日も少なからずあった。ならば装備を万全にして犯行現場を抑え、彼女と同じようにプレイヤーを摘発する考えでいた。シリカはうなだれたまま言葉をつむぐ。

 

「許せなかったんです。ここで生きようと必死になっている人を――まるで別の生き物を見るような目に…」

「わかる…よーく分かるよ…」

 

沈痛した声に、シリカは俯いたままだ。

 

「ユズルさんと別れてから、あたしは経験値上げをしてきました。ここの本も読み漁りました――情報屋から難しいスキルも手に入れました。なりたかった自分を目指していたのに…もっとしっかりしていれば他の子も救えてたのに…」

「大丈夫だよ」

 

ユズルは真面目な目つきを覗かせた。

 

「一人で抱え込まなくていい。シリカは会った時から真面目で優しくて――曲がったことは嫌いな子だった。今日この日に子ども達を守れたのはどれだけ辛くても優しさを失わず、努力した結果だよ。ほんとによく頑張ったね――偉いな」

 

シリカの目は、いまや涙で光っていた。

 

「まぁ短気な所は変わってなかったけどね」

「なっ!!それは言わないでください!あたし、そんなに短気じゃありませんよ!?」

 

ユズルの沈黙を肯定と受け止めた事実に、背伸びして大きくした身体から敢然と言い放つ。シリカは変わってないな…と、ポカポカ叩かれながらユズルは胸の中でほくそ笑んだ。

 

 

シリカと子ども達の相手をしていれば昼食に予約したレストランの時間を過ぎた。変わりに協会の管理人であるサーシャからお礼に昼食を頂けることになった。一つの目玉焼きを副食に、コッペパンを半分に千切った大きさを分け合う食事。最後の一つは足りなくなり、幼い子は自分のパンの分が無い疎外感に耐え切れなくなる。

 

「うぅ…」

「はい、どうぞ」

 

ユズルはさっと自分のパンを幼い子に渡す。

 

「おにーさん、あーり」

 

上手く呂律の回らないまま、お礼を言い、幼い子はトテトテと席に座る。

 

「私の分でよかったら半分こしよ?」

「ありがとう」

 

半分にしたコッペパンを、さらに半分にしたユナの分をユズルは咀嚼する。その様子を見ていた子どもの中に、物足りなそうな様子の子に目玉焼きを少し切って渡していた。サーシャはその子を褒めた後、ユズルとユナに向かい合う。

 

「遅くなりましたが、子ども達を助けて頂いて本当にありがとうございます」

「お礼はシリカに言ってください。僕は何もしていませんよ」

 

そう言うとサーシャは視線をシリカに向ければ、昼食を終えた幼い子達と一緒にごっこ遊びに興じていた。ピナはいい様に触られるのを嫌がり、飛翔して子どもの群れを飛び越え、眠っている長髪の子の傍で丸くなる。

 

「そうでしたか。彼女、たまにここに来て子ども達と遊んでくれているんです。皆からシリカお姉ちゃんって呼ばれているんですよ――そうですか。シリカちゃんが助けてくれたんですね」

「シリカちゃんを知っているんですか?」

 

ユナの問いにサーシャは間をおいて話し始める。

 

「何時からかは覚えていませんが…半年くらい前でしたかね。子ども達が疲れ切っていた彼女を連れてきたんです。ほんとにボロボロで、会った時は視線も合わなかったもので。それから、協会に顔をだすようになったんですよ」

「……」

 

ユズルは考え込み、ユナは複雑な想いに囚われたまま、言葉を失って沈痛する。ユナの想像力の範囲では、あくまで睡眠不足や過度に身体を動かす範囲でしかなかった。だが、サーシャの話からは、それより先の領域まで極端な努力をしていたこととなる。

 

たった一人で聖竜連合と戦えるまで一体どれほど戦闘を行ったのか。一体どれほどの精神負荷の中で生きてきたのだろうか。横目で見やれば、シリカは幼い子と楽しげに遊んでいる。見た目ではそんな波乱万丈な生き方など分からない様子に、ユナはつい楽し気に笑いを漏らしてしまう。

 

「――何かあった?」

「頼もしいなって、思っただけよ」

 

どんな状況でもユズルを支える。そう心に決めた女は、自分だけではないことを。一人では不安だった気持ちも、今は――彼女が頼もしくて仕方なかった。

 

 

未だに起きない長髪の子を気遣ってなのか、ユズルとユナは目が覚めるまで子ども達と歌を唄い、遊ぶこととした。厨房を借りたユズルと数人の子どもと一緒に、パウンドケーキを調理したりするなど、ここの平和を謳歌していた。

 

子ども達の歌声に合わせてユズルはアコースティックギターを奏でていると、扉からコンコンとノック音が響く。サーシャは一礼をしてから離れ、ドアノブを捻る。最後まで演奏しようと次のコードを押さえた。ピッキングの位置を考えていると、誰かが大声でユズルの名前を呼んだ。

 

「おーい!ユズル!」

 

振り返ると、そこに月夜の黒猫団がいた。キリトは黒いコートを羽織っていたし、他の皆も軽装備で来ていた。キリトはユズルに向かって片手を上げて挨拶をする。子どもに一声かけてから、席を離れた。

 

「キリト?この階層に来るのは珍しいね」

「実は今、『二刀流』の詳細を知ろうと情報屋に追われているからな。皆と情報交換をしながらこうしてランダムで階層に集まるようにしているんだ。たまたま第一層で強いプレイヤーがいると聞いたから来たんだよ」

「そういうことか」

 

ユズルは屈託なく言う。キリトは強いプレイヤーに関心を寄せやすいし、当然シリカの戦闘状況を聞けば惹かれるはずだ。自分から彼女の事を言うことはしないが。

 

「あの…キリトさんは確か月夜の黒猫団にいますよね。噂で聞きましたが、そこは情報屋ですか?」

「えっと――ケイタ、情報屋って名乗ってもいいのか」

 

サーシャがたずねてきた。キリトの言い方にケイタは気色ばみながらもサーシャに答える。

 

「俺達のギルドは何でも屋となっていますが、情報屋でもあります」

「そうでしたら、ぜひ、お願いがあります。案内したいので、入ってください」

 

サーシャは続けて言う。六人は招かれると、黒い長髪に白いワンピースを着た少女が眠っている所に案内される。何やら小型の竜がベッド上から飛び降り、サチの目の前に着地した。じぃと見つめた後に鼻息をはいてから、出入り口まで歩いていく。テツオはふっくらとした毛並みに見とれていたが、他はそれどころではなかった。

 

「なんか――サチに似ている子だな」

「それは俺も思った。雰囲気とかよく似てるよな」

 

ダッカ―とササマルは薄ら笑いをした。

 

「二人とも静かに…」

 

サチは薄青い目を細める。依頼主の前ではきっちりとしたいらしく、冗談を軽い小言で済ました。サーシャは目を合わせずに、ひかえめに言う。

 

「数日前に、始まりの街を迷子になっていた子です。親を聞いても分からないと言って…ただ『おじちゃんはどこ?』と話していましたので。この子が起きたら、そのおじちゃんを一緒に探す手伝いをしてほしいんです――お願いできますか?」

「分かりました。僕達に任せてください」

 

ケイタはきっぱりと言った。安心したか、サーシャは子ども達の面倒を見にその場を後にする。キリトは依頼主のいない空間を確認すれば、見慣れたケイタの顔は青白かった。

 

「キリト、この世界は…残酷だな。こんな子どもでも安心できないなんて…一緒にいたと思う親も分からないなんて…」

「…だな…だから、俺達がしっかりしないとな…」

 

キリト自身もこの世界の残酷さを分かったつもりでは、いた。だが、目の前にいたであろう親が分からなくなるほどの辛い目に少女はあってきたのだろう。自分は人を失う経験を知らない。仮に仲の良い月夜の黒猫団の誰かが死んだとなれば残された者はどれほどの苦悩と後悔を残すのか。キリトは、小説やテレビでしか死を測れず、どこか他人事の範囲でしか言えなかった。

 

「…うぅ…ん…」

「おっ!起きたみたいだな」

 

寝ぼけ眼の少女は呆けた顔のまま、土色の殺風景な部屋を見渡す。少女をまじまじと見つめてしまっていたキリトはすぐに視線を外した。白い薄手のワンピースに、さらりと長い黒髪をなびかせていた。上から見下ろされる視線から軽く身体を縮める少女に、サチは視線を合わせる。

 

「こんにちは、私はサチ。貴方のお名前は?」

「…私…ユイ…」

 

親しげなサチのその言葉にユイは目を瞬かせた。表情を緩めたユイにキリトはコートの先を摘ままれて小さく引かれる。キリトは改めて少女の目を見つめる。優しい目だ。この目に辛さを抱えているのだろうか。不安を与えないよう、慌ててかぶりを被った。

 

「どうかした?」

「…パパ?」

「え!?いや、俺はパパじゃなくて、ここの人に頼まれてな――」

「ふぇ…パパじゃないの?」

 

ユイは泣きそうな顔になり、キリトはほぼ、反射的に少女を優しく抱きしめる。そして、メンバーの方を見上げる。

 

「ユイは俺が育てる!!!」

 

ケイタとダッカ―は絶叫を上げる。いつの間にかササマルとテツオはいなくなり、ピナの毛を触ろうとしてブレス攻撃の衝撃に絶叫する。比較的、落ち着いていたサチだけは口を尖らせた。

 

「ちょっと待ってキリト!その子の言うおじちゃんが誰かも解らないのに、いきなり――」

「…ママ?」

 

慌てて問おうとした途端、サチの身体に電流が駆け巡る。ユイと一緒にキリトと買い物をする姿を。ユイを間に二人で手を繋ぐ夫婦の像を。頬を赤くしながら、急に目の前のユイが愛おしく感じ、キリトと共に彼女を包む。

 

「うん――私がママだよー」

 

絶叫声に様子を見に来たユズルとユナだが、心ここにあらずなサチに首をかしげてしまう。サチはそこで、熱のある溜息をついて、

 

「ユナ、私、お嫁さんよりも先にママになったみたい」

 

サチの爆弾発言を聞いたユナは、顔を真っ赤にした。

 




次回はユイの言う『おじちゃん探し』にアインクラッドの階層を散策する予定です。

※オリジナル展開です。

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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