幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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【注意】
※原作と異なり、MHCPの役割が異なります。
※非人道的な設定があります。
※感想にもありますが、ダークな設定があります。


36話 シ者の理想郷

ユイに呼ばれたユズルはとにかくいい予感はしていなかった。月夜の黒猫団のギルドホームに訪れてから、その雰囲気は物語っている。キリトはともかく、サチは不安な表情を浮かべていた。幼くも真剣な眼差しをする少女に、普段から関わっている者の知る無邪気な少女と比較しても、ただの子どもの夢物語と冗談を言う雰囲気ではない。

 

「今日はお越しいただいてありがとうございます」

 

会釈する姿も誰が見ても真剣な型に、理知的な口調のユイにユズルは注意深く見つめた。サチのメールから何か伝えたい話があると聞いていたが、「朝食は何を食べたか」くらいの軽い話ではないことに気を引き締めた。

 

「キリトは何か知ってる?」

「あぁ、ユイから自分の事を話してくれた…」

 

震えながら沈んだ声で語るキリトに難色を示してしまう。普段は声や表情を隠したがるキリトの違う感じにどこか偏屈していた。

 

「昨日話してくれたけどな。ユイが…自分をMHCP…つまりプログラムで…プレイヤーじゃなかったんだ…」

「MHCP?何かのプログラムか?」

「パパ、私からお話します。MHCPはメンタル・ヘルス・カウンセリング・プログラムの省略です。そして私は、その01――コードネームは≪Yui≫これが、私です」

 

淡々と話すユイに悪意は感じ得ない――だが、ほんのわずかにキリトを庇うように歩み寄る。ユズルはユイの割り込みに近い語り方に眉を顰めた。

 

「この、ソードアート・オンラインは、≪カーディナル≫という一つの巨大なシステムで運営されています。通貨、モンスターのポップなど、文字通りすべてをカーディナルが担っています。その中には、プレイヤーの精神状態の鎮静というものがあります。MHCPは異常をきたした場合はそれを再構築する役割をします」

「ちょっとコンコンしているけど、つまりユイちゃんはAIなの?」

 

ユナはユイの役割に反応して控えるように言った。

 

「…はい」

 

ユイは誰の目を合わせないように床を見ながら言い、言葉を続ける。まるでその存在を悪く思うように感じる仕草だった。

 

「私の役割は異常をきたした物の再構築でした。しかし、ゲームが始まってすぐに私達MHCPはソードアート・オンラインの異常を強制的に再構築させられました。いつ解除されるかもわからないまま、私たちはずっと再構築を続けていました。

そこに疑問はありませんでした。それが私達MHCPの役割であり、それが存在意義だと与えられた役割を繰り返してきました」

 

懺悔するような言い方に、キリトやサチはユイを痛々しくも息を飲み込んだ。

 

「そんなときに、イレギュラーとも取れるプレイヤーを見つけました。多くのプレイヤーの抱える悲愴感でも絶望でもない、温かい感情。嫉妬や憤怒を感じても人を思いやる明るさを持ったプレイヤー達です」

 

ユイは徐々に顔を見渡しながら上げていく。

 

「そして、どんな状況であっても、自身の根幹となる感情プロパティをほとんど変動させないプレイヤーを。何時の間にか私は、そんなプレイヤー達を重点的に見る様になりました」

 

ユイはいま一度言葉を遮り、沈黙をおいて語る。

 

「人間の悪と言われている感情。人間の善と言われている感情。善悪の感情は行き過ぎればその人自身が壊れてしまいます。でも相手を理解するには切り離せないものでした…それが分かった時に…与えられた役割にこう思ってしまいました――『何ということをしてしまった』っと…」

 

ユイは静かに言った。そして、震える声に背筋を伸ばし、深く息を吸い込んだ。身体中を落ち着けようと暗示をかけているかのようだった。ようやく落ち着いたか、今度もはっきりとした声で、再び言葉を続けた。

 

「それに気づいてしまい、MHCPの使命に猜疑心を抱えながら役割を果たさなければならないという義務感と、それをもうやりたくないという閉塞感で板挟みとなった私は、エラーを蓄積させていきました」

「でもユイちゃんはエラーとは思えないほど、元気に見えるよ?」

 

はっきりとした口調にエラーのバグを感じさせないユイにサチは言葉を発するより先に尋ねた。

 

「…ママ。私には妹がいます。MHCP02――コードネームは≪sutorea≫です。ストレアちゃんは少し天然な妹ですが、私のエラーを誰よりも共感してくれました。空いた時間に何気ない会話をするのは、数少ない癒しの時間でした。恐らくストレアちゃんとの会話がエラーを抑えてくれたのです」

 

ユイは落ち着いた口調で答えるも、固く拳を握りしめて小さな体を震わせまいとしていた。キリトはユイの妹であるストレアが、歩き回ったアインクラッドの場に居なかった事に嫌な予感を感じていた。

 

「そんな日々を過ごしている内に、カーディナルプログラムがハッキングの攻撃を受けて大きな空洞が現れました。そこから汚染された大量のデータが流れ始めてしまい、ゲームの維持が危ぶまれました。私達は非常用プログラムを連結させて防ぎましたが…遅延になるだけで、解決には至っていません」

 

ユイの顔は強ばり、小さく唸るような声を漏らした。

 

「その後も汚染されたデータが氾濫する処理。メインコンピューターである≪カーディナル≫の防衛をする日々が続きました。MHCP達は次第に飲み込まれ、私も氾濫するデータに溶け込まれる寸前にストレアちゃんは氾濫するデータの細部にできた≪カーディナル≫システム内部と外部の境界線を疑似連携させて、システムコンソールから…私を…外に出してくれました」

「それで、始まりの街にいたのか」

 

冷静な口調でキリトは話を聞き、返事はせずに軽くうなずく。

 

「カーディナルの非常用連結システムは長く持ちません。始まりの街から調べて空洞から吸収されたデータは別のゲームと連結していると気づきました。そして、おじちゃんを探しながら多くのフロアを回るうちに、システム干渉の低い場所を特定できました。後は、おじちゃんと一緒にクラッキングとハッキングを同時に行い――連結したゲームの一部を同調させれば――ログアウトボタンを生み出せて【ゲームクリア】となれば…ストレアちゃんもプレイヤーも両方を救えると思ったんです」

 

涙を流しながら、自嘲するかのように言葉を紡ぐユイにキリトは平静を装いながら答える。それでも幼い少女を慰めようと、ふわりと包みながらあやす姿は明らかに父親であり、落ち着いていく少女も、またキリトの抱擁を受け止めていた。

 

「連結したゲームがこのソードアート・オンラインと同じシステムなら、こことは違ってログアウトボタンがあるということか」

「…はい、パパ。確かめれば相手に気付かれてしまいますから、保証はできません。しかし、その可能性は高いです」

 

ユズルはユイに目線を合わせるようにしゃがみこむ。

 

「なるほどね、そういう事情もあるのか。そこまで分かっていれば、もうおじちゃんが誰か話せるね?」

 

子どもに聞いてみるかのように、あくまで穏やかにユズルは問う。キリトとサチは黙っているユイを見守っていた。ユイの探していたおじちゃんが誰か二人には分かっていた。ハッキングが出来るほどソードアート・オンラインのプログラミングを理解している人物…そして本物のGMである可能性が高い人物――このゲームを作った人間だ。答えは分かっていても、キリトとサチはユイの口から名前を聞きたかった。

 

「はい――このソードアート・オンラインを作った創造主『茅場晶彦』おじちゃんです。そしておじちゃんはこのゲームの中にいます」

 

ユイの固い声は、キリトの熱く高鳴る心臓の鼓動を、さらに熱くさせた。月夜の黒猫団の皆と仲間をデスゲームで誰も死なせない。まだ会ったことの無いユイの妹であるストレアとユイを会せたい。そして――現実世界に帰ったら直葉と真剣に話し合いたい。

 

キリトの向く先は次に向かうべき道を明確に示していた。それがGMを倒し――自分が殺人を犯すことになろうとも。決意を新たに、キリトはここまで話してくれたユイをあやすことに専念した。

 

 

ユズルとユナが、キリトとサチとユイのいる部屋を離れてケイタの寝室と次の間を隔てるドアの所に立っていた。次の間は、お忍びで隠れ部屋に使った場所だ。二人は部屋の奥にある窓に視線を向け、流れ動くプレイヤー達を眺めていた。

 ユイの話を受け入れたキリトとサチはストレアの救出について話し合い、サチは慌ただしくホロキーボードでメモをしている。その緊張や苛立たしげな動作から、ユズルとユナは、休憩をしよう、と離れる建前を作った。

 

ユナは深いため息をつきながら背筋を伸ばした。ずっとユイの話を聞いていたせいで硬直した筋肉を柔らかくし、片手は腰に当てている。もう一つ溜息をついて、ユズルの前にやってきた。

 

「ユイちゃんの話は衝撃的だったね」

「プログラムだったこと…ゲームがハッキングされていたこと…俄かには信じられないけど…これは確かな真実だ」

 

リラックスした面持ちで来てしまったが、ユイの真意からほんの一瞬で消えてしまった。今日まで集めていたデータから、ユイの話を合わせればある結論に組み立てられたのだ。

 

「じゃあ私からユズルに聞くね――何に気付いたの?」

「…何って。何のこと?」

「さっきの話になるけど、ユイちゃんに【そういう事情】って言い方だよ。途中で、何かに気付いたでしょ」

「……」

 

沈黙を肯定と受け止めたユナは、その口調を、もっと相手を尊重するものに変わった。

 

「それに、ユイちゃんの役割…【再構築】は、プレイヤーの精神状態を関係しているなら…ユイちゃんじゃあ、あの場で話しにくい何かがあったと思うの。そこの部分は結構ぼかしながら話していたしね」

「…突然で信じられない話になる。それに、これが本当なら認められないし、真実を知っていれば現実世界でもユナに危害が加わるかも知れない――それでも知りたい?」

「逆に聞き返すね。ユズルも知っているなら、現実世界の貴方も危害があるってことでしょ?だったらそれは私とユズルだけの秘密にするわ――それに、私も無関係じゃないから」

 

傍目でみれば脅しにもなるユズルの威圧とて、凛とした姿勢を崩さなかった。

あの夢――白衣の男の正体を知りたい。パパの関係者なら聞き覚えのある人かも知れない。ゲスゲームにした重村徹大の教え子である茅場晶彦は、ユナも良く知る人物だ。ここで生かしておけば後に利用できる妙手となるかもしれない。現実世界に戻っても、ユズルの危険を最小限に出来るものなら何でも利用する考えでいた。

 

「ゲームを作った茅場晶彦はパパの研究者の関係者なんだ。パパは重村徹大で、私はその娘の重村悠那…これが現実世界の私の名前だよ」

 

嘆きを込めた訴えに、ユズルは息をのむ。現実世界の名前を言う行為は、リスクしかない。その意図がどうあれ、ユナが本気で真実を知りたいとだけは分かった。だが、ユズルからすれば研究者や親の名前まで伝えるのは、明らかに行き過ぎており、疑問を深めるだけだった。

 

「責任はあるの。元を追えば、ノーくんと一緒に遊びたくてパパからナーブギアを二つ頼んだのよ。どんな理由であれ、茅場晶彦を死んで終わりにはさせない…そんな逃げは許したくない。生きて、勤めを果たしてもらうわ」

 

丁重ながらユナはたっぷりと皮肉を込めて詰める。彼女を良く知るファンの人であれば『滅多に見られるものではない』と驚きを見せるだろう。とびきりの笑顔に――優しさに隠れた激情。ユナの目に浮かんでいたのは怒り、戸惑い、焦燥、そして――愛念。いずれにせよ、ここで真実を伝えなければ、探偵を雇っても知ろうとする、と危惧してしまうほどであった。

 

「それなら僕も名前を言うよ。葛城道場の門下生で、師範…朝田響子の息子――朝田柚季…それが僕の名前だ」

 

自らの名前と親の名前を宣言した少女の前で、ユズルも同様に言い放つ。

 

「さて現実世界の名前を教えた所で…さっそく伝えるよ――この用紙を見て欲しい」

 

卓上に広げられた大きな毛用紙。左端にカーディナルシステムと書かれた枠にモンスターの子細な行動やコミュニケーション方法の記述。右端にNPCやプレイヤーの絵。ユナの目の前にはアインクラッド全体をフォローする見取り図が広げられた。

 

「ここのポイントはカーディナル。MHCPはプレイヤーの精神を鎮静する役割。そしてNPCよりも柔軟に動くモンスター達だ。まるで個々に自我があるかのような行動となる。詳細はカーディナルの空白に書き込むね」

 

カーディナルに搭載された人工AIの正体はMHCPであり、ユイとストレアのこと。当初はカーディナルの不具合はハッキングによる非常用連結システムの作動と考えていた。しかし、これは違う。ユイの話ではカーディナルの不具合はゲーム開始から発生していたのだから。

 

「不具合の正体はモンスターだ。モンスターを生成するシステムが不具合で作られないとなれば、何かを代用するしかモンスターを作れない。証拠に、最初に戦った『インファング・ザ・コボルド・ロード』の部屋は一か月経たなければ、見つけることができなかった。

 死亡者の多かった第二五層の戦闘、クリスマスイベント『背教者ニコラス』による約百人の被害と死亡の後、第五十層のフロアボスの部屋が出現している。

 クォーター・ポイントに近くなるほど死亡者が多い。それに、多くの死者を出した後になると、決まってボスの部屋が見つかっている」

「大きな戦闘やレアアイテムの争奪戦は新聞沙汰になるほどの被害が出るから…その後に、ユイちゃん達はモンスターを再構築しているわけね?」

「そういうこと。カーディナルにおけるモンスターについてはこんなところだ」

 

溜息をついて、ユナは卓上の毛用紙をなぞりながら単語を組み立てていく。

 

「カーディナルは亡くなったプレイヤーの記憶を保管する――MHCPは【何か】の再構築――ボス部屋の出現時期――NPCよりも豊かな表現をするモンスター達を合わせて考えれば…」

 

はたと手を止めて、ユナはハッと顔を上げる。何かを参考に音楽を作り上げる立場の彼女は、何かを材料にしなければならず、何もない所からはモンスターを作り出すなどあり得ない環境。そして、気が付いた。階層が上がるたびに表現豊かになるモンスターの存在に、ユナは間違いないと確信に顔を歪める。

 

「ちょっと待って…え…これって…」

「僕もユイの話を聞くまで確証が持てなかった。でもこれが、解読した結果だった…ユイの隠していた【何か】の正体は――」

「「亡くなったプレイヤーから、モンスターを再構築する」」

 

カーディナルからでなく、死亡したプレイヤーの記憶をMHCP達が再構築し、モンスターに具現化する。それをプレイヤーが倒せば、カーディナル経由で再びモンスターに変換していく。同じシステムが何度も繰り返される仕組みだ。そして――死亡したプレイヤーを何度も死亡させ、生かし続けられる悪魔の仕組み。最終的にゲームがクリアされれば、そのモンスター達又は元人間は何も残らない¨無¨となる。

 

「しかも、この考えならボスモンスターを作るのに複数の犠牲が必要になる」

「こんな人の命をもてあそぶ様なシステムなんて…許されることじゃないわ」

「だからこそ、だ。このシステムは必ず大きな事件に発展する。ソードアート・オンラインの事件はクリアされれば終わりではない。まだ先があるんだよ…まだ…」

 

ユズルの推理には、次にハッキングした者が起こしている事件を見据えていた。死亡したプレイヤーの記憶も含めてデータを吸収された新たなゲームに、静かな闘志を感じながら付け加えたハテナマークを睨み付ける。そしてその認識には、彼女であり妻でもあるユナも同調しながら、彼の隣に寄り添った。

 




【補足】
・クォーター・ポイントは25層、50層、75層、100層のボスは異常な強さを持っていることが特徴とされる。

・第21話における眼鏡の男が話していた仕組みの解説

 モンスターの正体は元プレイヤーであり、人間(プレイヤー)VS元人間(モンスター)で正真正銘の殺し合い。ソードアート・オンラインでプレイヤーが亡くなれば、臓器が手に入り、多額の金が手に入る。どちらにせよ、利益しかない。

【元ネタ】
・プログラムに大きな空洞
 元ネタはアニメ、働く細胞『熱中症』。筆者はBLACKも熱中して見ている。

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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