幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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37話 世界の中心でラーメンを作りたい

 キリトとサチによるストレア救出の話し合いを終えた部屋には新たな緊張で張り詰めていた。プレイヤーとして紛れ込んでいる茅場晶彦を見つけだすに、一人一人を識別していくやり方はかなり骨が折れる。実際に第一層から第七四層まで歩いたキリトとサチだからいえる情報だ。よって明確に見つけだすには相手から来てもらう方が手っ取り早い方法ではあれど、誘い込む具体的な方法は思いつかなかった。

 

「他人のやっているRPGを傍から見ているほど面白くないことはない。自分の作ったゲームを間近で楽しむなら――攻略組にいる可能性が高いか?今は参加人数も少ないから大分絞り込める…だが、一人一人に聞いて警戒されるよりは、やはり茅場から来てもらう方が無難か…」

「それなら、何か興味を惹かれるもので来てもらう方が…いいね。でも、ゲームを作った人が直接来たくなるものは何だろ?」

 

ソードアート・オンラインを作った人間がこの世界で欲しがる物など知れず、キリトとサチは焦燥よりも無理難題を押し付けられた思考を止めそうになりながら、案を巡らした。メモにまとめた文章を凝らして触れる寸前に、コンコンとノック音が響き、メモを持ったままドアのほうへ向き合った。

何か煮詰まっている二人の様子をユズルは感じ取ってはいた。それが何であるか、まるで見当はつかない。休憩に特性ドリンクを手渡し、ユイにはホットミルクを用意する。

 

「ストレアの話はまとまった?」

「それはもう話は付いた。ただ…今は茅場を引きずり出す方法を考えている所だ」

「同時にハッキングとクラッキングをするにも、GMを倒すにも…まずは生け捕りにしないとね」

「あぁ…だが、この世界で欲しい物を全て作り上げた茅場を引きずり出す方法が――どうすればいいかが分からなくてな…」

 

 ユイにホットミルクを渡したユズルは、ドリンクをテーブルに置きつつ、残るもう一方の手でキリトの持っていたメモを読み込んでいく。メモは乱雑に書かれており、文章事態は綺麗に羅列されている。しかし、肝心の主語が抜けており、読み返すたびに別の意味に捉えてしまいがちな文章に、二人がどれだけ焦っているのかが窺える。

 文章から茅場晶彦がどういう人間かは分からない。だが、メモにゲームのキャッチフレーズなのか『これはゲームであっても遊びではない』がやけに引っ掛かっていた。新たなパズルのピースを見つけた感覚を無視し、権力者の油断する瞬間をつむぎながら切り出した。

 

「古今東西、権力者や有権者は好きなもので隙を見せることが多い。ダイヤモンドや地位の物量、酒や食事、女や男とか、後は睡眠かな。いくら茅場晶彦は天才でも人間だ。それを利用して『食欲』『睡眠欲』『性欲』のいずれを刺激すれば引っ張りだせるかも知れないね」

「それなら『睡眠欲』はゲームでも気怠くなる程度だから難しいね。あと『性欲』は論外として――残った『食欲』は良いかもしれない。テレビでも美味しい物を見ると凄く食べたくなるし」

 

サチは思わずそう言った。

 

「飲食ならエギルさんみたいにお店を用意できそうだね。後は、なにで茅場さんに来てもらおうか」

「それならいいものがあります。このゲームが作られている時に話していました」

 

ユイはずばりと言う。

 

「現実のおじちゃんはいつもくたびれた顔をしていました。でも研究の終わりにらーめん?を食べるのが好きと話していたことがあります」

「ラーメン…そう言えば昔見た雑誌に茅場はラーメンに異様なこだわりがあると載っていた様な気がするな」

 

キリトはすぐに納得し、メモに書き足していく。ユイはホットミルクの入ったカップを両手で掴み、ぐいとあおる。大きいカップしかないせいか、体格の不利を工夫して飲む様にサチとユナは、ほっこりと口元を緩ませた。飲み物を半分まで飲み干したユイは、ふとした疑問を投げかける。

 

「そうなんですか?以前、おじちゃんは麻婆ラーメンを食べて、もうこの様なラーメンは食べたくないな、と話していたことがありましたよ?」

「それは、ただ辛い物は苦手だったからじゃないかな。でも麻婆ラーメンね…そんなコアなラーメンを食べたくなるなら…茅場さんがラーメン好きなのは間違いなさそうね」

 

 この世界にもラーメンはある。しかし、実際に食べてみれば水を増しただけで鳥の香りがするスープ。それによく絡むちぢれ麺。とてもラーメンとは言えない代物であった。いくらゲームを創作した天才でも料理までは素人以下だと思わざるを得ない。この世界の調味料を作り上げるのに複数の組み合わせを研究しなければならなかった仕様から、茅場晶彦は相当な料理下手だ、とユナは見下していた。

 

「なら茅場を引きずり出すのはラーメンで良さそうだな。さて、問題は…上手いラーメンがこのゲームでも再現できるかだな」

「それは大変そう。味でもしょうゆ・豚骨・塩・味噌味のスープに麺も必要になるし…」

 

 料理スキルは無いキリトと八割九部ほど上げたサチは顔を見合わせてしまう。調味料の配合はアスナに配分量を教わるも、未だに成功確率は絶対を補償などできない。麺はともかく、水を足して作るスープは配分量が狂い、ラーメン特有の濃い味を作り出すのは難しいのだ。

 知人に料理スキルをカンストさせたアスナを頼るか。ユズルは二人の考えに意識を向ける必要も無く、ユナに声を掛けた。

 

「…ユナ。少しでいいから塩と醤油を借りていい?」

「少しと言わず、必要な分より多めに借りていいわ――試してみるのね」

「うん。前に麺類を試したことがあってね。喉越しが爽やかな麺が作れるから…あとは、スープを作れれば出来るかもしれない」

「――ユズル、頑張ってね」

 

 後押しに応援すれば、ユズルはサチに一声かけてからキッチンに向かう。自分のテリトリーに近い場所を貸してくれるか、不安はあるもラーメンのできる可能性を伝えれば、サチは快く承諾してくれた。しばらくして、キリトとユイが遊んでいる姿を見つめながらユナはチラリとサチを目配せる。

 

「キッチン貸してくれてありがとね。割と強引な所があったと思うけど…」

「それは気にしてないよ。やっぱり、私もユイちゃんの望みを叶えてあげたいし…ゲームを終わらせても、一緒にいられるなら何でも賭けたいしね」

「あれ?そう言えば、ユイちゃんはゲームをクリアしても一緒に居られるの?」

「うん…二人が部屋を出た時にね…ナーブギアのコードに自分をデータ化すれば何時でも一緒にいられるから、それは大丈夫」

 

それならよかった、とユナは安堵しながらサチに言った。だが、サチは安堵していたとしても、そんな素振りは見せない。垂れ眼から上目遣いで、ユナに尋ねた。

 

「自作でラーメンが出来る話は聞いたことないから、ちょっと…心配だね」

「前に料理でそばを作っていたから、スープだけならすぐよ。どっしりとしてれば大丈夫」

 

迷いない言葉が唐突に、サチは実直に投げかける。

 

「そうなんだ…それにしても――ユナは凄くユズルを信じているよね」

「そう見えるの?」

 

サチは目をしばたたかせた。ユナは、仮想世界で結婚して満たされた生活をしているはずに、自分の言葉を疑問で返してきたからだ。

 

「まぁ本音を言えば不安が何もないと言われれば、嘘になるかな。でも、それが突拍子の無いことだからって、何もしないで可能性を潰していい理由にはならないし――」

「私は、全部を引っ括めて彼を信じているから」

 

笑みを消し、ユナはそれからサチを真剣に見つめた。サチは歌姫として愛らしい笑顔を浮かべた彼女の顔しか知らない。ユズルといる時は『ふにゃっ』とした柔らかい笑顔ではある。しかし、今は視線を細めた眼差しには高潔さがあり、それが愛嬌よりも威厳が魅力に伝わるような、風格を滲ませていた。そして、普段の愛嬌ある顔に変えてユナは静かに提言する。

 

「さてと、恥ずかしい話をいっぱいしたからお返し――キリトとはどう?」

「…え?どうって?何が?」

 

とぼけた口調で疑問に尋ねるサチにユナはテーブルクロスを用意しながら言う。まだ付き合っていないとはいえ、ユイを間にパパとママの関係にある二人だ。温かくも優しく問い詰めるような視線をサチに据える。

 

「キリトと凄く仲が良さそうで、ユイちゃんのおじちゃん探しも兼ねて何回もデートをしたよね――どうだった?」

 

からかい気味な問いに、サチは顔を真っ赤にしてしまう。サチは困惑しながら答えるも、口調は熱っぽさを含めた嬉しさを隠しきれていない。

 

「えぇと…そう!そんなに変わったことはしてないよ!ただ、ユイちゃんの似合う服を探したり、買い物したり、レストランでご飯を食べた位だよ」

「うん、そうなんだね」

 

仲の良い夫婦ね、と指摘をせずに聞いていく。

 

「あとは…キリトが普段は無頓着なのに、ユイちゃんがきてから妙に気遣う様になったりしたとか。戦闘から帰ってくると、偶にお土産を買ってきてくれたりとか…」

「うん、そうなんだね」

 

ギャップでハートを掴まれたのね、と心が弾まずにはいられない。普段は厳しい人が時に見せる優しい一面や強がっている子が偶に見せる弱い一面には、ギャップができる。つまり、ひとつの美点が強調されることにより、魅力的に映えるのだ。

 お互いに好きな人の良い所を言い合うガールズトークの空間に、二人が屈託なくはしゃいでいるさまに一人逃げ遅れたキリトは最大の¨隠蔽¨スキルでユナとサチに見つからない疑似かくれんぼでやり過ごそうとしていた。

 

(二人とも…本人が聞いているのに良く話せるな。ここまではっきり言われるとむず痒い…)

「パパ~いつまで隠れていればいいのですか?」

 

ヒソヒソ声のユイに小声でも声を出すわけにはいかない。両手で宙を押さえるような仕草をし、キリトは手早くホロキーボードによる筆談で伝えた。

 

(そうだな…せめてユズルのラーメンが出来るまで隠れていよう)

(わかりましたぁ~)

 

 キリトは無言のままユイと物置の陰に隠れ、二人のガールズトークが終わるのをじっと待った。そして、アウトな会話にはユイの耳を塞ぎ、うつむいて、何度か会話を切り抜けた。

 

 

一連の対話が落ち着き、時刻は昼に差し掛かってきた頃、ユズルは月夜の黒猫団のギルドホームにあるキッチンから姿を現した。完成したスープの報告も交えて、店に出すラーメンの味を決めるためである。

 

「お待たせ~時間はかかったけど、ラーメンのスープと麺が出来たよ」

「ユズル!それはホントか!?」

 

ユイから離れて弾み声で言うキリトに、ユズルは苦く笑った。

 

「本当だよ。ただ、塩味としょうゆ味と激辛味しかまともに食べれなくてね。残念ながら味噌味は上手くいかなかったよ」

「十分だよ。お疲れさま…」

 

満足のいくユズルの報告を受けて、サチは朗らかに笑う。ユズルは背を向けたままラーメンの用意に取り掛かる。上機嫌な顔で注文を復唱し、間違いはないかを確認した。

 

「えっと――塩味がユナで、しょうゆ味がサチ…激辛がキリトで、ユイちゃんがしょうゆ味でいいんだね」

 

注文を受けたユズルは、包丁を入れて白い粉を塗した練り物からは細い麺とちぢれ麺。大きな三つの鍋を開ければ、醤油と塩の香りが鼻腔を刺激する。それからすぐ、ユイとサチの前に黒みを帯びた醤色のラーメンが置かれる。程なくユナの前にも、黄金色の澄んだラーメンが置かれた。ゆいいつ、キリトは置かれたラーメンを眺めてから噛みつくように言った。

 

「ユズル…これ、何だ?」

「ん?激辛味――麻婆ラーメンだよ?」

「そんなコアなラーメン、再現できたのか。ただ、何でラーメンに豆腐が浮いているんだ?」

「それね。味見する時に凄く辛くてね。豆腐を入れたらちょうどまろやかになったから、ネギの代わりに入れてみたんだ」

 

キリトは目を見開いた。唐辛子のスパイスに牛挽肉の脂身の浮いたスープは、彼の鼻からの信号を無視し、そのまま脳髄に直撃した。半信半疑に細い麺をすくえば、赤く、粘着性のあるスープがよく絡んでいる。息を吹きかけながら、音を立てて勢いよく啜った。口腔内に強い辛みと噛み応えのある細めの麺が、癖になりそうな味が広がる。

 

「…意外といけるな、これ…」

「そうなの?キリト、一口頂戴…」

 

一口をすくい、赤い液体を口に運んだサチ。次第に、顔は汗にまみれて、背中は弓を弾なるように勢いよく反る。片手で口を抑えつつ、空いた手でホロキーボードを打ちこむも辛さの激痛により涙目だ。しまいには、ローマ字入力の最後を離せずに押し続ける。

 

『見た目通り辛い!地獄の様な辛さよおおおおおおおおおおおおおお』

「ママ大丈夫ですか!?少し待ってください!!」

 

空をスライドさせ、ホロキーボードをタイピングする。視線をグリグリ動かしながら複数の画面に触れていく。最後にEnterキーを押せば、サチの顔は急激に和らいでいく。突然の変化に戸惑ったのはサチ自身だ。

 

「あ…あれ?何ともない…」

「良かったです。ママの舌にある味蕾で一番刺激されていた『辛味』に『甘味』と『酸味』を混ぜて投与してみました」

 

メニュー画面を閉じつつ、ユイはにんまりと笑った。人の味覚まで操作できるユイに、本当にプレイヤーでなく、システムの一部だったと認めざるを得ない。しかし、それ以上にラーメンレシピの記入を止め、ユズルは頭に浮かんだ考えを整理するように宙を見て唸る。

 

「ユイちゃん。それは、既に食べ終えて体内に入った食べ物を『辛味』に変えることは可能なの?」

「対象のプレイヤーが近くにいれば可能です――でも、何で聞くのですか?あ!もしかして、ママで試すつもりですか!?絶対にやりませんよ!!」

 

声を荒げたユイの強い拒絶に、密度ある時間を過ごしたサチとキリトは、ラーメンを食べる手を止めてしまう。ユナは塩ラーメンを啜りながら彼女の抱える罪悪感を沈鐘した気分でユイを見ていた。MHCPとして人の命を弄っていた罪悪感か。妹と同じ位に二人を大切にしたい親愛感か。ユズルは目を見開くも、麺を作りながら訊ねた。

 

「そうではないよ。もう一つ質問をするね。食べたラーメンから感じる『塩味』と『酸味』を強い『辛味』に変えることはできそう?」

「…それも可能ですよ」

「それはよかった…お陰様で、茅場晶彦を引きずり出せるだけじゃない。上手くいけば戦わなくても確実に追い詰めることができる方法を思い付いたよ。

ただ…これをやるには、準備が必要でね。ソードアート・オンライン全体を巻き込んでの大芝居になる。ゲームを作った神たる茅場には、今回は一人のプレイヤーとしてこの芝居を大いに楽しんでもらおうかな。聞いてくれる?」

 

ユズルは大芝居の内容を言い出し始めた。

 

「――いいじゃないか、そのやり方。俺にはできないし、思いつきもしないやり方だ。流石は一年以上狙われても生きていただけはある。普通のプレイヤーとは発想が違うな」

「…まあね」

 

 キリトの発言に反応し、青黒い気配を漂わせるサチと青筋を立てるユナに、ユズルは素早く無表情に切り替えた。冷気を感じるまでもないが、キリトから視線を逸らす。ユズルの辛かった経験を茶化すには時期が早すぎる。言われた本人は兄弟関係で気にしないも、他人は、ましてや事情を良く知るサチとユナの逆鱗に触れるに十分だったようだ。

 

「ようやくおじちゃんを見つけてゲームを生み出したパパとしての活動をしてもらえそうですね――もう長いので、これからは省略して『パパ活』と言います」

「ユイちゃん。それは意味が違うから…二度と使っちゃダメだよ」

 

ユイをたしなむサチは青黒い気配を遠目に、恐らくは茅場晶彦に矛先を向けているのだろうか。それを思うと、ユズルは茅場を捕まえてもHPを削り切らない程度に加減して折檻してほしいと思い至り、メニュー画面を開く。

 

「僕は兄貴やエギルに、後はディアベルに連絡するよ――キリトは?」

「俺はノーチラスやアスナに頼んでみる」

「それなら、ケイタやアルゴさんにラーメンの宣伝をお願いしてみるね」

「なら…お店選びは任せて。私のマネージャーは色々街にアンテナを張っているから、空きを見るのは得意よ」

 

ユイのファインプレーによる、パパ活発言は皆のよい中和剤となった。各個人で自分の出来ることを務めていく。小さくか細い光は、徐々に大きな光に成長しようとしていた。

 




ようやく物語も終盤に差し掛かりました。

 場面としてはアニメ13話「奈落の淵」、14話「世界の終焉」の場面です。
ラストは上記のようなシリアスと緊張感はありません。
アインクラッド編を最後まで読んで頂ければ幸いです!(^^)!

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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