幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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注意です!!

※アント・ヘイト要素があります。
※カオスな展開があります。




3話 千年一夜物語しちゃうよ?

 クリスマスから大晦日までの数週間を、悠那は家に居続けていた。現実世界に生還した日から暇を持て余したわけではない。本来は三ヶ月のスケジュールで行われるリハビリを二ヶ月で終わらせ、早い退院に体調を心配した父の重村徹大が早く帰って来てくれるので夕食に会話を弾ませ、それなりに充実した生活を送っていた。

 

 今でこそ笑い話であるも、ほとんど休憩を取らないリハビリは病院の理学療法士や医師だけでなく、父の徹大にも、当然ながら何度か止められた。若さから体力の回復はあるものの、二年以上も寝たきりの身体は、危険を察知する¨反射¨の反応時間が遅く、転んでも痛みを抑える態勢を取れず、大怪我や疲労骨折をする可能性があったからだ。

 

勿論、悠那が辞めればいいのかも知れない。そんな辛い現在(いま)を辞めて床で安易なリハビリを薦められながらも、重村悠那の鬱屈した気分を増長させるだけであり、余計に意地を張らせるだけであった。彼女からすれば「早く身体を動かして、ボイスのリハビリをしたい」だの「あの人に逢いたい」気持ちで突き動かされていた。一番に心配をしていた父は熱心に体を動かす娘の何時もとは違う姿に、こちらからも、強く言おうとはしなくなった。娘の急激な変化が、ソードアート・オンラインから目覚めたときに「事件を解決していく」と誓ったことと、繋がっているとは知るよしもない。

 

 リハビリを終えて、新しい年とともに、悠那の身体も健康的に育っていた。身長こそ伸びてはいないも、ほどよく筋肉と脂肪の付いた曲線美は本人でさえ、戸惑わせるものがあった。小麦色の肌色に、やや小柄で均整のとれた體から、胸部から曲がった服のしわやたるみを作り出している。

ゆっくりとベッドから立ち上がれば、左右に柔らかな編み込みがされた髪型に肩にまで伸びた明るい茶色の後ろ髪をなびかせる。前髪の編み込みだけは悠那のお気に入りであり、ユズルと出会う前にも拘ってきたチャームポイントで、敢えてそのままだ。姿見の脇にある洋服掛けとタンスから全身を映せる姿見の前で、女の子にとっては一大事な問題に頭を抱えていた。

 

「何で下着だけ全部合わないのかなぁ。身長は前と同じ位なのに」

 

 これこそ外出せずに、家に居続けていた理由だ。上着やズボンは多少ボディラインを強調するも、着痩せ体質のお蔭でゆったりと着こなせる。問題はブラである。十六歳の私は、それ程目立たないCカップではあった。しかし、リハビリをした運動後にタンパク質の多い飲み物の摂取や食事にビタミンと野菜のバランスを考えながら過ごしていれば、脇下の肉を寄せてEカップまで成長していた。二カップの差に窮屈になったブラを付けられずに、スポーツブラで過ごしていた私は、今日こそ、似合うブラを探そうとランジェリーショップ巡りをする決意を固めていた。

 

「このままだと、外で情報集めもできないし…今日は買い物かなぁ。あんまり気は進まないなぁ….」

 

自分の取りたい行動のために行けばいいと思うも、普段から街で男の人に変な視線を向けられることも多い悠那は躊躇していた。これが好きな人であればもっと見て欲しいが、そうでなければ不快なだけである。そして結局、私は一人で買い物に行くことにした。

 

 

 電車に揺られて埼玉県の大宮駅西口にあるショッピングモールに向かって街の中を歩いていた。軽く息を吸うと、手入れのされた植物やコンクリートの匂いが濃かった。建物に反射された強い日差しも、天井の大きな橋が影で皆を守っているような温かさが不思議と感じてしまう。

 電車の人混みに疲れた悠那は日陰のあるベンチで休んでいれば、数分してツインテールの女の子が、悠那から左横の位置に腰掛けた。ポカリスエットのタグをカチャカチャと指を弾かれたまま、開かずじまいにいる。

 

「あの…良かったら開けますよ?」

 

 見かねた私は、両手で抑えながら手際よく開けて女の子に渡す。ありがとうございます、と一声告げてから空いたポカリスエットの缶に口を付けると、一気に飲み干してしまった。なんだか、ユズルとのケッコン祝いの宴会で樽ジュースを一気飲みしていた少女を連想してしまう。呑んでいる姿だけでなく、顔や仕草も瓜二つだったからだ。

 

「…もしかしてシリカちゃん?」

 

悠那は切り出した。少女は身体をビクリと浮かせるも、悠那を見つめながら以外にも落ち着きながらゆっくりと口を開く。

 

「へ…まさか、ユナさんですか!?」

 

 ポカリスエットの缶を傍に置いたプレイヤー名『シリカ』こと綾野珪子はニコニコしながら言った。二人はお互いの本名を伝え合い、私もつい最近に退院したばかりですよ、と衰えているはずの声を感じさせないハキハキした口調で答える。どうやら、彼女も洋服が合わず、こうして買い物に来たそうだ。

 

「私は身長が伸びたので上着を買いに来たんですよ」

「そうなんだ。私は下着かな。二年も経ったせいかサイズが合わなくて」

 

服越しでも分かる主張物の存在にシリカこと綾野珪子の頭上に雷が落ちた。女性にとって母性の塊とも言われる胸部。実際にシリコンとパットを詰めれば大きく見せるのは容易い。しかし、思春期真っ盛りの彼女にとってそれはとても恥ずかしいことであり、女として負けた感じになってしまう。滲み出るどす黒い気圧の笑顔で、財布の現金を覗きながら、鋭く反応する。

 

「へぇ~ちなみに私も下着のブラを買いに来たんですよ。一緒に買い物しましょうか」

「あれ?でもさっき、上着を買いに来たって…」

「聞き間違いですよ~私は、新しい下着を買いに来たと言いました」

 

 語彙を強調する珪子に悠那は右手で頬をかきながら困った様に笑った。二年も経っていれば流行りの女性ブランドも変わっている。ひとまずは、レストランで情報を集めることとするも、スマホで調べずに珪子は丸くなった目でじぃとある部分を見つめたままだ。

 

「悠那さんは中々立派なものを持っていますね。しかし!しかしですよ!年齢と体重を考えれば、今の私のボディラインは理想そのものです!」

「う、うん…ソウナンダネ…」

 

微妙な相槌でも、せめて明るく返そうとした。だが、悠那は首斜め下から三十五度にある双丘から恨めしい視線を送り続けられれば、どうしても彼女の熱意におされてしまう。悠那が答えるより先に壮大な理想論を語り始めた珪子は、手持ち無沙汰をアピールするかのように両手で胸を隠して、それから注文したメロンソーダを飲む。

 

「将来的に見てあと一部が足りていれば完璧なスタイルであると主張できるんです!」

 

※そんなこともない。古来より女性のバスト平均はA~Cカップであり、珪子は同年代の日本女性からすれば、既に良いスタイルなのである。しかし、外国人のモデルや文化を取り入れるようになり、山の様に膨れた胸の大きさも一つのステータスとなったのだ。補足すれば、メロンソーダをいくら飲もうとも、彼女の胸はメロンほど大きくはならない。

 

「それに私のプレイヤー名は化学元素のケイ素からシリコンを連想して付けています。つまり!二年間もその名前で過ごしてきた私は、十分に成長する可能性があるのです!!」

 

※難解な語句を並べているだけで中身はペラペラであり――ただのセクハラである。

 

「ネーミング…もの凄く凝っていたんだね。わたし、プレイヤーの名前は本名の真ん中を抜いただけだったから…そこまで拘ってなかったなぁ」

 

 まさかあのプレイヤー名にバストアップ祈願をしているとは思わなかった。私はそれ以上何か言うことを諦めた。唄や柚季が絡んでくれば頑固な方ではあるが、珪子の巨乳願望の強情さはコンプレックスに近い。ここで「胸の劣等感は人によってはチャームポイントになるよ」と言うものならば、バストやヒップの上がった私では、「巨乳を見せつけてくれますねぇ。どこからがおっぱいだか分からない人の気持を考えたことがありますか」と、名言風に言い切るだろう。

 

「ふぅ~ん…悠那さん、バストアップしたのはユズルさんとの性活ですよね。今後の参考に色々教えて下さい」

「そんな恥ずかしい事、言う訳ないでしょ!!何を参考にする気なの!?」

「大丈夫です。私は、いやらしい意味で二人の性活を知りたいワケじゃないですから」

「その言い方はどう言い変えても変態にしか聞こえないよ。あとさっきから『生活』の言い方が変じゃない…」

「気のせいですよ」

 

 さりげなく柚季とのケッコン生活を探ろうとする珪子の腹黒さに、意地でも言いたくなかった。彼と結ばれてはいても、どちらかともなく寄り添えば、肌を重ねて眠る方が多い。思い返してみればたった一回だけだが――ある。朝までユズルをフード服に入れたまま胸元に頭をのせ、下半身をさらに寄せ合い、両足を交互にからませた一夜の契り。悠那は恥ずかしさよりも、これは二人だけの思い出に留めたかった。押し黙ってしまった悠那に珪子は急に改まった声をだした。

 

「うぅ…それならせめて、貧相な私(體)を慰めて下さーい!!」

「無理、無理! 珪子ちゃんの発育のお手伝いなんて…いくら何でもやりたくないよ!!」

 

周囲からは「痴情のもつれ!?」「キマシタワー!!」のヒソヒソ声が目立つ。「それは、禁断の愛の形ですのよーーッ!!」と最悪のタイミングで大声を上げてレストランを出て行くワカメ髪の女学生に周囲のざわつきを大きくさせてしまう。頭突きでもかましそうな珪子の頭を抑えていると、ウェイトレスの低く落ち着いた声で呼ばれた。

 

「あの~申し訳ありません。他のお客様のご迷惑になりますので…どうぞ出て行きやがって頂けますか?」

 

何か勘違いをしているとも思うが、他の熱っぽくも何かを期待する視線に言う気も起きなかった。二人は早々にレストランから出て行ったあとに、スマホで調べたランジェリーショップで買い物をしようと約束する。

 

 

 無言で向かった先のランジェリーショップには、入り口からピンクや青の下着をつけたマネキンや恋愛ソングの流れる店内に、雰囲気も悪くない場所だった。二人で好みの色を服越しに合わせながら、似合う下着を選んでいく。先のスキンシップの憤りから何となく向かったセクシーコーナーにあった生地の薄い白い下着を手に取り、イメージをしていると、珪子に軽い愚痴を言えるほどに落ち着けた。

 

「もうっ!珪子ちゃんのお蔭であの店、行けなくなっちゃったよ!!」

「ちょっと熱くなっちゃいました…御免なさい…でもウェイトレスもあれ位のスキンシップで追い出すなんてどうかしてます!!」

「どうかしてるのは、珪子ちゃんの方!ここは仮想世界じゃないんだから…あっちのノリでスキンシップなんてすれば、注意もされるよぅ…」

 

と私が気落ちしながら答えると、

 

「気を付けます。でも悠那さんもノリといいますか…まだクセが抜け切れてない感じですよ?」

「え?そんな風に見えるの?」

「あ~いえ…あの場では言いませんでしたよ。周りの目もありましたし…多分ですが言えば絶対に恥ずかしがると思いましたから」

「…余計に気になるな。もったいぶらないでいいから話してよ」

「あの…さっきから無意識と思いますけど――わりと頻繁に左手薬指を擦っているんですよね。ケッコン指輪が無いのが寂しいのか、ユズルさんの髪の毛を巻いて無いのが落ち着かないのか」

 

言い終える前に、あれ、と固まった悠那の顔を覗き込む。どう見ても唇は小刻みに震えているし、頬は朱色に濃く染まっている。うっすらと涙目にもなっていた。

 

「――耳まで真っ赤になってますよ」

「あう~やめて!ここでそれは言わないで~…」

 

手に取った白いブラに顔を埋めてしまう。恥ずかしさといたたまれなさのあまり、まともに顔を上げられない。その斜め隣で悠那を見ていた珪子の微笑ましい表情を浮かべていることも知らない。

 

「よし、うん…もう大丈夫…いきなりのことだったから、ちょっと驚いちゃった」

「凛々しい顔してますけど、冷えピタでも必要なくらい顔が真っ赤ですよ」

「仕方ないでしょ…本当にあの生活は私にとって大切な思い出なんだから」

「そんなに惚けて言われるとますます性活がどうだったか知りたいです。観念して教えて下さいよ~」

 

 反省の色もないにやけた顔の少女に、先ほどの仕返しも兼ねてやり返したくなるほど腹が立った。好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだ。舌の根も乾かないうちに聞いてくる『雌猫』にはお仕置きが必要でしょう。それ以上に、このまま何もしないのもいい気分はしない。

 

「話してもいいわよ。ユズルの好きな所を挙げまくりながら愛を育んだ物語でいいんだね?初めに言っとくと、日をまたいでも語り続けちゃうよ?千年一夜物語(アラビアン・ナイト)しちゃうよ?終わるまでノロケ話を聞く羽目になるよ?」

 

悠那は身を乗り出し、他の人には死角になる位置で珪子の茶色い瞳を睨みつけた。

 

「近いですよ~…あの、もしかしなくても怒ってます?」

「そうだね。和歌にもあるけど聞いたことない?――『人の恋路を 邪魔する奴は 犬に喰われて 死ぬがいい』」

「あー私にも良いブラがありました。一度試着しましょうよ(意味は分からないけど死ぬほど怖いです)」

 

珪子は赤と白を基準にしたフリルあるAカップを両手で合わせる。すくなくとも、悠那の透き通った高圧的な声に恐怖を感じていた。嫌な汗を流しながら試着室に誘導する。

 

「あれ…このブラかなり緩いな。あれ?あれぇ?」

「お客様。どうかなさいましたか?」

「ブラを着けるのが初めてなんです。すみません、着けるのを手伝って下さい」

「了解しました」

 

定員にブラの付け方を教わり、後ろのフックを引っかけようとした。不慣れな動作にAカップのブラは珪子のどこにも引っ掛からずに、地に落ち、軽快な音を響かせる。恨めしそうにブラを見つめる珪子に、定員も冷静に対応する。

 

「お客様――これと同じでもう二つサイズの小さいAAAカップの下着をお持ちします」

 

 定員は珪子と同じブラを持って戻ってきた。上から押さえられる感覚はあるも、初めてブラを身に付けられる衝撃以上に、敗北に似た虚しさを味わう。親の目を盗んで行っている十代のセルフ身体測定から胸囲の数値に変動がないことを。そして今日初めてウエストが二㎝上がっていた新事実を。努力してきた日々は、珪子の脳裏から走馬灯の様に駆け抜けていた。

 

「悠那さん。私は勝負に勝って女の戦いに負けました…」

「何があったの!珪子ちゃん!!」

 

脱魂しきった表情で、綾野珪子は瞳を潤ませた。

 

 

 この日、重村悠那は紙袋を片手にEカップ専用の下着を購入できた。カフェで綾野珪子が落ち着いてから、またね、と別れ――その前に彼女とラインを交換した。

 今日はありがとうございます。元気になった綾野珪子の言葉を思い浮かべるも、左手薬指を擦っていた手を見ながら私は車窓の外に広がる夕焼けを茫然と見つめていた。

 

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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