幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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4話 心の居場所

2025年1月10日

 

 倉橋先生による定期検診も慣れ始めてきた柚季は、メディキュボイドの隣にあるリハビリ室を行き来する日々を過ごして、季節は新年を迎えている時期にきていた。この特別な年月は、人の気持ちを一心しやすいだけに、普段とは別の影響を与えるものである。それは、柚季の入院していた病院にも予想外な出来事を起こした。

 その一つとして、月に一回は様子見に来るはずの家族が面会にこなくなったことである。メディキュボイドの検索許可を貰えてから、調べものに没頭するうちにカルテにあった情報と違っていて驚いたが、それは倉橋先生も不審に思っていただけに衝撃的な出来事だった。

 

 父と母は共働きをしているだけに、会社の書き入れ時やら決算に巻き込まれていることも考えていたが、流石に新年になっても、面会に訪れないのを思うと、何か理由もあるのかもしれない。病院のリハビリ室にあるテレビのニュースから続々とソードアート・オンライン帰還者の退院も報道されているあたり、そろそろ悠那も退院し、母の名前を経由して葛城道場に来た可能性もある。

 倉橋先生も家族に電話をすれば連絡こそはついて世間話はするも、そこから面会までは渋っているそうだ。明らかに、何か見えない影が操作しているような感覚に半ば不安と、半ば安心の心持ちだった。

 

 いずれにせよ、何かあったからこそ家族は面会に来ないのであり、異常や疑問があれば早急に家族は来るはずである。幸い、柚季にとっては都合のよい話であり、とくに一度も会ったことの無い妹に自己紹介をするのは気も引けていたし、慌てて家族に来られれば拒絶される不安もあった。

 そして、こうなった原因は予想でしかないも悠那の行動だろう。テレビ画面にナーブギアを被ったまま、ソードアート・オンラインから目覚めていないプレイヤーの映像には、裏で手を引く存在に難を示した。だが、この裏に悠那が昏睡せず、事件を解決しようと動いている証拠となった。会えなくとも近くに彼女のいる様な安心感に、柚季は希望の一筋を広げていた。

 

 

 これから本格的なリハビリに入るため、カロリーの高い流動食を胃に流し込んでから、柚季はリハビリ室に向かった。ラジオ体操の音源と消毒液の香りのする場所に、今日も入院患者を出迎えてくれる。調べ物を思い出しながら室内に入れば、膝を曲げ伸ばししていた少年はこちらに近づいてきた。

 

「今日からリハビリなのか、柚季は」

 

意識を向ければ、目を丸くした新川恭二が立っていた。

 

「うん。やっと先生から許可が下りてね…もう、置物にならなくていいから安心だよ」

 

 反論すれば、新川は隣に並んできた。針治療でも骨の虚弱性は期待できずに、一週間ほど読書をしながら、太陽の光を浴びて身体を揺らすソーラーダンスフラワーの代わりとしていたのは、病院の職員やリハビリ室にくる患者の知る人ぞ知ること。左右に揺れるたびに長髪をサラサラとこぼれて逃げていく感じの後ろ姿に、正面を決して向けないこそばゆさを楽しむ人もいたそうだ。

 

「置物というには、目の保養に良かったよ。もう後ろから色っぽい視線をその髪に向けている奴もいたんだから――柚季は魔性の女だ」

「人を色欲の化身みたいに言うな。あと僕は男だよ」

 

 彼も薄緑色の入院着を着て、膝関節のサポーターを付けている。キリトほどでも無いも、若干だけ童顔に近い印象だ。茶色の髪の毛はあまり手入れをしておらず、無造作に伸ばしている。

 

「男でも思わせぶりな雰囲気の所為だ。その雰囲気が周りをおかしくしているんだから」

「そんな理不尽な…」

 

横顔を見ながら右頬を掻きながら呟くと、新川は他人事のように言う。

 

「じゃあ、言い換えて魔性の伯爵にしよう。話は変わるけど明後日は手術だから、今日のリハビリで無理はしないからね」

「明後日?入院したのは一週間前だよね。少し早すぎない?」

「そうかな?貧血が酷いから親の勧めもあってすぐ受診したんだよ。そしたら、脳に腫瘍みたいなレントゲンを見せられて驚いてね。父さんも母さんも脳外科の医者だから、本当に運が良かったよ」

「それはタイミングが良いのか、悪いんだか」

「タイミングはいい方だよ。それに両親が医者じゃなかったら、気づくのも遅れていたし、一週間も個人的な手術に会議を開いてまで準備しようとはしないと思う…」

 

それもそうだなと思いつつ、歩行訓練のリハビリ準備にストレッチで身体を伸ばす。一方で新川といえば、柚季のストレッチを見ていると、さも言いたげな視線を向ける。

 

「うん?どうかした?」

「リハビリをする人のいる前だから言い難いけどね。運動前やリハビリ前のストレッチは逆効果だよ」

「そうなの?」

「身体が温まっていない状態でのストレッチは筋肉を痛めるし、パフォーマンスの低下に繋がるんだ」

「へえぇ、知らなかった…なら運動前はどうすれば怪我とかしにくくなるの?」

「僕がやっている動的ストレッチって言うものがあってね。手足を動かして、身体をゆっくりと温めて筋肉の柔軟性を上げていく方法なんだ。色々おススメを教えるよ」

「助かるよ。ありがとね」

 

どこか自慢さを含む言い分を気に掛けつつ、なるべく話を聞こうとした。二人で動的ストレッチをしゃべりながら動かしていると、ふいに女の子に声をかけられた。

 

「今日は仲の良い二人のリハビリだね。私はボランティアで来ているけど、応援しているよ」

 

 活発そうな女の子だ。背中まで濃い茶色の髪を左に流れて垂らした髪に薄い黄色い瞳をしている。初対面のはずでも、場を和ませようとした冗談に柚季は少しだけ笑った。紫の刺繍の入った上着を羽織った白い服に、下は黒のジャージで全体的に動きやすさを優先した服装だ。

 

「あんな子はいたかな、柚季は知ってる?」

「僕も初対面だけど、名札に『紺野藍子』ってあるから、今日だけボランティアで来た子だと思う」

「凄く可愛い子だったな…柚季さ、声かけてみてよ」

「何でだ?」

「柚季って、今フリーじゃない?これから春祭りや花見のイベントもあるなら、必然的に彼女はいた方がいいと思うよ」

「人を寂しい奴見たいに言うな!あと、何だよ『必然的』って!!」

「僕は退院したら医者になる勉強で忙しくなるけど、柚季はノンビリできるなら、退院後にあの子と春を過ごしてみるのも悪くない話じゃない?」

「残念だけど、僕はもう好きな子もいるし、割と仲良しだから寂しい春にはならないよ」

 

 新川の意外そうな表情に、柚季は反射的に返してしまう。紺野藍子もガラス玉のように丸い目をした明るくて可愛い子ではある。友達や知り合いであれば悩み相談はするも、それまでの関係にしか発展しない。飄々に言っていると、新川は深々と嘆息した。

 

「そうか…でも、あんな子に積極的に攻められたら…少しはぐらつかない?」

「それはないかな。僕は女性として愛したいのは後にも先にもただ一人だけだよ――まぁ、彼女も友達としては仲良くするけど…」

 

あっけに取られた新川は、つい、動的ストレッチを止めてしまう。自分はここまで強い感情を持ったことなど無い。教わったストレッチをあちこち真似して空を動かす柚季をみていてリハビリの先生に呼ばれた後も、彼は物思いに耽っていた。自分が最も強い感情を選んでも『医師』になることではあるが、何の為に『医師』を目指していたのかと。

 

 

 新川恭二は家族から医師になるべく生まれてきた男と言い聞かされて育った。家族は兄弟の弟分である彼に過度な期待を寄せ、身体の弱い兄には愛情すら与えるのもばかばかしいとしていたほどだ。

 そんな兄は自分の居場所を探すかのようにゲームにのめり込んでいった。恭二は兄からゲームで活躍した話をする生き生きとした顔が好きだった。そんな兄は、デスゲームとなったソードアート・オンラインに閉じ込められ――死んだ。

 

 家族に期待されなかった兄の死体に、何の後残りもないまま淡々と火葬の準備をする家族が人をゴミ箱に捨てるような感覚さえ思えたほどだ。家族の為に医師にならなければいけない。そんな圧力に耐えきれなくなったのか、急な立ちくらみを家族に相談し、父と母のいる病院に入院する形となったのだ。

 

 そして現在、新川恭二は手術に耐える身体づくりのリハビリを受けていた。脳以外に異常の見られない身体に、柔軟体操に精通した先生の指示は退屈でしかないも、学校よりは静かな病院を密かに気に入っていた。親の高学歴や医者の息子としての金持ち印象に、新川恭二のような¨何もしていないのに裕福な餓鬼¨を虐めと称して殴り、自分こそ¨上の人物¨と主張するあり様であった。そんな問題提示を講師はおろか、家族も耳を傾けなかった。

 

 理不尽にも怒りは湧かなかった。そんなヒマもあれば、馴染みない医療用語を覚える時間にすれば、遥かに有意義であっただろう。ここまで攻められても何も感じない僕は、心が壊れているのか、心が空っぽなのかもしれない。

 リハビリの初日に身体を左右に長髪を揺らしながら、読書を楽しむ柚季に声を掛けたのは、それを否定したかったかもしれない。読書も、テレビも、そして僕の話も...何にでも楽しみを見出す彼に、僕は生まれて初めて人に強い興味を持った。まだ、戸惑ってはいるも、今度こそ初めて自分らしくいられる『居場所』を作れる気がした。

 

 

2025年1月12日

 

 リハビリ室を通う日常にも慣れ、それからボランティアに来る紺野藍子とも気の合う友達同士で終わりには話し合い、気持ちも落ち着いてリハビリに集中できた。柚季は歩行訓練の課題をすぐに終わらせていたが、当の本人は新川の手術の成功を気にして先生の褒め言葉を素直に喜べなかった。

 

柚季が藍子に手術のことを話すと、藍子は言った。

 

「手術に関しては、身内はともかく、友達なら医者からは伝えられないわ。私もそういう経験があるからね」

 

柚季は何の予定も無い日を、普段から人の来ない休憩室で、メディキュボイドで調べたVRMMOゲームをノートにまとめていた。昨日から病院の近くにある図書館への外出許可を倉橋先生に貰い、リハビリを終えて病室に戻らなければならない三十分間の時間内に必死に本を漁った。柚季には空白の十四年間を埋める為に訪れた図書館にも、蓋を開ければテレビや院内にある新聞だけでは事件を調べられない程に世間知らずさを思い知らされた。

 

――だが、この程度の喪失感で事件解決への道が無くなることを微塵も感じていなかった。

 

 僕の知らない情報は、これから会う悠那とゲーム内で会い、お互いに情報を照らし合わせ、ソードアート・オンラインをデスゲームに変えた真犯人を追い詰める策を考える方向でいた。今度こそ、人の命を弄んだゲームを終わらせる為に。

 事件を解決するまでの道のりに、真犯人による多くの障害や妨害による周りの被害を最小限に止めるにも、昏睡していなければキリトやクライン、アスナやノーチラス、シリカやリズベットに頭を下げても説得して巻き込まなければならない。ヒースクリフの可能性はゼロに等しく、彼は海外逃亡やらでログインは難しいと思い、対象から除外した。

 

「ゲームの候補としては『アスカ・エンパイア』と『GGO―ガンゲイル・オンライン』と『ALO―アルヴヘルム・オンライン』が注目されているとして見てみるか。でも、VRMMO事件があっても、普及している現状は違和感がある。デスゲームになれば、国が普及を停止するはず…となれば、国自体がVRMMOを広めようと積極的になるだけのメリットがあるのか」

 

 一度はデスゲームになったVRMMOの五感をフルダイブする問題性を、そう簡単に払拭できるものではない。安全性を明確にしたデータを公表しないまま、僅か数ヶ月で新たなゲームが次々と普及する現状は、柚季には違和感でしかない。一番手っ取り早い方法は、国の人間が実験体でデスゲームと知りながらダイブし、ソードアート・オンラインから見出した優位性を帰還して立証すれば、法廷で強い根拠となる。

 

「まさかソードアート・オンラインに政府関係の人間が様子見をしていたというのか…たしか、キリトとサチの書いたメモにあったあのキャッチフレーズは『これはゲームであっても遊びではない』。このゲームを作った茅場晶彦に成り替わった真犯人は同等の存在とすれば…政府の人間とは繋がっている可能性もある」

 

ノートに茅場と真犯人に丸で囲み、イコール線を引いていく。

 

「この真犯人の目的は分からない。だが、普通にハッキングをしても、ユイやストレアの高度なプログラムが押されるとは考えにくい。正確な攻撃は、カーディナルシステムの構造を知らないとできない。開発段階から政府の人間が関わって高度なコンピューターを使ったとすれば、構造を知って入ればハッキングをするのも簡単か。まぁ、何を提示したかは捕まえてから聞きだせばいいな。それで、暗躍している人の尻尾を掴めれば儲けもんか」

 

政府関係の人間が暗躍し、真犯人を唆した可能性が高くなった。新たに調べる内容をまとめていると、コツコツと足音がコンクリートの床や壁を反射して響かせる。柚季は自動販売機の端に身体を寄せ、隠れた。やがて、白衣を着た二人の男女と白衣を地に擦りつけるほどにうつむく男は椅子に座り、深いため息や、しんみりとした声が聞こえてきた。

 

「…手術は成功しました。しかし、恭二君が意識を取り戻すのは難しい状況と言わざるを得ません」

 

うつむいていた男性医は、呟くように言った。その言葉に、白衣を着た男女は互いに顔を見合わせる。

 

「この一週間に何度もカンファレンスをしましたが…それは悪い方向ですか?」

「…いえ、肉体に影響はありません。ただ、意識の回復という点だけは、時間が経てば経つほど、覚醒は困難になります」

 

 沈痛な面もちで語る男性医は、自分でも分かる位に声を震わせた。あれほど医師である二人を加えて入念に計画した脳の術式は成功した。しかし、手術を受けた新川恭二は神経の異常による予定外の手術に対応が遅れてしまい、植物人間にさせてしまった。何とか新たな術式を説明する前に、不安そうな顔を崩さぬまま、彼はある疑問を口にした。

 

「息子の意識はともかく――大脳皮質に影響はありませんか?」

「…….は?」

 

一瞬だけ、言葉の意味を理解できずに固まってしまう。男性医の意識を無視し、言葉を細かく噛み砕いて質問し直した。

 

「脳の側頭葉や後頭葉や頭頂葉、特に前頭葉だけでも正常に機能するか、知りたいのだが」

「え…あの…脳のシナプス物質が伝達されていないだけなので、脳全体に異常は見られませんが…」

 

戸惑いながらの単調な言葉に、再び顔を見合わせた男女は顔を輝かせた。

 

「そうですか!では、手術は成功したというのですね!入院費はこれからも私の給料で天引きしますので、どうぞ息子をよろしくお願いします!!」

「え…いや…その…」

「手術をして頂いて有難うございますね。ねぇ、貴方。私、新しい子どもが欲しいわ…」

「そうだな。もう何も心配の種は無くなった訳だ。次は優秀な子を産んでくれよ…」

 

 二人は上機嫌で、天井に着いたエレベーターのマークを見てから休憩室から立ち去る。何があったか分からぬまま二人の背中を見守る男性医の背後では、柚季が凍り付いた眼を最後まで男女に向けていた。

 




ご覧いただき、ありがとうございます。

紺野藍子の登場と新川恭二が植物人間になった回であり、柚季が少しずつ真相に近づいているお話でした。

彼は、親の為に医師になるべく勉強をしていたのに、当の親はこの反応です。筆者からは、周りに誰か一人でも理解者のいれば、狂っていた運命の輪が変わっていたかもしれない人物の印象がありました。


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