結果は――
1、受け継がれる幻影(???編)
2、働くAI(ユイ・ストレア編)
3、孤独な少女(シリカ編)
4、超食べたい(ヒースクリフ編)
5、人の温かさ(リズベット編)
よって、リズベット編のみ本編で伝えられる程度に留めていこうと思います!
2025年1月13日
恭二が植物人間と知らされた日から、より柚季はリハビリや事件の情報収集に力を入れていた。次のステップである上半身のリハビリに励む様子に、応援していた紺野藍子には仲の良い友人がいなくなったとは思えないほどに落ち着いて見える。そして、リハビリを終えて新川直伝の動的ストレッチ法の一つであるバランスボールを器用に座る彼の腰や左右に伸ばした手を意味ありげに見つめて、静かに言った。
「柚季、新川君がいなくて寂しいんじゃないの」
柚季はこちらに顔を向けるとバランスボールを跳ねたまま、ぴたりと静止する。
「うん…急に来れなくなったみたいだから、余計に…寂しいかな」
さりげなく視線を下に外す柚季を、藍子は肩をすくめて応じた。藍子自身も恭二の現状にやりきれない想いはあるも、どうなるわけではない。そもそもボランティアの立ち位置にいる自分が、そんな感情を持つこと自体が不自然だ。藍子は気持ちを切り替えて、気にしていることを素直に話す。
「気を紛らわそうにしても、リハビリの量を増やし過ぎ。飛ばし過ぎは逆効果なんだから」
「そんなに無理していたかな?確かに少しずつ増やしてはいたけど…」
とぼけた声に藍子は苛立ちを抑える。新川恭二とはリハビリだけの繋がりで仲が良かったとはいえ、いくら何でもあっさりとしている、と私は考えた。それに彼を置いて遠い所を見ている柚季が嫌で、どこか生き急いでいるのを退き止めるつもりでいた。
「ほ・ん・と・う・に少しずつ増やしてたよね…先生は結果しか記録してないから気づいてないみたいけど…普段から応援してた私が来るたびに負荷を増やしていたの、見てたよ。リハビリは毎度あるんだから、身体の方が悲鳴を上げかねないわ」
バツの悪い顔を反転させてバランスボールを跳ねながら出入り口まで逃げていく姿はまるでスライムだ。藍子は回り込んで逃げ道を抑える。
「まだ、話は終わってないわ…何をそんなに急いでいるの?」
「ある程度、リハビリも終わったから帰るつもり」
「…誤魔化さないで。いつもリハビリ終わりにどこかに行ってるよね。どこに行ってるの?」
バランスボールを抑えながら、顔は動かさずに細い目を上に向けて柚季を見る。何で知っているんだか、と彼はやや疲れた感じの明るい声で笑った。
「ちょっと調べたいことがあって図書館に行っているだけだよ」
「そう…なら私も、その調べものを手伝うよ」
その言葉は否定せずに、
「…それは藍子に迷惑かけないかな?」
「リハビリを無理して心配かけさせる方がよっぽど迷惑よ」
藍子はそう言ってから、バランスボールから手を離して身体を起こす。途中、室内シューズで少しあそんでいる靴下にそっと指を入れて直した。
「それにね…行動しなきゃ相手には何も伝わらないよ。自分がどれだけその人を想っているとか…どれだけ心配をかけているのか。黙っていたら…どれだけ自分が真剣かなんて分かってもらえないわ」
藍子の言い方は毅然として、一点の揺らぎもない。言葉を言い切ると沈黙が生まれた。むろん柚季の場合は消極的で、何がきっかけでソードアート・オンラインの帰還者と疑われるか分からないし、加えて藍子が事件に巻き込まれるかもしれなかった。この友人を頼っていいのか、と柚季は少し迷ってから、言った。
「分かった…歩きながら調べたいことを伝えるよ。病室に戻る門限もあるから調べる時間はたったの三十分だけなんだ。忙しくなるけど、本当に構わない?」
「…たしか柚季の担当医は倉橋先生だよね??」
「そうだよ」
「それなら、門限を伸ばす方法があるわ」
「え?そんな魔法みたいなことができるの?」
僕は動揺してしまい、声を裏返してしまう。病院や警察や消防署の公営化された施設は国の管理下に置かれており、強い管理体制が敷かれている。門限を伸ばせる方法は医師の信頼できる人の同意がなければならない。あれこれと考えていると、不意に藍子は改まった声を出した。
「大人社会で目的を達成しようとするときはね…『根回し』をするんだよ」
やさしげに開かれた瞳の底から火のような光を照らし、先に出入り口から姿を消す。リハビリの患者を見守る陽のような目色をする彼女ではなかった。何に根回しをするのか尋ねたかったが、それを詳しく聞くのは藍子の勇気を踏みにじってしまうだろう。柚季は、藍子に調べる内容をメモ帳にまとめた後に病院の入り口前で待つことにした。
一
一時間近くを過ぎれば、薄い茶色のシャツにピンクのパーカーを羽織り、灰色の濃いチノパンを着た藍子が向かってきた。ジャージ姿しか知らない柚季がどきりとしてしまうほど、紺野藍子がとても可愛い事実を気づかないふりでは済まなかった。電子ドアがゆっくりと開いた時、柚季は藍子にニッコリした。
「倉橋先生から私と一緒なら午後の八時まで外出許可を貰えたよ。待ったかな?」
「外出許可時間の延長交渉なら幾らでも待つよ」
「相手が倉橋先生だったからできただけ。それよりも、お礼はそれだけかな?これだけしたから見返りの一つは欲しいよ」
ふいに大きな柱の間からの風が、ひとかたまりの突風となって駆けて行き、それに追い詰められたように、藍子が呟く。
「それなら、カファでケーキセットを奢るよ。キャッシュレス決済できるところ限定でね」
柚季は心の中で藍子に頭を下げる。二日前ほどに、家族から柚季宛にキャッシュカードと通帳や身分証明書の同封された封筒が届けられた。直接手渡せばいいのを、封筒で渡す行為をしなければならないのは、家族がかつてユズルとしてユナに手紙を送らなければならない似た立場に置かれている可能性だ。
「それでお願いするわ。それと、もう一つだけ約束して欲しい」
「自分が守れる約束ならね。何かな?」
「少しは友達としてもっと頼って欲しいの。私にできる事なら――何でも協力するわ」
「ありがとう…でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
「どうしてって…私も新川君に何もしてなかったからよ。それに…うぅん。何でもない」
その後を言えずに黙り込んでしまう。柚季は途切れた言葉を待たずに話題を切り替える。
「それにしても…藍子って真っ直ぐな子なんだね」
「色々悩んでるのよ、そんなに真っ正直には生きてるとは思ってないかな」
「意外だな。思ったことをはっきり言うからさ」
「女の子は男の子が思っているほど、そんなに器用じゃないわ」
再び声が途切れると、図書館までの小石の転がる空き地の道を、終始無言で歩幅を合わせて歩く二人。彼には一途に愛したい女性がいる。彼との絆を保っているのは、ボランティアで知り合った友達の形だ。それでも藍子には生き急いで何かを成そうとする彼をほっとくことなどできなかった。
二
紺野家は代を重ねて洗礼された病気になりやすい血。祖父や親戚も癌や白血病の難病で亡くなり、医療の発展に解剖提供を受け入れてきた親族だ。彼女は紺野家の長女として生まれ、その双子に紺野木綿季という妹がいる。帝王切開で母親が緊急輸血を受け、汚染された輸血パックから双子の姉妹は共にHIVウィルスに感染した。つまりは産声を上げて誕生した日から、紺野の人生は運命づけられた。
父と母は既にウィルスで他界し、HIVウィルスの感染が疑われる姉妹を親戚は身元を保証しなかった。代わりに全ての遺産を姉妹から奪い、僅かな資金を保護施設に預ける費用で賄われた。無念もあった。怒りも湧いた。十代の子に選択の余地などない社会はただ死なないために守られる施設生活に何の感傷も懐かなかった。
――それでも紺野藍子は運命に抗った。
好きな父と母を失い、親戚すら信じられない世界にも希望や夢はあった。たった一人の妹――紺野木綿季だ。いつか自分を蝕むHIVは、妹の絆も断ち切らせる。施設に訪問する親戚の決定に言われるがままに従い続けたのも、ご機嫌取りだけではない。親戚が妹を奪わない様に、悪意から妹を守る為だ。
木綿季が藍子よりも重度のHIVを発症した十歳の時に、親族から国の援助金目的で神奈川県横浜市にある横浜港北総合病院に配置されたメディキュボイドの正式な使用者に選ばれた。動機は不快ではあるも、メディキュボイドで妹はウィルスの進行を遅らせる。藍子には病院で飲用されている軽度の進行を遅らせる薬を処方され、自然回復の完治は目前なのだ。
そうすれば、未来に向けて新しい夢も生まれてくる。
――ウィルスを駆逐して妹と一緒に生きたい。
これがリハビリのボランティアとして病院に通い、今も必死に戦っている妹に会う口実を作るためだ。
紺野藍子の心は、もう分かっていた。生き急ぐ柚季が現在も必死に生きている妹と似ていたのだから。
三
藍子と図書館に行けば、異性と一緒に居れば全てデートと呼ばれるも、そんな色のある雰囲気は無い。格闘技場やコロッセオの戦いに似た内側から内臓を押さえ付けられる感触に、静かで物音も少ない空間は、より感覚を敏感にさせた。しかし、柚季と藍子が期待した以上の成果はあった。
藍子には新川夫妻の担当する脳に関連する医療論文の検索と印刷を頼んだ。ソードアート・オンラインが始まった日から二年半と終了した日から三ヶ月分を検索範囲とした。木製に備え付けの緑色クッションの椅子に二人で隣り合わせ、脳による研究成果や手術に関する論文を検索し、マウスを移動させながらスライドさせる。
何か関連のありそうなものが見つかると遠慮なく言葉を交わした。
「…日本で最近行われた手術…人間に新しい知識を植え付ける…うぉう、チップを脳に組み込んで微弱な電波で定着させるか、気味が悪いな」
「こっちも似たようなもんよ。これとか――男性と女性の脳細胞による記憶検証で、年齢によって何の出来事や体験が、脳の電波を強めるのか――はぁ――なにこれ。たった三ヶ月で似た日本の論文が30個を超えて発表されてるわよ」
パソコンの青白い光に目を細めながら、柚季は藍子のパソコン画面を眺めた。
「明らかに増えすぎてるな…論文だって正式な手続きが必要だ。それに、ここまで研究を重ねて論文にするまでのデータが急に集まるのは異常だ」
「それにね…柚季、ここの部分を見て」
右側にある藍子のパソコン画面を遠目からはメディキュボンドよりも強い光を放つパソコンに、顔を近づけて覗き込む。横目で藍子を見れば、ふと彼女と目が合い、少し泳いだ目に上の空な表情が目に付いた。
「?藍子…顔が赤いけど、無理させた?まだ時間もあるから休憩する?」
「だ、大丈夫!それより、ここ!!著者の名前を見て!何か気づかない?」
画面を食い入る様に見つめ、一通りに頭を整理してから、再び藍子の横顔を見た。頬に触れずとも、ほのかな熱を感じてしまい、柚季からすれば羞恥心にバツの悪い顔をしてしまう。目を閉じて、ゆっくりと思考し、瞼を開ける。
「なるほどね…ここ三ヶ月に発表された脳関連の論文には必ず同じ名前の著者が出てきてるな…この¨須郷信之¨と名字しか無いけど¨柳井¨が怪しいか」
柚季がささやいた。パソコンの検索画面まで移動し、手早くタイピングする。
「この『須郷信之』で検索すれば…やっぱり出てきた!えぇと…重村徹大のいる電子工学に所属し、卒業後から数年後にレクトの新作ゲーム制作に携わる。新作ゲーム…『ALO―アルヴヘルム・オンライン』は爆発的な人気商品となり、レクトを代表したヒット商品だ」
柚季が読み終えると、
「…これだ!これが、一番知りたかった情報だ!」
ここが図書館でなければ柚季は飛び上がっていた。場所とはお構いなしに弾んだ声に、藍子の手を握り、上下に動かすほどの興奮を抑えられなかった。手を離して印刷した論文を取ろうと席を離れた柚季を背に、藍子は目を丸くしながらもほのかな余熱のこもった手を、そっと左頬に押し当てる。彼女は溶けるような幸福で満たされていた。だが、彼女はそれが何かを無視する。この溶ける感覚は長くは続かなくとも、分からない方がいい。それでも――
(柚季の彼女さんには悪いけど…今だけ…今だけは見逃して…)
俯いて深い溜息をつき、両手を組んで祈った。
四
2025年1月15日
そうこうする間に、柚季の準備は進んでいた。この二日間で藍子と論文の細かな情報をまとめる日々を過ごした。門限より一時間から時間を伸ばして切り上げながら、カファで藍子との会話を楽しんだ。珈琲の苦い香りにモンブランやショートケーキにマカロンのおいしそうな匂いがテーブルにたちこめ、取り止めの無い会話を繰り返した。
リハビリの課題を終えれば倉橋先生から許可を貰い、リハビリ室の空き部屋を借りて剣道のステップや動作から鉛のついた棒での鍛錬を行う。ソードアート・オンラインではアシストの無い状態で戦闘を行い、万に一つの用心のつもりで、柚季は戦闘態勢を整えていた――だからこそ、ヒースクリフの索敵やプレイヤーキルにも機敏に反応できた。
「それでも、まだ全身に鉛というのか…身体が思う様に動かないんだよな」
柚季は納得の行かないまま、午後からネット通販で注文したALOのソフトを思い浮かべていた。万全ではないも、このままリハビリと図書館を往復していては新しい情報は何も掴めない。
「この須郷信之がカーディナルシステムにハッキングをした真犯人の可能性は高い。脳研究に息子を利用する親子も許せないけど…必ず暴いて、引きずり出してやる…必ずだ!!」
胸の鼓動を握り締め、最後まで抗う決意を固めて、柚季はメディキュボイドのある自室に向けて歩を進めた。
『受け継がれる幻影』はエピソードゼロの主人公にスポットを当てた長編の物語です。
刀身が黒く染まる剣を扱い、影で自身の分身を作り出す特殊な攻撃が可能で、ざっくばらんな性格をした彼女を主人公にしていています。
是非お待ちください。
エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査
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