幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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8話 あの人は確かに生きていた

 人混みを避けていくも、悠那は軽く息を荒げ、冷や汗を湾曲した鎖骨に滴らせていた。降り積もった雪に足を引っかけて重くなっていたのに、気持ちが独り歩きをし、電車に降りてから休もうとしたベンチは先客の雪に占領されていたのだ。

 休む暇もないままスマートフォンの画面の矢印を追いながら先へ先へと進み、葛城道場のある場所に着いたのはいいが、自分の持久力の衰えに驚いている。自分の取りたい行動の為に身体は動けばいいと思っていたのに、故意じゃないぎこちない動作には、嫌気すら感じていた。

 

ドアをくぐった時から竹を叩きつける気迫な音に、どう切り出せばいいのか分からずに戸惑っていると、後ろから一人の男性に肩を掴まれてしまう。もう一人の女性は不思議そうな顔をするも、片手に四本の柄を覗かせた袋を片手で持っている辺り、見た目に反して相当な腕力の持ち主であると窺えた。

 

「新人の取材か?すまないが、予約の無い記者はお断りだ」

「記者ではないです。あの…朝田柚季について聞きたくて来ました」

 

 朝田柚季、に反応した男性は力を込めて掴んだ肩を離さないまま、ドアを力任せに開けた。それまで竹刀を打ち合う音の絶えない大広間からはそわそわした声しか洩れずに、引きずられながら壁に追い詰められた悠那は、男性の鋭い視線に萎縮する。女性からも男性の横行を止める様子は見受けられず、むしろ怒っているようだった。

 

「あぁ?どこからそれを知った!?あいつは十年以上前にいたウチの大将…今さら聞きに来た理由は何だ?」

「あの子が失踪した理由?それとも…記者にでも売り渡して金儲けの為?」

「ち、違います!私は、ただ知りたくて…」

 

びっくりして言葉を失っていると、別室から女の人がやってきた。他の人にどうしたかを口々に訪ねていると、

 

「ちょっとあんた達!!何、勝手に稽古を止めてんの!?あと、その子はなに!!」

「「師範!!」」

 

 怒鳴り声を上げた女性は明らかに他の人とは違っていた。一瞬で周囲を怯ませる威圧感に肩を掴まれていた男性の力は緩む。厳格で凛々しさのある師範と呼ばれた人に、拘束をほどいた悠那が間髪入れずに声を張った。

 

「稽古中に押しかけてごめんなさい!迷惑と思いますが朝田柚季について聞きたくて来ました!!」

「ふぅん…こっちからすれば稽古を止めた方が迷惑だけど、まぁ話だけでも聞こうかしら。でも…止めるほどの理由があるはずよね…」

 

 凍りつくほどの鋭い視線に、誰もが逆らってはいけない人だという悠那の勘は当たっていた。だが彼女にとってこの視線は落ち着き、どこか懐かしささえ覚えた。師範は門下生や大将が次の返答を待っている間に、悠那ただ一人が噛みながらも言い始める。

 

「私は数年前からソードアート・オンラインに閉じ込められていました。その時に、友人から朝田柚季君の話を聞いて興味を持って…調べれば、葛城道場の名前が出てきたので知れると思ったからです!」

「…どうやら稽古はお開きね――あんた達!あたしが戻るまで休憩!!」

「「はい!!」」

 

 師範は彼女を応接間まで手招き、別室に場所を変えた。向かうまでに軽く会釈をしながら急ぎ足で大広間を出て行く。取り残された門下生達は仕方なく、竹刀を立て掛けて大広間を後にした。

 

「出過ぎた話。もう何十年か前の人が、事件で注目されているゲームの話題になるなんてね」

 

応接間のソファに腰掛けた悠那の背後から、ペットボトルの緑茶をコップに入れる師範の声がした。

 

「まずはウチの大将の手荒さをお詫びするわ。しかし、ウチの門下生が全て荒々しい訳じゃないことは分かって欲しい。でも、柚季に関しては禁句なのよ。あまりウチらが居る前で話さないでほしいの――約束できるわね?」

 

と、師範は返事を待たずに言い切った。

 

「それで――何を聞こうとしたの?」

「柚季さんが剣道をやっていた時のこと。それと、十年前に何があったのかを聞きたいです」

「十年前のことはノーコメント。おいそれと他人に話せられないの」

 

そうですか、と悠那は改まった声を出した。

 

「それで、ユズ…じゃなかった。柚季さんはどんな人でした?」

「柚季は小さい頃から総大将をしてね。ずっと自己流で剣の太刀や足捌きを磨いていたせいか、癖の強い子だったかな。それしか趣味がないのかって思う位にストイックにのめり込んでいたわ」

「趣味が一つも無いわけはないと思いますよ。アコースティックギターとか弾いていたんじゃないですか?」

 

何気ない冗談交じりの口調に師範は小さく、え、と声を出した。悠那はそう呟いた師範の表情を見て、ほんの一瞬だけ、彼女の威圧感が薄れるのを感じた。

 

「…初耳ね。そのこと、誰から聞いたの?」

「ゲームがクリアされる前に――その…プレイヤーに」

「なるほどね」

 

間をおかずに、なぜ柚季の話を禁句にしているか、と尋ねたかった。しかし、それ以上の詳しいことは自分から話せば教えてくれないだろう。師範から聞かれたことを返せば長く対話が続くと私は考えた。

 

「そう言えば――まだ、貴方の名前を聞いていなかったわね」

「私は重村悠那です」

「¨重村¨と言ったら、あの電子工学科で有名な教授の名前と一緒ね」

「多分それは重村徹大ですよね?私のお父さんなんです」

「……そういうことね。なるほど」

 

いきなり名前を聞かれてどきどきしたものの、向こうはお茶を啜りながら何とも感じていないようだった。

 

「なら、悠那さん。そのプレイヤーから聞いた朝田柚季がどういう人間か私に教えてくれないかしら」

「え?」

「十年以上前に消息を絶っても、人の信頼だけで総大将の席に居座っている子よ。私が聞いてどんな人物なのか知りたいわ」

「…分かりました」

 

そう言って悠那は首を縦に振った。

「柚季は優しい人と――」

「そんなのはうわべだけなら誰でも言えるわ」

「あと、剣の扱いが上手で――」

「ゲームの世界で強くても、現実でも強いとは限らない」

「髪の毛がツヤツヤしてて、顔も整っていて――」

「ゲームなら幾らでも顔が弄れるでしょ?そうでなくても、親のDNAが優秀なだけよ」

「…………」

 

あまりの言い返しに、挑発を疑いたくなるも悠那は自分に言い聞かせた。私はここに柚季の情報を集めたくて来た。言い負かしにきてはいない、と。

 

「貴方の話したことは私でも分かりきってる事。そんな上辺だけの分かる話じゃなく、もっと身近に――貴方にとって彼はどんな人物なのかを語って欲しいの」

「私にとって…どんな人物か…」

 

間を置いた悠那は、ゆっくりと答えた。

 

「私…実はこの世界に良い人なんていないと思ってたんです。近寄ってくる男性は何時も醜い下心があって、女を言い包めようとして…いつも幼馴染の子に助けてもらっていました。その子もデスゲームに巻き込まれて、不安で怖くて。その気晴らしに唄を歌っていた時に彼に出会えたんです」

 

あの不安だった夜にひっそりと現れたユズル。あの時はほとんどのプレイヤーに恨まれ、いつ死んでもおかしくなかった状況だった。それでも、唄に誘えば颯爽と来てくれた彼に半ば嬉しく、半ば疑っていた。

 

「男の人は怖かったし、色々試すようなこともしました。それでも彼の下心を見つけられなくて、そのうち根負けして、柚季みたいな子もいるんだな、って受け入れられたんです」

 

悠那はそう言って笑った。

 

「そしたら気の合わないと思っていた子も信頼出来て、初めて親友と言える子も出来始めて…見える景色が少しだけ変わったんです」

 

どうして私は初対面の人にベラベラしゃべれているのだろう、だけどアルコールで胸のつかえを押し流した様に抵抗なく口が動いていた。

 

「ですから、柚季には感謝してるんです。もしできたら彼の家族にもお礼を申し上げたい程に」

「…良く分かったわ。なぜ貴方がそんなに柚季を知りたがっているのかね」

 

 私は急に気恥ずかしくなりながら視線を外した。意識しているつもりはなかったけれど、多少は気持ちが高揚していたのかもしれない。そう考えながら、一口も飲んでいなかったお茶を飲み込んだ。ふいに師範は考える仕草を解いて言った。

 

「これ以上の話し合いは必要ない。知りたいことは知れたし、私は忙しいからね。ただ…何かあれば何時でも来ていいわよ」

「ありがとうございます。急に押しかけてきてすみませんでした」

「いいわよ。あたしにとっては有意義な時間だったもの。もう少し、貴方から聞いた柚季のことをいっぱい聞きたいわ」

「勿体ないお言葉です」

 

時間はちょうど十六時過ぎだ。そろそろ電車に乗らなければ、家に着く頃にはパパに夜遊びを疑われてしまう。一礼をしてから応接間から大広間から出てからスマホを見る。次の電車までは十分に時間あった。

 

 

 何か情報を集められると思うも、謎を深めるだけであった。ユズルは現実世界で十年以上前に行方不明になっていたこと。葛城道場の人達は彼の名前を口に出さないこと。彼の年齢を暗算しても27歳か28歳のはずが、最後に別れる前にキリトと同い年の16歳と知った。どうにも辻褄の合わない情報に、悠那は頭を抱えていた。

 

(ゲームで会ったユズルは、ユイちゃんの様にプログラムで存在していなかった?それとも、朝田柚季という人間自体がもういない?――違う!そんなはずない!あの人は確かに生きていた)

 

 どうしようもない難題を突きだされてしまい、改めて痛感する。自分は相手を何も知らないでいた…本当の彼と向き合っていなかったから、きっと自分は何一つ分かっていなかった。あまりにも惨めさ、愚かさに思い知らされる屈辱。

 脳裏の埋め尽くされた感情に夢中になっていた悠那はドア越しにいた人物に気付かないほど余裕が無かった。開けたドアの先には、ボーイッシュな短髪を揺らしながら身体を逸らす詩乃とすれ違う。

 

「ご、ごめんなさい!!考え事してて…」

「いえ、大丈夫よ。こっちも気づかなくて悪かったわね。それより、あなたの方は――」

「ホントにゴメンなさい!!」

 

自分の都合ばかりを考えていることさえ気づかずに、悠那は駅へと向かってしまう。まるで他人事のように涼しい顔をして残された詩乃は、遠くなる悠那の背中を見つめていた。

 

「なんか慌てていたわね。ちょっと掠っただけなのに大袈裟よ」

 

ドアノブを捻って詩乃は中に入っていった。大広間はガヤガヤしている。大将の二人が何度か整列の声掛けし、やっと静かにさせていた。

 

「あら?詩乃が丁度いい時に来てくれたわ。でも何で来てくれたの?」

「お母さんが家の鍵、忘れたからでしょ――はい」

 

鍵を放り投げながら詩乃がぶつくさ言った。

 

「あらあら。学校からは反対方向なのに来てくれるなんで…いじらしいわねぇ」

「…次言ったら矢ぁぶっ刺すわよ」

「あんたが私に矢を射かけるなんて、三年早いわよ」

 

と師範であり、詩乃の母でもある朝田響子は詩乃に得意顔をする。

 

「三年…案外早く追いつきそうね」

 

詩乃は響子に正確な事実を伝えた。大広間には和やかな会話に門下生や大将は静かになった。詩乃もまた、一人ポツンと列の隅で立って母の言葉を待っていた。こういう時の母の言い方は何か重要な話を伝えようとしているときだけだ。

 

「はい。ここにいない人は手を挙げてね――よし、全員いるわね」

 

軽い冗談を言い、響子は嬉しそうな顔をした。

 

「心配しなくていいわ。皆にも詩乃にもいい話。それに伝えておかないといけないから…さっき話した女の子は朝田柚季に会っている。貴方はまだ会ったことの無いお兄さんね」

 

それに誰もが息をのんだ。

 

「それは本当の話なの」

 

詩乃はぎこちなく答えた。

 

「あの子は柚季が絶対に秘密にしていることを知っていた。それでもわざわざ興味本位でウチの道場にくるなんて何かあったか、と思うわよ」

 

少し伸びた前髪とまつ毛の奥に、優しい笑顔があった。私が返答に詰まっていると、

 

「詩乃、心配しないで。ただ、ソードアート・オンラインはまだ終わっていない事件よ。まだあの子は巻き込まれているかもしれない。それかあの子の様に目覚めているのかもしれない。まだ、何もわからないわ。でもね…もしあの子が起きているなら、それ相当の準備はしないとね」

 

なにか言いたいのに、なにを言っていいのか分からず、迷っているうちに時間だけが妙に長く感じた。私に会ったことのない生き別れた兄がいる。母が何を言っているのか、すぐに理解できなかった。

 

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

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