幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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11話 仄暗い呪い

2025年1月10日

 

時期の変わり目は、人にも変化をもたらしてくれる。大学に依頼されて教授をしている徹大も、他の大学講座を受け持ったことである。葛城道場に訪れ、数週間、柚季の行方不明で意気消沈していただけに急な話であった。悠那はまた葛城道場に行きたかったが、ただ気晴らしにいくだけでは迷惑であろうし、徹大から、最近帰りが遅いな、と小言もあって、習い事以外は家で過ごしていた。

 

 ここ数日は、音楽の習い事の気晴らしに寄り道をしている言い訳をしていただけに、流石に他の理由を疑っているのかな。いずれにせよ、父親に嘘をついて騙しているのを思っていても、最初ほど抵抗はしなくなった。幸い、徹大の仕事が忙しくなってきたから、特に深く追及されることはないが、柚季との関係は、いよいよ後戻りできないところまで進んでいた。

 

男女の関係は月日を過ごす時間から徐々に深まるというより、一つの出来事から段階を踏んで深まっている気がする。例えば、ソードアート・オンラインで結婚してからは、協力し合いながら生活し、シリカの案から幻影のローブで密かにデートスポットに行き、ファンの眼を欺いてお互いの體を慰め合った。大胆に、そして世間から恋愛をしてはならない風潮を欺きながら求める度に、二人の関係は離れがたいものになっていく。そして現在、さらに関係を深めるきっかけになったのは、数週間前に、葛城道場に行き、柚季の現状を知ったからに過ぎない。

 

(なんでだろうなぁ。安否がはっきりしただけで色々不安になるよ。それらしいゲームも分かってきたから事件に関しては焦る必要はないのに…早く会いたいと願いたくなる…)

 

悠那はそのことが気掛かりで夜も眠れなかったが、幾ばくか表面を保てていた。夕飯は朝も早い父親にも食べやすいシチューの下ごしらえをしていた最中、背後から「ちょっと、いいか」という言葉とともに、徹大の言葉の矢を向けられた。

 

「最近になって夜にゲーム屋に行っているそうだな」

「ぅ…うん。ちょっと気になったことがあって」

「気になる?あんな目に遭ったというのに…何を気にするんだ」

 

静かな問いかけにも威圧感を隠しきれていない徹大を、悠那は脳天を打たれたような衝撃を受けた。父親は研究ばかりに没頭し、世間からも電子工学の第一人者と呼ばれる人物であるが、研究肌で冷淡なところがあり、娘はおろか他人という『心』に関心を寄せるには、あまり長けているとはいえない。目を合わせたまま、悠那は感情の混じらぬ声で話す。

 

「パパは私があの世界でなんて呼ばれていたか知ってる?」

「あぁ」

 

ほんの一言を添え、

 

「悠那は知っていると思うが、お参りの時に会った須郷からな。あれから偶に相談に乗っている時にな…彼から聞いたよ。あのゲームで歌を唄い、プレイヤーの『希望』になった歌姫…そう言われていた」

「それって私に話してもよかったの?須郷さんの相談事を」

「仕事とは無関係の話だからいいんだ。それで歌姫というの――」

「言わなくても分かってる」

 

感情を押し殺してそう言うと、沸騰したシチューをかき混ぜて、落ち着いた視線を徹大に投げ返す。

 

「それ、私のことだよ。歌姫って呼ばれていたのは私だけだったから」

「なぜ、ゲーム屋に行ってるんだ。二年間も閉じ込められていたのを忘れたのか」

「そうじゃないよ。歌の練習をしたくて、現実に近いゲームなら習い事のテクニックを身に付けやすいからソフトを探してるだけだよ」

「それは本当の話か?」

「嘘を言ってもしょうがないでしょ。パパ」

 

二人分のシチューをテーブルに並べた悠那は淡々としていた。だが、実を言えば、徹大も死のゲームとして社会に注目されていたソードアート・オンラインで有名人となった娘に半ば嬉しさと半ば誇りを感じていた。教え子の須郷から、その話を聞いただけであり、ゲーム自体を禁止させる筋合いは通らない。

 

「悠那…間違っても馬鹿な真似はしないでくれ。私は二年間、悠那を失う気持ちと教え子を恨む気持ちの板挟みになっていた。ゲームが終わって悠那と晶彦が生きているのが分かってどれほど嬉しかったか」

「分かったよ――それじゃ、いただきます」

 

両手を合わせて合図をすれば、やや遅れて「いただきます」の返事が返ってくる。いつもと同じ風景。色彩の鮮やかな食事に仲の良い家族。だが、満たされた生活にも心に空いた空虚さを埋められなかった。

 

(もう楽譜起こしもボイストレーニングも先生のお墨付きで上達している。正直な話…プロの道も薦められているのよね。いくら充実した生活でも、今の私はあなたがいないと不安になるの)

 

シチューをかき込みながら悠那は微かに微笑むも、彼女の横顔は少し寂しげだった。

 

(気持ちの整理って難しい…あの人自身とは心で結ばれたい。一緒にいること事態に意味があるんだから)

 

 

2025年1月13日

 

東京の神戸市にある昼間の街はスーツを着た男性が歩きながら携帯電話で難しい会話をする人に、外食に出た母親の世間話をする女性達は新鮮な風景だった。十八歳の女子高生の普段なら、平日は学校の箱庭で同年代の学生と食事をしていただろう。

ダウンロードした話題の音楽を選ぼうと、ボタンをクルクルと回しながら、快晴の空の陽を抜けて約束をした喫茶店に行くと、先に待ち人の結城彰三が待っていた。

 

「先に来て待っていたよ。もう食事は済ませたかな?」

「いえ。まだですから、お話を終えた後に食べていきます」

 

悠那は彰三と向き合う様に座ると、軽く裾を伸ばして姿勢を伸ばす。

 

「気を遣わなくていい。わざわざ来てもらったからね」

 

彰三はそう言い、定員にアフターヌーンティーセットを指差した。一段にトマトレタスのサンドイッチに二段のマフィンは明るい色彩を描き、三段目はショートケーキのある写真を小突いて注文する。

 

「それで、明日奈のことを聞いてもいいかな」

 

彰三が尋ねると、悠那は浅く呼吸をしてから、

 

「あのゲームで私の知るアスナさんの話でしたね」

 

結城彰三はレクトのCEO――「Chief(長)」「Executive(管理)」「Officer(役員)」の略で最高経営責任者の立場にある。

 取締役会の委託を受けて組織の経営方針の決定や事業戦略の政策に責任を持つ人は、必然的に仕事ばかりになってしまうが、娘の話を聞きたいだけで時間を割くのは社長としてはともかく、父親としては家族想いな気もあったので、悪い人より不器用な人に近かった。

 

「明日奈は元々兄妹の娘だった。明日奈が幼い頃から仕事に忙しくて普段から家に帰らない私が帰ってくると、「いってらっしゃい」より「ばいばい」で見送られることが多かったよ」

「似たようなものですよ。パパは研究室で仕事ばかりでしたから。それでも研究をしているパパは好きだから、私はよく歯ブラシや着替えを持って行ったりしてましたよ」

 

 悠那は幼稚園の頃にパパの研究所に届け物をしていたのを思い出していると、明日奈のお父さんは昔からとんぼ返りで家に帰っていた生活を思い浮かべていた。そういえば、私も幼少期は母のいる他人の生活を比べて寂しい想いを隠していた。明日奈はどうだったのだろうか。言葉を交わすうちに、彰三は

 

「私も家族には安定した暮らしをさせたくて、必死に働いたよ。でも、仕事が順調になりすぎたんだ」

「順調になりすぎた?――どういうことです?」

 

彰三はまごついている。

 

「まだ前例のないVRゲームの作品開発を委託されてからだね。軌道に乗り始めた私は仕事に没頭するあまりに、家族と関わらなくなってしまったんだ。家庭を優先するよりも仕事に愛情を向けてしまってね」

「家族の為にお金を稼ごうと頑張ってたのに、責任ある立場をこなそうとするうちに家族との時間が取れなくなったんですね」

 

近くにあったグラスに視線を向ける悠那を他所に、彰三は少しだけ水を飲む。急にまとめて会話を止めた彼女の真意は、自分の愚痴を聞けなくなったという意味か、それとも似た出来事を体験して分かってくれたという意味か、彰三は踏み込んで言う。

 

「私が仕事にのめり込んだあまりに、家庭のバランスは崩れてしまった。妻は子ども達に過剰なプレッシャーを与えてしまってね。明日奈はずっと張り詰めていたのを、私は見て見ぬフリをしていたんだよ」

「……」

 

何も言わずに、彼の言霊を読んでいく。急に語る彼は一番の真意を上手く伝えられずにいる。真剣なおもむきで頷いてくれる彼女に、言葉を紡ぐ。

 

「あの子はいい子だったが、いい子になりすぎていた。常に成績をよくしよう、親の期待に応えようと自分に言い聞かせてきていたんだ。家庭は妻に任せっきりにしていたのを、今なら後悔してるよ」

 

目を伏せつつも、組んだ親指を交差させて落ち着いた様子ではない。微かに震える手を抑えず、思い詰めた様な表情をしていた。社長や父親の立場を捨てた一人の男性に悠那は、あぁそうか、と思った。

 

――この人も…アスナも…言い聞かせてきたんだろう。周りの期待に応えようと頑張ってきたのだろう。自分にも…家族にも…呪いのように。

 

「アスナさんと似ていますね。本当に誰も欠けずに生還しようと睡眠時間を削って皆の訓練に付き合ったりしてました。他のギルドと話し合いにも、積極的に関わっていましたよ」

 

ずっと靄のかかっていたアスナの言動には大分に危うさを含んでいた。それはどういう意味なのか、分からないまま、悠那は改めて彼女のことを考える。ソードアート・オンラインのアスナに『危うさ』を分かっていても、言葉や文字で表現できなかった。アスナは剣でノーチラスを鞘と例えて危うさを払拭した彼女こそ、私の知る真のアスナだ。

 自己犠牲に酔いしれて自分の要領以上に活動しようとする人の危うさは、今の彰三とアスナとよく似ている。彼女の場合、自分の理想に向かって行動はしていたが、高すぎる理想を一人で解決しようと気持ちを追い詰めて動く。悠那はアスナから感じた心の不安定さの一端を見据えていた。それに気づけば当然、他の疑問も浮かび上がってくる。

 

 

「…明日奈さんはどうしてゲームに興味を持ちました?あの時のオーグマーは高級品でよほどゲームが好きでなければ買わない様なものでしたよ」

 

親の視線や期待の重圧に耐えられたとしても、幼さの残る明日奈の年齢はうる覚えで中学生あたりだ。高校受験も控えている年を思えば、両親の言う重圧とやらは相当なものとなるだろう。そこからゲーム屋でオーグマーを抱えてレジまで持って行く明日奈のイメージが合わなかった。

 

「それは明日奈がクラスメイトの子とゲームで友達になってから興味を持ち始めたんだ。名前はたしか…兎沢深澄(とざわみすみ)君と言ったかな?彼女と関わってからあの子は学校でも明るい顔をする様になったそうなんだ」

 

彼は明るい声で言った。

 

「その子にソードアート・オンラインを薦められてね。兄に頼み込んで、オーグマーを借りた明日奈を…実は嬉しかったんだ。あの子が自分の意思でなにかをしたいと言ったのは初めて聞いたからね」

 

それだけ言い、改めて大きく息を吐く。

 

「まぁ…この話を聞いたのも、明日奈がゲームに閉じ込められていた後だったんだがね。取り返しの付かない所まで来て…ようやく初心を振り返れたんだ」

 

悠那は顔をしかめないようにし、彰三は、少し喋りすぎたことを笑いで誤魔化せまいとした。右腕にはめた腕時計を一瞥すれば、時刻は午後の一時半を指していた。話しながら食べたアフターヌーンティーも三段目のケーキに差し掛かり、それは話を聞いてくれた彼女に食べさせるつもりで席を立つ。

 

「さて…そろそろ私は仕事に戻るとしよう。今日は明日奈のことを色々話してくれてありがとう」

「いえいえ、私もいい話を聞けて良かったです」

「ちなみに、君はゲームに興味があるのかな?」

「はい。なるべく現実世界に近いゲームに興味があって…それを探してゲーム屋に行ってもなかなか無くて」

 

※嘘である。彼女は事件に興味があり、柚季の行方を追っているのである。ここ数週間における聞き込みで彼女はゲームの候補を絞れていた。そのうちの一つであるALO――『アルヴヘルム・オンライン』を疑っている。おおよそハッキングされただろう時期やサービスを稼働した日は偶然にも一致していたからだ。

 

「もし、良ければレクトで運営しているALOの見学はできないでしょうか?ご迷惑に思いますが、一番に人気のあるゲームの裏側を見てみたくて」

「本当なら関係者以外は立ち入り禁止ではあるが…まぁ、取材という形で許可を取ってみよう。当日はしっかりした服装で頼むね」

「ありがとうございます。彰三さん」

 

彰三はお礼の意味で承諾をして連絡先を交換してからお店のドアを開いて姿を消す。悠那は固い椅子に背もたれ、冷めた紅茶を飲み、ある意味一つの目的を達成した至福を感じていた。

 

(これで一歩、事件に近づけるかな。ALOの裏側…運営の状況を知れれば、柚季と合流した時に役に立つ。だけど…う~、ただ事件だけを解決するだけだと、犯人だけじゃなくて飛び火して彰三さんが責任を負いかねないのよねぇ)

 

これだけ責任感を増幅させやすい人が殺人ゲームをコピーしたゲームを運営していたとなれば、マスコミに責め立てれば社長責任として辞職してしまう可能性がある。たとえ事件を解決したとしても爪痕を残せば、柚季だけでなくソードアート・オンラインの帰還者に差別を与えることと成り得た。

 

(あくまでも私の狙いは人の命を弄んだ犯人だけ。それだけに狙いを定める方法を考えなきゃ!!)

 

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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