キングボアのフルコースを堪能したメンバーは満腹感の柔和さから、フカ次郎とシノンに情報交換を提案した。彼女らもこの返事に承諾したのは、ただの気まぐれでもない。ここ数か月前から『アルブヘルム・オンライン』のバグを目立たせることの多いタンケンの提案から、他のプレイヤーからの意見を聞きたかったのが始まりだ。
「最近はそうね。モンスターが賢すぎるのよ。奇襲や集団戦法…体力の少ないプレイヤーを優先して攻撃してくるのよ」
「始めは違和感なかったよな。弱ってんのを優先するのは、シノンと一緒に遠距離攻撃をする時に気付いたんだよな」
「ほぼアンタが死にかけて接近戦を避けただけよね。そのお蔭で気付けたけど」
「それを言うなよ。途中から「おとり作戦よ」って、モンスターに狙わせて自分だけラックを横取りしてたじゃねぇいか」
恨めしそうに上目遣いをするフカ次郎をシノンにはうっとおしかった。女性同士で上目遣いのあざとい仕草をしても、自分は可愛いとアピールするだけであり、それを同性にすれば怒らせるのみである。
「それは言葉の綾よ。あの場面で最適で効率的な戦術をしただけ…フカは立派に勤めを果たしてくれたわ。あなたが星になっても、数分は忘れられない活躍だったから」
「…おーい。だれかこの化け猫にマタタビぶっかけてくれぇ~」
暴力の矢にフカ次郎は素早く反応し、哀願の叫びをぶつける。古参プレイヤーの暖かみあるやり取りの中、紫髪にスラリとした身体をより強調させたへそ出しタイツの女性が悪戯を思い付いた顔をしていた。
「おいおい。それじゃ、この子は動じないわよ。マタタビよりもいい方法が私にはあるわ」
「ノリさん、いい方法ですか?このままでもいいような気もしますが」
「十分に仲もいいけどねシウネー。もっと仲良くなりたかったら多少のからかいも必要なんだからさ」
ひらひらと手を振りながら臆することなくフカ次郎に近づくノリをシウネーは心配するも、どこか面白がる様子で見守った。
「この子は素直になれない天邪鬼な子と思うといいわ。相手の言ったきつい言葉を逆に翻訳できれば、かなり可愛い子になるからね」
「あ!僕、それ知ってる。最近は『ツンデレ』ってやつだよね」
「誰がツンデレよ」
ユウキの混じり気のない爛々とした口調にシノンは言う。
「それは違うぜ。ツンデレにしちゃ、氷の様にクールな奴だからな。こういうのは『クーデレ』ってやつなんだよ」
「……」
手早く取り出した弦を引き、張り詰めた右手の矢をフカ次郎の額に定める。
「おーい。無言で狙撃準備して狙いを定めるなーやめてくれぃ」
両手を前に広げて抑える仕草をするフカ次郎。あくまでも顔はポーカーフェイスを装い、急所を狙うシノン。硬直状態になった間にランの低い声がわり込み、二人の緊張はランに注がれる。
「皆さんに聞きたいことがあります。ユウキに変な言葉を教えたのは誰です?」
「ジュン君ですね」
「ジュンかも」
「それは俺が教えたな」
シウネーとノリはサラマンダー種族のプレイヤー名『ジュン』をさらりと指摘し、当の本人は腕を組んで胸を張る。
「どうしてジュンは自慢げに答えてますか!」
詫びる様子もないメンバーの態度にランは苛立たせた。
「でも過保護なのは良くないぞ」
「ランは真面目すぎるかな。リラックスした方がいいわよ」
ジュンとノリのアドバイスにも関わらず、ランのとびきりの笑顔は崩れない。他と比べても美少女と呼ばれ、領地を歩けば十人中八人は振り返る少女の『憤怒』を溜めこんでいる様子は、人を怯えさせる凄みがあった。
「私が過保護ですか…それは言い過ぎです。姉として妹の心配をしているだけですよ」
「五十歩百歩だな」
開閉した口から本音を漏らした二本のペイント線の目立つノームこと『テッチ』は、わざと皮肉に言い、顔の下半身をひん曲げる。
「何か言いましたか?」
「何も言ってないぞ」
テッチはスリービングナイツで巨体な体格を活かした盾役を担う。しかし、鉄壁を誇る彼も男性であり、異性の、それも美少女に冷たく睨まれて気分をよくするほど、ねじ曲がってはいない。顔を背け、窓を覗きこむ小鳥を眺めてやり過ごした。
「あなたたちは姉妹でゲームをしているのね。随分と仲がいいけど、それってどんな感じなの?」
「どんな感じと言われると迷ってしまいますね」
「僕はすっごく楽しいよ!お姉ちゃんは強いし、いつでも優しくて僕の自慢のお姉ちゃんなんだ!!」
ユウキの褒め言葉に頬を抑えるランをスリーピングナイツのメンバーは見逃さない。リーダーの機嫌を転換するチャンスをゲーマーの彼らは執拗に狙う。女性の気分を良くできる必殺技――褒め殺しだ。
「わ、私も…リーダーが…ランさんが、誘ってくれたから…皆といれるから…嬉しいです」
「俺もここがとても好きでリーダーには感謝してます」
「あたしもよく話しかけてくれるリーダーは好きだな」
「俺もだ!戦術も的確で戦闘も強い。ギルドマスターの鏡だな」
「ひぅぅ…」
ついに顔を抑えるまでに辱しめた事実に、ランの見えない所でアイコンタクトによるガッツポーズを交差させる。
「お姉ちゃん…ねぇ。妹かぁ…私には実感ないわね」
ランとユウキの雰囲気に姉妹を連想したシノンは小さく溜息をつき、白い雲に先の思えなさに歯がゆさを感じた。
一
スリーピングナイツの別室にはユズルとクラインによる話し合いが行われていた。旧友との再会を楽しんでほしいとの勘違いも、二人はその好意を甘く受け入れ、部屋を借りている。近況報告の最中に、どこか集中しきれていない弟を気遣い、強引に本題を問いかける。
「ユズの字、なんか悩んでんのか?」
「そうだね…実はソードアート・オンラインの事件をユナにも話していてね。まだ確信めいてはないけどな。起きて、事件を調べてるんじゃないかと思うんだ」
右に手を払いながらホロキーボードを消し、何の変哲もないペンと入れ替えた。ユズルにしか分からない雑な文字を手書き、途中でくるりと手遊びをする。一方クラインといえば、おでこをボリボリと掻きながらふと思い出した様に取り出したメモ用紙を読み上げる。
「それがユナちゃんかは分からねぇが耳よりの情報があるぜ。ちょうど三日くらい前に街のゲーム屋でジャンウーが熱心に聞き込む女の子を見かけたそうだ。ユナちゃんに似たかなりいい女らしくて、思わず見惚れたから覚えてたそうだぞ」
「…ありがたいが、ユナなら男に視姦されるのはいい気分しないな」
ユズルは静かに言う。
「わりぃな。でもな、危険な目にあってもユナちゃんはユズの字の為に動いてくれているかもしんねぇんだ。それに答えなきゃ男じゃねぇぜ」
クラインはニヤリと笑い、片目をつぶってみせた。
「うん。だからこそ、悩んでる。必ずユナはここに来る可能性が高いから兄貴にはそれで動いてもらいたいんだ――頼む」
この言い分に¨察して欲しさ¨を含むユズルの物言いに、クラインも真剣に聞き、なるべく明るい対応を心掛ける。彼からすればユズルは何かを隠しているのは明白であり、それを話せないのも勘付いていた。第三者からは利用するものと利用されるもの。だが、義兄弟としてユズルから裏切る行動をするとは思えないクラインは、二つ返事で答えた。
「おう!一応、フレンド登録はしておこうぜ。こうすりゃ、プレイヤー同士でアイテムを交換したり、連絡もできんだ。通信手段があったほうがやりやしぃだろ」
「本当に助かるよ」
フレンド登録画面を開き、ユズルはボタンを押して申請する。
「おめぇ一人に責任を負わせはしねぇよ。言い方は悪く聞こえるかもしれねぇけどな…周りにいる人間は何でも利用すればいいと思うぜ。まぁ、まだ学生には遠い世界の話だがな」
「そうかな?僕も兄貴やキリトもそう…二人を利用してたよ。攻略組に参加させて階層を増やし、自分の逃げる範囲を広げさせていたんだからさ」
彼なりの気遣いにも、ユズルは似た経験を吐露する。それを聞き、クラインは苦笑した。
「お互い様ってやつか…俺としてはゲームじゃあ損得を考えずに楽しくできればいいんだけどよ」
「どうせなら…自分らしく伸び伸びと楽しくゲームをして欲しいよね」
淡い希望に「そうだな」とクラインも頬杖を付く。デスゲームに参加してからは、ゲームを楽しむ気持ちよりも「勝利」か「敗北」の両方を極端に重視してしまいがちになり、それは社会の「勝ち組」か「負け組」と同様の価値基準を置いてしまう。何かを達成する努力や行き付く過程よりも結果のみを求める考え方は、人と協力し合う足かせとなる。いずれにせよ、デスゲームから帰還した者がゲームを楽しむにはまだ時間をかけそうであった。
「それにしても…スリーピングナイツの皆…楽しそうだね」
「これが普通のゲームだったらありがてぇんだけどな」
この和気あいあいとコミュニティを作ったり、ゲームを楽しんでいる姿に安堵したものの、ユズルは自分の行動でこのゲームが無くなるかもしれないことに気付いて、さらにユズルの顔を曇らせた。気晴らしに用意したドリンクを軽く胃に流し込む。
「じゃあ、真面目に聞きたいことね――サラマンダーの連中にいて何か不愉快なことでもあった?」
「俺のいたサラマンダーの連中は、ここで有利なSTRの高い種族値をいい事に¨自分達こそ強者¨の風潮を効かせてやがった。やり始めて詳しくはねぇけどよ、どうにも肌に合わなかった。アルブヘルムはプレイヤーの運動神経に左右されやすいゲームだからな。他の奴らより少し乱暴者が多い印象だ」
さらにコーヒーを飲み、クラインは人差し指でテーブルを小突く。
「そうか――今日始めたばかりだが一つだけ分かるのは、このゲームは種族差別があるらしいね。僕の選んだスプリガンはかなり嫌われてるそうだし…下手に付き添うプレイヤーを選ぶと痛い目を見そうだね」
「種族差別ねぇ。たしかに、このゲームを探索するなら信頼できるプレイヤーを選んだ方がいいかもしれねぇな。あの時のサラマンダーもそれで、痛い目を見たからな」
少しぶすぅとして言った。
「注意してみるよ、兄貴――それよりも、フカ次郎とは上手くいきそうなの?」
「はぁ!?ユズの字、な、なに言ってんだ!!」
「だってフルコースメニュー食べてる時もチラチラとフカ次郎を見ていたし、食べ終えた後も話したそうにしていたからさ」
顔を真っ赤にして慌てるクラインに、優しい声で問う。
「嫌、嫌!あれはそうだ…成り行きとはいえ、『キングボア』を分けて良かったかって思ったからだぜ!!」
(どうみても、フカ次郎は兄貴を男として意識してたし…兄貴も悪い気はしないと思う。最初の印象も悪くない…早すぎるけど両想いの一目ぼれなら、あと一歩でくっつきそうなもんだな)
お互いに両想いの状況に、プライドが邪魔したり、相手を試す恋の駆け引きをして気持ちのすれ違いをしては、実にもったいない。そろそろ皆と合流しようと、席を立った。クラインも顔を背けながら、ドアに向かった。
ニ
ユズルとクラインの密会をしている間、スリーピングナイツの情報交換も他愛になっていた。テーブルの上にあるお菓子を囲み、時にホワイトボードにタンケンの執筆したアルブヘルム・オンラインの全体図に集めた情報を記入していく。そこでシノンは、フカ次郎のある疑問を投げかける。
「それはそうと、気にはなっていたわ。フカ――あんた、あのクラインにアタックしないの?」
「な、何言ってんだ!こんな場所で言うな!!デリカシーってもんがねぇのか!」
※お前が言うな
「ブーメラン刺さるわよ。いや、いつもの様に「結婚しない?」って言わないし、『キングボア』も分けていたからよ。てっきり、男遊びから卒業でもして、あの男で別の遊びでもするかと…」
「ふざけんじゃね!あたしとクラインさんが×××とか××××とか、その先の××までするわけないだろ!!」
「誰もそんなえげつないこと言ってないわよ」
フカ次郎自身が自制を失いそうになる。普段は飄々としている彼女にしては珍しく、彼女らしくない様子だ。シノンは肩をすくめ、フカ次郎の方に向き合う。
「そう言えば、いつも男とは縁が無くてすぐに破局してたわね。サラマンダーに追い出されたのを機に、人肌脱いでクラインをサポートするついでに人肌脱がして彼氏にしたいのね。キューピットの依頼なら、親友料金で格安にしとくわよ」
「誰がそんな依頼、頼むんだよ!」
もはや喚くに近い声色のフカ次郎の顔はほんのり赤い。彼女には恋の相談どころか恋愛のキューピットを任せる気さえない。長くメンバーを組んでいたフカ次郎の勘は警告していた。
(間違ってもシノンに相談できねぇぞ…こいつは恋のキューピットが出来る奴じゃねえ。獲物を狙う狩人にしか見えねぇんだよ!!)
彼女は汗を流すほどにイメージする。頭に円を浮遊させ、白い羽の生えたエンジュルの薄く白いワンピースのシノンがハートを射抜こうと弦を引き締める姿を。だが、そのイメージはすぐに一瞬で崩れてしまう。
想像するたびに、青と赤の血管が浮き出た心臓を矢で射抜き、返り血で白のワンピースを真っ赤に染め上げる姿に切り替わる。顔まで付着した血液を舌先で舐めとり、うっすらと笑みを浮かべる快楽者をありありと洗礼に浮かび上がっていた。フカ次郎は頭痛を覚え、イメージするのを辞めた途端に、シノンは淡々と言う。
「そう…なら遠慮はいらないわ。いつも通りに神風アタックしてきなさい。骨は拾ってあげるわ」
「自爆特攻じゃねぇか!!玉砕してこいってか!」
(あの男も意識してるなら、フカが積極的に誘惑すれば簡単に恋人同士になれるわね。もう…こんな時ばっかりヘタレなんだから)
シノン自身、自分の美人さを活かしたフカ次郎のナンパ癖を知っているとはいえ、ここまで取り乱す彼女を見たことは無いし、そこまで情熱的な恋は初めてであろう。フカ次郎の苦虫を噛み潰したような顔に見つめられたまま、押し黙ってしまう。隣部屋にいたユズルとクラインが現れてからフカ次郎はようやく可憐な顔に戻った。
三
「ユズルさん、クラインさん、フカ次郎さん、シノンさん。私達のお願いを聞いてくれませんか?」
ちょうど、クラインとユズル、フカ次郎とシノンがそばへ着いた時、ランは、こう言った。それに真っ先に反応したのはシノンだ。
「話だけでも聞かせてくれないかしら」
「私達はALOのグランドクエストを攻略したくて集まったんです」
「グランドクエスト?」
ユズルは軽く首をかしげてしまう。
「このゲームが始まって以来、まだ誰も攻略していない高難易度のクエストです。誰もが注目しているVRMMOをクリアすれば、報酬としてそのプレイヤー名が雑誌に掲載されるんです。私達はそれを狙っています」
「それ、知ってるぜ!!『MMOトゥモロー』にあったな、そういうのが。パーティメンバー16名以内でクリアすれば、全員の名前が載るそうだったな」
フカ次郎はそれを言い、ランはゆっくりと首を縦に振る。
「誰でもいいわけじゃないんです…私達も信頼して背中を預け、協力し合える仲間を集めたいんです。これは、スリーピングナイツのメンバーにとって思い出となる大切なクエストになりますから」
「…その手伝いならしてもいいかな。僕の仲間がいれば、戦略の幅が広がるから戦闘が楽になるのかもしれない」
「アンタにその当てがあるんだ?相当強そうだから、期待はできそうね」
クロービスはユズルに向かって微笑みかける。
「話題のゲームだ…別のゲームで知り合ったから連絡は取れてないけどログインしている可能性があるからね――ちょっと待ってて」
ホロキーボードに『キリト』『アスナ』『ノーチラス』『リズベット』『シリカ』『エギル』『ユナ』『サチ』を打ち込む。かつてゲームはゲームでも死のゲーム――ソードアート・オンラインを生き抜いたプレイヤーだ。テーブル上に文字を浮ばせる。
「この人達が僕の探してる仲間だよ。ここにいる核心はない。けど、このプレイヤーネームでゲームをしている可能性が高いんだ。どれもあるエキスパートを極めているプレイヤーだから頼りになるよ。どこかで聞いたことない?」
死のゲームシステムをコピーしたアルブヘルム・オンラインには、まだ昏睡状態に陥っているプレイヤーが流れている可能性を示唆していた。そのプレイヤーは二年間で培ってきたステータスを引き継いでおり、新人とは思えない強さを発揮する。何をしても目立ってしまう状況をユズルは利用し、ここで各種族の集まりであるスリーピングナイツと古参プレイヤーの二人に、聞きだそうとした。
「ふむ…ノーム領に情報屋がいるそうでな。そいつは商人もしているそうだった気もする――たしか、その名前が『エギル』だ」
テッチはノーム領を指差す。
「それなら、ここの『リズベット』はレプラコーン領で似た名前を聞いたことがあるな。武器を作らせたら一流を作ってくれる噂だからな」
ノリは、ユズルを見て言う。
「ここの『キリト』ってプレイヤーは話題になっているプレイヤーね。新人とは思えない強さでグランドクエストを達成しようと大樹に向かっているそうよ」
シノンはホワイトボードの中央にある大樹を凝視していた。
「この中でも『キリト』『アスナ』『ノーチラス』『シリカ』はかなり強い。好奇心で勝負はしない方が身のためだよ。もし、グランドクエストを攻略するなら協力体制を結びたいね。特に『エギル』『サチ』の情報は最高の武器になるし、『リズベット』の作る装備は品質も良くて信頼できる」
「ユズルさん。ここにある『ユナ』さんはどうなんです?」
名前の上がっていないプレイヤーが気になったジュンの質問に、ユズルは答える。
「彼女も仲間だけど、ゲームではかなり知名度の高いプレイヤーでね。あまり大きい声で友達だと言えないんだ」
「それは有名人の様なものか?それとも、問題あるプレイヤーか?」
「まぁ…アイドルとか女優の様な感じだよ」
テッチの返事にどうにも予防線を張った様な言い分だが、美人の女優を妄想した男性プレイヤーの眼の色が変わる。クラインは¨まぁしょうがねぇかな¨と小さく呟く。ランは¨この子がそうなのね...¨と小さな声で言う。聞こえなかったふりをされても仕方がないぐらい、小さな声だった。
四
明日の朝十時に隠れ家に集合する約束をした四人はログアウトできる宿屋を探してウンディーネ領を散策している。クラインとフカ次郎の二人は隣になりそうになると、ユズルとシノンの近くまで離れてしまい、一定間の距離を保っていた。宿屋で世間話をした後に、クラインとフカ次郎はログアウトし、ユズルもログアウトをしようとする時に、シノンが呼びかける。
「待ちなさい…言い出したアンタに聞きたいの。このゲームを始めたのが今日よね?魔法とか飛行方法は慣れてるの?」
「まだだよ。それは若干、不慣れな感じかな」
「あたしは何も分かっていないアンタが最高難易度のグランドクエストを攻略できるほど機敏に動けるとは、まだ信じられないわ」
「そう思うのが普通だね」
「そんなプレイヤーに背中を預けられないし、操作ミスなんかのつまらないことで連携が崩れるなんて許さない…だから――」
シノンはまるで心に写しとろうとでもするように、眼をこしらえてユズルを見つめ、それから顔を背け、首を振って、背中にある弓をユズルの顔に当たる寸前で止める。
「明日の朝…私と一騎打ちで勝負しなさい」
急な果たし状にも、ユズルは何となく察してはいた。クラインと共闘した連携や剣の技術はシノンも見ている。だが、個人の力はどうなのか。こればかりは、実際に対面しなければ推し測れない。彼女の挑発に、ユズルは落ち着き払っていた。
「分かった」
シノンの弓を、手を添えてゆっくりと払う。
「皆と戦えるように…シノンにも信頼されるように…受けて立つよ」
彼は静かに言い、ログアウトボタンを押して姿を消した。残されたシノンは、どこかイライラする様な、どこかワクワクした気分だった。どこか言葉にならず、閑散とした宿屋を眺めたまま、鈴夜の音に耳を傾けていく。
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