2025年1月16日
平日の朝早い八時にも関わらず、アルヴヘルム・オンラインのウンディーネ領には多くのプレイヤーが行き来していた。スリーピングナイツのメンバーも集まり、ユズルとフカ次郎は早めにログインしていたが、朝の八時半にクラインと合流すると、そそくさとフカ次郎はテッチやジュンの方に行ってしまう。しかし、肝心のシノンは来ていない。
「何かあったのかな…わりと早めにログインしたけど」
「あ?シノンの奴か。ちっとばかり、遅れて来るのはたまにあるぞ。それでもドタキャンとか無いから心配ないけどな」
茫然と流れるプレイヤーを見物しながらゆっくりとした口調のユズルに、早口でフカ次郎は言う。シノンとの一騎打ちを伝えれば、クラインは上機嫌な笑顔で待ち、唯一ユズルの戦闘を見たクロービスはあの興奮する戦いを伝えるも、メンバーは狩りの準備をしようと見物はしないつもりでいた。
その様子に、一騎打ちにひときわ興味を持ったユウキはギルドハウスの前で仁王立ちをしてメンバーの前に立ちふさがった。身長150㎝での仁王立ちに威厳はないが、ユウキを押しのけていく用事でもないメンバーは足を止めてしまう。そんな硬直にも、ノリの一声で皆の観戦が決まり、主役の登場を待つこととなり、現在にいたる。
「…ならシノンが来るまでに装備を買ってこようかな。今用意できる最高の状態でシノンと戦いたいし…これから戦うに初期装備だと心持たないよ」
「強い相手には最大級の装備を整えるのは必須だぜ。魔王倒す奴が『ひのきの棒』で挑む訳がねぇ。この礼儀を怠るのは武士の恥だからな」
クラインによるドラゴニッククエストを交えた武士道の作法に、ひとまずは納得する。それから初心者用の片手剣から剣舞を試せば、どうにも持て余してしまう違和感にユズルは余計に買い物をしたくなった。ふと振り向けば、おっとりとした視線をするシウネーと目が合う。
「でしたら、また私が案内しますね。色々な買い物に付き合いますよ」
「昨日も買い物を任せたし、今日は私が案内しますよ、シウネー。ここのエリアなら慣れていますし、彼に戦闘のアドバイスも兼ねて付き添います」
ウンディーネ種族の『シウネー』の申し出を先取る声に少しだけ肩を飛び上がらせる。インプ種族の『ラン』はユズルに駆け寄った。食ってかかるランに、だがユズルは妙に落ち着いた笑みで、片手剣を掲げてみせた。
「戦闘のアドバイスってことはランも僕と同じ武器を?」
「私も片手剣使いよ。そんなに早い剣技は使えないけどね」
同じ片手剣使いという共通点のある相手に、自然と気持ちの距離は縮まる。自然と買い物をするのはランに決まり、ユズルと街に向かう。ここまで離れれば聞こえない距離、と思い立ったユウキは、先のランの発言に不満を漏らす。
「よく言うよぉ。僕よりも反射神経はいいし、ソードスキルの発動速度なら見えないほど速い癖に」
「ユウキはランと何度か戦ってるよな。結果はどうなんだ」
「…それが一度も勝てたことない。僕もそれなりに強いと思うけどな」
ユウキは少しためらうように間をおいてから、小さくうつむく。尋ねてから後悔するジュンをおいて、タンケンとテッチは言う。
「そ、それは、ユ、ユウキ…比べる、相手が、規格外だから、だよ」
「そうだ。ユウキ基準での『それなり』は比較対象が高すぎる。ユウキが普通ならここに歩いているプレイヤーの半分以上は剣を折る程の強さだぞ」
タンケンとテッチの慰めにも、ユウキは呆けた顔をしたままだ。何かを考え込む仕草に、ジュンを含めた三人は息を呑む。
「ボク、相手の武器を折ったことはないよ?」
見当違いの発言に、拍子抜けした三人は苦笑してしまう。呆れつつも溜息をつくノリは優しく見守るシウネーを呼びかける。
「あんたら、戦うことばっかりね――それはそうとシウネー。リーダーがあんなに積極的なのは変じゃない?」
「そうですよね。いつもなら私達の意見ばかりを聞いて動きますからね」
急に自分の意思で動こうとするリーダーに、シウネーとノリは顔を曇らせる。
「もしかして…惚れたの」
「無いと思いますね。こんなに早く恋に落ちるほどリーダーは軽くはないですよ」
「…随分とはっきりと言うわね」
スリーピングナイツではユウキの次に古株のシウネーが言うと、ノリもそれ以上は言わなかった。脳裏にチラチラとフカ次郎の一目ぼれ騒動からの情景は真新しい。いずれにせよ、普段とは違う積極的なランに不安の様なしこりを感じていたのだ。
「フカ次郎なんて一分もかからずクラインと両想いになったんだから、あり得なくはないでしょ」
「それはフカ次郎さんがフットワークや気持ちも軽いからこそですよ。本気の恋が少ないからでしょう」
「失礼だろ。まるで『本気の恋』より『ただれた恋愛』しかしてない風に聞こえそうだな」
「全部聞こえているぞぉ~ダレが恋したことがないってぇ。ちょいまち、ちょいまち」
シルフの尖った耳を器用に動かす離れわざを披露しながらフカ次郎は二人と向かい合う。ただ、怒っている様子はない。むしろ、二人が恋愛について興味ある事態におもむきを置いていた。
「あたしが言うに、『ただれた恋愛』は言い方が悪いぞ。目の前にいい男が居りゃ、黙っているなんてことはしねぇだろ?」
「ちょっと好みがいると少し視線を追いはしますね」
「往復するフリをして近くで顔を見たりはするよ」
というようにシウネーとノリが答えると、フカ次郎は人差し指を自分の口先に押し当てる。笑みを見せない仕草が二人には、昨日のさばさばした女性より洒落っ気のある女の子にみえた。
「声をかけるにせよ、かけないにせよ『タイミング』が一番だ。あたしゃ、相手に意識させるつもりで『結婚』をワードに入れるんだよ。それから少しずつ相手が好きになる様に仕向けるのさ」
「それじゃ、相手に好意を伝えるには難しいだろ」
「なぁ~に。人生は一期一会、また会えるなんてロマンチストな考えはねぇな。あくまでも恋愛はリアリストだ。それに、想いだけなら伝えんのは簡単だぞ。ちょっとやってくるぜ」
瞬間、フカ次郎はシウネーとノリから離れる。
「おーい!クラインさん!!」
そのまま、声を上げながらフカ次郎は近づくと、女性に慣れていないクラインは目線を泳がせてしまう。
「愛してる~結婚しない?」
「い、いきなりどうかしたか、フカ次郎さん。ここで結婚するにも実装されてねぇだろ?」
「なんだなんだぁ~。実装したらしてくれんのかい?」
「朝も早いし、寝ぼけてんのか?俺よりもいい人がいるだろ」
互いに両想いではあるも、まだクラインは好きになった女性の接し方は分からない。どれだけ整った顔つきをしたモテる男性であれど、本気で惚れてしまった女性には緊張して馬鹿になってしまう。それがいま、クラインが直面している問題だ。彼は彼女の艶やかな髪を手の平全体を使って二回程叩くと、顔を背けて反対方向に行ってしまう。
「な!想いだけなら伝えるのは簡単だろ?これを繰り返せばいいんだよ!!」
ニカッと白い歯をみせるフカ次郎。そんな彼女はとても眩しく、朝日でも拝んだかの様に羨ましかった。
「フカ次郎を少し誤解してたな…新しい告白の表現ね」
「えぇ…こんな想いの伝え方もあるんですね、なんて尊いんでしょう!」
頷きざるを得ないノリと感傷に浸るシウネーはフカ次郎の恋愛観を思い出しながら、自分達の恋バナに花を咲かせる。彼女は背中を向け、なんとなく近くにあった水たまりに向かって歩いていた。
「冗談じゃないんだけどな。頭に手ぇ置かれてめっちゃ嬉しい…絶対にクラインさんから『告られる女』になってやる」
水面に映る自分とは思えない女の顔をしている。熱っ気のある頬に少しだけ苦しそうな、でも幸せな顔。男に触られた髪は跳ねているも、彼女は手で整えず、手の平で抑えて数秒だけあった温もりを思い出していた。
一
ユズルは、ソードアート・オンラインにいたプレイヤーの誰かに犯罪者と指摘されても、アルブヘルムプレイヤーのランには何のことか分からないし、自分から言うつもりもない。だがランとの買い物はユズルの憂鬱を一瞬、忘れさせるには充分だった。あのゲームから帰還して以来、ほとんどずっと、リハビリや事件の調査のことを考え続けていた。ただもう一つの理由もある。ユズルには、事件とは別に、ユナの介入もあった。
ここまで辿り着くまで、事件を調べる過程に彼女の心の内をかいま見たような気がしていた。これから犯人のいる可能性の高い世界樹へ向かう道筋に彼女に会うことを、そして、また会えた時の彼女の反応を見ることを楽しみにしていた。
ランに紹介された武器を取り扱う店は狭くてみずぼらしかった。扉には剥がれかかった金色のラベルは文字が掠れてしまい、一見するとなんの店かは分からない。彫られた文字には、ラベルに『ジョバルの店 オーダーメイドの武器メーカー』とある。看板の下にある色あせた椅子に、剣の突き刺さった装飾から、やっと武器屋と思える佇まいだ。
「ここが…そうなの?」
「一般的な武器よりもユズルには手にしっくりくる武器の方がいいでしょ」
「…まぁ、最高難易度のクエストに臨むなら下手に妥協はしたくはないな」
「ふふっ、これから『流水のスナイパー』と戦うのに、もう先の事を考えてるの?」
「あっ…そうじゃないよ」
ランの柔らかな声に、どきまぎしてしまう。思っている以上に彼女との会合を楽しみにしているのか、気持ちはどうにも先走ってしまう。またランという、ここまで話しやすい女性も久しぶりにあった気がする。ユズルは慌てて話題を変えた。
「それよりも『流水のスナイパー』って?」
「シノンさんのことよ。彼女、ケットシ―ではその二つ名で呼ばれる実力者なんだよ」
「サラマンダーと戦ってる最中にも気を引き締めていたから、相当な手練れに見えてたけど…そんなに強いんだね」
ユズルはのほほんとした言い分から、冷静にシノンのことを考える。少なくとも彼女の第一印象は¨クール¨の一言に尽きる。だが一見クールに見えて、フカ次郎の突拍子の無い行動や頼まれたら引き受ける姿勢には、彼女から強い責任感や仲間想いな、熱い部分を感じていた。
――そんな彼女に認められるに戦闘で充分な剣技を披露する。
改めて言い聞かせた時、ドアをノックして、音沙汰ない気配にランは苦笑した。
「今日はやってるのかな?腕はいいけど、滅多に営業していないんだ。何曜日にやるのか何時に開くのかも分からない。名前を調べても攻略サイトに載っていない穴場なのよ」
「ゲームでもそれってどうだろ?他のお店は――」
「他のお店より、ここが本当におススメなのよ。シノンさんと戦うにも、これからアルブヘルムを始めるなら…ここの武器が一番よ」
中に入ると奥からチリンチリンと鈴の音が鳴る。小さな店内に古びた木の香りが鼻を軽く刺激し、二人は近くにあった椅子に腰かけた。几帳面にガラスに飾られた剣や杖は雑貨店より規則の厳しい図書館に近い。天井近くまで理論整然と積み上げられた大刀や日本刀に紫色の宝石ある杖の目立つ武器が山に積まれ、一挙乱れぬほど整っていた。
「いらっしゃいませ。ジョバルのオーダーメイド店へようこそ」
柔らかい声の正体は目の前にいた老人だ。音も無く、気配も無い老人の出現にユズルは飛び上がってしまう。隣にいたランも飛び上がっていた。店の薄明りから、大きな薄い目をした老人は、どこか子どもらしさを備えている。老人は頭を振り、顎を撫でながらブツブツと言い、しばらくしてからランに視線を向けた。
「ランではないか!また会えて嬉しいわい…六五センチの金剛石の片手剣。よく光り、よく切れる。たしかそうじゃったな」
「はい。そのとおりですよ」
「懐かしい剣じゃ。たしかお前さんが半年前に、ここにきたんじゃったな。あれ以降、よい剣と廻り合えたかの?」
「いえ…初めてここで買って以来、他の武器はどうにも馴染めなくて」
「それは良い話を聞けたの」
静かな言い方だった。またしばらく顎を撫でてから、今度はユズルに声をかける。
「そちの坊や、こらこら。こっちへ来なさい」
メニュー画面を覗きこみ、長髪の少年の名前を確認してから、ユズルに言う。
「さて、それではユズルさん。拝見しましょうか」
老人は巻き尺をポケットから取り出した。
「君はどちらが利き手かの?」
「えっと、僕は右利きです」
「腕をゆっくりと伸ばして。そうそう…そう、ゆっくりとじゃ」
ジョバル老人は近づき、ユズルの右腕に巻き尺を回しながら語る。
「この世界は無数ある剣や杖を、持ち主は己の信じた武器を手に取り、戦い方を決める。だがな、剣もまた持ち主を選ぶ。ここでは剣の一本一本、希少な魔力を持った素材を芯に組み込んでおります。金剛石、陰陽の原石、七色のエレメント、春夏秋冬のインゴット。それぞれに得た時期は異なり、素材も作られた工程は違うのじゃから、どれ一つとして同じ武器は存在しない。だからこそ、作る剣と持ち主が一心となり、同調しやすい」
一息に話したせいか、ふうと息継ぎをして続ける。
「もちろん、その武器を本人以外の誰かに貸そうなら、決して自分以上に使いこなすのは困難なのじゃよ」
巻き尺を戻しながら老人は笑う。ここにきて、ランに武器の質問をした意図をようやく理解できた。VRMMOで一番人気あるゲームはプレイヤーを飽きさせない工夫を凝らして何度もシステムをアップデートしている。しかし、ランは半年も同じ片手剣を扱っている。この事実だけでも、このジョバル老人を信じるには充分であった。
「まずは小手調べ…地のエレメントに秋のインゴットを主にした長さ七十センチの片手剣」
手先が僅かに触れただけで、ジョバニ老人は剥ぎ取ってしまう。
「これはダメか….では金剛石と陽の原石を芯にした六五センチを」
ユズルは剣を取り、ちょっとだけ振れば小さな星が光りだす。ジョバル老人は口をモゴモゴさせながら、あっという間に剣をひったくられてしまう。
「ふむ…風のエレメントに夏のインゴットを合わせた陰の原石を芯にしたものはどうだろうか?」
また振れば、赤と黒色の火花が流れ出す。また、別の剣を紹介され、振っては取られる。やがて試し終えた片手剣が高く積み上がっていく。
「気難しいのう。ほっほっ。心配めされるな。必ずぴったり合うのをお探ししますのでな」
棚から新しい片手剣をおろす度に、彼女に似合う服を探す様な、珍しい宝物を探す様な、ジョバル老人はますます嬉しそうな顔をした。
「さて、これを試してみよう…陰の原石に氷のエレメントと火のインゴット、七五センチ、上質で軽やかじゃ」
ユズルは剣を手に取った。刃から青色の陽炎が流気を生み、暖かい炎は部屋全体に漂いながら消える。頭から空気を切るように振り下した。すると、青い炎は半円を描き上げ、青い火の粉が踊りながら舞う。ランはパチパチと両手を叩き、ジョバル老人は息を呑んでいた。
「不思議じゃ…相性の悪い氷と火の素材による影響じゃろうか」
「あの…何かありましたか」
真逆の反応をする二人に、ユズルは聞いた。
「ユズルさん、私はここにあるアイテムが発掘された場所は全部覚えとる。その剣に入れた陰の原石はな、ヨツイヘルムにある湖の光届かぬ深淵で採取された物じゃ。その欠片を一つ…たった一つだけ混合したのじゃが…ここまで適応するのも不思議なことじゃ。まるで主人を待っていたかのようだ」
ジョバル老人は淡い目でユズルを見つめる。
「こういうことは、稀じゃ。剣や杖は持ち主を選ぶ。二つの心に通じるもので結ばれた時――真の力が発揮される。ゆめゆめ…忘れてはならんぞ」
剣の代金を支払い、ジョバル老人のお辞儀に送られて二人は店を出た。
エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査
-
孤独な少女(シリカ編)
-
人の温かさ(リズベット編)
-
働くAI(ユイ・ストレア編)
-
超食べたい(ヒースクリフ編)
-
受け継がれる幻影(???編)