幻影戦記~氷と炎の鎮魂歌~   作:ロバート・こうじ

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15話 限りなく透明に近い氷

シノンとユズルの決闘は間合いを測りながら、お互いの力量を見極めていた。引き締めた弦から放つ矢は一直線を描く攻撃を片手剣で弾くだけなら造作もない。不用意に剣の届く範囲に接近すれば、その弦を左右に払い、僅かに移動した重心に合わせていつでも射出できる矢を用意する手際さから隙は見当たらずに、接近する矢を身体ごと反らす。

 

「どうかしたの?さっきから踏み込みが甘いわよ!!」

「…ッ!」

 

一般知識で¨弓¨というのは矢を飛ばして戦うのが常道の認識であった。ユズルはまず、一本の矢で正確な射撃をすると勘付いていた。それが現実世界の戦い方で、物を投げなければ届かない距離まで離れていなければ、戦いそのものを有利な方向に導いてくれるはずだった。

 

¨参ったな。矢で動きを誘導されている…かなり手強いな¨

 

剣の打ち合いであれば、すでに三十合を越える矢の雨を外させていた。中でも放つ矢と射抜く矢を見分けて勝機を引き寄せる彼女の矢には相手を誘導する『虚』と相手を射抜く『実』の差を生じさせている。

相手の動きを見てわざと当たらない攻撃をしながら相手を追い詰める戦術は剣の間合いを詰めさせない。後方に距離を置きながら、ユズルは感嘆する。

 

¨だが常に地理を知り、敵を知りながら相手に合わせた状況判断ができるのは頼もしいか…あのゲームにいたらアスナと智勇を競いあっていたのかもしれないな¨

 

白銀の刃を叩き落とし、踏み込む力を溜めてからシノンの懐に飛び込む。剣を引き下げる振りをしつつ、左足を軸にした蹴りをする。

 

「読んでたわ!随分単調な攻撃ね!!」

「シノン!お前も十分、単純だぞ!」

 

蹴りの反発で後ろに飛ばされながら、ユズルは袖に隠していた短刀を投げつけ、シノンは事前に引き締めた矢を射出させて相殺させた。戦いを初めて五分間。状況は変わらないまま進んでいる。

 

小手調べに剣と矢を交差させてからは、二人の間合いは一定以上の距離を保っている。無論、それはシノンだからこその見解といっていい。

 大地に深い鍵爪のあざに高い鉱山の至る所に丸く抉れたさまは、燦然たる戦火の跡が刻まれていた。そんな惨劇に、シノンとユズルは、互いにかすり傷を負わないままに対峙し、睨みあっている。そしてこの二人に¨疲弊¨の文字は無い。弦と剣の衝撃から離れた二人は呼吸を整えてからゆっくりと口を開いた。

 

「流石に二つ名のあるプレイヤーなだけはあるね。流水のスナイパーの名前は伊達じゃないけど――」

 

剣だけは殺意をはばからせながらも、その眼は涼しげなまま、ユズルはシノンに語りかける。

 

「おいそれと下剋上とまではいかないか」

「下剋上とは言ってくれるわね、あんた」

 

弦を引き締めたまま、シノンの口元はわずかに緩んでいた。

 

「新人の肩書きは別としても、その剣さばきからその言葉…口説いてるのかしら?ありがたく受け取っとくわね」

 

共に素性を知らず、グランドクエストに挑む資格を試しに臨んだ闘争ではあるも、互いに何かを通じるものがあった。

 どちらも鍛え上げた技術と力量を見極める戦いに、それに興じるだけの相手とまみえれば、その喜びは計り知れない。ソードアート・オンラインで数多の接近戦を生き抜いてきたユズルにとって、剣のせめぎ合いについては慣れ親しんでいる。遠距離を得意とする弓使いとの戦闘経験は無い以上、未知なる戦術を繰り出す彼女に称賛を送らずにはいられなかった。

 

「口説いてるんじゃない。褒めているだけだ」

「あら、ごめんなさい。言い換えただけよ。そんな細かいことに拘る男は嫌われるわよ」

 

シノンの飄々とした挑発に、ユズルは目を見張ってしまう。

 

「なら…もう少し嫌われる戦い方をしよう」

 

先ほどまで向けていた剣の構えをさらに低くし、それまで以上にシノンとの間合いを計る。

 

¨遠距離はシノンの方が有利…あの弓で二本・三本の矢を同時に射掛けられると距離を取られる。このまま遠距離から戦われると急所を狙うのは厄介だな¨

 

「それなら――」

 

一気に体が触れる距離まで詰め寄る。

 

¨ゼロ距離だ!¨

 

かがんで低飛行から片手剣を昇らせようとしたが、彼女は弓で軌道を外させながら身をかわし、弓の姫反で、彼の首を狙う。

 

「お互いに裏の読みあいね!どこまで耐えれるかしら!?」

「喰らいついてやるよ!シノンに認められるまで!」

 

息が頬にかかるほど接近した打ち合いはボクサーがすっと頭や身体を最小限の動きで避け、パンチをする逃げ場のないリング。互いに戦場を切り替えた戦いは、第二ラウンドに持ち越された。

 

 

広大なアルブヘルムにて『流水』の異名を持つプレイヤーと二万人の閉じ込められたソードアートで『諸悪の根源』と狙われ続けたプレイヤーの抗争に引き寄せられて、テーブルのパフェを放置したクラインとフカ次郎は、横並びで花火大会の賑わう騒ぎに歓迎させられた。

 

「もう実力を試すとか、さっきまでパフェを食べれなかった八つ当たりだったのが…なんか途中から主旨変わってないか?」

「お互いになんかじゃれ合ってる――つうか、仲の良いペットがオヤツの取り合いをしているとか、そんな感じに近いか」

 

クラインは肩をすくめてみせる。

 

「でもどうしましょうか。私としては、シノンさんの攻撃を全部避けている時点で、もうユズルさんを認めていますけどね」

 

困った顔をしたシウネーに、スリーピングナイツのメンバーは¨うんうん¨と頷く。

 

「ここまでユズルはノーダメージだ…まるで死角まで見えているような察知能力は目を見張るな。俺もグランドクエストに参加させるのは問題ない」

 

テッチが首を縦に振った。ちょうどその時、歩けるまでに回復してきたジュンが近づく。

 

「いや、あれは同じ人間か?あんなに凄い戦いで話しながら戦える余裕っておかしいぞ」

 

規格外の乱戦に微笑の一歩手前まで引いていたジュンの気分は、ユウキの明るい声に意識が向けられた。

 

「ボクも文句はないし、二人ともあんなに戦えて凄いよ!!お姉ちゃんとユズルならどっちが強いかな?ねえ、お姉ちゃん」

 

爛漫さを隠さないままにランの顔を見れば茫然と見つめる姉がいた。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「え!?うぅん、ユウキ何でも無いわ。皆も実力を認めたなら、そろそろお開きにしないとね」

「あれだったら割り込んで止めて来るよ。二人ともどんな顔をしてくれるかな」

 

腰に差した片手剣を引き抜いて肩を回すユウキの前に、フカの手による邪魔が入る。

 

「あ~あれは大丈夫だ。シノンも実力を測りながら戦っているっぽいから、止めに行かなくてもすぐ終わる。あたし達は飛び矢がこないように離れて見てようぜぃ」

 

長くパーティメンバーとして関わっていたフカにとって、シノンはあまりつかみどころがなく、表情こそクールであるも、自分の認めた仲間は大切にする優しい心あるプレイヤーだ。ユズルの弾いた飛び矢を、顔を反らして回避したところで、また小さな声で呟いた。

 

「やっぱ面白いプレイヤーだねぇ」

 

 

剣と矢で攻め、僅かな隙には足で蹴る攻防戦は既に、泥沼になっていた。大地に零れた石や薙ぎ倒された樹木には戦火の爪跡を彷彿とさせる。現実はただの一騎打ちであるが。

 

¨シノンの動きは無駄がない――それは最小限の動きだから褒めるべき点だ。まぁ、だからこそ慣れてきた相手には正確な射撃を生み出す目線から射程場所を見破られる。これは…クセだな¨

 

弦を片手剣の横で叩きつつ、隙があれば眉と眉の間にある額に剣を突き刺す算段でいた。これはシノンも接近戦を持ち込まれた時点で予知はしている着地点であり、重心を足先に移動させた時点で矢を構えた彼女が叫ぶ。

 

「そこまで!――手荒なことをしたわね」

 

熱く清爽で引き締まっていた空気はシノンの発した数秒の声に破られた。

 

「なら武器を納めよう。まだ暴れ足りないにせよ、このままだと話せないからな」

 

表情こそ変化せずにシノンはユズルの目を見張る。隙を見せた相手に不意打ちが目的でなく、ただ単に冷静な会話をするためだけの提案なのだと解ると、その意図を理解して弦を背中に深く差し込む。ひとまず気勢を削いだ段階で、ユズルも『名無し』を仕舞い込んでからシノンは静かに先を続ける。

 

「グランドクエストに参加したいプレイヤーには裏切り者も多い。確かめさせてもらった」

「何をだ?」

「アンタの強さ――それとアンタは二心ある奸物じゃない。それが分かって安心したわ」

「だったらわざわざ戦わなくても良かったんじゃないか?」

「アルブヘルムはプレイヤーキルを推奨しているゲームなのよ。相手を深く知るには戦わないと何も分からない」

 

ユズルの方に返事はないが、不満な様子はない。彼の深い溜息に若干の苛立ちを覚えるも、シノンを素面に戻すには充分であった。戦闘から自由を得られた彼女は崩れかかった服装のしわを伸ばしてユズルの視線から外れるように、少し横向きになると、服を弾いて整える。そんな健康美ある姿を退屈そうに見ていたユズルに、シノンは思い出した様に言う。

 

「あっ、少しよ、ほんの少しだけ。安心したのは」

「それはどうも」

 

一瞬、しらけた気持ちにとらわれる。昨日まで新人だから認めない言い草からの手の平返しだ。そう思い、シノンの真意を垣間見た後で彼女の不安定さを見せつけられた気がして少し気が滅入る。同じ危うさでもシリカの方が心強い。勝手なことを言わせて貰えば残念である。

 

¨だが実力や相手を思いやる心は本物だった…精神の不安定さは仲間で支え合えばいい。まずは、このゲームに長く慣れ親しんでいる彼女に案内役を頼んだ方が動きやすいか….¨

 

オープンワールドに近いアルブヘルム・オンラインでは正規の道もあれば、裏道も少なからず存在する。真正面からグランドクエストに向かうものならば他の種族から妨害を受ける可能性があった。もし、古参プレイヤーかつ、実力者と出会えば間違いなく攻略の障がいになる。

 

¨長くゲームをしていたプレイヤーの前に新人プレイヤーがグランドクエストを攻略される。聞こえはいいが、古参プレイヤーからすればこれほどプライドを傷つけることはないな¨

 

ユズルは頬をかきながら、攻略を急かした後の恨みに対応しなければならない難題から離れたかったこともあり、テーブルに三つのパフェを並べていく。

 

「さて…腕試しも終わったならまだ食べてない人にパフェを配るよ。ほら、シノンも」

 

最後はシノンに声をかけながら、マンゴーやメロンなどの余ったフルーツを飾った重量感あるオリジナル・アソートパフェを置いた。

 

「あら、私の分のパフェは残ってないんじゃなかったかしら?」

「あぁそれでも一つしか作ってないとは言ってはいないよ」

 

パフェが残っているだけではあるも、シノンの尻尾がピンと張ったのを見逃していない。クールな表情からは想像できないほどに身体は正直だ。シノンはあくまでも静かな口調で話を続ける。

 

「騙されないわよ。一つしか作っていない…私の分を作ったとは言っていない」

「…シノンの分を作ったとも言ってはいない。だから誰のものでもない」

「そうね…それならそのパフェは私のね」

「間違いなくシノンのものだ。気にせず食べていいぞ」

 

テーブルにパフェを並べれば、戦闘による余韻から先ほどまでのおしゃべりをしながら食べている様子はない。目の前の器をがっしりと掴み、瞳孔は開いたまま、ただクリームの甘さと艶のあるフルーツの誘惑に溺れていた。

 

「シノンもジュンも夢中に食べているか。作ったかいがあったな」

 

ユズルは微笑んでから、身体の向きを変える。近づいてくる彼に、クラインは少し驚いてから、フカ次郎と距離を取った。そんな彼に「ちょっと待って」と言い――視線は隣で片足を組むフカ次郎に向かう。

 

「兄貴と少しだけ話したい。ちょっとだけクラインを借りていい?」

「なんであたしにわざわざ言うんだよ」

「それは…まぁ…何となく?」

「別にぃかまわねぇぜ...ったく、シノンみてぇな奴だな」

 

ユズルにそう答えた後、怪訝な顔をして足組をやめ、ちらりとクラインを見てから背中を軽く叩いて彼を後押しする。それを『はい』と捉えたクラインは、苦笑しながら離れていく。二人だけの隠し事をしている様な感じは、なぜかフカ次郎の心を虚しくさせていた。

 

 

二人の会話には常ならぬ特色があった。クラインは上機嫌でいるのに反比例して、ユズルの声には一欠けらの精彩さを欠き、提案するテンポや受け答えするテンポは遅れている。何か危険な出来事に首を突っ込もうとしている猜疑心よりも、いまクラインは仲間から聞いたただならない雰囲気をしていたユナらしき人物の様子と、この焦燥感には関連性があり、しかも自分では解決まで至らない現実があることを、なんとなく悟っていた。

 

目の前で話す弟分に、おどけて応じつつも自分は落ち着き払って耳を傾ける。

 

「やっぱりユナに伝えるには自分が剣舞をして、音楽を流行らせた方がいいか」

「いや、それはちと難しいぞ。有名なプレイヤーなんていくらでもいるんじゃ、いくら剣の実力があっても広まる前に埋もれちまうからな。やっぱ俺が動いてユナちゃんの歌を広めた方がおめぇも動きやすいだろ」

「だが兄貴もサラマンダー族から離反してるんだから同族からも狙われる。たとえ僕が先に動けたとしても救援に向かえる距離にいないといけないよ」

「だろうな。だから一つ手を考えたぜ。まず移動式で俺の得意な小料理の屋台を用意する。案内役はフカ次郎さんに頼んで小道や裏道を使いながら他の領地で料理を出すんだ」

「…移動式の屋台か」

「ここいらじゃ、上手い料理は珍しいから物珍しさで食べにくるだろ。そこにユナちゃんの音楽を流してプレイヤーに唄を覚えてもらう。唄を覚えた奴の代金は無料にしてな」

 

クラインは人差し指を立て、ここが重要と言いたげな仕草をする。

 

「その唄を流行らせれば、手伝ったプレイヤーには褒美を増やす。プレイヤーが増えた分だけサラマンダーの奴らは俺を倒しには来れにくくなるから安全だ。覚えたプレイヤーが他の領地で歌っていれば流行り歌で広まってユナちゃんに届くし、知名度を上げれば俺も安全になるから、ユズの字もグランドクエストのある場所まで行くのに時間を稼げるだろ?」

 

ドヤ顔で鼻を鳴らすクラインに、ユズルは微笑する。

 

「…それなら悪くないな。それで何の店をするの?」

「おでん屋だ」

 

一兆鉢巻きをしたサラマンダーに金色の髪を縛ったシルフ。傍からは若大将と女将さんのおでん屋台。今度こそ堪えきれずに、ユズルはつい吹き出してしまった。

 

エピソードゼロ:投稿優先の期待値調査

  • 孤独な少女(シリカ編)
  • 人の温かさ(リズベット編)
  • 働くAI(ユイ・ストレア編)
  • 超食べたい(ヒースクリフ編)
  • 受け継がれる幻影(???編)
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