時間をかけてフルーツパフェを食べ終え、シノンは充実感に満たされながら今日のやるべきことをそのまま終えるものと、本人は確信めいていた。フカ次郎による呼び出しからリーファとの激闘に費えた心労とはうってかわって、これからは底の見えない実力者のユズルをパートナーに誘い、グランドクエストまでの道を案内してからは心地よい疲労に揺られながら、ベッドで眠る。今の段階では絵空事に思っていたグランドクエストを攻略する未来だったが、クラインによるフカ次郎を誘う言葉に吹き飛ばされてしまった。
「フカ次郎さん、俺たちの今後(の攻略の準備)について相談してもいいか?」
「は?…いやいやいやいや!今後って…だってまだ知り合ったばかりで…」
明らかに重要な主語を抜かした言葉は告白そのものである。内心の落胆を表に出さずに、無言でアイテムボックスからある武器を探り出しながら、二人の内容に聞き耳をたてた。
「あぁ。知り合ったばかりだからこそ、早めに済ましときてぇんだ」
「そんな早めになんて、意外と大胆なんだな」
「まだ分からねぇことも多くてな。こんなことは経験豊富なフカ次郎さんにしか頼めねぇ」
「あたしにそんな(エッチな)経験はないよ。こんなことで初めてをやるなんて――」
「フカ次郎さんにしか頼めないんだ。皆に聞かれても、なんだ…ここよりもそこの林まで行こう」
「分かったよ…でも…そのぅ…優しく逝かしてくれよなッ」
クラインの怪しい言葉に夢中になっていたフカ次郎は背後から来るプレイヤーに気付かず、巨大なハリセンで後頭部を叩かれる。乾いた音を響かせた張本人のシノンは、冷ややかな表情に澄んでいた。
「おい…そこの馬鹿。とんでもない勘違いしてるわよ。それとさっきから話が変に成り立っているのが腹ただしい」
「痛ってぇ!!殴りやがったな!皆さーん、こいつはクズだぞ、クズ!ユズル、やっちまえ!!」
「何で僕がだ。お前がやれよ」
フカ次郎は実力こそユズルを認めているも、彼の頭を抑える仕草には、流石に食い違いを越えた重大な間違いを感じていた。それよりも、ほぼ間をおかずに、クラインは反射的に答える。
「はぁ!?俺はただ、移動屋台を開くからそれを手伝えるかを聞くだけだぞ!?」
「移動屋台??」
「ユズの字の言っていたプレイヤーを集める為の作戦で、その準備をしながら話すから、それの手伝いをフカ次郎さんに頼みてぇんだよ」
「お、おぉう…それは大丈夫だ!!こっちも少しばかり早とちりしたぜ」
(…少し???もう如何わしい方向に考えてそう…明らかに頬もあかいし、ずっと照れ隠しで髪を撫でてるし…やっぱり恋をすると普通にはいられないのかしら?)
遠くで眺めていたランは声を出さずに疑問視する。人を夢中にさせ、理性や常識を失わせる様子に『恋は盲目』の言葉が似合い、この瞬間に彼女の眼を指でこじ開ければ、ハート形の瞳が映るであろう。思わず彼女の眼を開かせたい好奇心を抑えたランは行動に移さなかった自分を褒めていた。
「お互いにおっぱじめるつもりでは無かったのね。完全に勘違いしていたわ…急に頭を叩いた御詫びにユズルに慰めてもらいなさい」
「減るもんじゃないからいいけどさ。よ~しよし…痛かったなぁ。シノンもハリセンで叩かなくても良かったのにね」
促されたユズルは、片手を伸ばし、フカ次郎の頭をそっと撫でて慰める。さらに痛みを与えたかの表情をする彼女に、これまた難色を示してしまう。
「…これやべぇやつだ。頭だけじゃねぇ、心まで痛くなってきた」
「どうみても一回り年下の男に頭なでなでさせられたら、それは辛いわね」
「分かってんならやらせんな!!情けなさで心がボキッと折れんぞ!」
ますます気を悪くさせたフカ次郎は、叫びながらツッコミを入れる。その叫び声を、シノンは怖気づかぬままにまくし立てた。
「そもそも相手の話を最後まで聞かないで自分の中で終わらせているのが悪いのよ。ついでに他のゲームのことも話させてもらうわ。武器の扱いはいいのに、勢いとテンションで勝手に突撃して相手の罠に引っ掛かるわ、股に銃を挟んで『ネオアーム・ストロング・サイクロンジェット・アームストロング砲』だぜ!!完成度たけーだろ、オイ!って、敵をぶっとばしてた奴がこの程度の事で恥ずかしがるのはどうかと思うわよ」
「ちくしょうめぇ!正論でまくし立てやがって!ぐうの音もでねぇぜ…」
やけくそ気味に一回転をしながら、緑園の芝生に寝っ転がる。わずかに残った芝生の周りは色の変わった地面に瓦礫の破片が散乱した場面。華やかさの無い荒廃としたさら地にフカ次郎は胸を抑えたまま手を伸ばす。
「もう身体が動かない…皆すまねぇ…あたしの亡骸は東京の豊洲市場まで連れてってくれ」
「ただの観光旅行だね」
「冷凍マグロにでもなったつもり?」
まな板の上で死にかけた鯛を連想させながら悔しげなフカ次郎を、シノンとユズルはただ冷静な声色で呟く。フカ次郎はさらに青空に広がる太陽に手を伸ばす。
「どうせなら、あたしはベッドでマグロになりたかった…」
空を仰ぐフカ次郎の顔面に振り下された白い棒に、彼女の視界は真っ黒になった。ハリセンは確実に攻撃が当たるもダメージは一しか入らない武器。だが、五十%の確率で相手を気絶させる特殊能力を備えている。大抵は役に立たず、初期装備すら劣る武器と皮肉を言われがちであるも、シノンからすれば『調子に乗ったプレイヤー(=主にフカ次郎)の躾け道具』として極めて優秀で重宝していた。
「……」
パーティを組んでいたプレイヤー達は、こんな調子でフカ次郎の気分に引っ張られていたのだろうか。そう思うと、スリーピング・ナイツのメンバーは、まだましな部類とシノンに同情を禁じ得なかった。
一
制裁されたシルフ族の首筋を引きずりながら移動するシノンに誰も何も言わない。大地が抉れ、鳥や自然の声をかき消す災害を起こした張本人にクラインも動くに動けなかった。近づいてくる少女が味方と認識していても、すぐに恐れを抱いた。急にフカ次郎を差し出した真意を読み取れず、その身を固めたままだったのが、その証拠だ。
「これで大丈夫ね。スタン状態は続くから今のうちにアンタの計画とやらに巻き込んで逃げられないようにしなさい」
「おぉそれはかまわねぇが…いいのか?返事を聞いてからでもいい様な気が――」
「このヘタレでチキンな奴が細かく計画を聞いて自分から『Yes!』なんて言わない。つべこべ言わずに、さっさと連れて行きなさい」
「あ…そ、それじゃあ遠慮なく連れていくが…おっと、この姿勢…むずいな」
「普段から騒がしいのから離れられるんだからせいせいする。あ、でも――」
クラインがやっと彼女の腕を自分の肩に寄り添う形で支えた時にはシノンは既にハリセンとは違う武器を装備していた。成人男人ほどある大きさのボウガンだ。それを両手とはいえ軽々と持ち上げる彼女のいでたちはプレイヤーを越えた化け物の如く。間近にいたクラインは恐ろしさで萎縮していた。
「もし本当に手を出すようなら、腹ぁいっぱいになるまで矢をぶち込んで喰らわせてあげるから。そのつもりでいてね」
「俺をどんな目で見てんだ!!間違っても無理矢理はしねぇ!しかも俺は…その、そういうやり方は苦手なんだよ」
声色に憤りを滲ませながら、クラインは断言する。
(ヘタレと言うには軽々しすぎたかしら。恐れ?慎重?――こいつ、見る限り不器用ね。でも嫌われることを避けてるし、あの子に強引に迫る真似はしないか)
彼の慌てる素振りに『嘘』はなく、演技をして誤魔化すのが上手な大人よりは、むしろ子ども並みの純粋さだ。器用に女をたぶらかす優男や無自覚に女を惚れさせる朴念仁の姿には見えない。ゲームの世界でもこの調子では、現実でも異性にはモテる性分ではないと見える。
「……お調子者でも腕はたしか、この子を上手に使ってね」
「使うだぁ?そんな風には思っちゃいねぇよ。パーティを組んだからには誰であろうと仲間だ。現実世界でも――たとえゲームであろうともだ」
彼女に脅されたといっても、自分が見境なく『仲間』と思う認識がクラインには珍しかった。二年以上も現実世界と変わらない別世界にいたのを思い出し、クラインはゲームの世界に日常に似た馴染みを取り戻していた。このゲームで全盛期に近い強さのある喜びも、もちろんあったが、その自信以上にフカ次郎との間にある距離感はどこか不安だった。
二
緊張に強張った薄笑いを崩さないクラインに、片腕に抱えられたフカ次郎は伸びたまま動かない。そんな二人が、ウンディーネ領を離れていく様子を見送ったランは、未だ攻略の及ばないグランドクエストに深い森を重ね合わせていた。いくら安全材料を並べていても、皆は無事でいられる保証のない不安にかられていた。
アルヴヘルム・オンラインは最も勢いのあるVRMMOで自由に空を飛べる魅力に惹かれて始めたゲームであるものの、蓋を開けば、平気でプレイヤーキルを推奨するゲームは優雅に空を飛び交う姿などない。領地ごとに種族差別と格差のある価値観は、さながら現実以上の深いしがらみ。このゲームにランの望んでいた『自由』などない有様は些細な出来事に捉えるには不安が多すぎていた。
「――それで、結局、ボクらはどうすればいいの?」
両手を組んで背伸びをするユウキは目を丸めて、ついさっきまで見ていたアルヴヘルムの全体図を、もう一度見直す。急に聞こえた声に一瞬だけ身体を震わせるも、ランは改めて、自分の心情に気づかれていないのを確かめてから地図に視線をおいた。
「まずユズルさんの仲間と思える人と会ったなら事情を説明して『ユズルは今でもゲームクリアを忘れてはいない』と伝えれば協力してくれるから、打ち合わせをした通りの場所に向かい、そこにいる人物を見つければ一緒に向かう算段よ」
「もし、そのプレイヤーがいなければそのまま大樹に向かえばいい。少なくとも二年もかけて誰も攻略できていないクエストはゲームとして成り立たない。クリアさせる気のないゲームを知れば、近くにいるはずだからね」
このゲームを批判する言葉は、これから攻略するプレイヤーの気をそがしかねない言い方だ。だが、この言いぶりをジュンは動じずに言う。
「ユズルさん、それだと多分だが、足りない」
ジュンは苦虫を嚙み潰したような顔をした。不機嫌な顔が似合う、というのは聞こえこそ悪いが、サラマンダー特有の活発そうな顔立ちと小麦色の肌がより、ジュンの見た目に合っていた。
「そのやり方なら、他から妨害でもされたらどうする?最近は、俺の領地にいるユージーン将軍が何か準備をしているそうなんだ」
「結構な有名人か?グランドクエストの準備をしていても、これは別の話だ。もしサラマンダー族の力を誇示するための動きであれば、真正面から構う必要はないよ。不安だったら、情報が拡散しやすいのを最大限に活かして虚偽の情報か噂で相手の準備を迷わせ、敵を錯乱させるだけでいい」
「何をしようが、その動きを見て見ぬふりをしろと?」
「まずユージーン将軍が何をしようとしてるかが分からない。泳がせるだけ泳がせれば、いずれ彼の息がかかったプレイヤーが情報を漏らす。放っておいても誰かが正面から妨害するさ」
ユズルとジュンは剣を交差させるように視線を擦らせていた。
「あの…これはあくまでも噂ですけどね」
シウネーが、ゆっくりと口を開く。あくまでも彼女は、ユズルとジュンの間に不和の様な雰囲気を無かったかのように話しかける。
「このゲームで対人戦では一番強いと呼ばれているリーファがここ数日間に、無差別にプレイヤーを倒しているんです。私達は狙われていないんですが、一斉に動けば、彼女は動いてくるのでは?」
「逆だ。グランドクエストに向かってむしろ一斉に動いてこそ、相手からは格好の獲物になる。そのリーファっていうプレイヤーだけじゃない。妨害してくるプレイヤーの選別を行い、戦力を絞れるから丁度いいよ」
「その作戦であれば、ある程度にパーティを分け、ウンディーネ領から同時に出発する必要がありますね。スリーピング・ナイツの配置は私に任せてください」
ほんのいっときランは、ユズルを見て目を合わせ、すぐに顔をシウネーに向けた。
「お願いします。皆さんは何度も関わっているし、何か緊急事態でも柔軟に対応できるからランさ、いや…ラン頼む」
「――はい。任せてくださいね」
ユズルは少しだけ頭を下げる動作に、ランは顔を合わせず、グランドクエストの地図に色分けをしながらメンバーを振り分ける。これがソードアート・オンラインと同じ様にスリーピング・ナイツと協力しながらクエストを攻略する関係でいられたら――ユズルはそう思わずにはいられなかった。
無論、お互いのゲームの立ち位置も環境もまるで違う。そんな事態で協力関係が破綻すれば軽口だけでなく、未だ帰還していないプレイヤー達による人体実験の被害が増えてしまう。これは協力し合う関係か、はたまた利用するだけの関係か。少しでも利用する関係を浮き彫りにしてはいけない。
空しい感情を胸に沈めたまま、ユズルは皆の食べ終わった食器やグラスを片付けにかかった。
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