<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~ 作:夜神 鯨
「....ようやく戻ってこれたわね、この世界に!」
旧ルニングス公爵領荒廃した都市で喜に身を包んだびの声を上げる一人の女性がいた。
女性の名前は加奈、この<Infinite Dendrogram>へ約半年ぶりにログインした<マスター>だ。170cmと女性にしては高い身長と少し筋肉質だが、モデルのような体つきをしている。髪は白金の美しい長い髪をしており、それを頭の後ろで束ねている。蛇のような琥珀色の瞳と目尻の吊り上がった顔立ちは捕食者のような印象を与える。
ストライプ柄の黒いスーツに身を包んだ彼女は黒塗りのバイクに跨った状態のまま、体の動きを確認するかのように手の開閉を繰り返す。
「う~ん、体に異常はないようね」
一通り体の各所を動作確認する。と空気を大きく吸い込んで黒塗りのバイクから降りる。急いでログアウトした為、何もかもが中途半端な状態だった。
字面に降り立った加奈は踏みしめる大地の感覚に乾いた土の香り、吹き荒れる風の感触と眩しい太陽の光、それらを受ける五感のすべてが、ここが現実であると感じていた。
「相変わらずここがゲームの世界だと信じられないわね」
しかし、ここは<Infinite Dendrogram>ゲームの世界だ、その証拠に心の中で『メインメニュー』と唱えれば現実とは思えないゲームらしいウィンドウ画面が出てくる。RPGらしいこの画面を見ることで、やっとここがゲームの世界だと実感できる。
「...さてと、私は何をしていたんだったかしら?」
『世界一周の旅が終わり、ドライフ皇国からアルター王国に戻るところですよ』
女性が疑問符を浮かべていると先ほどまで跨っていたバイクから声が聞こえてくる。振り向くとバイクはその姿を大きく変え、メイドの恰好をした女性へと変貌する。濡れ羽色の美しい髪は風でなびき、白く美しい肌が、冷たく輝く。身長も加奈ほどでは無いがそれでも女性としては高く165cm以上はある。濃紺のロングドレスに白いエプロンのメイド服を見事に着こなしていて、立っているだけでとても絵になる。
彼女は加奈の<エンブリオ>であるTYPE:メイデンwithワルキューレ、ヴァルキリア。加奈と共にゲーム時間で3年間、世界を共に旅した。
「やあ、久しぶりねヴァル、1年ぶりくらいかしら?」
「いいえ、マスター。1年と5ヶ月ぶりです」
加奈はヴァルキリアへとゆっくりと近づき彼女の頬をそっと撫でる。するとヴァルキリアは嬉しそうに顔を歪め、加奈を強く抱きしめる。
「...もう..お会いできない...かと..思いました」
静かに涙を流す彼女の頭を撫でながら加奈は静かに言った。
「ただいまヴァルキリア」
「おかえりなさいマスター」
感動の再会を迎えた二人はひとまず現状の確認を行う、まず2人が疑問に思ったのはこの現状、最後にINした時にいたのは確か、ルニングス侯爵領だったはずだ。あそこは穏やかな環境と豊かな田畑が広がる穀倉地帯だったはずなのだが、ここには見る影もなく荒廃した荒れ地と放棄された都市が広がるばかりだった。
「おかしいですねルニングスはもっと豊かだった思うのですが、この1年半で大きく環境が変わってしまったのでしょうか?」
「そうね、マップで確認する限りここはルニングス侯爵領で間違いないみたいだから何かがあったんでしょう」
<エンブリオ>を第7形態まで進化させた<超級>と呼ばれる廃人プレーヤー達であればこれくらいの地形破壊など造作もないだろう。一度共闘したことのある【冥王】と【獣王】も一般プレイヤーを超越した強さを持っていた。
「さあ、ヴァル、久しぶりに頼むわよ」
「了解いたしました。では、アルテアまで楽しいドライブを」
ヴァルキリアはそう言うと黒塗りの
それを確認した加奈はヴァルキリアに跨り、ハンドルを握る。タイヤのないこのバイクは加奈のMPを消費して動く。そのためバイクはハンドルを捻ってもエンジンをふかす事はできない、あくまで飾りだ。だが一度走り出せば圧倒的な加速と速度を出しながらバイクは大地を駆ける。地を駆けるその姿はまるで一筋の稲妻。あらゆる景色を置き去りにしながら加速していくバイクを、加奈は楽しそうに操る。丘を上がり木々の間を抜け、風景を置き去りにしながら2人はあっという間にアルター王国の首都であるアルテアに到着した。
「ふぅ、約5年ぶりかしら」
時間にすれば約2時間ほど、しかし加奈の体感では10分も走っていない。<Infinite Dendrogram>でしか体感できない速度の世界、いまだに興奮で火照る体と注いだMPによって赤々と光るボディを冷ましながら、2人はそびえ立つ城壁へと目を向ける。
とある事情でゲーム開始国のアルター王国を早々に離れた加奈にとっては久しぶりの光景だ。
「まさか戻ってくるのに5年の歳月がかかるなんて思っても見なかったわ」
しみじみと時の流れをかんじながら円形の城砦に囲まれた首都に目を当てる。四方の門から真っ直ぐ中心へと伸びている石畳の道、しかしその道は交差することはなく、その中心、城壁に囲まれた貴族街のさらに奥にある王城へと続いていた。
「あれ? アルター王国ってこんなに人が少なかったかしら?」
サービス開始から時間が立っているといっても画期的なゲームであった<Infinite Dendrogram>はいまだに人気だ。品薄だったゲームも少しずつ供給がされ続け、プレイ人口自体はサービス開始時より増えている。それなのにこの活気のなさは異常に思える。中世ヨーロッパを彷彿とさせる西洋風の街並みも人気があり、取得できるジョブの幅も広い。更には手軽に入れる神級ダンジョンである<墓標迷宮>をはじめとしたダンジョンも豊富であり、レジェンダリアと比べると劣るがそれでも、初心者を始めとした各層に人気の国だった。
「確かに活気がないように見えますね、少し辺りを散策しますか? マスター」
「そうね、町の中心はもう少し活気があるかもしれないわね」
ヴァルキリアの言うように町の様子を少し見て回ることにした2人は、町の中央にあたる貴族街及び王城以外の地域を2時間程ほど散策した。街道にはいくつも露店が並び城門付近よりは活気があるが、それでもサービス開始の時と比べても明らかに人の数が少なくなっている。それも<マスター>の数だけではなく、ティアンの数までもが少なくなっているように感じる。
「これはもう少し町で聞き込むしかなさそうね」
「誰かいい人がいればいいのですが」
「情報を集めるなら酒場にでも入りましょうか、ヴァル紋章偽装しておいてね」
「かしこまりました」
そう言うとヴァルキリアの左腕に【交差した二丁の拳銃】の紋章が浮かぶ、加奈の持つ【円を描いた翼の中に戦乙女】とは違いこちらは偽装用の紋章、ヴァルキリアが<メイデン>と分かりにくくすると同時に<マスター>だと誤認させることで戦力を誤魔化すことができる。紋章の出現を確認した後、2人は身近にあった酒場へと入っていく。
まだ日が落ちてっはいないが、酒場を利用している人間は多い。多くは<マスター>だが、中にはちらほらとティアンの姿も見える。2人は比較的人が集まっている付近のテーブル席に座り、適当に軽食とドリンクを注文した。注文の品がくるまでの間、2人は雑談をしながら周囲に聞き耳をたてる。そうしていると後ろの席から興味深い話が聞こえてくる
「お前はどうするんだ? アルター王国から出ていくのか?」
「そうだな...あの戦争以降アルターは著しく落ち込んでいるからなぁ..またドライフが攻めてくるって噂もあるし...少し遅いけどドライフにでも移住しようかな、お前はどうする?」
「うーん、確かにアルター王国三巨頭が次の戦争に参加する可能性も低いしなぁ...おれも移住しようかな..」
盛り上がる周囲の話は戦争の話と王国三巨頭の話題が多い、それ以外には最近出没するPKの話と討伐したモンスターの話などが加奈は自身がINしていた頃とは環境が大きく変わってしまっている事を再確認する。もともとデスペナルティーで3日ログインしないだけでも環境が変わってしまうなんてことが多かった。それを考えれば1年5ヶ月と言う時間はあまりにも長すぎるのだろう。
「どうやら初心に戻って行動した方がよさそうね」
「ええ、その方がいいと思います。どうします、情報収集を続けますか?」
「そうね..」
加奈は少し考えると注文したドリンクを持って席を立ち、先程興味深い話をしていた後ろの席へと向かい話をしていた男たちに話しかける。
「失礼、その話もう少し詳しく聞けるかしら?」