<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~ 作:夜神 鯨
子供たちと<マシンギア>の【操縦者】を孤児院の冒険者に任せて、ヴァルキリアは加奈の指示通り砦の奥、地下通路へと進んだ。地下通路は一本道となっており、道中に山賊の姿などはない、しかし、その代わりに朽ち果てた骸骨と戦闘の跡がちらほらと見える。
どうやら<マシンギア>の他に砦奥へと侵入した者がいた様だ。ヴァルキリアは細心の注意を払いながら奥へと進んでいく。道中散乱した骸骨を手に取って調べると、成長しきった骸骨から子供のものであろう骨まで様々なものがある。大人の骸骨の周りに鎧が残っているのを見ると、おそらくティアンの冒険者であろう。そして子供の骨は攫ってきた子たちのものであろうと推測できる。
「マスターがいなくて良かったです」
加奈は子供が好きだ、子供は未来への希望であり、自分たちが命を懸けて守る価値のある存在だと口癖のように言っている。彼女が複数の孤児院を援助し、子供たちがより良い環境でより良い人生を送れるようサポートをしているのはその為だ。
だからこそ、子供をないがしろにするもの、子供の命を脅かすものは許さない。それこそこの世界から存在が消えるまで排除し続ける。
「最近のマスターはまだ精神が安定しないみたいですしね」
洞窟に転がる骨を見ながらヴァルキリアは考える。もしマスターがこの光景を見たら<ノズ森林>の二の舞になることは間違いないだろう。容赦なくそして後先も考えずに《終焉の日来たれり》を発動し
「せめて、後1週間ほどあれば安定してくるとは思うのですが....」
ヴァルキリアは1人小声でぼやく、一番の問題はマスターが感情の問題に気が付いていないことだろう。だからこそ余計に刺激の強いものを見せることは出来ないのだ。私は<エンブリオ>であり、ストッパーなのだから。
そんなことを考えなら、道を進んでいくと、突き当りには破壊された扉が付いた入り口あった。ヴァルキリアの居る位置から中の様子は窺えないが、何かがいるのは分かる。ヴァルキリアは素早く壁へ張り付くと、ゆっくりと中の様子を見る。
中は、特に装飾のない部屋があり、その部屋の奥に檻が設置されている。中には7人の子供たちが拘束されていた。7人全員の意識が無いようだが、どうやらただ、眠っていることが分かる。部屋の中にはもう一つ鉄製の扉があり、そちらは破壊されることなく、開いている。
トラップ等がないかを目視で軽く調べたヴァルキリアは部屋へと入り子供たちに触れる前に鉄製の扉がある壁へと張り付いた。
中はどうやら魔術師の研究室であろうことが分かる。床に描かれた魔法陣、天井まで飛び跳ねた血の模様、壁にぶら下げてある人間のものだったであろうなめし皮。樽一杯に詰まった白骨。壁に沿って置かれた机の上には無数の器具や素材らしきものが置かれていた。真っ当な魔法使いではない、おそらく死霊術師のものであろうことまでは分かる。
しかし、そんなことより重要なのは、<ノズ森林>で会ったレイがヴァルキリアの目の前で後ろに背負った子供に首を描き切られるところを目撃してしまったことだ。
ヴァルキリアは急いで部屋の中へと踏み入ろうとしたが、レイを攻撃した敵がいることに気づき行動を中断する。幸い彼は即死したわけではない。かろうじてだが、意識があるようだ。
「子供相手と油断したか。バカな奴だ」
床に倒れていた骸骨が不自然に浮き上がり体を構成する。骨しかなかった体に皮が張り付き、肉が膨らむ。最後にローブを纏ったその姿は人馬一体の人馬種族。
「あれが、メイズですか」
完全に白骨化した状態から復活した様子から【死霊術師】ではないおそらく、それより上位の職種。その人馬種族は孤児院で渡された資料と特徴が一致する。彼が【大死霊】メイズなのだろう。
「ほぅ、まだ生きているか」
メイズの一言にヴァルキリアはドキッとするが、言葉から自分のことではないと判断し慎重に様子を窺う。メイズは倒れているレイ少年の武器に触れ、ため息をつく。
「意識もあるか? だが無駄だ。この短剣には【大死霊】である私が特別に調合した【猛毒】と【麻痺】の秘薬を塗布してある。貴様は身動きできずに死んでいく」
メイズの発言にヴァルキリアはまずいと焦り始める【猛毒】と【出血】が体力を奪い、【麻痺】では回復することも難しい。彼は始めたばかりで、状態異常耐性装備は持っていない可能性が高い。これ以上時間が経てば助からない。
「さて、此処は引き払い、レジェンダリアに行くとするか」
レイがもう助からないと踏んだのかメイズは部屋から出ようとする。このままでは、メイズとかち合ってしまう。ヴァルキリアは急いで装備している指輪の効果を発動させる。隠密の効果が付いた指輪はヴァルキリアの発見を困難にするだろう。
「もう山賊団も店じまいだ。子供は全て殺してアンデッドの素材にせねばな」
メイズがこちらの部屋に入る直前、子供が入っている檻の方を見てそう呟く。
その時、言葉に反応したのかレイの指がピクリと動く。
「ん?」
メイズはその姿に何か気づいたのか 腹を抱えて笑い出す。
「く、は、ハハハハハハハハハ!!貴様まさか、子供を助けに此処まで来たのか? 私の財宝目当てでなく?」
レイは土を握りしめ、体を震わせる。
「ハハハハハ、不死身の人でなしが、子供を助けにわざわざ此処まで? クハハハハハハ! おい、それはまた随分とヒロイックな遊びをしているじゃないか<マスター>君」
レイの体から、感情の高ぶりを感じる。
「ククク、折角だ。【猛毒】で死ぬまで見ていくかね? 私のアンデッド作りを。自分でも中々巧みだと思っているよ。なにせ、これまで何百人分も作ってきたからな!!」
ここにいるのが本当に私で良かった。ヴァルキリアはつくづくそれを実感する。マスターならすでにメイズを殺しているだろう。
「そうだな、骨の太そうな子供は【スケルトン】、脆そうな子供は【ゾンビ】に変えてしまおう。ああ、こっちの顔が良い子供らは剥製にして売り払うのも良いな。私はこれでも手先が器用でそういう作業は得意なんだ。これまでも好事家から好評を得ている」
「…………」
「さぁて、まずは貴様の首を切らせた子供からやってみようか! まずは自分で自分の首を……」
メイズがそこまでいいかけたところで、不意に、風が吹き抜ける。それと同時にメイズの左手が地面へと落ちる。
「…………なんだ?」
メイズは自身に起こったことに気が付いていないのか。失った左手を見て呆然としている。
「お前が……なら」
倒れていたはずのレイが黒い斧槍を持った右腕を上げている。
「お前が、生者でないのなら」
斧槍の刃は白銀の光が宿っている。アンデッドに特攻効果のある《聖別の銀光》だ。
「お前が、人の心を失くしたと言うのなら」
レイは斧槍を構えならがゆっくりと立ち上がる。先程まで血を流していた首の傷も塞がり、状態異常にかかっている様子もない。
「お前が、あの光景を作ったと言うのなら」
メイズは目に前で起こっている事に理解が出来ないのか、目を見開いて固まってしまっている。
「俺はお前を──殺せるぞ」
レイの顔には爛々と光る双眸が見える。
純粋で混じり気もない怒り。そして強く、ただ相手を殺すという明確な殺意が場を支配している。
メイズからすれば理解できないだろう。遊び半分で生きているはずの<マスター>から受ける殺意。
「■■■■──《アビスデリュージョン》!!」
【──《デッドマンズ・バインド》!!】
恐怖からかメイズは即座に行動を起こす、《アビスデリュージョン》《デッドマンズ・バインド》両方とも上級状態異常魔法スキルだ、【死呪宣告】・【衰弱】・【劣化】・【拘束】・【呪縛】・【脱力】合計6個の状態異常がレイを襲う。<超級>だとしても、対策なしに直撃すればただでは済まない。
「臥ァ!」
しかし、レイは止まらない。まるで呪いが逆転でもしたかのように、更により威圧感を増した彼は《聖別の銀光》を灯した斧槍を振るい。メイズの体を横なぎにする。
「ぐぅ!?」
あと一歩メイズが踏み込んでいればメイズの体は両断され決着はついていただろう。しかし、紙一重で攻撃を避けたメイズは攻撃を辞め逃げへと徹する。
「《アウェイキング・アンデッド》!!」
メイズは《死霊魔法》を使い、室内の樽の中に保存していた無数のアンデッドモンスターを起動させる。メイズの姿を覆い隠すように現れるアンデットのせいで、レイはメイズを追うことが出来ない。
「クソッこれじゃ!」
「ともなれば私の出番でしょう」
隠密状態を解除したヴァルキリアは【橘花】の連続射撃によって道を埋め尽くしていた。アンデットを一掃する。
「アンタは?」
「私は<エンブリオ>ヴァルキリア。そんなことよりあなたは彼を追ってください。ここは私が請け負います」
出口へと続く道は確保されたが、部屋の中にはまだ無数のアンデットがはびこり、放置すれば、檻の中にいる子どもたちへと襲い掛かるだろう。
「....わかった。ここは頼む」
何かを言おうとしたレイだったが、ここをヴァルキリアへ任せてメイズを追った。
「彼は、何故《乗馬》をしないのでしょう?」
銀色の馬を召喚したレイは手綱を右手で握り締め、銀馬に引きずられながら通路を高速で上がっていった。
「まあ、今気にすることではありませんか。」
ヴァルキリアはメイズの召喚したアンデットと戦闘を開始する。狭い部屋の中、檻の子供たちに当たらないように気を付けながら【橘花】を撃つ。しかしながら、圧倒的な質量を前にヴァルキリアはアンデットの接近許してしまう。しかし、近づいてきた敵には【橘花】の床尾を使い打撃を繰り出す。それでも対応が追い付か無いと判断すると【橘花】を手から離し、今度は拳や足で格闘を繰り出す。
残念ながらヴァルキリアは《聖別の銀光》を使えるわけではない、しかし、強大なステータスから繰りだされる攻撃は、徒手とは言え強大なダメージを与える。
次々へと迫りくるアンデットの胸を突き穿ち、頭を破戒し、首を飛ばす。殴り、蹴り、撃ち、投げる。
「アハ、アハハ!」
タガが外れたかのように愉快に笑いながら、迫りくるアンデットを駆逐していくヴァルキリア。【スケルトン】の骨が散り【ゾンビ】の肉体からは残っていた血液が舞い散る。
【ゴブリン】と戦った時とはまた違う、美しい踊りの様な舞いでは無く、武術の型を繰り出す様にヴァルキリアは力強く舞う。
「アハハハ」
檻の中にいる子供たちが起きていたらトラウマになるだろう。体中に血を被り、残酷に、しかし丁寧に一体一体アンデットを葬っていく。
ヴァルキリアの楽しい時間はそう長く続かず5分も経たないうちにすべてのアンデットを討伐し終わる。
「ハハハハ、はぁ...さてと」
人格でも変わったかのように急に笑やんだヴァルキリアは少しよろけながら膝を着く。そして頭を手で抑えながら何かを振り切る様に首を横へと振った。
「戦いは終わりです。戻りなさい」
自身へと言い聞かせるように言い放ったヴァルキリアはしばらく座り込むと、何事も無かったかのように立ち上がる。
「そろそろ地上へ上がらなければ」
衰弱している子供たちにポーションを飲ませたヴァルキリアは周囲の確認をし、安全を確保した後、地上へ上がる為の通路を走りだしたのだった。