<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~   作:夜神 鯨

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騒動

 その日は決闘都市ギデオンにとって何の変哲もないただの一日だった。唯一違うことがあるとすれば<超級激突>というお祭りに街全体が浮かれていることぐらいだ。

 

 ギデオンの孤児院で働くシスターカレンはお祭りで浮かれる街の様子とは違い、今日も汗水たらして一生懸命働いていた。彼女が何故忙しいかと言うと、レイ・スターリングとその仲間たちによって討たれたゴゥズメイズ山賊団、そこから救い出された子供たちの対応に当たっているからだ。

 

 救い出された子供たちは決して多くない。攫われた多くの子供たちは既にその尊い命が失われ、親の元へ帰ることは無い。それでも、30を超える子供たちが救い出され、そのうちの半数は親元に帰ることが出来た。

 

 しかし、もう半数の残された子供たちは、親元へ帰ることが出来ず、孤児として冒険者ギルドが一時的に預かることとなった。子供たちが親元へ帰れなかった理由としてそのほとんどが、両親が故人となってしまっている為だった。何故、故人となったか?その理由は様々だが、あるものはゴゥズメイズ山賊団に立ち向かい、あるものは子を失った悲しみから自ら命を絶ち、あるものは子を救い出す為の資金を捻出するために身を粉にして働いた結果、身体が限界を迎えてしまった。など悲惨な結果を迎えてしまう事例が多くあった。中には生きてはいるのだが、精神を酷く病み、自らの子を認識できないものまで居た。

 

 こうして身寄りのなくなった12名の子供たちは冒険者ギルドからシスターグレースが婦長を務める孤児院<ヴァルハラ>へと預けられることとなった。

 

「あぁ、新しく来た子供たちの部屋割りは問題なし、服はある。あとは、明日以降出す追加分の食事の材料と予算を計算して....」

 

 日も落ち辺りは既に暗くなっているが、シスターカレンは一人机に噛り付いて書類の束と格闘していた。

 

「シスターカレン?少し休んだらどうかしら?」

 

 そう言いながらカレンの机に紅茶の入ったカップを置くのはシスターグレース、彼女も自身の仕事に追われているのだが、一人頑張るカレンの事が気になり少し様子を見に来たのだった。

 

「婦長、わざわざすいません。丁度キリが良いので少し休憩させて頂きます」

 

 グレースが持ってきた紅茶を一口飲むと、口の中にミントのさわやかさが広がる。

 

「さっぱりしたかしら?」

 

 グレースは微笑みながら自身も空いた椅子に腰を掛け、紅茶を飲む。

 

「珍しい茶葉ですね、口の中に広がるミントのさわやかさがとても良いです」

 

 そう言うと同時にカレンは忙しい婦長に気を使わせてしまったと少し気を落とす。

 

「そう気にしないで、カレン。貴女がいてくれて私も助かっているわ」

 

「そうならよいのですが」

 

 グレースの言葉に少し俯きながら言葉を返すカレン。彼女は本当に恩が返せているのかその自信が無かったのだ。

 

 彼女、カレンは早くにして両親を亡くし、幼い頃より孤児として過ごしてきた。彼女が居た孤児院の環境はあまり良いとは呼べず、食事は一日1食、遊ぶ時間や勉強の時間などなく、刺繍などの縫物や畑仕事をして過ごしていた。そんな彼女がここ<ヴァルハラ>に拾われたのは5年前、近辺の貧しい孤児院を合併するような形で誕生した孤児院<ヴァルハラ>の第一世代として<ヴァルハラ>へ入った。

 

 そこでは今までとは全く違う世界が広がっていた、毎日3食出る食事、労働ではなく、学習する時間と自由に遊べる時間。掃除や洗濯などの手伝いもあったが、やさしいシスターグレースに見守られて充実した日々を過ごした。

 

 カレンがシスターになったのはその恩を少しでも返したかったからだった。しかし、本当に恩が返せているのか彼女は不安なのだ。同期である他の第一世代の子供たちは冒険者になったり、または加奈の為、彼女の創った孤児救済機構<エインヘリャル>の為に各国で諜報員として活動をしている。そのなかで得た情報、資金を一部<ヴァルハラ>へ寄付することで恩を返しているのだ。

 

「他の仲間にくらべて私...役に立ててるでしょうか?」

 

 グレースの持ってきた紅茶でリラックスしていたからだろうか、カレンは普段なら決して口に出さない言葉を出してしまう。

 

「えぇ、もちろんですとも」

 

 しまった、とカレンは思うが時すでに遅し、ぼそっと呟いた言葉はしっかりとグレースの耳へと届いていた。

 

「実はこの紅茶、加奈様が貴女と私にと持ってきて下さったものなのよ」

 

「婦長ではなくわたしにもですか?」

 

 その言葉にカレンは驚く。その表情を見て、微笑んだグレースは言葉を続けた。

 

「本当はね、ここを出ていく子供たちにもっと自由な人生を歩んでほしかったのよ」

 

 加奈もそしてその考えに賛同した各孤児院の婦長たちもみな考えは同じだった。世界にはモンスターがはびこり、孤児の数は少なくならないこの世界。十分な資金もなく、自由も学も無く明るい人生を歩むのが難しい子供たちに少しでも良い人生をと孤児救済機構<エインヘリャル>を設立した。

 

「諜報員や冒険者じゃなくてねもっと安全で素敵な人生を歩んでほしかったのよ」

 

 しかし、子供たちの自由を望むがゆえに、加奈を含めた大人たちは彼らの決めた選択を強制することはできない。

 

「だから、子供たちの面倒を楽しそうに見る貴女を見て加奈様は喜んでいたわ。もちろん仕事を手伝ってもらっている私もね」

 

 子供たちの選択を曲げることは出来ない、ゆえにカレンの様な道を歩む子供たちが増えるようにと加奈を始めとして皆が心から願ているのだ。

 

「だからね、そんな卑屈にならないで」

 

「...ありがとうございます」

 

 こんなことでも望まれて、喜ばれている。返せるような恩ではないけれども、少しでも役に立てるなら...カレンは心に再び決意を刻む。

 

「さ、そろそろ仕事に戻りましょう」

 

「はい!」

 

 カレンが返事をするのと同時に大きな爆発音が響き渡る。爆発によって起きた衝撃波が窓ガラスを割り室内にガラス片を散乱させる。

 

「なに!?」

 

 慌てたカレンが空いた窓から外を眺めると先ほどまで大闘技場で湧き上がっていた歓声は失われ、代わりに爆発音と悲鳴が街の至る所から上がっている。

 

「シスターカレン子供たちを安全な所へ」

 

「はい」

 

 何が起こっているか2人にはわからないが、自分たちがなすべきことをなす為に動き出すのだった。

 

 ☆☆

 

 第四形態となったヴァルキリアへ跨った加奈は全速力でギデオンへと向かった。超音速を優に超える速度で空を駆けた加奈たちは、<墓標迷宮>から出てギデオンに着くまで時間にして1時間もかからずに到着する。

 

 しかし、到着したギデオンは街の外からでも聞こえる程の悲鳴と怒号、夜の闇を明るく照らす炎があちらこちらで上がっている。普段でも明るいギデオンの街並みは、至る所から上がる火の手によって更に明るく周囲を照らしていた。

 

『これはただ事ではありませんね』

 

「えぇ、急ぎましょう」

 

 街の中は更にひどい惨状だった。燃え上がる家屋、逃げ惑う人、<マスター>もティアンも関係ないあらゆる人が恐怖し錯乱している。

 

「君、大丈夫かい?」

 

 加奈は近くで倒れていた少年を見つけ声をかける。加奈は急いで少年の身体に異常が無いかを確かめる。幸いにも少年は転んで膝を擦りむいただけのようだが、痛みからか泣いていてその場から動けないようだった。

 

「.....ぐすん....お姉ちゃん...誰?」

 

「気にすることは無い、ただの冒険者だ。それより、君、ご両親は何処だい?」

 

「...わかんない...はぐれちゃった..」

 

 そう言うと少年はまた泣き出してしまう。

 

「困ったなぁ」

 

 加奈は周囲を見渡すが、誰もが自分の身を守ることで精一杯のようで、少年を気に掛けるものはいない、それによく見れば少年以外にもはぐれた子供たちや動けなくなった大人が散見される。

 

「情報が足らない。ヴァル、第七形態」

 

『分りました』

 

 ヴァルキリア一機のビットだった第四形態から72機のビットである第七形態へと姿を変える。

 

「とにかく情報を集めましょう」

 

 加奈が情報収集のためビットを飛ばすのと同時にティアンの衛兵と険者たちが避難誘導にやってくる。

 

「現在冒険者ギルドを一時避難所としています。誘導しますので私どもに従ってください!!」

 

「申し訳ない、この子も頼めるかな?」

 

 加奈は近くにやってきた衛兵に少年の状態を説明して後を託そうとする

 

「貴方は?」

 

「私は<マスター>の加奈よ、これからこの状況の対処を行いたいのだけど状況の説明を簡潔にお願い」

 

 加奈がそう言うと冒険者は面倒くさがらず、簡潔に状況う説明を行う。

 

「現在ドライフ皇国の<超級>Mr.フランクリンの策略によって大闘技場に大勢の<マスター>が軟禁されています。一部<マスター>は軟禁から脱出し、街で暴れるモンスターの対処を行ってくれていますが、いかんせんモンスターの数が多く苦戦を強いられています」

 

 衛兵として優秀なのだろう彼の話を聞いて加奈は状況を理解する。同時に大量のビットから送られてきている情報からギデオンの現状も把握した。

 

「わかりました。街中で暴れているモンスターは何とかします。なので非難の誘導をお願いします」

 

 加奈が慣れた手つきで手を頭へと持っていき、挙手の敬礼をすると、つられた衛兵も自然と敬礼を交わす。

 

「ご武運を、ちなみにスライム状のモンスターは攻撃すると爆発し更に復活もするそうなのでそれも気をつけてください」

 

「わかりました。そちらこそお気を付けて」

 

「それと、もう一つ重要なことが」

 

 別れようとした加奈に向かって冒険者が一言付け足した。

 

「フランクリンは第二王女を誘拐しています。戦闘する際はお気をつけて」

 

 それだけ付け足すと短い挨拶を交わして冒険者はその場から立ち去った。それに呼応するように加奈はその場から立ち去る。

 

 目指すは大闘技場。推測が正しければそこに自身を呼び寄せたシュウ・スターリングが居るはずだ。

 

『マスター、どうやら孤児院の人間は全員地下への避難が完了しているようです』

 

「流石ね、こういうときの為の避難マニュアルを作って置いて良かったわ」

 

<ヴァルハラ>には最低でも3つの脱出経路と5つ以上の避難・脱出計画が用意されている。グレースを始めとした孤児院組は問題なく避難を完了したようだ。ヴァルキリアと視界を共有すると、地下の入り口がカレンによって閉められる様子が確認できる。更に第二、第三の計画として、これ以上に被害が広がれば街からの脱出を開始する手筈になっている。

 

「助かるわ、これで懸念材料が一つ減った」

 

 流石の加奈でも子供たちを守りながら街の被害を鎮静化させるのは困難であったが、孤児院の無事が確認できれば、街の被害鎮静化に動くことが出来る。

 

「まずは、大闘技場でシュウを探しましょう」

 

『かしこまりました』

 

 加奈とヴァルキリアは火の手の上がるギデオンの街を中心へ向かって走りだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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