<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~   作:夜神 鯨

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歓喜

 ギデオン全体に歓声が響き渡る。

 

 フランクリンが予告した時刻を過ぎてもモンスターが開放される気配はない。

 

 多くの人々はそれを喜び、歓声を上げる。

 

 しかし、これで終わるはずがない。

 

 この街に残る数名の実力者達が確信するよう。

 

 ギデオンの街を駆け、装置の回収をしていた加奈もそう確信した。

 

 ここまで用意周到に計画を進めた者がこれで終わらせるはずがない。ギデオンの外にある正体不明な巨大な気配も未だに消えていない。

 

 直ぐに助けに向かいたかったが加奈は嫌な予感を払拭することが出来なかった。

 

「ヴァル頼むわよ」

 

 西門を頼れる相棒に任せて加奈はギデオンの街を駆け回り続ける。

 

 

 ☆☆☆☆

 

 □<ジャンド草原>

 

 相打ちとも言える形で【RSK】を撃破し、ギデオンの人々に勝利を宣言したレイ。

 

 しかし、彼にとってもそこが限界であり、気を失ってそのまま仰向けに倒れこんだ。

 

「レイ!」

 

『おっと、大丈夫ですか?』

 

 黒大剣から人へと変じたネメシスと上空から降りてきたヴァルキリアの一体が倒れこむレイの体を支える。

 

『随分と無理をされたようで』

 

「我がマスターはいつも無理をしすぎなのじゃ」

 

 ヴァルキリアの声に反応したのは同じくレイを支えるネメシスだった。意識の無い主の頭を撫でながら心配そうな声で主の代わりに返事を返す。

 

 そうしている内にリアーナやリンドス卿、他にも戦線に復帰した近衛騎士団の【聖騎士】がレイの周囲に駆けつける。

 

「レイさん、大丈夫ですか!! 《フォースヒール》!」

 

「MPに余裕がある者は交代で彼や、復帰できていない騎士団員の回復を! それ以外の者は私と共に姿を消したフランクリンと攫われたエリザベート殿下の捜索も行う! 絶対にあの男を逃がすな!」

 

「「「了解!」」」

 

 リンドス卿の指示で近衛騎士団が散る。

 

 レイの傍にはリリアーナと二名ほどの近衛騎士団員が残った。

 

 リリアーナはレイに回復魔法を掛けながら……苦い顔をする。

 

「体力は回復できる……けれど」

 

 回復を受けているレイの腕は【火傷】を通り越し、【炭化】してしまっている。こうなってしまえば上級職の回復魔法でも完治は難しい。

 

 彼が死力を尽くして天敵とも呼べる怪物【RSK】と戦った証でもある。

 

 この状況をどうにかできるのではないかとヴァルキリアへ視線が集まるが、ヴァルキリアはゆっくりと首を横に振った。

 

『すいません、流石にこの状況からどうにかする手段は持ち合わせていません』

 

 ヴァルキリアが操っているビットを分解し、レイの腕に接続すれば一時的に腕の代わりになるかもしれないが、加奈が第7形態を解除してしまえば元に戻ってしまう。現在の戦闘を継続させることはできるかもしれないが、根本的な解決にはならない。

 

 しかし、<マスター>であるレイはデスペナルティからの復活時には全ての状態異常が完治することができる。彼が望むかは別としてそれが一番簡単な解決策だろう。

 

 

「とにかく今は命を繋いでほしい。レイもここで退場するのは不本意だろうからの」

 

「ええ、わかっています」

 

 そうしてリリアーナ達がレイの治療を続けていると──不意にどこからか拍手の音が降りかかった。

 

「!」

 

 真っ先に反応したヴァルキリアの視線の先をネメシスとリリアーナが追うと、そこには空中にいつの間にかプロジェクターの如く立体映像が映し出されていた。

 

 ネメシスたちには知る由もなかったが、それは街中に投影されているものと同じ映像。

 

 今、そこにはフランクリンの姿が映し出されていた。

 

『中継をご覧の皆様、見えましたでしょうかねぇ? 私の作成したモンスターは哀れにも撃破されてしまいました。悲しいことですねぇ。いえいえ、ここはまずそれを成した【聖騎士】諸君に拍手を送ろうではありませんか。はい拍手拍手』

 

 そう言って拍手をするフランクリンだったが、言葉とは裏腹にヴァルキリアを発見すると、彼女を忌々しそうに睨み付ける。

 

 それを見たヴァルキリアはにっこりと笑みを返す。それを見てフランクリンは余計に腹を立てた。

 

『はい。まずはおめでとうございます。現在は当初のモンスター解放予定時刻より251秒経過しておりますねぇ。あー、やっぱりリモコンは壊れたみたいですねぇ。改造モンスターが解放されていないようです』

 

 フランクリンは額に手を当てて無念そうに首を振る。

 

 それから懐に手を伸ばし、

 

『はい、こちら予備のリモコンでございます』

 

「貴、様……!」

 

『ハハハハハ、現場の人は『今までの戦いは何だったんだ』って顔してますねぇ? 中継先の人達もそうでしょう?』

 

 怒りを込めたネメシスの言葉を遮るように、フランクリンは言葉を発する。

 

『今までの戦い? ただの余興兼雪辱戦ですけど? やだなぁ、故障したときのために予備くらい作りますよ。大事なものなんですから』

 

 そう言って再びニヤニヤとした笑みを顔に貼り付ける。

 

『ちなみにこちらタイマー機能ないんですよねー。だから押しちゃいますねぇ。ポチポチポチポチ』

 

 そしてフランクリンは何でもないことのように──ギデオンに仕込まれた3500体のモンスターの解放装置を起動させた。

 

「フランクリンッ!!」

 

 ネメシスが怒りの声を上げるが、それに構う様子もない。

 

『ハハハハハ、君らの戦いはイイ余興だったよ。うん、結果は面白くはなかったけど今の君を見ていると愉快だった気がしてくる。レイ君が起きていればもっと良かった。どんな顔を見せてくれたのかねぇ』

 

 そうしてフランクリンは嗤う。

 

 リリアーナはフランクリンを一度だけ睨み、それから部下の団員に「レイさんの治療の継続をお願いします」と伝えて立ち上がる。

 

『おや、副団長閣下は今から救援に行く気かい? それともここで私を倒す気かな? その満身創痍で? 頑張るねぇ。でもダメ、《喚起──【DGF】、【KOS】》』

 

 フランクリンは右手のジュエルを掲げて、その内部から二体のモンスターを呼び出す。

 

 その二体は、ネメシス達のすぐ傍に出現した。

 

 一体は全身から赤いオーラを漲らせるパキケファロサウルスの如き恐竜、【DGF】(ダイノアース・ギガ・ファランクス)

 

 本来ならば加奈に倒された【MGF】と対になるはずだったモンスター、しかし【MGF】を強くしすぎたおかげで、インパクトに欠ける。

 

 そしてもう一体は闘技場でフランクリンが呼び出した【オキシジェンスライム】を数倍化したような巨大な青いスライム、【KOS】(キングサイズ・オキシジェン・スライム)

 

「…………こやつ、ら!」

 

「危ないですので少し下がった」ほうがよろしいかと」

 

 行く手を阻むその二体を見てネメシスは直感した。

 

 この二体が、今苦心の末に撃破した【RSK】よりも遥かに強力なモンスターであると。

 

 しかし、隣にいる<エンブリオ>はそうではない。はるかに強力であるどころか少し面倒だな程度にしか感じていないのではないかと感じる。

 

『何も不思議なことはないよねぇ? 私は超級職【大教授】であり<超級>。私の手駒が【RSK】一匹の訳はないし、あれが一番強いわけでもない。むしろ一品物の改造モンスターの中では弱い部類だよ? あれは純竜クラスだけど、こいつらはそれ以上。戦闘系超級職の<マスター>や伝説級の<UBM>くらいの戦闘力はあるからねぇ』

 

『君達もうっすらと予感してたんじゃないかなぁ?』、とフランクリンは言葉を続ける。

 

『【RSK】を使ったのは単に、レイ君に亜竜クラスの【デミドラグワーム】を倒されたから、今度は純竜クラス一匹分のコストで仕返ししてやろうかと思っただけだよ。対策を万全にして完膚なきまでに圧し折ってやろうとはしたけどねぇ。結果は……また負けたけれど』

 

 フランクリンはそう言って溜息をつき……笑みを浮かべずに宣言した。

 

『そう、私はレイ君に二戦二敗している。この借りと屈辱はいずれ必ず返却するわ』

 

「…………」

 

 その宣言を受けて、ネメシスも実感する。

 

 あの【RSK】も、フランクリンにしてみれば戯れの範疇であった、と。

 

 大人気ないように思われたレイへの対策を施しながらまだ甘さがあった、と。

 

 しかし今、二回目の敗北を喫したフランクリンには最早甘さなどない。

 

 百人に満たない最強のプレイヤー層、<超級>に名を連ねる者がレイを敵・と見定めていた。

 

『けれど、それはそれとして今夜の計画まで負けるつもりはないんだよねぇ。さぁて、街はどうなってるかねぇ。この子らと比べたら見劣りするけど、街の中のモンスターもそれなりに厄介な奴を何体か混ぜて…………?』

 

 街へと視線を向けたフランクリンが不思議そうに首を傾げる。

 

 ネメシスもまた、フランクリンが何を疑問に思っているかに気づいた。

 

 ──ギデオンが静か過ぎる。

 

『フフフ、当たり前でしょう、私がこんなところで油を売っているのは何故だと思いますか?』

 

 3500体のモンスターが放たれたにしては街はあまりにも静かだ。

 

 最初こそ、爆発音に悲鳴なども上がっていたが、それすらも既に聞こえなくなっている。

 

『……一部しか解放されていない?』

 

 フランクリンは手元のスイッチを再度押下するが、ギデオンの様子に変化はない。

 

『リモコンの作動不良じゃない。そうなると…………』

 

 そこまで言うまでもなくフランクリンは原因に思い当たりがあった。

 

 もしかしたらこうなるかもしれないと思ってすらいたのだ。しかし、認めたくなかった。邪魔をされないようにプランBが崩れないようにモンスターの数を500体から3500にまで増やしたのだ。更に隠ぺい場所までこだわって時間が無い中無理をして必死に装置の増設をおこなったのだ。それなのに……

 

『馬鹿なッ!!3500体の装置だぞッ!!それをこんな短時間で……』

 

『そもそも、数の問題ではないのです。あの方が居ると知った時点で貴方は撤退するべきだったのです』

 

 ☆☆☆☆

 

 

「あー、間に合ってよかった」

 

 路地の片隅に腰を下ろし、空中に投影される映像を見ながらある人物が独り言の後に大きく息をついた。

 

 その人物──<超級殺し>マリー・アドラーの隣には大きな袋があり、中身がぎっしりと詰まっている。

 

 袋の中身はジュエルが埋め込まれた機械のようなもの。

 

 それが大量に“壊れた状態で”詰め込まれていた。

 

 それはフランクリンが街中に設置していたモンスター解放装置。

 

【奏楽王】ベルドルベルとの戦いの後、マリーが街中を駆け巡り必死にかき集めたものだ。

 

 それでも袋の中に入っているのは1020個そして、加奈との合計で集められたのは3120個。

 

 フライングで解放されて倒されたモンスターを除いてもまだ、300近くのモンスターが居るが、それでもマリーはここで休んでいられる。

 

「いやー、やっぱり<超級>っていうのは化け物ですねぇ」

 

 街中をビットが駆け巡る。そのスピードはAGIに特化しているマリーですら追うのがやっというレベルだ。

 

「無理無理あんなのを敵に回して勝てるわけがありません。ホントによく<ノズ森林>で彼女から逃げられましたね」

 

 そんなことをしみじみと思いながら、マリーは立ち上がる。

 

「それに、さっきまでは上手く誤魔化せてると思ってましたけど、絶対私が<超級殺し>だってばれてますよねぇ」

 

 この事件で少しでも貢献すれば許してもらえるでしょうか。

 

 いえ、そうではなくてもレイ君を助けに行かなければいけません。

 

 マリーは疲労の溜まった体に鞭を打って走り出す。

 

 彼女も知っているのだ<超級>の規格外さを。

 

 フランクリンの執念深さと周到さを知っている。

 

 だからこそ、この街にいる数名の実力者達と同じように確信していた。

 

 これでは終わらないと。


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