<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~   作:夜神 鯨

4 / 31
【戦女上衣 レギンレイヴ】の名前が形態名と一緒になっているという指摘を受けましてこれはマズイと思い【戦女上衣 ヘルヴォル】へ名前を変更させていただきました


再ログイン

<マスター>加奈ことカナ・アルベローナは軍人である。25歳にして数々の勲章をもらう優秀な軍人だ。彼女が軍人になったのは両親の影響が大きい。

 

 彼女の一家はアメリカで代々優秀な軍人を輩出しているアルベローナ家、由緒正しい家柄であり、元はイギリスの貴族だったが古くにアメリカ大陸へと渡り、アメリカ大陸の発展に貢献した。そしてアメリカ独立戦争の際にアメリカの軍人として戦い、アメリカを勝利へと導いた。それ以降も優秀な軍人を輩出し続けている。しかしながら、早死にの家系であり、2つの分家と共に今日まで存続をしている。

 

 カナの両親も優れた軍人である。父親は少数精鋭の特殊部隊ネイビー・シールズ、チーム3の隊長として中東地域での紛争、内戦の鎮静化を行った。母親はCIAの職員として諜報活動や現地での情報収集を主に行い、国に尽くしてきた。

 

 そんな両親の間に生まれたカナは、アルベローナ家の伝統もあり、幼少期より体を思い通りに動かすための訓練や、各種戦闘技能訓練、電子戦や諜報活動訓練、武器兵器の取り扱い等など、多種多様な訓練を受けてきた。その成果もあり、15歳になる頃には、特殊部隊顔負けの戦闘技能を積んだ軍人へと成長していた。

 

 そんな平凡な日々が続いたある日、両親が戦死してしまう。内戦の激化する某国から逃げ遅れた民間人を救出する任務だった。その任務は珍しく両親がそろって参加した作戦だった。作戦は順調に進み、逃げ遅れた20名の民間人を保護し、後は脱出をするだけだった。しかし部隊はなぜか脱出地点に先回りをしていた敵兵に包囲され攻撃を受けてしまう。民間人に死者は出なかったものの部隊は半壊。父は民間人をかばった際に足と腹に被弾。部隊を逃がすために囮としてその場に残った。母も父を見捨てることが出来ず、その場にとどまり父と一緒に囮となった。

 

 わずか15歳にして両親を亡くしたカナはアルベローナ家の名に恥じぬよう必死に訓練を続けた。州立大学を飛び級で卒業したのち、陸軍士官学校に入学。そこでも優秀な成績を収め21歳の時に卒業。アルベローナ家の人間であること、更に士官学校からの推薦もあり卒業後直ぐにグリンベレーの訓練課程に参加。その訓練課程も優秀な成績で卒業し。その後は内戦が続く中東地域での作戦に従事する。

 

 早くに両親を亡くしたカナは、勉学や訓練に一生懸命励む一方で、若くして両親を亡くしたカナはその寂しさを埋めるように当時流行っていたゲームへと没頭していく。FPSやアクションゲームに格闘ゲーム。パズルゲームにストラテジーゲームなど手当たり次第に手を出していった。そんななかで彼女が特に好きだったのがRPG、正義が悪を倒し弱気人々を救う、その姿に両親の影を重ねていたのだ。

 

 卓越した戦闘力と異常な並行処理能力を特に評価されたカナは、当時CIAとアメリカ陸軍が共同で新設していた特殊情報部隊へとスカウトされる。時を同じくして<Infinite Dendrogram>がリリースされると、<Infinite Dendrogram>の謎に目を付けたCIAの指示で<Infinite Dendrogram>の謎を探すことになったのだった。

 

 ☆☆

 

 昔の思い出に耽りながらカナは日課の訓練を続けていた。すでに<Infinite Dendrogram>からログアウトしてからすでに35時間以上が経過している。あと半日もすれば再びINできるようになるだろう。

 

「INしたらレイ少年に謝らないとなぁ」

 

 未だにレイ少年を助けられなかったことをカナは悔やんでいた。たとえゲームであっても失っていい命などない。ましてや<Infinite Dendrogram>の世界は生きている。命の価値は現実と変わらないだろう。偶々、彼が<マスター>だっただけ、あれがティアンだったら、謝ることさえできない。永遠に失われてしまう。久しぶりだからなんていった言い訳も許されない、言い訳で失っていい命なんてないのだから。

 

 カナは筋肉トレーニングとランニングを終わらせて射撃訓練へと移る。自宅に備え付けてある射撃場へと移動して慣れた手つきで準備を終わらせ訓練を始める。

 

「私はどうすればよかったのだろう」

 

 カナのつぶやきに返事は帰ってこない。それもそのはずこの部屋にはカナ1人だけしかいないのだから。

 

「あぁ、そう言えばデスペナしたからこっちの世界に連れてこれなかったなぁ」

 

 そう呟いたカナは一人で反省を続ける。問題としてあげられるものとして1つはビットの配置ミス。しかしこれは多くの人を救う過程上どうしようもなかった点でもある。もう一つは敵の正面攻撃にばかり気を取られ迂回攻撃に気づけなかったこと。これはもっと視野を広く、敵の攻撃を深く読んでいれば回避できた事だった。

 

 そしてもう1つ最大の反省点は《ニーベルンゲンの歌》を出し渋った事。MPの消費を抑えたくてあれを使用しなかったことが最も問題だ、あれをもっと早く出していれば少なくともレイ少年を助けることはできた。

 

 カナは射撃訓練を終わらせて、自宅へと帰る。時間も良いころ合いであと1時間ほどでログインができるようになるだろう。思考を並行しながら行った為いつもより多い量のトレーニングをこなしてしまったがこんなに有意義な時間が作れることもあまりないので丁度良かっただろう。

 

 ログインする間に最後の問題を上げるとすればやはりビット操作時の集中力の拡散が大きな問題となる。プログラミングを行ったことで、自動回避運動程度は行ってくれるようになったが第七形態時に出現する計72機のビットをヴァルキリアとカナの2人で行うの厳しいものがあった。

 

 特にカナは肉体の操作と共に多数の視点を共有して1つ1つに的確な指示を出している為、第七形態は流石に余裕がなくなってしまう。これは越えなければならない大きな課題でもあった。

 

 思考に更けているとペナルティが解除され<Infinite Dendrogram>へとログインが可能になった。

 

「まあ、取り合えずいきましょうかね」

 

 こうしてカナは再び<Infinite Dendrogram>の世界へと戻っていくのであった。

 

 

 ☆☆

 

 

 加奈がログインするとこちらの世界では6日が経過していた。【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果により常時デスペナルティーが2倍となっている。性能は高いが、反面ペナルティーが重すぎるとも感じる。

 

 管理AIのせいなのか、純粋にそういった星周りなのか、加奈の当たる特典武具は皆強力な反面、大きなデメリットを持つものが大半だった。

 

【半騎器官 グレイテスト・ハート】はもちろんのこと。便利な【十束指輪 エーテリア】でさえも身代わり系のアイテム装備不可というデメリットがある。更にSTRを3分の1にしDEXを2倍する効果をもつ【戦女上衣 ヘルヴォル】やENDを3分の1にしAGIを2倍する【戦女下衣 ヘルフィヨトル】など純粋に強い装備がない。

 

「戻りましたかマスター」

 

 ヴァルキリアの声で思考の世界に別れを告げた加奈は自身のいる場所を把握する。今いる場所はノズ森林ではなく王都の噴水前となっている。これは加奈がログインした際にセーブポイントを更新したため、王都での復活になったのだ。

 

 そして今、加奈は横に寝かされていてヴァルキリアに膝枕をされている状態であり、彼女は加奈を心配そうに見つめている。

 

「ええ、ありがとう。戻ったわ...って体がおっもい!!」

 

 加奈が感謝の言葉を述べている途中だったが、体現れた【猛毒】【衰弱】【食中毒】【酩酊】【風邪】【骨折】【出血】【火傷】【凍結】【石化】【麻痺】等々、とにかく多種多様な各種状態異常によって言葉は中断される。これだけの数の状態異常にかかればまず動ける状態ではない、それどころか早急に対処しなければ即座に死ぬ可能性すらある。

 

「とにかく、急いで装備を変更しないと」

 

 こうしている間にもHPがゴリゴリと削れ、ただでさえ少ない加奈のHPがすでに5割を切っていた。

 

 加奈は《瞬間装着》で装備品をすべて外し、キツネの姿をした着ぐるみへと着替える。この装備は【Q極きぐるみしりーず ようこ】であり、すべてのステータス値をほぼ初期値同然とする代わりに驚異的なHP自動回復の能力と異常状態の軽減が付与される特典武具である。

 

「....相変わらず凄い量のデバフですね」

 

『だからあの必殺スキルあまり使いたくないんだけど..つい使っちゃったわね....』

 

 加奈が苦しむこのデバフ祭りはヴァルキリアの必殺スキルである《終焉の日来たれり》の対価であり、24時間強制的に各種の状態異常とステータス値にマイナス補正を起こされる。

 

 しかも、この状態異常は完治させることが不可能であり、治療したとしても再び24時間の状態異常が繰り返される。更に死亡しても効果が解除されず、この状態異常を無くす為には、おとなしく効果が終わるまで耐えるしかない。更に言うならこの効果はログインしている間だけ有効であり、いくら時間が経とうがINしていなければ完治しない。

 

 それに加え加奈は外すことのできない特典武具【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果により自然回復以外の回復手段が封じられている為、【Q極きぐるみしりーず ようこ】を着用しなければ永遠に死に続ける無限ループに入ってしまう。

 

「1日は安静にしないといけませんね」

 

『戦闘なんてできないものね』

 

【Q極きぐるみしりーず ようこ】も少し特殊な特典武具であり特殊装備品以外全ての装備品を外さないと装備することができない。その為武器はもちろんアクセサリー等もつけることができない。ただし【半騎器官 グレイテスト・ハート】は特殊装備品を圧迫し続けている外すことのできない装備品なので問題なく、装備できている。

 

『ああ!そうだわ』

 

「どうかしましたか」

 

 キツネの着ぐるみを着た加奈が突然声を上げる。

 

「ああ、いえ、あの少年...レイ君を探さないと、あの時の謝罪をしないといけないわね...」

 

 助けると約束し、守り切れなかったレイ少年を現実世界で3日間も気にし続けていた加奈は、一度レイ少年に会って直接謝罪をしたかった。

 

 彼がどう思っているかは分からなかったが、気持ちを整理するためにも一度謝っておきたかったのだ。

 

「分かりました。それでは探しましょう」

 

『あ、あと装備品』

 

 加奈が手持ちを確認すると2丁の拳銃と大量のリルが失われていた。

 

『うわ、よりにもよって【月光】【陽光】が無くなっちゃったかぁ』

 

【月光】と【陽光】は天地で作ってもらった特殊な電磁誘導式の拳銃だ。外装にヒヒイロカネを使って何回も試作を重ねた末に完成した世界に二丁だけしかない最高傑作。従来の火薬式ではなく所有者の魔力を電力に変換して発射するレールガンと呼ばれる代物。しかもただでさえ複雑で作成しにくいこの武器を加奈とヴァルキリアの2人が使いやすいように調整してある。職人の満足がいくまで打ち直しを重ねたこの武器は試作品も含めて完成までにかかった金額は100憶リルを超える。職人も「これを超える装備はもう作れないだろう」というほどの傑作だったのだが。

 

「リルはともかく【月光】と【陽光】は....怒られてしまいますね」

 

『はぁ』

 

 ため息をつきながら加奈はヴァルキリアに肩を支えながら王都を散策し始める。加奈は痛覚を始めとしあらゆる設定を現実に寄せている。それは現実に寄せることで、この世界でも最大限のパフォーマンスを発揮するためでもあり、この世界をより楽しむためでもあった。しかし、各種状態異常にかかったこの状態では歩くどころか呼吸をするだけで精一杯だ。それでもレイ少年を探すために歩き回れているのは、彼に一度謝りたいという脅迫めいた気持ちが体を突き動かしているからだった。

 

『...ハァ....ハァ...現実でも歩くのがこんなに困難だったことはないわね』

 

 現実世界でもここまで辛かったことはない。さんざん体を酷使した各種訓練でも。敵に奇襲され、鉛弾が腹と腕と太股を貫いた時も、爆発の炎で体を焼かれた時もここまで辛くはなかった。

 

「少し休憩しますか?」

 

 加奈のあまりにも辛そうな雰囲気に肩を支えているヴァルキリアは心配になり休息を促す。

 

『いえ大丈夫よ』

 

 しかし加奈は休息を拒み、ヴァルキリアに支えられた体を引きずる様に歩く。鬼気迫る雰囲気を放ちながら進むキツネの着ぐるみは異常な光景だといえるだろう。ティアンはもちろん【マスター】でさえも寄り付かない。むしろ避けてさえいるように見える。しかし、そんなことを気にしないのか2人に対して近づく人影、いや熊影があった。

 

『大丈夫クマ?』

 

 そう、言いながら近づく2m近くある巨体な熊はそのキュートな見た目から本物ではなく加奈が着ているのと同じ着ぐるみであることが一目で分かる。

 

『ええ、大丈夫よお気になさら...うん?なんだか知っている気配ね』

 

 助けを断ろうとした加奈だったが、熊の着ぐるみに知人の気配を感じ、話を途中で切る。彼女の知り合いには何人か着ぐるみを愛用する変人達がいる。全員が変人であると同時にそれなりの強さをもった達人たちであった。

 

『ジ──ー』

 

 熊の着ぐるみを凝視しながら一歩また一歩と近づいていく。ゆっくりとはいえ歩くのは困難なためヴァルキリアに手伝ってもらいながらではあるが少しずつ熊の着ぐるみへと近づいていく。

 

 熊の着ぐるみも加奈のことをあやしいとは思っていたが、しかし、知っているような気がするキツネの着ぐるみを見て誰だったのかを思い出そうとしていた。彼の知り合いにも着ぐるみを着た変人達は多い。しかしキツネの着ぐるみを着る人物には心当たりがなかった。

 

『顔に何か付いてるクマか?』

 

 ゆっくりと近づいてくる加奈に対し警告の意味も込めて発せられたその一言。しかしその独特な語尾を含んだ一言を聞いた加奈は何か思い出したのか手を胸の前でポンと叩き、熊着ぐるみへと再び話しかけた

 

『....あなたシュウ・スターリングじゃないかしら?』

 

『ほう、俺の名前を知るお前は誰だ?少なくともキツネの知り合いはいないはずなんだがな?』

 

 名前を言い当てられたシュウ・スターリングは加奈を警戒し、戦闘態勢に入る。街中で戦闘をすればシュウにも被害はあるが、加奈のことを見極めるためにも戦闘態勢へとはいった。攻撃してくる狂人なら迎撃をすればよいし、常識をもった【マスター】なら容易に手出しをしてこないだろうと考えたのだ。

 

 第三者から見れば着ぐるみが戯れているようにも見えるこの光景、しかし可愛い光景とは裏腹に張り詰める空気。異様な雰囲気を感じた人々は静かにその場から遠ざかり始める。

 

『ああ、着ぐるみを着てたら分からないわよね。私よ私、加奈よ。久しぶりね』

 

 加奈は一度着ぐるみを脱ぎ顔をシュウへと見せると《瞬間装着》を使ってすぐに着ぐるみを着る。悲しきかな未だにHPは6割しかなく。少しでも着ぐるみを脱げば命が危ない。

 

『おお、久しぶりクマね、こっちだと2年ぶりクマ!』

 

 シュウは加奈の顔を見て、思い出したのか戦闘態勢を解除する。それに呼応して周囲の緊張度もみるみる下がっていく。

 

『てかなんで着ぐるみクマ?なんかやらかしたクマか?』

 

『そうね、それも話したいし貴方に聞きたいこのもあるからどこかのカフェにでも入らないかしら?もちろんお金は出すわよ』

 

『分かったクマ。ただし、自分の分は自分で出すクマ』

 

 こうして久しぶりの再会を果たした2人は近くのカフェへと足を運ぶのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。