<Infinite Dendrogram>~魔弾の射手~ 作:夜神 鯨
「それでは、お願いします。加奈様」
『えぇ、任せなさい。それと、私が預けている財産から一割を自由にしていいわ。ほかの拠点にも同様に伝えておいてちょうだい』
「よろしいのですか?一割と言っても相当の額になりますが...」
『いいのよ、急に1年も消えたんだから迷惑料ってことで』
「わかりました。ほかの拠点にも伝達しておきます」
『ええ、よろしく。ヴァル、行くわよ!』
「...わか...り..まし...た」
シスターとの話を終わらせてヴァルキリアを呼ぶ。すると子供たちを大量に乗せたヴァルキリアが死にそうな顔でこちらへと歩いてくる。
『大丈夫?』
「問題...ありません」
「あぁ、すいません!コラ、早く降りなさい」
駆け寄ったカノンによって子供たちはヴァルキリアの上から降りる。全員が降りた事を確認してから加奈は身軽になったヴァルキリアに手を貸す。
加奈の手を借りたヴァルキリアは立ち上がり、砂まみれになった服をはたく。数回はたくだけで、メイド服は綺麗になり、準備ができたヴァルキリアは何もなかったかのように姿勢を正し凛としている。
『じゃあ、私たちは行くわ』
「えぇ、お気を付けて」
「またねーおねーちゃんたち」
シスターと子供たちに見送られ、加奈とヴァルキリアは孤児院を後にする。目指すはゴゥズメイズ山賊団の拠点がある<クルエラ山岳地帯>だ。
「そういえばマスター。そろそろ着ぐるみを脱いでもいいのではないでしょうか?」
『それもそうね、ペナルティーの時間は終わったことだし』
ヴァルキリアに言われた通り、加奈は《瞬間装着》を使い【Q極きぐるみしりーず ようこ】の着ぐるみを脱ぐ。そして、いつもと変わらないストライプ柄の黒いスーツに身を包む
「やっぱりこっちが落ち着くわね」
「これで、戦闘もできますね」
「まだ全力戦闘はできないけどね」
キョトとしているヴァルキリアに、加奈は左手を胸の位置にあげてヴァルキリアによく見えるようにする。
「あぁ、【十束指輪 エーテリア】、半分は使用済みなのですね」
「えぇ、私の4倍に当たるMPを消費したら<ノズ森林>くらい消えるのも当然ね。我を忘れてたと言っても大失態だわ」
加奈は《終焉の日来たれり》を使用する際に無意識化で【十束指輪 エーテリア】を使用していた。【十束指輪 エーテリア】は装備している数分自身の最大MPを貯蓄できる装備だ。ただし、その代わりに【救命のブローチ】や【身代わり竜鱗】といった身代わりアイテムを装備する事が一切できない。最大MPを貯蓄できる優秀なアイテムだが、貯蓄するMPも自身のMPが最大の時に余剰分のMPが回復される仕様となっている。
【半騎器官 グレイテスト・ハート】の効果で10倍になった加奈のMPは6千万にも及ぶ。自然回復量が上がっていても、周囲のMPを吸収できなければ指輪分のMPを貯めるだけで約一日かかる。さらに吸収できる周囲のMPは自然界に漂う魔力という制限がある。その為レジェンダリアのように魔力が豊富な土地でなければ効果を発揮できない。
「単純に計算しても全快するまで6日はかかるわ」
先ほどまで必殺スキルのペナルティーがあったおかげで、加奈自身のMPも約二割ほどしかない。この状態では全力戦闘どころか、MPを使用した戦闘は極力避けたいところだ。
「かと言ってゴゥズメイズ山賊団も無視は出来ない。もうこの際、接近戦でもしようかしら」
「やめてください。移動ならばともかく戦闘なんてしたら自身の速度に殺されますよ」
【戦女上衣 レギンレイブ】と【戦女下衣 ヘルフィヨトル】の効果によって加奈のDEXとAGIは10万を軽く超えている。しかしその反面STRとENDは3000ほどしか無い。その為。加奈が全力で接近戦などしようものならば自身の速度に耐えられず。僅か1万しかないHPは瞬間的に無くなってしまうだろう。
そもそも、ステータスの高いメイデンであるヴァルキリアはさらに、各形態時にスキルを持っている為、ステータス補正がAGIにしかない。それに加え【魔弾姫】をはじめとする職業はMP及びDEXに特化している。その為合計レベルが1000を過ぎようがステータスの伸びが良くない。
「たまたま、今の装備があるから戦えるけど、あまりにもバランスが悪いわよね」
自分で言っておきながら加奈はつい笑ってしまう。なにせまともな<マスター>であれば絶対しない構成だからだ。いくらAGI特化と言っても自身の速度に耐えきれないのであればその構想は破綻している。
「ですが、良いのではないですか?、マスターの武器は銃器なのですし。直接相手に攻撃さえしなければ【迅雷疾走 ライトニング】が移動ダメージを無効にしますし」
「本当に装備に救われてるわ」
そんな他愛もない話をしながらギデオンを歩く2人の前を1体の着ぐるみが通る。もちろんシュウではない。何の変哲もないペンギンの着ぐるみだ。
「マスター?」
しかし、加奈はその着ぐるみになにか引っかかる。言葉にはしにくい。しかし、街中にIEDをしかけるテロリストの様な、密林で虎視眈々と敵兵を待ち続けるゲリラの様な、綿密な計画を立て対象を必ず殺す
「そこの貴方少し、いいかしら?」
どうしても無視できなかった加奈はペンギンの着ぐるみへ話しかける。
『なにかし..らッ!』
その着ぐるみは加奈を見た瞬間微かにだが動揺をした。クルクルと回りながら変人ぶることで、誤魔化しているが、それを見逃す加奈ではない。
「失礼、私は加奈<マスター>よ。あなたが知り合いに似ていたから声をかけたのだけれど、どうやら人違いのようね」
『そうかい?私の名はフラミンゴ、ドクターフラミンゴと呼んで欲しいねぇ』
ドクターフラミンゴはその場でグルグルと回転し、全身でVの字のポーズを取る。
「そう、ドクターフラミンゴはここで何を?」
『私は【研究者】の端くれでね。珍しいものを求めて街を転々としているのさ!』
「そう、どうやら貴方の邪魔したみたいね、ごめんなさい。もう行くわ」
『そうかい?ここで会ったの何かの縁だ、なんだったら試してほしい薬があったんだが...』
ドクターフラミンゴは腹部についているポケットからポーションらしき薬瓶を取り出し、加奈の前へと差し出してくる。
「ごめんなさいね、私ポーションが効かないのよ」
『そうか、それは残念だ』
「えぇ、また縁があったその時にでも」
『そうだねぇ』
ドクターフラミンゴは残念そうにポーションをしまうとまたクルクルと回り始めた。
『じゃあ、また縁があったときにでも』
そして、ポーズを決めそう言い残すとその場を立ち去ろうとする。
「そうだ、ドクターフラミンゴ」
『なんだね?』
ドクターフラミンゴが立ち去る寸前、加奈は彼を呼び止める。
「いえ、なんでもないわ」
そう言い残した加奈はフフフと笑いながら。その場を立ち去る。
「マスターお知り合いですか?」
それまで黙っていたヴァルキリアが加奈に問う。加奈は少し悩んでから
「たぶんね」
と答えた。
「それよりはやく<クルエラ山岳地帯>へ行きましょう」
「分かりました」
加奈はもう一度ドクターフラミンゴの方を見たが、そこにドクターフラミンゴの姿は無く。加奈は前に向き直ると<クルエラ山岳地帯>へと向かうのだった。
☆☆
加奈が立ち去ったあとドクターフラミンゴことMr.フランクリンは暗い路地で高ぶる鼓動を抑えながら愚痴をこぼす。
「なんで、よりにもよってアイツがアルター王国にいるんだ!!」
フランクリンの言うアイツとは勿論、加奈のことである。フランクリンは近くにあった木箱を蹴っ飛ばす。路地には大きな音が響いたが、そのおかげでフランクリンも少し落ち着くことが出来た。
「....奴がいるなら計画を変更しなければ...必ず負ける」
1年半ほど姿を消していたようだが、よりにもよってこのタイミングで出現するとは...初心者以外の<マスター>で彼女の名前を知らない者は相当他人に興味が無いか、常識知らずかのどちらかだろう。それほどまでに彼女は有名だ。
【不可視狙撃】の加奈、この異名が付いたのには2つの理由がある。1つは彼女の戦闘スタイル。超長距離から狙撃し、撃ったらすぐに移動する。何処から撃たれたか、どこにいるのかわからないゆえの【不可視狙撃】
そしてもう1つの理由は【PK殺し事件】という有名な事件。彼女に狙われたら絶対に逃げられないとまで言わしめた事件だ。
それは、少し前のこと。PKで有名だった1つの大型クランが消えた。クランの名は<CCC>。ティアン、<マスター>関わらず、なにからなにまで略奪をしていく、悪い意味で有名なクランだった。
しかも、リーダーは【蛮族王】の職を持つ<超級>、当時、まだ数えられるほどしかいなかった<超級>の内の1人だ。彼らに狙われれば許しを請いてアイテムを差しだすか、諦めて死ぬしかな無いほど強かったのだ。
しかしそのクランは壊滅した。【不可視狙撃】の加奈が1人で壊滅させたのだ。クランメンバーが誰もINをしなくなるまで殺し続ける。リアルで約3ヶ月もの間続いたそのPKは、クランのメンバーを追って監獄にまで行ったとも噂されるほどのものであった。
クランメンバーがINしたら最後、遅くても2日目にはその命が消えた。どこにいても何をしていても何処からか飛来してきた弾丸がその命を散らす。しかも加奈自体は普通にクエストや経験値稼ぎをしている。のにも関わらず2日目には必ず死亡するのだ。
正直、異常だ。私なんかよりもずっと。完全に頭のねじが飛んでしまっている。しかも今の彼女は<超級>だ、生半可な駒では勝てない。
そしてもう1つ。彼女の標的となるトリガーはティアンの殺害。実際に<CCC>が最後に行った略奪もティアンの村に対する襲撃だった。最悪ティアンさえ殺さねければ標的になることも無い。
最も恐ろしいのはドライフ皇国が標的となることだ、無いとは思うが、確実に無いとは言えない。
「まさか、計画を始める前から及び腰になるとは思いもしなかった」
兎にも角にも計画を進めるためにはもっと強力な戦力が必要だ、奴を確実に殺し、計画を達成するほどの戦力を集めなくては.....。