修行というのは実に何年振りかの事だった。
幼い頃、一人前のハンターになる為に手取り足取り教わっていた彼女。基礎知識は何でも頭に詰め込んで身体的な能力もあの頃の限界まで伸ばしていた。
こんな過酷な生活をしていてもあの時の日々はもっと苦しいものだったと感じる。
しかし、そんな二度と体験したくない物が今再び訪れていた。
「ぬあぁぁぁ!?ちょっと!?ちょっとタンマっ!!」
ミーナは無機質な岩しかない荒野を息と声を荒げながら顔に引っ付くルルネを引き離し後方から迫る怒涛の砂煙から逃げていた。
その砂煙の正体は大きな群れを成したケストドン達だった。
「逃げるルル!ぜぇたい追い付かれるんじゃないルルよ!?───!?ニンゲン!!一匹、凄い危なっかしいヤツがもうすぐ其処まで来てるルル!!」
「お願いだから離れて!?肩に乗って!?見えないのよ前も後ろも!?」
ルルネの毛皮を掴んで引き離そうとしても彼女はミーナの顔の皮膚や肉を握ってつねって離せば離す程ミーナの顔に激痛が走った。
ミーナは両手でルルネの胴を掴んで何とか引き剥がす事に成功するがルルネは「あーっ!?あーっ!?」と叫びながら後ろを指差す。
そして彼女は気付いた。今自分が止まっていることを。
「────っっ!?あぁ!!ごめん!?」
すぐに走り出そうとするものの時既に遅し、ミーナは始めの一歩が地面に付く前にケストドン達によって吹き飛ばされてしまった。
そして突進のルートから命からがら逃れる事に成功した。
「もう……無理」
ミーナがこのような事態に陥ったのは少し前に遡る。
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「基礎体力……ですか?」
ミーナは瓶に入った水を口に含ませた後にメイリンに聞き返した。
彼女達はメイリンの考案で今は大蟻塚の荒地に来ていた。特段、倒れる程暑い訳でもないが乾燥した地帯が多い此処では喉がよく渇いた。
メイリンは腕を組みながら応える。
「そっ。君はあの特殊個体のディノバルド亜種を討伐した腕の立つハンターだって知ってる…というか又聞きした。けど美術品みたいに見なきゃ全貌は伝わらない。強かったって感想だけじゃ全然程が分かんないからね」
ぺてん師のように感じた。口数の多さと謎に自慢気な顔をしながら喋る辺りが彼女にはぺてん師に見えた。
「メイリンさん。昔詐欺みたいなことやってました?」
「いいや俺がやったのは町の不良をボコして金巻き上げた位さ……とこんな昔話はどうでもよくて…まぁ君の基礎体力を見たい訳さ」
メイリンは特段、大したことない試験を行うとその後確かにミーナに口にしていた。彼女もその気で居たことが駄目だった。この男、人の心がない。
「ルルネ…生きてる…?」
「このクソ女…お前が止まらなければこんな事にはならなかったルル」
「ハイハイ。お互い喧嘩しないの」
メイリンが仲代に入るとお互い同じタイミングで口を閉じる。この二人、なんやかんやで気があってそうだ。
暫く地面に倒れてる二人を見ながらメイリンは考えた。
(少なくとも……あれはミーナちゃんの全力疾走。いやはや…
メイリンは微かに期待していミーナの竜頭蛇尾っぷりをあっさり裏切られたが、これはこれで大収穫だった。何せメイリンはミーナがこれから化けるという確証を持てた。
「育てがい、ちゃんとあるね。これくらいイカれてる方が面白い」
「メイリンさん…何か言いました?」
「いや、イカれてるなって」
その瞬間、ミーナは時が止まったような気がした。そしてもう一度訊く。
「え、メイリンさん。本当に何て言いました?」
「ま、そんな事はどうでもよくてー。さて、疲れたっしょ?何か食いに行かない?俺は焼き肉とかがいいかな」
「……私、魚がいいんであの料理長の所にしましょうよ」
「スタミナ丼とかにしたら?多分体力つくよ」
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ミーナが約束を破ってから二日が経過した。
ミコトはあの日以来、ミーナとロクに会えていなかった。彼女は口を開けたと思えば修行だの経験を積んでくると口実をつけられてすぐに居なくなってしまう。
どうもまどろっこしくて堪らない。置いてきぼりにされているような気がして止まなかった。
けれど自分が何をしたらいいのかが分からない。それを一生懸命探して、見つけられなくて惰眠をしての繰り返しを送っていた。
それでもその惰眠は決して安眠にはならなかった。
そして今日とてまた模索する。彼はただ疲れていた。
「はぁ……」
目元には寝てはいる筈なのにくまができて窶れた印象が見て感じられた。食事場の椅子に座って全く減らないジョッキの水を上から眺めながらため息をついていた。
すると息で波紋が起こった水面に人の姿が見える。女性だ。ずっとミコトを見つめている。
彼は恐る恐る振り返ってみた。
「……ん?あぁごめんなさいね。でも何かしようとしてた訳じゃないのよ…って貴方ってもしかして噂のライダー君?」
その女性は腰まで伸ばした銀髪をひらつかせ、シンメトリーのような顔立ちに、奥にゆくにつれて何重にも色が重なっていて色彩の輪が増えていっている不思議な瞳。そしてミーナよりも恐らくは高いであろう身長にミコトは言葉を失っていた。
「え、えーとどちら様で」
「こほん。これは失敬、自己紹介を忘れてたよ。私の名前はフユメ、こんなんでも二つ名の第一級の称号を貰ってるんだよ」
そのフユメという女性は少し誇らしげに喋りながら席に座った。彼の隣だ。
ミコトは何故、自分の隣に座ったのか理解できないままその女性の素性に驚いていた。
「第一級ですか…女性も居るんですね今は」
「おじさん臭いねぇ随分と…君、十五もいってないんだろう?若者らしい言葉使いとかないの?」
ミコトはその言葉使いのくだりを無視して会話を続けた。何故、自分に話し掛けて来たのだろ。その疑問を言葉にして放った。
「それで僕に何の用ですか」
「そんな辛辣にならなくったっていいじゃないか。ほれ、君と私の仲だ。ここは一つ奢ってあげるから気が向くまで存分に話し合おうじゃないか」
フユメはミコトの問には答えず、すっとメニュー表に手を伸ばして取れば、内容を一通り目に通してミコトに渡した。
ミコトも受け取ると一通り目を通して一番安い野菜定食を指差して頼んだ。他人に奢られるのはあまり良い気持ちがしなかった。そこを含めての野菜定食だった。
ミコトがメニュー表をフユメに返すと彼女は不服そうな表情を浮かべて即座にミコトが開いていたページを指でなぞり何かを見つけるとピタッと動きを止めた。
「やっぱり─────野菜定食って一番安いじゃないか。こんだけ安いと払う身としては良い気はしないね。時に考えた過ぎた遠慮は相手にとっての短慮になってしまう事を知った方がいい」
「…気を害したなら謝ります。ごめんなさい。けれどあんまりお腹も空いてないのでこれくらい軽めのがいいかなと思って」
「それでも他はあっただろう?まったくぅ。これじゃ私がお金持って無いみたいじゃないか」
ミコトは其処まで下には見られはしないだろうとも思いながらフユメの話した遠慮と短慮について考えていた。その間、フユメはメニュー表を見て熟慮してアイルーの料理長にお勧めを訊いておすすめ定食だ、と返されていた。
「───フユメさんって何でハンターに成ったんですか?」
特に深い意図は無かったものの、単純に気になってしまったという理由だけで人によっては口を紡いでしまうような事を訊いてしまった。
フユメも直ぐには応答をせず、静寂な気まずい空間をミコトは作ってしまった。
地雷を踏んでしまったかとオドオド挙動不審気味になり始めたミコトを落ち着かせるかのようにフユメが「あー」と呟き、語り始めたのだった。
「金と男が欲しかった。というか彼氏が欲しかったからその為に金稼いでモテようとしたんだよね」
「お金と男?」
あまりにも想定外過ぎる回答にミコトは目を真ん丸にしてまた随分とすっとんきょうな声を出してしまった。フユメはミコトの発言に対して頷いて肯定する。
「そうなの。私、二十からハンター稼業始めてさ、その時まだ“処女”だったんだよね」
世間話でもするかのように淡々と告げたフユメの言葉にメイリンは過剰に反応してしまう。
「え、あ、え──はい……」
唐突過ぎるカミングアウトに模範的な対応もクソもない事は誰でも知っている。口をだだっ広く開けて放心に浸るか、せめてなりの反応を見せるかのどちらかしかない。
ミコトの場合、後者だろう。
何やらフユメの問題発言で食事の雲行きは怪しまれたがいざ食事が間の前に出されればすっかりあの発言の事はこれっぽも残ってはおらず、自然とミコトの手には銀の光沢が美しいフォークが握られていた。
「こんなに──」
しかし、その握る手に力が入る。
出されたプレートの上に乗る皿ざら。山盛りに積まれたいい焦げ目のキャベツ達。未だに水滴が垂れているのはそのみずみずしさが故なのか───横に置かれた半月の形を模したトマト達も断面からやや黄色を薄めたような汁がひたひた野放図に溢れている。
他にもプレートには金属の串が二つ、ブロッコリー、トマト、えびの順番で刺さっており、隣のぐつぐつ泡を弾かせ煮だっているチーズの入ったカップがこれ見よがしに置かれていた。
「わ、ケッコー量多いわね」
他人事のように呟いたフユメを横目にミコトはそのフォークでキャベツの山を一差し。そして二枚くらい重なったキャベツを口の中に─────
パクっ。
口に入ったキャベツを舌の上に乗せて歯と歯の間まで運べば勝手にキャベツを噛み始めた。しゃきしゃき、パリパリと耳を幸せにする。そして───
────此処は桃源郷か──?
「んふふぅー!!」
落ちる頬を片手で押さえて歓喜を溢した。
これはただ野菜を焼いただけの代物では断じてない。舌の上で濃厚な味付けが残り続ける。
随分幸せそうな顔をしながらミコトはよく噛んではまた口に入れて、噛んでは口に入れた。
「すげー幸せそうな顔しながら食べるね……ね、そんな美味しいの?」
ミコトの反応に興味を持ち始めたフユメが私にも、と言いたげな人差し指を自分に向けて顔をぐっと近づけた。
するとフユメは厨房から近づいてきた匂いに反応して前を向くと丁度、アイルーの大将が大きなステーキを乗せた鉄板をフユメの前に置こうとしていたところだった。
「おぉ!凄いボリューム!」
フユメが手を擦り合わせて真ん前の獲物しか目にないその時だった。
「あっれぇ?フユメさんじゃないっすかぁ?」
少しばかり彼女にとって懐かしい声。いや数日ぶりか──。
「メイリンじゃないか。どうしたんだい?後ろの子は」
虹の円が美しい瞳を糸目にしながらフユメは声の方向に振り向いた。そして───安堵した。
また帰ってきてくれたか───
~~~~~~~~~~~
「だからぁ、悪かったって謝ってるじゃないっすか。年下にナンパとかジョーダン言っちゃって」
メイリンは今さっき出来てしまった頬のかすり傷をミーナの処置を施されながらフユメに謝罪していた。
遡る事、数分前。メイリンが出会い頭にフユメに対し「ナンパしてるんスか?それも年下に」と問題発言を放ち、これ見事に火を点け、彼女の腰から素早く抜かれた拳銃から発射された弾丸が彼の頬をかすったのだった。
「違うだろ、君はその次に私の事をババア扱いしただろ?懲りないな君ってヤツは……あぁ……罰として今度私に焼肉奢れよ」
すっかり食べ終わって何も残っていない鉄板を奥へと押して背もたれに思い切りよれかかって水を口に含む。
メイリンも傷の処置を受けながらも頼んでいた焼き肉定食をペロリと平らげて行儀悪く肘をついて悪態ついていた。
「お二人とも仲悪いんですか…?」
ミーナがメイリンの頬に絆創膏を貼って恐る恐る訊いた。その後、二人は顔を見合わせて暫し考えると同時に口を開いた。
「超が付くほど生意気なクソガキと仲が良いと思う?」
「こんなババアと仲良しこよし出来る訳ないじゃん」
お互いを指差して口を尖らせる。そしてミコトもミーナもその様子に呆れてしまう。
何なんだこの二人は。此処までタイミングも合っていて素振りも似ているのにこれ程までの悪口を言うなんて。それも全部本音に聞こえてしまう始末。
やっぱ仲悪いんだなこの二人。
「おい、クソメイリン。お前次はそのノーミソ撃ち抜かれたいか?拳銃じゃなくてヘビィボウガンでな」
「大丈夫っすかぁ?老眼じゃ照準覗いても何も見えないんじゃないんすかぁ?見えます?此処が俺の額っすよ」
フユメがメイリンの事を睨む中、彼は前髪を上げて自分の額の中心を親指でつつく。一触即発の状態、ミコトとミーナは自分の隣に大タル爆弾Gを置かれているような気分になる。
ミーナは頭を抱えながらメイリンに声を掛ける。
「メイリンさんホントに撃たれますよ?──実際撃たれたし…ほら、ご飯食べ終わった事ですしそろそろ戻りましょ」
「待ってくれミーナちゃん。このババアに今こそ引導を渡す時───」
「そうだルル!!今こそこの女をヤるルル!!」
ミーナの制止を振り払い丸まってたルルネも動き出し最早誰にも止められないと思われたその時だった。
「ほらお二人とも!また上に報告しちゃいますよ!」
後ろから若い女性の声が二人の喧嘩を止めた。振り返ればそこには肩まで伸ばされたオレンジのような夕陽のような髪を綺麗に整えた全身黒スーツの女性が立っていた。
「げぇ、フーカさん」
フーカと呼ばれたその女性は手に持っていた紙の束でメイリンの頭をひっぱたいた。厚さをそれほどだが何より結構な速度が出たせいか音がよく響いた。
「いって」
「この前怒られたばかりじゃないですか!メイリンさんは目上の人にもっと正しい言葉使いをですね……」
フーカは人差し指を立てながらメイリンに説教した。隣でフユメが野次を飛ばし始めたりもしたが態度と返事はかなり悪態ついたものだったが説教に耳だけは傾けていた。
「つーかフーカさんは今まで何してたんすかぁ?」
「ちょっと事務の方をですね……って分かるでしょ!?お二人のせいで一ヶ月も渡航が遅れたんですから!!」
怒号がメイリンとフユメに向けられると双方、耳を塞いで知らんぷりをする。この様子にはまだ怒り足りなさそうなフーカも顔に手を当てて声を出さず諦めてしまう。
彼女は乱れた前髪を分けてため息をつくと、茶色の瞳でミーナとミコトを捉えた。新大陸の著名ハンターの外見上の特徴や履歴等はギルドによく入る情報。だから一ギルド職員としてフーカにもこの二人には思い当たる節があった。
彼女は親切そうな口調かつ、丁寧に二人に訊いた。
「もしかしてライダーのミコトさんと…“
「えっ……そーふう?は知らないですけどミーナです…はい」
聞き慣れない呼ばれ方をされたが自分がミーナであることを言うと無表情に差ほど変わりなかったフーカの顔から溢れんばかりの笑みが浮かぶ。それはそれはもう涙目になるほどの。そのままフーカは俯いてしまう。
意外過ぎる反応にミーナは動揺を隠しきれなかった。
「ちょっと大丈夫ですか!?」
どうしたものかと悩んでいるとふっとフーカは顔を上げて涙ながらに宙をさ迷っていたミーナの両手を力強く握って彼女を困惑させた。
「うぅ……私ミーナさんの大大大ファンなんっすよ!!ホントにずーっと応援してます!!私よりも若い可愛らしい少女が危ない現場で生き抜いてカッコいいし!ひゃー!!生ミーナだ!!」
「あ、ありがとうございます?」
ミーナとフーカがじゃれていると奥に座っていたミコトが大きく音を立てて立ち上がった。彼女達の目には少し怒っているようにも映った。
そして食事場から立ち去ろうとする────
「待った」
フユメが制止した。
「何か困ったことがあるんなら相談に乗るよ。──人生経験豊富な先輩に頼ってみなよ」
その後ミコトは黙ったまま頷いた後、何処かへ去ってしまった。
ミーナはどうにもあのどこか寂しそうな顔が忘れられずに脳裏に焼き付いた。
そして、ミーナは皆と別れ、マイハウスに着くと直ぐに床についたがどうしても寝付けなかった。色んな感情が湧き出て彼女を落ち着かせてはくれない。
「もう失いたくないな……」
己の非力っぷりをまたも呪った。
読了ありがとうございました‼️
ということで毎度恒例キャラクター紹介です。
フユメ・イルズハート 41歳 175cm
目が常人より特殊。射撃の腕はぴか一。
新大陸に来る一ヶ月前に開かれたフユメのハンター生活二十周年目お祝いという名目で開かれたパーティーでメイリンが間違えてフユメの誕生日パーティーだと誤解し、そのまま41歳を祝ったところ、フユメに右腕を撃たれて一ヶ月渡航が遅れるという事態が発生。(メイリンの腕は跡形もなく完治)
フーカ・ライハルト 23歳 162cm
滅茶苦茶ピアス穴開けてる。
スタイルが良いので結構モテている。
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを……
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ロジエ