銃声が森に鳴り響いた。枝や幹に留まっていた鳥達は生存本能が働くと共に慌ててその場から立ち去っていく。間違いなくその判断は正しいもので、今から行われる惨劇には何処にも安置などある筈もなく、或いはあったとしても直ぐにロジエの手によって地獄への片道切符が投げ渡されるところだったろう。
ロジエが握る、真っ黒の拳銃から薫る硝煙の臭いがツンと刺激する中でミコトは死んで冷めたと思ったその体を動かしていた。実感するのは生にしがみついてるようなごく僅かな生き心地のみ。今でも何処からか銃口が向けられているような気がして気が休めない。
現に、未だにロジエは血が溢れる手でぎゅっと拳銃を握っているのだから。
「成る程、フユメさんか。まんまと釣られたな…最高級な餌って訳だなお前は…しっかり俺がジャストで殺したくなるようなヤツを蒔きやがる」
「あ……ぁ…?」
狙撃されたのだロジエは、深林からの釣り人の餌に釣られて面を出せば掛かった釣り針が牙を剥ける。随分、手が込まれた仕組みだったが仕掛けた本人とロジエ以外、誰も理解出来ぬまま時間は進んだ。
ロジエの手は狙撃弾によって見事に撃ち抜かれてはいるが彼は痛がる事も苦しむ事もなければ寧ろ彼は穏やかな表情で微動だにしなかった。まるで痛がるという事を知らないように平然とつっ立っているのである。
「うん……ロジエ・クリシア…人類最強のハンターって感じかい…」
「黒猫様ぁ!!さっさとこんな野郎ぶっ殺しちゃってワタシを愛でて下さい!!」
頭を落ち着かせる気がないのか次々と目が回るように変わるこの惨状に今度は女が二人、乱入してきた。黒猫と呼ばれた大柄な女はスーツを着込んで黒色の髪を束ねており、右の口端を糸で縫った痕に長い前髪でうっすらとしか目元が見えない。そして取り巻くように黒猫という女の腕を抱いて年相応の幼い笑顔を見せる小柄な女が居た。同様真っ黒なショートボブに真っ赤のリボンを結んでいた。
「黒猫って……あれか。殺し屋だったっけか?んで此処にいんだよ」
「殺し屋は辞めた……今じゃギルドに尻尾を振って女を愛すだけが取り柄……」
「だからさっさと死んで下さいね!ワタシ達のイチャイチャを邪魔してもしなくても殺すけど!」
「チッ……女がぁ…テメェラどのみちこのガキが死んでも関係ねぇんだろぉ?なら人を殺した者同士ここは一つ見逃してくれや」
「確かに…ソイツがどうなろうと知ったこっちゃないけど……ライダーが死んだらボーナスが減らされちゃう」
「ボーナスゥ!!ボーナスぅ!!」
この女、或いはギルドという組織自体がとっくの前に放置されえ食せぬ程に腐りきった卵のようであったのか目も当てたくなくなるような惨状である。不純物を混ぜた、煮えくり返るマグマが互いに波を打ち合うように統合性が見られない。内輪揉めも度が過ぎれば内戦と成る。
ギルド保有の最高峰の戦力と人類最強がぶつかり合うという前代未聞の大決闘が今、行われようとしていた。
「……逃げるか」
そんな矢先に彼からにわかに信じられぬ思いがけない言葉が出た。仮にもこの戦場が腕っぷしの狙撃手に狙われているとしても此処で堂々と尻尾を撒く彼ではないと皆が勝手に思い込んでいた。
それには黒猫一行も面を食らった喰らったかのように立ち尽くしていた。
「……考え直してくれないか。鬼ごっこや昔から下手なんだ……」
「さっさとヤっちゃいましょうよ!!」
「んーダメ?」
「…ダメ」
ロジエは駄目かと肩を落としてあからさまに落ち込んでいる様子で長いため息をついた。深々と顔も下げて顔色を窺わせず、腕もぷらんと下ろしている。
────一見、これは降伏のポーズなのでは、と尻餅つくミコトは傍観しながら思う。
手には銃弾で空けられた穴があって拳銃を撃とうものなら撃った時に向かってくる反動が傷を抉る感覚で襲い掛かって、武器もそれ以外は見当たらない。例えあったとしても黒猫一行と彼の距離は拳銃を構えて狙いを定める時間は稼げる距離、隠せる程の武器は短刀かその程度。形勢は一目で分かる。黒猫達の勝ちだ。
なのに。なのに、ミコトの心を鉤爪で抉り取るような圧迫感と本能的な危機感の正体は一体何なのだろうか。
ミコトは息を飲んで瞬きをする。
ット────
目蓋を閉じて、開ける一瞬の隙だった。さっきまで聞こえていた彼のため息も、ぽたぽた垂れて血の水溜まりまで作って鳴っていた音も、そしてロジエの姿さえも一つの足音と共に虚空に消えてしまった。
一瞬の出来事に黒猫一行も理解が追い付いていなかったが何かを察知した黒猫は汗を垂らしながら急いで背中から剣を抜いて自分と女の身を守るようにして構えた。
───二秒後
「────っ!!」
「キャっ!?」
構えた短剣に並のモンスター以上の、ドボルベルク相当の攻撃の重圧がのし掛かり凄まじい金切り音が響くと同時に黒猫達は後ろへ押されてしまう。
空間から湧いたように現れた衝撃波は幹を容易く薙ぎ払って螺旋状に渦巻くと勢いよく黒猫達を通り過ぎて立ち塞ぐ物を全て木っ端微塵にした。台風がその中心に目を作って巨大な渦巻きを形成して薙ぎ倒すように、或いはそれ自身なのか、その一撃はとても比喩し難い強力すぎたものであった。
ミコトはただ絶望の海底に打ちのめされた気分に陥った。それとも幸運だったと喜ぶべきだったかも知れない。あの攻撃が自分に刃を向けずに通り過ぎ去って行ったことをこの瞬間は噛み締めるべきだったかも知れない。
───しかし、刻一刻と過ぎた時間は戻らなかった。
「よぉ……帰ってきたぜ?」
「しまっ!?」
ロジエによって不意に背後を取られていたミコトは急いで腕を振って払おうとしたが手を動かす以前に彼は横顔に鉄の鈍器で殴られたような激痛が走って、彼を小石のように数十メートル吹き飛ばした。道中の木々は彼の背中でへし折ってようやく地面を引き摺り始めた体は動かなかった。口からも鼻からもドババ、と血液が垂れ流れる。
立ち上がろうとしても起きない体を必死に動くよう促すがロジエはそれを見逃す程節穴の目を持ち合わせてはいない。
「あがっ……うぼぇ……」
「なぁ~逃がす訳ねぇよなぁ?」
ロジエがまた目の前に現れる。必然的な事が今から起こるのだ。このまま楽に殺される訳がない。
このロジエという男は詳細は誰も知らないが、とりわけライダーに深い恨みがあるのだ易々と殺してそれがこの男の復讐としては成り立つとは思えなかった。
拷問同様、散々に痛め付けてから相手から死を望むその時まで爪を剥がし、針を飲ませ、指を切られるのだ。
ミコトはロジエに後頭部を鷲掴みにされて、そのまま彼の頭部で鋼を打つように地面に強打させた。一度足らず何度も打つように、打つように、打つように、打ち尽くした。やがてはその力強さで地面の方が凹み始めてゆっくり掴んだ顔を持ち上げると、血がのりみたいに顔面から凹みまでの隙間を粘着性があると思わせるほど垂れ続けている。
ミコトはその激痛のあまりいつの間にか気を失っていた。彼の顔で作ったクレーターに血が溜まって噎せる程の血生臭いものが鼻を刺激する。
「酷い奴だ……コイツの面はそこそこ良かったのに……」
するとまだ続けようとしていたロジエの手を止めるように黒猫は数メートル離れた背後に足ってはなしかけた。手に握られているのは盾無しのゴールドマロウ。ハンターとしての腕が高い事が言葉要らずで証明されていた。
「あー…女ぽいってか?これだから……」
「何だ………」
「いや、女なんてしょうもない事によく命を懸けられるな。そんなに女が好きか?」
「……その方が楽だろ。難しい事を考えるより上に言われた事を脳を殺して取り組んで馬鹿に成れれば万々歳だろ……。幸せだ」
「~ッ?」
ロジエは不満げな顔色を浮かべるとスーツと内側から慣れた手つきで双剣を取り出した。双剣から滲むように光る青がかった緑色は仄かに彼の手元を照らす。双剣とは思えない程の刃の大きさ、煌めく甲殻のきらびやかな装飾。
黒猫には見覚えがあった。その異形の双剣に確かな覚えがある。
「………!本当か……まさか、お前がソイツを持っているなんてな…」
双霹刃ユイガドクソン。最強であり、ただ一つを除く全ての運命等に興味を無くした彼を示すような武器である。
「………高く売れるだろ」
「売らねぇよ!!」
途端、ロジエの右耳が轟音と共に消し飛んだ。噴き出すように溢れる血の噴出口をロジエは驚きを隠せぬまま押さえた。
カランと落ちる双霹刃。
「アギャァ!?クッソ~!?またフユメさんかよぉ!?」
悶えるロジエに追い討ちを掛ける黒猫は一気に斬りかかった。突発的に手を出したロジエの手首を切り落とし、そのまま口の中に剣をねじ込んで押し倒した。ロジエは刃を噛んで踏みとどめて、そのまま黒猫の腹を蹴っておよそ三十メートル程吹き飛ばす。
「あー……ウソだろ~」
彼は言う。
「あ~手が切れちまったァ~……」
まるで他人事のように呟くロジエに黒猫は拭えぬ不信感を抱いていた。絶望的な状況の最中、まだロジエに大木の如くぶっとい勝ち筋があるような、黒猫は勝利を確信出来ぬままでいた。
「まだ何かあるのかい?……ロジエ……」
「とっておきさ。ビックリして目ン玉飛び出しちまうかもしれねぇぜぇ~?」
何かを隠し持っていると確かに気づいた黒猫は咄嗟に身構える。攻撃に臆病でいれば何かしらが飛んできても回避をする事だけは出来るかもしれない。緊迫が強くなる。
ロジエの切断された手首の断面から秒針を読むように血が溢れ出ている。ポツン、と垂れて鳴る音がより緊張感を高めていた。
満ち潮の時、海が荒波を打って生物を呑み込むのと同じく、ロジエは鋭い矛先走らせて波のように素早い動きで一瞬で黒猫に近づいた。
「師匠!!なにっ……してるんですか!?」
森に少女の叫び声が響き渡った。その声はロジエと黒猫の動きを止めた。
そして目ン玉を飛び出させたのはロジエの方であった。
「………ミーナ」
遡る事、数時間前~
「文ネ。アナタ達宛みたいヨ」
それはミーナとメイリンが三期団の気球船で期団長との話を終えた後、食事を済ませようと少し食事処で待機していた時の事だった。
期団長がほんのり厚い封筒を持って彼らの前に現れた。
「ん~?俺じゃないんじゃない?新大陸に知り合いいねぇーしミーナちゃんでしょ」
そうやってミーナに封筒を渡すメイリン。彼女はしぶしぶ中を済ませようと確認すると折り畳まれた手紙が一枚入っていた。ミーナはそれを取り出して広げる。
「あ、これメイリンさんに届いてますよ」
「え!?だーれだよ俺に届けるヤツなんて……これフユメさんの字じゃん」
「差出人書いてないですけど分かるんですか?」
「あー…長いからな」
ぼんやりと手紙を眺めるメイリンを急かすようにミーナは手に取られた物を覗いた。
「『古代樹の森にミーナと来い。詳細はそこで話す。』だってよ。んな手紙なんざ書く必要があるって事は重要っぽそうだなミーナちゃん」
「置き手紙みたいな感じですかね?」
「あーそこ?」
大した考えは持ち合わせてはいなかった。まるで友人に誘われる感覚であった。
だからこそ、ミーナは正真正銘のこの悪夢に目を背けたくて仕方なかった。
「師匠……..どうして…!?それより腕が!?」
木々の間から体を乗り出させていたミーナは明らかに負傷しているロジエに近づこうとする。
「あー動かないでもらえますぅ?殺しちゃいますよぉー?」
「えっ!?」
背後からの声に振り返ったミーナは額に銃口を向けられていた。向けるのは年端もいかないようなリボンをつけた少女であったがメイリンやフユメと同じよな白シャツを着ている。
「あれは君の子かい?」
「美人だろ」
「イイ女だな………」
「ケッケッケ。アイツに似始めたイイ女だなぁ……」
ロジエは懐かしそうに呟いた。
「いよいよカオスだな…死ぬ覚悟をしとけ……」
「楽しくなんのはこの後だよ黒猫ぉ!」
いよいよと互いに柄を握る力が強くなる二人にもう一人混ざる男がいた。
「楽しそーだけどよぉ…こりゃどういう状況だァ?」
メイリンも混ざり、舞台は整った。
読了ありがとうございました。
次回は文字マシマシ、内容モリモリでがんばります。
あと人気投票もやってるんでよかったらお気に入り登録とかも一緒にお願いします^^
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを…
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