ミーナは仄暗い中、四角推の天井を仰いでおる。ずっしりと重い体は起き上がらず、ただ真上に吊るされているランタンが眩しいだけだった。
顔だけをずらして辺りを確認するとどうやら此処はテントの中らしく、真横でメイリン傷だらけのメイリンが座っていた。
「メイリンさぁ……?」
「喋れそうだね。よがったぁ…」
メイリンはあからさまに安堵していた。こうやってよく読み取れるのは彼女自信もそういった態度を取ることが多く、自分でもその自覚があったからだ。
だからか、どうしようもない不安に襲われて、一瞬の安心感を手にしているメイリンを見るとミーナも同じような気持ちに浸かっていた。
「……あれからどっ…!?」
ミーナは急に痛み出した頬を押さえた。触れると違和感のあるものが感じ取れた。糸のようなのが頬に縫われている。
「あぁ………痛いぃ…」
「応急措置…糸を縫っただけだけどよぉ。マァ…喋れれば頑張った甲斐があるな」
彼は話しながら赤みがかった白色の布を巻いている肩を抑えていた。ややひきつった顔は痛みに耐えてる顔。メイリンすらも大きな傷を覆ってしまった。
ミーナの割けた頬も耳元に到達するまであと一歩のところまで抉られて一生治らないと自覚する。切断された腕が生えないのと同じだ。あまりにも傷が深すぎる。
「あれあら……どうなったんです…?」
「俺も直ぐに逃げてきた。ロジエさんの生存はわかんねーけどあん人なら死んで…死なないと思う」
「肩…大丈夫ですか」
「君の頬っぺたよりマシだね」
まるで葬式みたいな暗さの雰囲気でさえ明るそうなメイリンが言葉数を失ってミーナに寄りだすと彼女の背中を擦った。その手つきはやけに優しい。
「………辛かったな…けど今はもっと辛くなる…」
優しくされて、ミーナは涙を流していた。
「私がっ………悪いんですかね?何にもっ…してないじゃないですかぁ…!なんも悪くないじゃないですかぁ…!」
「………君がロジエの子供だからだ」
泣きじゃくるミーナにメイリンは確信してるように言い放った。どんと心臓に槍を突き刺された感覚が彼女を襲い、瞳から光が無くなった。
「え………?ハハ……んの冗談すか……全然笑えないですよ…それじゃまるで生まれてきた私が悪いみたいじゃないすか……」
「───そうだよ」
零れる雫が多くなる。
「えぇ……?いやぁ……そんなぁ…」
「皆、口を揃えて言うよ。君は生まれてこなければ良かったってね」
「えっ……あぁ…いやぁ……ハッ…ハハ…」
声を出して泣くミーナをメイリンはそっと抱き締めた。もう拠り所を無くした彼女は失望したように壊れかけている。
「心配すんな。俺は君の味方だ…」
「うえぇ………?」
「俺は思っちゃいねぇ」
ミーナはメイリンに身を任した。
「私…好きな人がいたんですよ。けど死んじゃって……それでそれから好きな人が一人も出来てないんです…。でも、メイリンさんなら初めてでもいいです……」
しどろもどろになりながらもミーナは続けた。
「もう…色々考えるのも、全部嫌です」
「あぁ………俺も嫌いだ……」
「ミコト…お前大丈夫なのか?そんな大ケガでよ」
「食事は取れてます。至って問題無いです」
「機能面の話じゃねぇよ」
二人は生活区のカフェテラスでテーブルを囲んでいた。
「護衛が付くらしいな。フユメさん紹介の人達だ、頼れる人だろうな」
「僕は貴女の方が良かった。きっとそんな人達よりもよっぽど腕が立つ」
「私は嫌だ…」
根から出たサシャの言葉にミコトは呆れる。
彼は左目に眼帯を着けてあちこちに絆創膏を貼っている。見たまんまの重症にサシャも心配していた。
「……大体情報は入ってるんだよ。ミーナの父さんがライダー殺しだったのも、今アステラは飛んできたギルドナイト達に牛耳られてる事もな……」
言葉を続ける。
「けどよ……ミーナとメイリンさんの情報は何一つ入らねぇんだよ。おかしいぜ。ミーナの父さんがライダー殺しなんだ、ミーナの情報はゼロ。それにいっつもはフユメさんにベタなメイリンさんも居ねぇ。おかしい…」
「………僕に訊いてるんですか?何も知りませんよ」
「そうか」
サシャは慣れた手つきで懐から煙草を取り出して火を着け一服し始めた。ふう、と煙を漏らした。辺りに服流煙が漂ってヤニの臭いがする。
「僕はもうその臭い嫌いになっちゃいました……」
「……そうか」
ミコトがそう言うと彼女は口から煙草を離してテーブルに擦り着けて火を消した。
「少し…禁煙する…」
「へぇ…サシャらしくないね……」
「フユメさん……」
ひょこっと顔を出したフユメにミコトは緊迫した表情をとる。不気味であった。件の事があってから彼女への警戒心は並のモンスターより遥かに凄い物になっている。
「……あの、ミーナって今どうなってるんですか?」
「………言いにくいんだけど」
「────ミーナちゃんは死んじゃったよ」
「はぁ……?」
「そんなっ!?」
不可解な事ばかりが襲った。信じたくもなければ、受け入れる筈もない悲しき事実。ミコトは自然と涙目になる。
「えぇ……だぁ…だって…ミーナが死ぬ筈ないですよね!?」
「フユメさん。何の冗談だ?…ホントじゃないだろ………ホントなのか?」
全否定するミコトとサシャにフユメはフォローするような言い方でミーナの事を語り出した。
「まぁ少し語弊があって死体を回収、いや確認が出来てなくてね。おおよそ皆、死んだと仮定しちゃってるから扱いがそうなってる感じかな」
「……死体も見てねぇのに死んだ扱いって変じゃないすか?んな、ミーナの扱いをそうしてーみたいじゃないすか」
「うーん、どうだろうね?まぁ…コーヒーを貰おうかな」
同席したフユメは直ぐにコーヒーを頼むとすらりと伸びた脚を組んで肘を置いた。いつもよりも上機嫌彼女の事は放置して、ミコトは恐るべき体験を思い返しながら話し出した。
「本当に…あの人はミーナの家族なんですね…何で殺されそうになったんだ……」
「うーん。ロジエ個人に恨まれてるなんて事はないね。実際、君以外のたっくさんのライダーが狙われて誰も還らぬ人となったんだ」
「殺しのプロなんだろうな。モンスターにおいても人にしても、あん人にとっちゃ全部獲物でしかねーんだろうな」
人の心がないと説く二人にミコトは掛ける言葉を見失った。静かな空間が長続きしているとテーブルに頼んだコーヒーが運ばれて解き放たれたようにフユメは告げた。
「実はね、今度また大きく編成されたパーティーでロジエ討伐に向かうんだけど、その時に君達にも来てほしいんだ。何せ気になるでしょ」
少し引いているサシャは訊いた。
「んでミコトまで連れていくんすか…私で十分でしょ…」
「ミコト君にはその他責任があるでしょ?自分でもそう思わない?」
取っ手に指を掛けて湯気がまだ昇るコーヒーを静かに飲んで一息つく。
ミコトも口出しをしないまま暫し時が過ぎるとフユメの後ろにぞろぞろとスーツを着込んだ男達がやって来てフユメの耳元で何かを喋っていた。
終わると視線を二人に戻してフユメは話した。
「ロジエが見つかったみたいだね。今は大蟻塚の方に居るらしいから準備が出来たら来てくれる?」
二人とも互いに顔を見合わせて返事はしなかった。
「黒猫さまァ~これから何処に行くんですか~?」
「ん………ちょっと…」
黒猫の腕にしがみついて離れないリボンの少女のチャオシンは馴れ馴れしくもあり尊敬した言葉でこれからの行き先を訊いていた。
古代樹の森の奥、エリアマップにすら載ってない非推奨の場所でロジエからもギルドからも逃げている最中だった。
「う゛ぅ゛~~…まだあのデカ女に蹴られた鼻が痛いィ………」
「後で絆創膏貼ってあげる」
「ヤッターーー!!」
軽快に足を運ぶチャオシンは頬を赤らめて黒猫に抱きつくのだった。けれども黒猫の視線はピンインではなくおおよそ五〇メートル程離れた獣道の先を見ていた。
暗闇の中にピカリと煌めいた瞬きが交差してやがて静止する。煌めきの点は二人を狙ってるかのようにじっと見つめてくる。
黒猫は直ぐに両手を頭の上に挙げた。煌めきの正体は拳銃を構えるギルドナイト。フユメが率いていた特別隊の一員であった。
遥か離れた先からも正確に急所を狙って構える腕前はそうそうギルドナイトにも居ない、フユメ直属の秘密にされていた部隊は策略においても並々ならぬ少数精鋭の軍隊である。
「動くなよ…いやロジエ達じゃないな…どうする?武器を徴収するか…… 」
「□□□!□□□□□□。□□△△」
「□□□~?」
「えっ!何語だ?言葉わかんねぇ…どうするよ」
両者共に聞き覚えのない言語での受け答えに動揺する二人のギルドナイトの男は拳銃を構えながら四〇…三〇…二〇と距離をジリジリ縮めた。
しかし黒猫が挙げた片手を前に突き出して男達を逆に静止させる。これ以上は互いにデッドゾーン。一触即発、動けば互いに殺せる距離である事を指した。
じりっと辺りに緊張感が漂い、恐怖の風は男達に吹き始める。
「□□□□□□。□□────」
「んて言ってんのかわかんねぇだよっ!!」
「クソ!?撃つか!?撃っちまうか!?」
焦りが見え、煮えたぎる切迫感を暴露してまで掛ける指に力が籠る。
「────……もう殺していいって意味だ」
「は?」
男達が抜けた声を出すと後ろから後頭部に向けて二人同時に銃弾が放たれた。額には掘ったように穴が空いて倒れる。
背後から撃った二人の女は直ぐに黒猫のもとへ駆け寄って抱き付いた。
「殺した!!パンッて!!ご褒美!!ご褒美!!」
「……………パァン」
「可愛いお嬢さん達、ありがとうね。ちゃんとご褒美も用意してあげる」
抱き付く少女達に優しく花束を扱うように丁重に抱擁すると黒猫は警告するような口調で告げた。
「少しギルドナイトの腕が上がってる…用心しないとお嬢さん達も危ないよ。囲まれないようにね」
「は~いっ!!」
「はいっ!!はいっ!!はいっ!!」
「ウン………」
転がる死体を見て高身長の無口な少女、レン・ジンは墓荒らしが如く死体を隅々まで漁っては拳銃から銃弾、作戦内容が記された手帳まであらかた掘り出して有益に繋がる物を見つけていた。
黒猫も手帳に目をつけては手に取り、ページを捲り出すと、そこにはロジエが大蟻塚に逃げ延びた事や、ミーナとメイリンの追跡と彼女の抹殺、そして黒猫一派の処分の事が記されている。字は男のものだろうがこれを指示し、男達を裏でまとめ上げているのは間違いなくフユメ以上の階級のギルド内部の人物であろう。
少なくとも今のギルドは公にはしていない秘密の階級が存在している事から霧がかった深淵、或いは聖域と呼ぶべきであろうか、一般には知られてはならない領域が存在していた。
現に、黒猫一派はギルドの内部も最深部、元帥と位づけされる男から直接依頼を受けている。その額も素晴らしく一人殺せば五〇〇万ゼニーが入る事になっている。常識から並外れた聖域からは神の懐からもお恵みが貰えるらしい。
「美味しい話だと思ってたんだけどなあ………ミイラ取りがミイラになっちゃった…」
「五〇〇万!!五〇〇万!!」
きゃっきゃ騒ぐ青髪の少女は黒猫に口づけを求めた。そっと彼女はそれに応えると少女の背の高さに合わせて顔を近付けると濃密にキスをする。
黒猫はキスを交え終えると男の死体を担いで命令した。
「ホウシン、仕事の時間だ。この死体共を改造しろ。手早くな」
「キキキ!!改造!!改造!!」
ポケットから取り出した煙草を咥えて火を点ける。四人の女達を囲むように白煙は薄くとぐろを巻いて漂った───
「これから…どうなるんすかね…もしかしてずっと隠居生活?」
「あり得そうだなあぁ……ケドそっちん方が幸せだったりすんのかなぁ~……辞めてみたらハンター稼業」
下半身に毛布を巻いて体温を保持しているミーナはこれからの事を話していた。追われる事になれば隠居生活を強いられる羽目になる。事が終えるまでは新大陸に隠れて隙を窺っては連絡便に搭乗して抜け出す。それでもギルドの連中が残れば厳重な警備を掻い潜っての出航となるだろうし、一度は大人数での大捜索が行われるのだ。隠居生活にも限界はあれど、道半ば命を落とす方が容易いのだ。
ミーナは落ち込んだ。沼だと思っていれば底が見えぬ深海だったりするものだ。
「怖いですね…何時此処がバレてもおかしくないですもんね」
「来ても少人数だろうなあ。ロジエの方に人材は割くに決まってる」
彼女達が隠れているベースキャンプもマップに載っている公表されたもの。しらみ潰しの人海戦術を取られれば今バレてもおかしくない。メイリンは出来るだけ件の場所から離れた位置のベースキャンプに移動したつもりでいたがキャンプを取ったのは誤りだったかもしれないと後悔した。
時間は然程経過していないにも関わらずミーナは窶れている様子でメイリンに寄り掛かった。少し乱れた彼女の髪が揺れては香り立つ。
メイリンはこの最悪な日に色んな事を知った。ミーナの首筋、匂い、泣き顔、弱さは普通の少女とは全く違う事を見て、嗅いで、覚えた。今は彼女を年下の幼き少女として捉える事は出来なかった。大切だった彼女に似ている彼女を見ているとメイリンはどうにかなってしまいそうだった。
「これがぁ性欲かあ……」
「え?」
メイリンは気まずい雰囲気を作っては見なかった事にこれ以上何も言わず口を紡ぐと二人とも黙り込んでしまった。流石に失言が過ぎてしまっていた。とてもうっかりとは言い難い。
「ん…ひ、独り言おぉ…?」
「あぁ…そうすか…独り言お…なら仕方ないすね…?」
互いに困惑しながら疑問形で話は進んでいた。内容なんて白紙の紙っぺらより薄いものだが理解しようとしないため思いの外スムーズに会話は進んだ。
しかし、テントの下ろされた出入口にふと影が過った。その一瞬でびりっと緊張感が漂った。メイリンもミーナも直ぐに行動に移せるように構えを取って一言も漏らさずじっと目の前を見つめる。
そして影が飛び付く。
「近づくんじゃね─えぇ!?」
「旦那さまぁー!!」
「ルルネ!?」
飛び付いた影は久しい奇面族の少女ルルネだった。
ルルネはメイリンの顔に張り付くと焦ったような口調で告げた。
「に、逃げるルル!そこ、そこまでぇ来てるルルよぉ!?」
メイリンもミーナも目を丸くして外を眺めていた。
読了ありがとうございました。
いや、ホント文字少なくてすいません。
出来るだけ精進するので許して下さい…
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを…
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