導きの青い星と蒼い絆の物語   作:MAMYU9

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夢と夢とやっぱ夢

 此処に居ると季節感が薄れていっている、と黒猫はコーヒーカップを片手にぼんやりと考えいた。ふわふわと昇る湯気がうっすらと彼女の顔を靄が掛かるように隠していた。

 まだ夜は明けたばかりの空はほんのり青を足した白色に染まっていて少し肌寒い程度の気温はカップ越しにコーヒーの温もりを感じるには丁度いいくらいだった。

 

 まだミーナもレンもテントの中でまだ寝静まっている。今聞こえる音は優しい風が落ち葉を少量運ぶ音と、コーヒーを飲みやすいように息を吹き掛ける彼女の吐息の音だけだ。朝の静けさと呼びたいものだが嵐の静けさであろうか、小鳥達が鳴きながら二回り程の頭上を通って行った頃には連れて周りも騒がしくなってくる。

 

 ずずっとコーヒーを啜って身体の芯が暖まったのを感じるとふと背後に気配を感じた。

 

 「朝早いんだな。いつ頃から起きてた?こんなコーヒーまで作って」

 

 いつの間にか背後に立っていたメイリンに黒猫は何だ、と少し落胆して彼の質問に返した。

 

 「いや、つい先程だよ。それにしてもこのコーヒー豆が良いのか美味しいな…」

 「それはフユメさんの好きな品種だ。あんたなんきゃに使うにゃ上等過ぎる豆だよ」

 

 すると黒猫はうえと舌を出して嫌そうな顔をした。

 

 「あの女の好きな豆かよ……」

 「しまえよ汚ねー……」

 

 余程気に食わないのか含んだ状態で開けた彼女の口からはコーヒーが垂れている。よくも熱い内にそんなにも含んだもんだと変な方向に感心していたがやはり汚い。

 

 「……別の豆はないのかい?」

 「クソ女原産地でも行ってろ」

 

 勿体無い、と内心叫びながらメイリンは空のカップを掴むとまだ温もりのあるポッドから残ったコーヒーを注ぎ込んだ。白い湯気が昇る程ではないが仄かに暖かさを感じられるそれは時間の経過を実感させられた。

 

 まだ肌寒い朝にコーヒーは染みた。

 メイリンは今まで起こった全ての事を忘れて温かくなった息をホッと吹いた。こんなにも平和だといのについ昨日ぐらいまでは酷く銃声がしていたのだ。

 この聖域とも呼べるセーフゾーンを出てしまえばかつては穢れ血と恐れられた渇きものが牙を剥き、それを狩る者達が見境なく殺しに掛かってくるかもしれない。

 聖域とは呼ぶが、言ってみれば彼らの目の敵である忌みものを寄せ集めたような禁足地に変わりない。

 地獄とは、それだけで地獄なのだ。

 

 メイリンの心には迷いがあった。今、このままサシャを上手い事誘導させて船を出させ黒猫に陽動から最後の護衛まで任す作戦に何の狂いもないのだ。だが、少なくともフユメはミーナを一人の穢れ血として殺したがっている事を知ってしまった。頭痛を惹き起こす程の苦悩に呑み込まれどうにかなってしまいそうだが深く落ち着いて考えた。

 自分にとってどっちがより大切か、そして利益の有ることか。下唇が充血する程噛み締めて考えた。考えに考えて考え続けた。

 

 「───。───い。───おい」

 「……っ!」

 

 没頭し過ぎたか黒猫に声を掛けられるまで彼は斜めに向けて垂れ流し続けたコーヒーに気が付かなかった。さっき自分から注意したばかりなのにと己の不甲斐なさに反省した。

 

 「何をそんなに考えてる」

 「……こうも色んな目に遭うと何が正しい行いなのかワカんねぇだよ……ずっと悩まされる。はっきり…もう魘されたくないんだ」

 

 彼の真っ赤に膨れ上がった下唇は小刻みに震える。

 その様子を見て黒猫は少しばかり呆れながら彼に助言した。

 

 「なら難しい事は考えるな。ずっと先後悔するかどうかなんて分からんだろう。だから、なるべく嫌じゃない道を選ぶんだな」

 

 何とも自由に歩き回ってきた彼女らしい助言ではなかろうか。放浪者にこそ、自由で責任の無い言葉が似合うのだ。

 だがまあ、メイリンは彼女のそういう所に救われた。何だか気が軽くなったような感触が得られた。

 

 「あぁ……まぁ確かにな……テメェに助言されるなんてな……けど楽になったよ。あんがとよ」

 「まさか私もお前に助言するなんて思ってもみなかったさ」

 

 互いに棘のある言葉を交わしたが彼は確かな信用を彼女に置いていた。

 

 「ミーナを助けるんだろうメイリン。努力は惜しまない方がいい」

 「そうだよな……今度は俺が助ける番なんだよな……」

 

 小さな種火に燃え盛る焔がくべられた。まるで粒子状の意志が、くっきりと見える程の形を保って体現したような感じだった。

 メイリンには明白な、やるべき事があった。

 

 「守りたいもんを守るんだ。例え俺が代わりに死んでもな」

 「せめてその篝火が消えないように願っとくよ」

 

 篝火は燃え盛る。

 強い意志であった。もう誰に止める事は出来ないだろうそれは心強かった。己が内にあるものだとしても行動に移すには強い意志と賛同者が必要である。意志が無いものは挫け、また賛同者の無いものは途中で折れてしまう。

 

 篝火とはいうが、鯔のつまり火というのは強い意志であり、それは持つ枝こそ真、強き者である。

 

 「それとだ…どうするんだ?相手は癪だが……フユメが仕切ってる部隊だ。行き当たりばったりで何とかなる相手じゃない筈だ。お前の事だ、策はあるんだろう?」

 「サシャちゃんに船を手配するように頼んだ。俺らが脱出経路までミーナを運ぶ。其処まで行けばお前達も船に乗せて出てもらう」

 

 腑に落ちない黒猫は問い掛けた。

 

 「船を出すって…調達出来たって操縦が問題だろう?」

 「付き添いが居るらしい。何でも、サシャちゃんと親しい仲だったそうだから信用は出来る筈だ」

 

 あんたが裏切らなければな、とからかって自嘲するメイリン。

 

 しかし、黒猫は決して笑わなかった。

 ──どうやら彼女にとってつまらない冗談だったらしい。

 

 「悪い冗談だが──笑ってくれないか?」

 「笑えん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーナは夢を見ていた。

 

 まるで底の見えぬ深淵への落とし穴に落ちている浮遊感に魘されて暗闇を彷徨いていた。途方に暮れて、道標の無い此処は今彼女が置かれている状況を抽象的に写し出していた。

 

 眠っても悪夢、醒めても悪夢とは何とも酷い話ではないか。

 

 何処からかヒゥーヒゥーと風の音が響いた。

 

 出口が在るのだろうか?だとしたら光が一筋でもある筈だ。

 

 ミーナは導かれるように歩きだした。

 

 

 あれ……なんだか……

 

 「──懐かしい匂い……」

 

 

 

 

 ふと、目を醒ます。

 眩い光が辺りを照らして広い広い青い海が浮かんでいた。あぁ、あれは空なのか。

 

 此処は現実なのか。いや、そんな筈はない。確かに彼女はテントの中で眠りに浸かっていた筈だ。ならば此処も夢と言うのか。

 

 夢に醒めるのは初めてのことだった。

 

 何故だか手足の自由が効かず鈍った体であった。長い髪の感触も感じられず、禿げてるように後頭部から布が肌に触れていた。

 

 視界はやや狭い。しかし、そんな世界に写り込む肉付きの悪い、指が伸びきっていない赤ん坊の手が見える。

 

 

 

 ───私は赤ん坊になった夢を見ているのか?

 

 

 陽光が眩しく照らす籠の中の赤ん坊はぎょっと青空を眺めていた。悪夢ではない。晴れたごく普通の日常を見ているというのか。

 

 まるで夢だった。いや、夢なのは間違えないが言うならば天国を游ぐ回游魚にでも生まれ変わった気分だ。今まであった憎悪や不安がさっぱり消えていた。

 

 そんな折、彼女の籠は大きく揺らされた。それはあまりにも自然で意図的にとは思えない程に荒々しい酷いものであった。

 

 ──つい夢心地の世界で発狂しそうになる。

 

 支え手に何かあったのか、しかし今の彼女では状況を確認しようともそんな事さえ儘ならない体だ。

 何とも不便な赤ん坊の体だ。

 

 「私の可愛い児よ……どうか行き長らえて……」

 

 その時だった。ミーナの頭の中に理解し難い神秘的かつ脳を抉るような特別な衝動が過り、またそれを瞬時に理解出来た。

 

 何だこの懐かしさは、初めての女の声は到底聞き慣れたものではない。すすり泣き、今にでも消えそうなくらい掠れた弱々しい声だったがそれは脳内に直接響いたのだった。

 

 まさしく聴覚的な閃光だったと言えよう。

 

 何かをくすぶっていたそれは、まさしく長いことミーナに欠けていたものだった。久しいものと言うには最初から無かったと言う方が適切であろう。

 

 それは、彼女の母親なのだろう。

 

 彼女には、歴史上、確かに存在したかどうかさえ曖昧な半ば幻に近いものだった。幻獣、キリンという古い龍が確かな存在かどうかとされるようにまた、彼女も霧だった。

 

 そんな彼女が今、微かに声を放って、居るのだ。

 幻だろうと夢だろうと本当に居るのだ。

 

 ふと、赤ん坊の視界に写る母は実に奇妙な格好をしていた。

 

 全身を覆う程の黒装束にフードを深く被り込んで目元を血が滲んだ包帯で隠す。しかし、首に掛かった宝石のネックレスは際立って自らの高貴さを醸し出していた。

 

 母は、覚束ない小刻みに震えた手で優しく赤ん坊を入れた籠を地面に置いた。

 

 手の甲は赤く染まって、火にでも炙られたかのように見るに堪えない有り様だった。

 

 「どうか…あぁ、どうか愛しの我が児よ……貴女だけは…」

 

 掠れた声で嘆き、母は膝を着いて祈り(・・)の姿勢をとっていた。母はもしかしたら昔、或いは現在に存在する、何処かの宗教団体の一員だったのだろう。

 

 そう考えれば奇妙な格好にも理由がつく。

 

 そんな所に母の背後から二人組の男女が現れた。顔は見えないが女は木製の、キィキィ軋む車椅子に乗って男は古びれた曲刀を手にしていた。

 

 ミーナに悪寒が走る。もう囲まれてしまっている母は逃げ出せない。しかも彼女はまだ手を組んでその姿勢を保っていた。

 

 けれど、それを保ちながらも母は声を放った。

 

 「私を…殺すのですね?その曲刀で首を切り落とし、その散弾銃で胸に穴を空けるのでしょう?」

 

 彼女は、驚く程冷静だった。振り返って二人組を見つめる目も──そもそもその包帯の奥にあるかも分からない──吹雪のように冷たいのだろう。

 

 母は、袖口から剣を落とした。やけに重厚な短剣だったが、それは次の瞬間に変化を魅せた。

 

 

 美しい、滑かな変形を遂げて柄は細長く、鎌状に片方を伸ばしたそれは古いカラクリ武器(・・・・・・・・)だった。

 

 今の彼女はさながら、童話に出てくる黒装束に身を包んだ死神だろうか。

 

 「お()きなさい。神の落とし児よ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は激しい戦闘の末──殺されてしまった。

 あの金髪の、若い男に殺されてしまったのだ!

 

 ミーナは憤怒と憎悪に燃えていた。

 

 今、憎むべき相手が手の届く距離に居るというのに手の出せないもどかしさは鳥肌が立って目玉が転げ落ちそうになるほどに(そう錯覚すほど)頭の中は二人組の事だけが残り、それ以外は漠然としていた。

 

 「この子供はどうする……きっと、この女の子だ」

 「標的は彼女だけ。きっと───にも知られてはいない筈よ。私達で───」

 

 またもやミーナに悪寒が走る。

 

 

 なんだこの匂いは。違うだろ。

 

 否定する。

 脳で否定する。

 

 しかし、彼女の嗅覚、直感がそうだと言う。

 

 この匂いは────

 

 

 

 

 辺りは彼女達を隠すようにひまわりが咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古い、言い伝えでは円は人の尽きぬ智恵の循環を指した象徴であると。

 

 だからルーゲウス学長は車輪の形を特に好んだ。

 それを、親愛なる家族とする、彼らに首飾りとして渡したのだった。

 

 教え子の学徒達を子供として、彼は愛したという。

 

 

 今でこそ、銀の車輪の首飾りはルーゲウス学長を筆頭とした「家族」を示す証なのである。

 

 そんな折、ルーゲウス学長はある工房に依頼したという。

 

 彼は欲したのだ。自らの手に輪廻の車輪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神秘の車輪。

 

 古い学派、星輪の学長ルーゲウスが工房に作らせたと言う異端の「カラクリ武器」。

 

 現在では大剣のように扱われる異端。車輪の秘匿を破る事で神秘が開放されると言う。

 

 かつてルーゲウスは聞いたと言う。星空の「嘆き」を。

 宇宙に、何も在ろう筈も、無いだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フユメははち切れんばかりに腕を振るうっていた。

 

 その手には身の丈より一回り程小さい、大車輪を握って振り回していた。

 

 相対するは複雑に入り組んだ地形から顔を出すアンジャナフ。

 

 もう何度獣を葬った事か、フユメは滲み出る汗を拭いながらも、強く、足元に転がる死体の山を踏みしめて立ち向かった。

 

 ギトギトと滴る大車輪はまるで飢えているようにギィコ……ギィコ……と内臓された神秘(・・)鳴らす。

 

 頭蓋骨を擂り潰したその外見は、いや古くから凹凸が激しくなっていたのだろうが今や特別な金属で出来たそれは最早、車輪の常軌を逸脱した何かに変わり果てていたのだろう。

 

 ぎりっと噛み締めて彼女は目先の出っ鼻に向けて大車輪を振りかざした。

 

 辺りに凄まじい、形容し難い音が響く。

 

 

 「あんな強いんや…フユメさん…」

 「フユメさんは元々、大の一対一(タイマン)好きの人だったんだ。言ってみりゃ、今まで通りだ」

 

 フユメの率いた部隊は突如訪れたモンスター達の大襲撃に見舞われていた。

 

 非常事態に即座に対応していた特集部隊だったが、そんな中でも猛威を振るうっていたのはフユメだった。

 異形を振り回して、寄せ付くものを薙ぎ払って車輪の錆に変えてきた。

 

 しかし、未だ彼女は奥で唸る神秘を開放しはしなかった。

 出し惜しみではない。

 

 ただ、純粋に足りないのだ。

 アンジャナフや転がっている元モンスター共の力では神秘を解き放つ必要など無かっただけなのだ。

 

 

 だが────

 

 「随分……派手だなぁ、フユメ」

 

 憎みべき穢れが姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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ではまた
導きの青い星が輝かんことを…

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