引き金に掛ける指に、力が籠る。
間違いなく放たれたらこの距離だ。常人──またや飛び抜けた反射神経と運動神経を持ち合わせても、避けることは不可能だろう。
ぐわん、と拳銃を揺らしたが最後──閃光が夜を照らした。耳奥を痛め付ける金属音に、飛び散る小規模の花火、香る硝煙が突き進む銃弾と共に放たれた。
銃弾は見えないが、確かにその恩恵を受けてまっすぐに進むのだろう。
ならば───黒猫はあり得ない程の、天賦の運動能力にものを言わせて銃弾が自分に着弾するよりも早く、その軌道を屈むことで避けてフユメたちに近づいた。
普通、じゃんけんで後だしとは強いのだ。だが、いや、例えの話だがもし自分が後だしで、だす拳が無かったのなら、もはや勝負にもならないのだろう。
しかし、先ほども述べたが…それは例えの話である。
勝負とは公平の元にあるのではなく、公平にねじ曲げてこその真剣勝負だ。
敢えてもう一度、言わせてもらおう。
後だしとは強いのだ。
「…………!」
「此処で終わりにしてやる…!」
黒猫は疾風が如く駆けて降りてきた絶壁を蹴り飛ばすと、その反動で、より精練された、首を刈り取る為の動きを実現する。
飛び出した黒猫に弾丸を外したフユメは微動だにせず、それ以上に彼女に視線を向けることさえしなかった。
不気味だが、何にせよこれ以上に好機会は待っていられない。
しかし、隣に付く長身の男の蹴りが黒猫を妨害した。
「…………ッチ」
進行方向に蹴りを入れられ直ぐに戻る様は流石黒猫といったところか、だがこの勢いを失ってしまえばきっと勝負は呆気ない方向に終わってしまうだろう。
黒猫は勢いのついた篝火を絶やすことなく猛攻に打って出る。
素早く抜かれた二本の剣は金銀を主調とした斜陽の火竜と臨月の火竜、その伝説的な陽月が宵闇に耀く。
途端、黒猫が姿を眩ます。
彼女の狩りが始まったのだ!
男女は直ぐに黒猫の居所を目で追った。しかし追い付ける筈が無いのだった。
もはや止めどなく、また後悔するには遅かろう。
彼らの愚行を一つ挙げるとするのならば、彼女の独壇場であるこの人の真意さえも見失いそうな夜に、勝負を仕掛けたことであろう。
疾風の如く、またそれが過ぎ去ったのすら感じさせないほどに高速で仕掛けた。
まるで風を視認出来るようになったと勘違い───麻痺するようになり、しかし軌道はどうにも美しく、また、見えるたびに戦慄するのだ。
よりインスピレーションされた、確実な一手が牙を剥ける。
その時、周囲を吹き抜けていた黄金の残光と銀河の軌道が確かに男の首を狙ってねじ曲げて、凄まじい湾曲を描きながら通り過ぎるのだった。
男は一瞬のことで理解が追いつかなかったが歴戦の中、鍛え抜かれた身体と磨かれた本能が動かせて、不意に避けたのだった。
時間を経て、やがて彼女の攻撃は弾けた。
対モンスター用に作られたボウガンの弾丸で唯一、破裂して擬似的な斬撃を放つ、斬裂弾。またしてもそれは特殊な調合の後になし得る物で、少なからず、人がただそれだけの技量とセンスだけで成せるものではないのだ。
たとえ彼女の実力が、ロジエに及ばなかったとしても、それでもギルドの上層部が直接、忌むべき殺し屋であった彼女を雇った訳がある。
ロジエを命からがら足留めできるほどの実力があれば、それで十分なのだ。
「おわっ」
「ひゃいい!?」
瞬く間に二人を蹴倒して、フユメの方へ駆け抜けた黒猫は両手の刃を振るい奇襲を仕掛けた。交わる軌道、煌めく線はフユメを通りすぎると再び、残光を残して走り出す。
「っ……」
フユメは肩を押さえて顔を歪ませていた。まるで紙が触れたような軽い感触しかなかった筈なのに、抉られた傷は深く、出血も激しい。
もしも、次に同じような手段で攻撃を仕掛けられたのなら黒猫は確実に首を取りに来る。あの浅い一撃でこれなのだ。彼女にとってなに食わぬ顔で行える芸当なのだろう。
残光走り出す糸のように靡いて、黒猫は曲芸士の如く、巧みに操って技を繰り出す。
地方の言い伝えではつむじ風のように素早く切り裂く、鎌鼬という伝承があるが、黒猫のそれは鎌鼬に通ずる何か、或いは上位を行くものだろう。
残光が、再び湾曲を描いて波のように押し寄せる。
弾けて、足音と残光が加速して星空の下を駆け抜けた。揺れる二つの光が束に重なり燃え尽きるように煌めき続けながら銀河の刃が振られた。
焦げる銀河の軌道に臆すこともなくフユメは後ろに隠した車輪で斬撃を防いだ。僅かばかりか、散った火花が夜を照らして黒猫は彼女の顔を窺った。
鋭い目付きの中、口角を斜めに吊り上げて微かに微笑むのだ。余裕と、そう言いたいのだろうか、彼女はがむしゃらに閃光の速さで動く黒猫を目で追いかけていた。
黒猫は焦りを覚えいていた。徐々に、この戦況が悪くなっていくのと同時に顔も引きつる。────さっきの手で少しもダメージを与えられなかったのは相当な痛手だ。蹴倒した二人も次に備えていつの間にか構えまで取っている。
これ以上長引かせるのは得策ではなかった。
「黒猫。私は一度、君のこの技を確かに打ち破ったことを忘れたのかい。破られた技で再び挑もうなんて、君も落ちぶれたものだ」
「あの時の私とは違う…!見切られる前に今度こそ斬り殺す…!」
確かなる殺意が刃に籠り、ひゅんと宵闇に身を隠す。いずれは巡ってくる好機を待ち望んで砂場に微かなクレーターを、岩壁を砕いて、飛び回った。
何かに衝突するほど加速し、それは狭い立方体の中でバウンドし続けるボール玉のように動きを止めなかった。それ故、伴って体力の消耗も激しいが巨大な蜘蛛の巣で囲んだように、初見で、確実に殺しにかかるための技。
過去に一度、初見の上でこの技をフユメに破られたことのある黒猫だが、彼女は賢くあったのだ。
「私が…!何の対策もなく挑む訳がないだろ!」
すると彼女はアイテムポーチに片手を忍び込ませそこから取り出した粒上に幾つも持ち込んだ閃光玉をばら蒔いた。
眩い閃光玉が夜を照らすと、あまりの刺激に思わず皆、目を覆った。
「目が良すぎるのも考えものだな…フユメ」
視界を奪われたフユメは頼りきっていた聴覚に異変が現れたことに気づいた。最後の黒猫の言葉を境目に一切の物音が消えていた。
───まさか仕掛けたのか!
早くも月夜、星は微笑んだのか勝敗は雌雄を決しようとしていた。誰の牙が噛みつくのか、はたまた野蛮な猫風情を見事なまでの、彫刻のような肉塊に変えるのだろうか。
フユメは片目に力を込め、回復速度を異常なまでに高めて再起させ、直ぐに辺りを身体をぐるんと捻りながら見渡す。
だが先ほどまでの残光の形はない。
───しかし急接近する空を切る音がする。
「終わりだ────フユメ」
フユメは───空を見上げた。
満天の星空に金銀の流星が駆けていた。
彼女は直ぐに車輪を振るい、だがそれは遅かったのだ。
夜の浜辺──作戦決行の前夜──歴史は動いたのだろうか。
「あっ………あぁ?……」
何かに悶え、恐れ、理解が追い付く筈もあり得ず、けれども叡智を拝領した。しかし、望んでもいない突発的な叡智を拝んだ代償は酷いもので顔の半分は人間的な機能を果たさなくなったことだろう。
目蓋を閉じた眼球さえ果して無事なのか、右の耳は定規で線を引いて切り落としたように断面は垂直で頬は正しく焼け爛れている。嗅覚なんぞ、遠の昔に人間らしさを棄てていたと思っていたが酷い臭いがする。
肌身を晒した部位に吸い付くように付着する砂はザラザラして痛かった。合間をぬって海水が口内を満たしていく。
黒猫は動かせる片目をどうにか労使して自分の有り様を見た。全身の右は果して動くのだろうか。着ていたスーツは焼け焦げて骨を所々浮かした肌は黒く変色している。半裸に近いがこうも色が変われば焼死体と呼ぶ方が近しいだろう。
膨らみのない乳房を面にして、腹部を過剰に膨らませるほどの呼吸を行う。
ぼんやりだった視界が徐々に鮮明に映し出されていく。
「おぉぉぉい!?まだ生きてんのぉ!?シッブット!?」
五月蝿い声が騒ぎ始めたと思ったら黒猫の腹部に激痛が走った。
「あがぁっ……ヒィ……ハァ……ゲホッ、ボゴボェッ!?」
腹を強く踏まれた黒猫は苦悶の表情でじたばたと転げ回った後に血と嘔吐物を混ぜた物を吐き出した。
喉の奥は焼けるように痛んで声を出すこともままならない。
何ら焼け焦げた衣服が灰になって風に拐われている。皮膚と肉の間が痛み続ける。肌寒い気候だ。
「生きてるだけで奇跡だね…」
するとフユメが随分と軟化した態度で現れた。
先ほどの冷徹な視線は面影をなくして我が子を見守るような視線を注がれていた。
「なんっ……で?」
「私の方が速かったんだよ。やっぱり、君には無理だよ」
「違……わた……が、やかった……」
掠れた声はいよいよ夜に消えて、星が視野いっぱいに広がり続けていた。
「君は神秘を見た。君は神秘に敗れた。君は神秘を拝領しなければならない。これは仕上げのようなものだよ」
フユメの声は悪寒が走るほど奇妙に優しく、鮮明になった視野に映る彼女は微笑んでいた。
「わ…たしは……なに、にまけ……た?」
断片的に単語を並べて会話を試みる。
「言ったでしょう。君は、神秘に敗れたんだ。神秘を宿す剣の、月光の熱に焦がされた、だけど君はまだ死なない」
フユメは答えた。そして優しい、温かさで続ける。
「君は神秘を見れた。素晴らしい素質だ!君は、あの戦いで確かに別次元の、思考の世界で戦っていていた!後は神秘を拝領さえすれば!君は完璧に遂行できる!」
フユメの声に力が籠り、狂気的な高揚を露にした。黒猫は、そんな彼女の調子の異変に気付き、また分からないでいた。
「なん……なんだ……いみ…がわからな、い」
「思考的理想世界での、罪にも及んでしまいそうな快楽的な世界での君はどうだったのか見当もつかないけれど君は現実では負けてしまったのだよ。けれど喜んで、それは奇跡の賜物だった」
意味が分からないし、思考が追い付かない。
「君は、神秘を拝領する器にあったんだ」
狂気的な高揚が収まった。
「ゆ……め…?」
「夢のようなものだよ。そう、君は夢を見ながら戦っていたんだ。夢と現実の区別が不安定になって…月光に惑わされた。けれど、君は生きて、神秘を見ることできていた。その記憶まで鮮明に存在して感覚まで残っている」
何故だか、黒猫の体を安堵が波のように押し寄せて彼女を沈めた。
「君はこれから月光の、深淵の神秘を知る。暗いところほど射し込む光の眩いように真実を知り、やがて拝領するのだよ。さぁ…何も怖くないさ」
そっと手が差し伸べられて苦痛は消えていた。まるで絵画の世界の天使のようだった彼女の手に、どうしようもなく頼りたい衝動に駆られそうになるも、一歩踏みとどまった。
いや、正確には事が起きた。
「待って!」
ミーナが制止を呼び掛けた。
「ミーナっ…!?」
「まさか、本当のお目当てが自分から出てくるなんて…!探す手間が省けて嬉しいね…」
半ば奇跡的なミーナの登場で危うかった黒猫は何とか免れることはできたが、これでは本末転倒、ミーナが出てきてしまえばフユメは目的を遂行するだけだ。
「にげ…ろ!」
黒猫は必死に忠告を促すがミーナの耳には入っていなかった。
「フユメさん。わたしはあなたの願い通りにする。だからもうこれ以上、黒猫への危害は加えないで」
ミーナはフユメに交渉を持ち掛けた。その内容はあまりにもフユメたちにとって都合の良すぎる、断る理由が見つからないものだった。
二人組に臨戦体勢を取られている中、彼女は手を挙げて白旗を掲げていた。
「ヒヒッ…!!ブフッ!!バーかぁ!雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚しかいないお前らが決める権利なんてねぇんだよ!!」
するとアナベラはミーナや転がる黒猫に対して嘲笑したか思えば怒りのような感情を表に出してミーナの脛を思い切り蹴った。
「いっ!?」
「オラっ!!お前はっそんな言える立場な訳ねぇだろ雑魚が!」
脚を挫かれて、ひざまつくミーナの顔をブーツで何度も感情的に蹴りつけた。冷徹とはほど離れた私情はほとんどを占める意味の無い暴力をふるった。
やがて、ミーナはうねり声も上げなくなった。
「ヒハッ!!ヒッドイ顔ぉ!!ホントにオンナの子かなぁ?ヒヒっ!」
顔は酷く腫れて、歯も欠けて鼻も折られて、綺麗だった彼女の原形は形をなくしている。何とも醜いものだ。
「……アナベラ」
「おいっ雑魚!!何か言えよ!!」
アナベラは酷く感情的で、絶対的忠信を誓っていたフユメの呼び掛けにすら気付かなかった。
「お願い……します」
「喋ってんじゃねぇぇ!!──この!!クソッカスがぁ!!」
人から響いてはいけない音が、ミーナから出る。
「こんのぉお────ザコがぁぁぁぁ!!」
何度も何度も踏みつけながらアナベラは歓喜しているようだった。最早、熱狂的な信者の域を越えて他人を痛ぶることに快感を覚えた変態にしか感じられない。
「……アナベラ。もういい」
フユメの二回の制止でアナベラは踏みつけるのを止めた。べっとりと靴底には血糊が垂れて地を踏めば、砂が密着する。
「あっ……みぃ…な」
「黒猫……しっかり聞いてね」
黒猫を見下ろすフユメは優しい声で話した。
その後、黒猫はたださざ波の音を聞いて横たわることしかできなかった。
それでも静かになった現状を思えば、想像に難くないことであった。
古獣の大杭
変形前は両刃の短刀として、変形後は長い鎌として
使用するカラクリ武器。
嘗ては、儀式的な狩りで古い獣に用いられたが
時代が移り変わると用途も変わり特別な一族だけが
扱っていたのだ。
鼻孔を刺す鉄の臭いと生臭さは、
また一つの忌ましめなのだろう。
導きの青い星が輝かんことを……
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