導きの青い星と蒼い絆の物語   作:MAMYU9

51 / 52
モルモルモット

 不意に目が覚めた。頭痛に魘されながら乱れた前髪が彼女の視界に入って、目の前の光景に溶け込んでいた。

 

 視野は狭く、辺りは仄暗い。その次に自分は椅子か何かに座っていて、手足は頑丈に縛られていることが分かった。ミーナは今の情報を全て鵜呑みにして受け入れた。

 

 以前、自分を引き換えに黒猫を助けて、そして今自分は…彼女の記憶はそこで途絶えていた。思い出そうとしても頭痛がそれを拒んで拒否する。まるで自分自身が思い出すことを拒んでいるようだった。

 

 彼女は指先を動かそうとする。縛られているのは手首だけであって指先まで自由が利いた。それを伸ばしたり横に振ったりして暗闇のなかを模索する。

 

 何もない。触れれない。何も見えない。音もしない。ミーナはまるで巨大な箱の中に閉じ込められているように感じた。何か手掛かりが欲しいがまず第一に徐々に失われている感覚を手放さないようにするので手一杯だった。

 

 彼女は手を握ったり、開いたりの一連の動作を繰り返した。座る椅子に背もたれを確認できたらどんと背中を預けて一応、天井なのであろうを仰いで繰り返し、握り、また開いた。

 

 この手が何も触れないことに安堵を覚えている。

 

 「やぁミーナ。お目覚めみたいだね、どこか痛いところはあるかい?」

 

 その時だった。暗闇の奥底から女の声が聞こえた。落ち着いた口調で、しかし威厳を保って自分を見下しているのが声色で分かった。そして聞き覚えのある声でもあった。

 

 「フユメ…わたしは今何処にいるの?」

 「答える義理はないね。それと君に発言権は無いと思った方がいいよ。わたし達の質問に答えてくれれば、その目隠しと拘束具は外すと約束しよう」

 「随分と、自分勝手ね。そんなんじゃ男は寄ってこないわよ?」

 「君はまだ自分の置かれてる立場に気づいてないね───やって」

 

 その言葉を合図にミーナの腹部に強烈な拳が捩じ込まれた。胃液が荒波を立てて喉まで上ってきた。喉の奥が焼けるような感覚に襲われると激痛が絶頂期を迎えて呻き声を上げた。

 

 「うっ!?あぁぁ…っ!?」

 「今の君には発言権は疎か、一般的な人権すらも保たれていない。穢れの器である君には丁度いい。もう一発くれてやれ」

 

 再び腹部を殴打されて今度こそ彼女は胃液を口から垂れ流した。目隠しに巻かれている布は目の位置が滲んで息を乱していた。

 

 「うぅ……あぁ……」

 

 握る拳に青緑の血管が浮き上がって下唇から顎にかけてまだ胃液が唾液と混ざって垂れている。口を開ける時は荒い呼吸をするときだけで、気に障るよな声が耳を撫でて消えて、吐瀉物の形容をさせない鼻を刺す臭いが残るばかりだった。

 

 そのなか、彼女の腕は拘束具に押さえ付けられながらも痙攣しているように震えていた。いくら察しが悪くてもここまでいたぶられたのなら察しがつく。これは尋問などではなく拷問であることに気づくだろう。

 

 「はぁ…はぁ…あなた達、狂ってるわよ。自分達が正しいと思い込んでる。環境とか教育とか関係ないわ。最初から狂ってるのよあなた達は」

 

 そのミーナ言葉に姿の見えぬフユメは確かに声色を低くして返した。

 

 「わたし達は、正義と秩序の名のもとに於いて然るべき事を執行する。私たちは浄化的存在。目的の為なら手段は厭わないし、それが非道徳的だと蔑まれることは決してあり得ない。浄化は何の影響も受けることなく秘匿の内で執行される。陽が出れば陰は消えるだろう?」

 「けれどまた新たな陰は出来るわ」

 「それを消すのも私たちの使命だ」

 

 確固として否定しあう論争に終わりは見えない。

 しかしフユメは一つ、終止符を放った。

 

 「まあいい。ミーナの目隠しを外せ。予定通りに始めるよ」

 

 するとミーナの目隠しが外されてランタンの明るさが失明するほど眩しく、まるで太陽を肉眼で覗いたような視界がチカチカする感覚に陥った。

 

 目の前には蝋燭が内蔵されたランタンがテーブルの上に置かれていて、その他にも血糊の付いた金槌や錆びたペンチ、テーブルの間に刺されたナイフが視界に入る。

 

 それは古びた拷問道具で、これから自分の身に何が起こるのかと想像に難くないことだった。だからこそ彼女は視線を拷問道具から逸らすことも叶わず知らぬ内に鳥肌を立てていた。

 

 「拷問しようっての?それで、何を聞き出すのかしら。わたしがあなた達に話すことなんて何一つ無いわよ」

 

 するとフリラが嘲るように手で口元を隠すと目を細めていた。海月のいうに妖しい銀の髪を彼女は揺らしていた。

 

 「別に拷問をしようとしてる訳じゃないのよ?わたしはただ、あなたに忠義を示してほしいだけなのよ。そうすれば…あとは気持ちいいわよ?」

 

 フフフっと不気味な笑い声を溢すフユメにミーナはどうしようもない悪寒を感じ取った。悪寒はやがて全身を襲って爪先なで辿り着くと再び上がってくる。

 

 「忠義?一体何のことかしら?わたしはあなた達のイカれた思想に示す忠義も誓う忠義は一つも無いわよ」

 「違うね。君はわたし達に服従する。君は、自ら懇願し、やがていつからかそれは悲願になる。望むのだよ…さぁ…」

 

 彼女はそおとミーナの片腕の拘束具を外してテーブルの上に手を取って誘導した。彼女の手は雪のように冷たくて、しかしその手つきは優しかった。これから、酷い事を行うというのにフユメからは何の感情も感じ取れず、ただ何かを確信しているようだった。

 

 一体何を確信しているというのだ。頭が破裂しそうなほどの頭痛に襲われて彼女は深く考えることはしなかった。

 

 だからこそ、その優しい誘導に誘われるがまま彼女は先導されて、テーブルの上に置かれた手を型どった幾つもの小さな拘束具が指先の位置に施された装置に手を嵌めた。

 

 「いいかいミーナ、これはね最新の拷問道具だ。これでわたし達は君の真意を確かめれるんだ。そして何度でも、望む答えが返ってくるまでわたし達はこれを繰り返す。君のためにもその真意を見せておくれよ?」

 

 彼女に戦慄が走る。ぴくりとも動かせない指に彼女は無意識の内に力を入れている。カチャカチャと金属音を奏でて、その嵌めた手には汗が凄かった。

 

 「何をする気なのフユメ…」

 

 目を見開いて虹彩を揺らす。ランタンが照らす短い範囲では手の爪先より先は朧気でテーブルが続いているのか知る由もない。 

 

 彼女は震えている。訳も分からない恐怖に魘されている。ただ目の虹彩を揺らし続けて目先の悪魔をどういった感情で見定めるか考えているだけである。

 

 彼女はフユメを恨んでいなかった。何故かはっきりした。

 

 「さて、…一つ質問だ。ミーナ、これは何に見える」

 

 そうやって彼女が取り出したのは銀色のコップ。ランタンに照らされて艶やかなそれは市販でも売られていそうなものである。なかにも液体も個体も入っているわけでもなく不気味なほどまでに平凡、やはり意図が分からない。

 

 「……銀色のコップじゃない。ただの、コップよ」

 「そうかい。…ナンセンスだ」

 

 それが起きたのは答えた瞬間だった。嵌めた手の中指が信じられない方向に曲がり折れるよう装置が強制した。爪が手の甲に触れるまで装置は指を曲げ続けた。

 

 「ああっ!?いたい!やめて!何で!?」

 

 ミーナは苦痛に堪えきれず椅子ごと体を揺さぶった。

 

 「ミーナ。もう一度訊くぞ。これは、何だ?」

 

 コップをテーブルに叩き付けてフユメはもう一度囁いた。次の瞬間には暗くて見えなかった周りから次々と明かりが灯されて大柄な黒ずくめの男たちが揃いに揃ってシルクハットを被り込んでマネキンのように薄っぺらい表情で立ち尽くしている。

 

 ミーナの瞳に映るのは相も変わらずただのコップ。中身もなくほんのり明かりに照らされているだけで異様の無いコップに彼女は瞳を揺らして凝視する。

 

 「ただのコップよ!?これ以外の、どんな答えが欲しいって言うのよ!」

 「もう一度だ」

 

 今度は薬指が、中指と同様、百八十度に折れ曲がって鈍い音を鳴らす。彼女の叫び声以外には静寂。ミーナ以外音を知らないように反応も示さず視線は彼女に集まる。

 

 「あ"あ"あ"っ!?いだいっ!いだいいだい!!お願いよ!止めて!誰か!何が違うの!?」

 

 黒ずくめの男が顎髭や杖を携えて哀れの目もくれずにただ唇を噛み締めて悲鳴を上げる彼女を傍観する。それは見世物に近しいもので、この拷問にも全然意味は持たない。

 

 苦しむことに価値がある。意義がある。ランタンの光越しに映り込んでいく顔は表情を抜き取られた鉄の男、コップを持つ悪魔はその男たちと違ってより一つ一つの仕草が印象に残る。

 

 眉をしかめれば自分も眉をしかめ、舌打ちをすれば勝ち誇った顔を、苛立っているときは彼女は無意識の内に指で机をつつく。そういうときにこそ、軽口を叩いて挑発に乗らせる。

 だが、今は自分が見世物になって、相手の欲しい表情と声を上げる。相手が涙を浮かべることを所望すれば、たちまちミーナは望まない苦痛の末に涙をボロボロと流して惨めに命乞いを始める。

 

 「おねがいっ!!助けて!!ねぇ見てないで助けてよぉ!?離しっ───!?あ"あ"あ"あ"あああっ!?」

 

 彼らが服従を所望すればたちまち、犬のように忠義を示す。何の誇りも未練も、躊躇いすらもないままに、簡単には堕ちる。

 

 「おねがいおねがい!!何でも、何でもするからぁ!!許してえっ!!ロジエも殺す!!ミコトにして!!わたしじゃないミコトを拷問してっ!!」

 

 仲間を売り、親を殺める。今の彼女にその言動の愚かさを再認識する余裕もないが後にこれを思い出せば自分の身の安全のために捨てた彼らへの背徳感に絞め殺されて、しまうだろう。

 

 「何で…わたしばかりぃ……もう…」

 

 彼女は口を閉める力もなくして不恰好によだれを顎にかけて垂らしては深淵を含んだ天井を仰いで静かに泣いている。腕を拘束した肘掛けは彼女の指の力で削られ、また爪は元の形状を失っている。

 

 今は、僅かばかりの理性を残してぶつぶつと謝り続けて何かに許しを乞おうとしている。

 

 「ミーナ」      

 

 フユメが、彼女の名を呼んだ。

 するとミーナは目を大きく見開いてその奥で瞳を揺らし、歯をがたがた震わせて肘掛けの手はがりがりと爪を立てて削り始める。

 

 「違う、違う!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさ!!もう痛いのは嫌!!誓う!!服従!服従するから!!だからだからわたしじゃなくて拷問は他のやつに!!だから……!」

 

 彼女は口を開けたまま勢いを失って声を出すのを止めた。そのまま大粒の涙を溢して下を向いた。

 

 「あ、違っ……違うのわたし……仲間を売りたかったんじゃ……」

 

 フユメはコップをそっと机に置いた。

 

 「あっ、あっあっ……」

 「ミーナ。これは……なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで完了だよ。さぁ皆、片付けた後でステーキでも食べようか」

 

 フユメはよれたネクタイを締め直すとグラスの水をぐいっと飲み干した。頬を一滴の汗が滴り、それは一時の興奮と成就が彼女を熱狂的にさせたのだろう。シャツを汗で濡らして病的な肌を透けた布越しに露にする。火照った顔も徐々に落ち着きを取り戻しやがて冷水のように冷める。

 

 髪で横向いた顔を隠し、両手の拘束を外されて軟体生物のように伸びきったミーナを背景に、フユメは、自分の肩に手を置いた。音も無く故に何処か静かで、机の上にはペンチと剥がれた爪が三つ放置されている。

 空のコップも床に転がりランタンの明かりではなく太陽の日射しがフユメを横から照らして明暗をくっきりと分けた。

 

 今はただフユメを照らして、ミーナを陰に隠すばかりである。

 

 

 フユメはテントを出た。外には幾つかの黒ずくめの鉄の男たちが立ち尽くして出迎えている。しかしその向こうから白いローブの男たちが手袋を嵌めて点滴道具をテントのなかへと運んで来る。

 

 そのなか一人、異質な程までに古い、縦長い小さな木箱を丁寧に両手で運んでいる。

 

 フユメはその箱に目をやってテントのなかに消えるまで見届けると口端を吊り上げた。

 

 「ハハッ……」

 

 空を敬うように見上げる。ただ青い空には何も思うことはなかったが彼女はやはり何かをやり遂げたのだろう。それは彼女の思想か、或いは誰かの思い残しなのかは我々の知るところではないのだろう。

 

 それでも誰かの意志が、また世代の違う誰かに引き継がれていくのは一つ、人間の性なのだろう。

 

 フユメの銀の髪が稲のように靡いて暖かい風が通り抜けた。前までは寒かったのに、フユメは一種の懐かしさに浸りながら風に煽られる髪を押さえる。

 

 「隊長、少しお時間をよろしいでしょうか」

 「……」

 

 彼女の前に白装束の、フードを深く被り込んだ二人組が現れた。一人は声から察するに女だろう。

 

 「……今から食事だったんだけど…何か用かな?」

 

 一瞬、フユメの顔が曇る。明らか気に障ってしまったようだが白装束はそんな事気にもしないと言葉を続けた。

 

 「見てもらいたい物がありまして」

 「見てもらいたい……もの…」

 

 おうむ返しのようにもう一人の白装束が女声を出す。そして彼女たちはフユメの返答を待たずに先導して先を進んだ。

 

 「さぁ、こちらです」

 

 先を歩く白装束の、フードの奥から黒い瞳がフユメのことを覗いていた。

 彼女は一歩、躊躇ったが先々進んでいく二人を目で追って、進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




1984年大好き

第二回 人気投票

  • ミーナ
  • ミコト
  • サシャ
  • カムイ
  • メイリン
  • フユメ
  • フーカ
  • ロジエ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。