導きの青い星と蒼い絆の物語   作:MAMYU9

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月の眼

 「さて───君たちは誰かな」

 

 暗闇を混ぜたテントの奥、陽光が僅かに照らし出す白装束の二人を見てフユメは問いた。指さす先にフードから覗き込む二人の瞳が、光と共に揺れて印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ……ああ…」

 

 ミーナは上の空だった。剥がれた爪の痛さも気にせず、無痛症を疑う程までに彼女は無反応を通し抜いた。今はただ朽ちた木板が軋むように呻き声を上げるばかりである。

 痙攣する手も脚も今は毛が逆立って落ち着きがない。いつくるか分からない悪夢に対抗の為す術もなく体の何処か内奥で震えったっているばかりである。

 

 そんなミーナの所に赤い腕章を着けた白装束の女たちがフードの内から髪を垂らして、点滴道具を持ち込んで入ってきたのが朧気に見えた。

 どうも女たちは鏡に写った姿を取り出したように皆、何かもそっくりでミーナは自分の気を疑った。───そっくりな人間がこうも沢山いるものだろうか?

 

 しかし女たちはそんなミーナをよそ眼に次々と点滴道具に何か、瓶を取り付け始めた。不思議なことにミーナに外傷以外に悪いところはなく、血を失った訳でもない。故に輸血の必要などからっきし無いのだ。

 

 だが彼らは大抵、意味のないことに意味を見いだす。見えぬ神秘を、見ようとするのと同じく彼らは無いものを新しく見いだすことが好きなのだ。

 その思想は愚かな好奇、或いは再熱から来る。だからこそ試したくなり、叶えたくもなる。自分たちの思想と、信じたものが真、正しかったのだと証明したいがために。

 

 ミーナは未だ朧気にだったが空の輸血瓶に、古めかしい木箱から栓の締められた、赤い液体がとぷとぷ入った瓶を取り出した。

 

 その液体が入った瓶がミーナの印象に残った。まるでそれだけが暗闇のなか、妖しく紫に光っているようだった。

 

  悪寒が走る。足の拘束具が外されていれば今すぐにでも逃げ出したいというのにそれが出来ない。

 肘掛けに爪を立てて、意地ばかりの抵抗を見せるも女たちは気にも掛けずに淡々と作業を続けている。その時ミーナには女たちが、酷く嘲ながら彼女のことを無視しているように思えた。

 ───あぁ、こいつらもわたしのことをオモチャみたいに扱うのか。

 

 指先を動かせても腕を動かすことは叶わない。それはその体力がないのか、或いはもう動かそうとすることすら諦めているのか、おそらく両方なのだろう。

 

 ミーナは虚ろのまま横を向く。女たちから目を背けて事が終わるのを待っているだけだった。視界に頼らない間、ミーナは聴覚と嗅覚だけを頼りにするが女たちは会話も無しに瓶やら点滴道具を響かせるだけであった。

 

 「ねぇ貴女たち」

 

 不意にミーナは女たちに声を掛けた。特に理由があったり考えがあった訳ではないが、何となく、どうしても声を掛けたくなったのだ。

 

 「わたし……これからどうなるのかしら?輸血でもしてくれるの?ご免だけどわたしには必要のないものなのよ」

 

 意外にも彼女の声帯は普段通りに機能して、彼女自身すらも驚くほどのものだった。それでも、体力の喪失で声は少し細々と掠れていた。

 

 横髪の合間から女たちを覗くが彼女たちは動きを一旦止めると、たちまち何もなかったように再開する。それを見て彼女は少しつまらなかった。

 

 「このクソどもが。くたばりやがれ」

 

 ミーナはしっかりと、一人の白装束の女と目があった。女は、まるで人体模型のような真っ黒の穴の目をしていた。フードからはみ出る白の髪を垂らしてこちらを覗き込む。実験動物を見るような目で覗いていた。

 

 「注射針を」

 

 目が合った女は普通の声で初めて喋った。その普通さにまたもや肩を落とす。

 女は別の女から管の付いた注射針を渡された。その管の最後を点滴道具に取り付けた輸血瓶のなかに管を通す。

 

 ミーナは見たところ、このテントには女が三人いることが分かっていた。もしこの女たちが戦闘の訓練も受けていない医療の班の人間だとすれば、今の彼女でも拘束具をどうにかできれば勝ち目はある。

 

 息を潜めて、髪と髪の合間をカーテンを覗くようにして機会を窺いながら拘束具をどうにかしようと考えた。幸い、手の拘束は解かれたまま、不用心でフユメは出ていった。懸念すべきは胸部と腹部、そして脚をどうにか出来れば、とミーナはどうにかするものは思い付くがどうにかする方法が見当たらないのだった。

 

 歯軋りの音を鳴らしながら事ある度に女を睨む彼女の目は一層厳しいものになっていった。まだ机には爪を剥がされたペンチが手入れもされず置かれている。

 

 ───あれで後ろから。

 

 その時、またもやテントに白装束が入ってきた。ミーナは心臓が止まりそうなほど驚いて、今度は心拍数を上げて動揺した。

 まずい、人数が増えた。ミーナは虹彩をゆるゆる揺らしながら決して新しく白装束から目を離そうとはしなかった。しかし、ある異常がミーナが視線を変えさせた。

 

 「え?」

 

 それはミーナの声ではなく女たちが上げた声だった。直ぐにミーナは目を向けて女たちの顔を覗き込む。影がかってはっきりとはしないが目を疑っているようだった。

 

 ミーナはこの隙に机に腕を、ブルブルと震わせながらも何とか伸ばしてペンチを掴む。片方の手は、未だあの拷問故に折られていて使えないが、今を伸ばした手は何とかまだ機能する。覚悟を決めるしかない。彼女の頬に緊張のべっとりとした汗が伝る。

 

 白装束は、袖に手を入れて、一丁のリボルバーを取り出した。そして躊躇うこと無く女たち目掛けて引き金を三回引いた。初弾は設置した輸血瓶に命中して瓶を粉々にした。二弾目は一人の女の肩を撃ち、三弾目は女のこめかみを撃った。

 

 女は続々と倒れて一人、逃げ出す者もいたが背中から弾丸を放たれてその場に伏せてしまった。その出来事はただただ一瞬の内に起こり、儚くも霧散した。今や五発の目の弾丸を息のある女の額に放って惨たらしい現場と惨事をミーナの頭の中に残して終わった。

 

 残り香に、鼻の奥を突く鉄の臭いが漂ってミーナは顔をしかめずにはいられなかった。転がる女たちの死体から目を背けて白装束を鋭い視線で睨み付ける。

 

 白装束は振り返って自分が睨み付けられていることに気が付くと何かゴニョゴニョとフードのなかで言いながら近づいてきていた。

 

 「───、何とかなったみたいだなぁ…ミーナちゃん」

 

 白装束はフードを脱いでその正体を現す。

 

 靡く金髪に鋭い目付きの男、メイリンが姿を明かした。

 

 彼は不敵な笑みを見せて硝煙の香るリボルバーから薬莢を抜いてからテーブルの上に置くとミーナの傍へ寄って彼女を抱き抱えて椅子から降ろした。

 

 ミーナは先ほどの気迫を無くして力が抜けていた。自分でも気づかないほど衰弱しており、もしかしたら夢をにているのかもしれないと思うほど現実で起きていることに実感が薄れていた。

 

 ただ春のように暖かい安堵に包まれながら優しく抱擁されていった。悪魔に忠誠を誓った夜のことなど霧散して涙を溢す。

 

 「もう大丈夫だ…もう帰れるさ。アステラに戻ろう」

 

 数日ぶりに聞いたその名前はもう何年と聞いてないような気がして胸の奥が熱くなった。

 

 懐かしいあの場所へ今すぐ戻りたい。サシャに会いたい。ミコトに会いたい。そう思うほど一時の気の迷いだったといえ、彼らを裏切った罪悪感は深く棘の根を張った。

 

 今だけは、どうかそのことを忘れたい気持ちで一杯だった。

 

 「黒猫とレンが時間を稼いでる。けどフユメさん相手じゃそろそろ頃合いだ…急いで此処を離れよう」

 

 メイリンはミーナを抱きながら急いでテントを出た。テントから出るとそこは密林に入り込んだかのような雰囲気で、微かな獣道とその周囲にはある程度の生物なら潜める茂みが囲むように広がっていた。

 

 メイリンも警戒していなかった訳ではない。身を潜めれる場所なんて茂み以外にも幾らでもあった。まだ中を確認しきれていないテントに木々の木陰、もしかしたら登って枝に潜んでいるのかもしれない。

 

 だか比較的に警戒が薄れたのは開けた場所。それも真正面なんて一番警戒しなかった。

 

 不意にメイリンの横を巨大な何かが横切った。細長く、先端には人影が映っていたような気もした。

 メイリンは目を見開いたまま直ぐに振り返ってその正体を目の当たりにした。

 

 それは地面に杭のように打ち付けられた細長い金属の彫刻が入った槍、そしてその先端の方に人が映った。脱力した腕がぶらんと垂らして顔を横に向けていた。

 

 ベージュの長い髪が乱れてるのを見てメイリンに悪寒が走る。恐る恐る彼は槍に貫かれた女の顔を確認した。直ぐに逃げるべきだとも思ったが自分の頭の中で想像してしまった最悪の妄想を否定したくなったのだ。

 

 そしてメイリンはミーナを抱えたまま片手を差し出して女の顔を確認した。

 

 「おい…嘘だろ…」

 

 メイリンの手はわなわなと震えていた。冷や汗が手の甲を伝って溢れ落ちる。緊迫した空気のなかで息を詰まらせているのを客観的に見て、そして体感した。

 

 その張り付けた様子は抱かれているミーナにも感じ取れた。

 触れ合う胸、彼の心臓の鼓動が肌身に感じれると不意に早くなっていることに気が付く。

 

 それから何か悪いことが起きているんだという考えに辿り着くまでに時間は掛からなかった。

 

 「……レン?」

 

 メイリンが見たものは虚ろを向いたまま口から血を流して槍で胸部を貫かれたレンで間違いなかった。

 

 彼の悪寒は肌をピリピリと刺激して鳥肌させた。言い表せない恐怖に襲われると今、自分には何処にも逃げ場はなく、脚の力が抜けて、切断されたのではないかと疑った。

 

 身近だったものが突如、帰らなくなった恐怖。

 メイリンはミーナを抱く手の力を強めた。息を荒げて嫌な発汗をしていることに気が付くと途端、彼女に触れていた手が同じ体温になった気がした。

 

 直ぐに彼は手を戻す。

 

 「メイリン。槍を抜いてくれないかな?」

 

 女の声がしたがメイリンは直ぐに声の方向は向かなかった。もう彼の中では声の主が誰なのか見当がついていた。

 

 唇を震わせながら彼は俯いてその名前を言った。

 

 「フユメさん………っ」

 

 メイリンは声の方向を向いた。

 

 腰まで届く長い髪を揺らしながらフユメは、メイリンたちの正面に立って行く手を阻んでいた。

 片手にレンに突き刺さった槍と同じ物を持って瞳の内にミーナを捉えていた。

 

 メイリンはフユメを見た瞬間、おぞましい寒気に襲われて嫌な汗がいろんな所から噴き出して見開いた目が痛くなった。

 

 「そんなに驚くことはないよ。ミーナを置いていけば君には何もしない。さぁメイリン。怖がらないで」

 「渡せって言われて渡す訳ねぇでしょうよ…」

 

 メイリンはポーチから球状の物体を取り出すと見せびらかすように突き出した。

 

 フユメはその正体が分からぬまま呆気とられていた。特に何か、その球状の物体で攻撃しようとしてくる気配もなかった為、その木の枝を組み合わせて作ったような物体を警戒することしか出来なかった。

 

 「オレぁフユメさんと殺し会う気ぁサラサラねぇけど大切なモンを失う気もサラサラねぇんだ」

 

 そう言ってメイリンは球状の物体をフユメの近くに投げ捨てた。

 

 フユメは咄嗟に槍で突き刺して地面に叩き付けた。瞳孔を開いたまま静かな時間が訪れると彼女は目をぱちくりさせて突き刺した球状の物体を見た。

 

 「臭い?」

 

 フユメは少し顔をしかめていた。

 突き刺した物体から溢れ出る独特な臭いに気が付くと彼女は黙り込んだ。

 

 するとそんなフユメの隣をメイリンたちは颯爽と駆け抜けて行った。フユメは呆然としたまま振り返った。

 

 「え?」

 

 不意に漏れた驚きの声。あまりにも拍子抜け過ぎたメイリンの行動に呆気とられていた。

 

 「え?は?ちょっと…っえ?」

 

 走り去ったメイリンは既に消えそうな位置にいる。フユメは槍を構えて目を細める。

 そして槍を銛のように放とうとした瞬間、地面が揺れた。

 

 彼女は地面の揺れに足を取られて正確に狙いを定めれず、矛先を下ろして臨戦状態へ入る。瞳の先に、映る双角に矛先を再び構えた。

 

 「臭いはディアブロスを引き寄せるため…これを使って逃げるつもりだったんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイリンたちは走り続けた。フユメは遠い後ろの方に、姿を消して長い距離を走ったことを実感した。

 

 振り返って見ても、後ろには誰の影もない。それを確認するとメイリンは腰が抜けるような脱力感に襲われた。

 

 しかし、それは野性的な直感だっただろう。悪寒とも呼べる寒気が全身を包んで彼の脳を働かせた。それと同時に身体は一歩後ろへ下がった。

 

 その瞬間メイリンの目の前に槍が突き刺さった。柄がぐわんぐわんと振動して深く突き刺さっていた。

 メイリンは戦慄した。その動揺は嫌な汗となって全身からぶわっと噴き出して槍の先端を見下ろしていた視線を恐る恐る上へと上げていった。

 

 緋色の髪を靡かせたフーカがメイリンらの真上、木の幹から彼らを見下していた。最後に会ったときとは比べ物にならないほどの冷たい視線、それだけで射殺せそうな程、冷徹。

 

 「嫌だなぁ…その目」

 

 ズリズリと後退りしていると槍を引き抜き、フーカは彼らの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなってすいません。
長い葛藤の末、
何とかこの作品は走りきろうと決めました。

第二回 人気投票

  • ミーナ
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