こんな悲惨の子は見た事がない。それが今の僕の光輝君の印象だ。僕がまだ他の医者の方々と比べても経験は少ないとは思う、が知識だけなら誰にも負けないと自負している。
櫂は一流大学の医学部卒業後国家試験に1発で合格し2年の臨床研修医として実績を積み運良く今の病院に就職する事が出来た。研修医の時に幼なじみの今の妻とも結婚した。櫂は自覚は無いが所謂秀才である。誰よりも努力し勉強して……それが実を結び医者になれた。そんな櫂でもあんな死体を見る事は稀だ。櫂が見る死体は言ってはあれだがきちんと原型が残ってるのが大半だ。しかし……話には聞いていても光輝の家族の死体を見るのは堪えた。それも何人もだ。正直吐き気がでかけた。
光輝君みたいな子を見た事ある医者はどのくらいいるのだろう? 医者の1割? いやそれよりも少ないと思う。確かに不運の事故とかの子を含めたらもう少し増えるだろう。だけど言い方は悪いがまだ割り切れない事はない。時間が経てばそれもやりやすくなる。しかし悪意がある者に家族をあんな風にされている6歳の子供など少ないだろう。もしかしたら光輝君だけかもしれない。そんなもので胸が張れる訳でもないが……。
光輝はあの慟哭の後、吊るされた糸が無くなった様に意識が無くなり倒れた。櫂は光定が来る前に病院に向かった。退院した筈の光輝を背負って櫂が来たものだから看護師達は疑問符を浮かべたが櫂は看護師の1人に少しだけ事情を話し唖然としていたが空いていたこの部屋……と言っても光輝が入院していた部屋だが教えてもらいここに寝かせた。櫂は事情を話した看護師に光輝を少し見てもらい病院近くの自分の家に電話し事情を話し着替えを持ってきてくれと頼み光定にも電話し勝手に帰ってすいませんと謝った後掻い摘んで話した。光定は悔しげで悲しい声を出しながら話を聞き病院に行った事を許した。
「それにしてもあの眼はいったい……?」
僕は思い出していた。あの慟哭の最中彼の肩に手を置こうとした時に気がついた。彼の眼の色が変わっていた事に。眼の色を変える方法としては一般的にカラーコンタクトや特定の食べ物を摂取し続ける事やレーザー手術などが挙げられるが光輝君の場合はどれでもない。それにあんな病気も知らない。じゃあなんなんだ?
赤い眼と蒼い眼になる現象なんてアニメとかなら兎も角現実にある筈がない。しかしそれでも光輝くんがそんな現象を起こしたのは事実だ。もしかしたらあの時だけのものだったのかも知れないが·····光輝君に聞かない事には分からない。
『こちらです』
『ありがとうございます』
そんな声がドア越しに聞こえた。幼なじみで、癒される自分の妻の声だ。ノックした後返事を待たず開けられた。そこには自慢の妻が鞄と赤ん坊を胸に固定していた。
「あなた、服持ってきたわよ」
そう声をかけて来たのは僕の妻、
今日は光輝君が起きようが起きまいが一緒にいるつもりだ。立ち上がり楓の元に行き服を受け取りながらお礼を言った。
「ありがとう、楓」
「どういたしまして。あなた、その子が?」
そう言ってベッドに横になり顔色が悪すぎる光輝を見た。小一でしていい顔色ではない。櫂の光輝のイメージは……可愛いだ。男に言う感想としてはどうかと思うが笠木について論議してる顔よりも愛美の手紙を見た後の印象が強い。好きな人のことになるとポンコツになるのが昔の自分を見てるように思えたのだ。しかし……光輝があの表情になる事は·····もう無いかもしれない。そう思いながら返事した
「ああ」
「こんなに小さな子なんて……」
話には先程の電話で聞いていた。だがまさかこれ程小さい少年だとは思わなかったのだろう。楓は咲良を櫂に預け膝を折って光輝の頭を撫でた。それを見続け櫂は突拍子もない事を考え……それでも実行したくなった。楓の撫でに光輝は気絶しながらも悔しそうにしながら
「ん、おかあ、さん」
光輝君がそう言った。楓は撫で続ける。楓に僕が考えてた事を言おうと思ったら逆に話しかけられた。
「……俊樹、この子の他のご家族は?」
それはもう光定から聞いていた。
「……いない。母方の祖父母はもうなくなってる。それに光輝君のお父さんとお母さんにも兄弟はいない。親戚の類もいない」
つまりそれは引き取ってくれるかもしれない血の繋がった家族すらもいないという事だ。光輝の姉の麗華は小さい頃周りに比べてお年玉少ないとシュンとした事がある。光輝は特に思わなかったが。お金はあまり使わない。お菓子もあまり買わない……と言うより母や姉と作る事の方が多かったから買う必要もなかった。裁縫は祖母に教えて貰っていた。文房具は父が買ってくれたからだ。
「そんな……」
その現状に楓は絶句した。そんな状況をイメージするだけでもこの先真っ暗ではないか。櫂は辛そうな顔をしながらも追い打ちをかけた
「それに、正直に言って施設にも入れるか怪しい」
「何で!?」
「今回の光輝君の家族の皆殺しは笠木が光輝君の大切な物を奪うためにやったんだ。それは言い方悪いけど要は彼らが狙われたのは光輝君が笠木と戦ったからだ」
笠木は復讐で光輝の家を調べあげ光輝の家族を皆殺しにした。光輝自身を殺さなかったのは光輝よりも強い護衛がいるのもあったが死ぬよりもあんな風に自分のせいで家族が皆殺しにされる方が絶望するだろうと思ったからだ。事実だ。光輝はこれ以降これを楔に生きていく。
勿論光輝が笠木と戦わなければ愛美は死んでいただろう。間違いなく。だから一概には悪いとは言えない……と言うよりも何が間違っているのか逆に聞きたい。
「俊樹!」
だからこそ楓は責めるような声を出した。当たり前だ。傍から聞いていれば光輝が悪いみたいに聞こえたのだ。そんな事を本気で言えば速攻離婚だ。……まあそんな訳なく
「落ち着いて、別に僕は光輝君が悪いとは思ってないし思えるはずがないだろ。だが客観的にみれば光輝君のせいで人が死んだって事になるだろう。そして光輝君が生きてる以上あいつはまた動き出すだろう。そして今度狙われるのは光輝君を受け入れた自分達だって思うはずだ」
実際は笠木は光輝がどこかに引き取られても行くつもりは無い。護衛がつくだろうし逃亡と治療と研究の方が優先だからだ。それでも根に持つのは止まらない。しかしそんなもんは櫂達には分からない。そんな櫂の説明に思わず苛立った声を上げる
「そんな!」
そう言ったきり楓は黙って光輝君を撫で続ける。こんな理不尽すぎる目にあっている喋った事も無い光輝の事を考えているのだろう。楓には昨日夜帰った時に光輝君の事を少しだけ話した。それを思い出してるのかもしれない。
「ねぇ俊樹?」
そんな時唐突に語りかけてきた
「なんだい?」
「……この子を引き取りたい」
単純明快だった。そしてそれは僕も考えていた事だった。昨日今日話してみて光輝君の事は賢い子だと感じたしそしてそれを実行する勇気を持ち合わせてる。しかし、それと反対に涙脆い。だからどこかほっとけない。昔の自分を見てるようにも思える。
櫂と楓は幼なじみである。楓の方が気が強くそれでも家族が病気になった時は泣いてしまう涙脆い少女でもあった。そんな涙を止めたいが為に少年ながら楓よりも泣き虫だったのに楓に笑っていて欲しくて自分が医者になって楓の家族皆治すって言う約束をした。歳が取れるにつれあの約束が恥ずかしくなっていくが楓は微笑んで待ってくれていた。医者になりたい夢はその内現実味を帯び始めいつしか本当に叶えたい夢にもなっていた。
だから、だからこそ……
「僕もそう考えてたよ」
「そうなんだ、ふふ。家族が増えるかもしれないよ、咲良」
そう言って今度は咲良を撫でる楓。それにきゃっきゃっ言ってる咲良。
「でも、光輝君の意見も聞かないとな」
光輝君が納得しなければ養子には出来ない。それを聞いた楓は振り向きながら少し好戦的な笑みを浮かべて
「わかってるわよ。でも今回は少し強気で行かせてもらうわ!」
いつも強気だろうにと思い苦笑いしながら返す
「まあ、それでも時間は置かないと」
いきなり起きて養子にならないか? なんて聞かれても考えられる筈ない。
「う、そうね」
コンコン
またそんな音がした。そして聞いた事がある声が聞こえた。
「入ってもいいですかな?」
「どうぞ」
「失礼します」
そんな声と共に入って来たのは光定さんだった。悲しげな顔だ。何度も何度も笠木に人々を殺されチャンスがあったのにも関わらず取り逃し捕まえると約束した光輝君の家族が皆殺しにされる可能性を考えられなかった自分達の不甲斐なさでその光輝君辛すぎる目に合わせた自分達を責めているのだろう。光輝君とドアの間には仕切りがある。歩きながら聞いてきた
「櫂さん、光輝君は?」
「まだ寝ています」
「そうですか·····、ん? あなたは?」
そこで光定が光輝の隣にいる楓に気がついた。
「あ、俊樹の妻です。この子は娘です」
「ああ、これは失礼しました」
そう謝罪した光定を見ながらまさか事情聴取しに来たのかと思って念の為に言った。
「あの、事情聴取ならまだ無理だと」
「ああ、違います。光輝君の様子を見に来ただけです。·····今この瞬間光輝君ほど辛い子はいないはずですから。流石にそこまでするほど鬼じゃありませんよ」
「そうですか……、捜査は?」
血痕の足跡でもあったのか聞いたが首を振りながら言った
「鑑識作業などは一通り、だが……」
「やはり手がかりは」
「……すいません」
「そうですか、しょうがないです。今までも手がかりがなかったんですから」
そんなのは慰めにもならないが光定は光輝を見て少し経ち言った。
「……彼を引き取ってくれる施設を探さなければな」
光定さんがそう言った。それに楓が反応する。
「あの、光輝君を家で引き取ってもいいですか?」
「櫂さんのお宅で!?」
そんな唐突な提案に思わず少し声を荒らげた。しかし楓は決意の眼を崩さず光定さんを見て頷いた
「はい」
光定さんはその眼を数秒見て帽子を被りながら言った
「……分かりました。しかし最終的に光輝君が頷いてくれないとダメですよ?」
「はい、分かりました」
「それでは私は失礼します」
「はい、お疲れ様でした」
そう言って光定さんは出て行った。残ったのは僕と楓と咲良だけだ。5分程また沈黙の時間があったが楓は立ちながら言った
「じゃあ私も1回帰るね」
楓自身はいつまでもいても良いのだが咲良はそうはいかない。光輝よりも子供なのだから。
「ああ、ありがとな。……ん? 1回?」
「うんそうだよ。明日も来るよ」
「そ、そうか」
「うん、じゃあ行くね。光輝君もばいばい。あなたも頑張ってね」
「うん、また明日」
楓は小さい頃から変わらないなといつも思う。そう思いながら僕は光輝君が起きるのを待つのだった。
おつかれm(*_ _)m