怪獣の出現を告げる警報を受けてアルトがカメラ片手に向かったのは、高層ビルの立ち並ぶ立体的な街”ワイトヒルズ”。しかしそこでアルトが見たものは、えぐり取られるように穴が開き、倒壊しているビル群だった。
「いったい何が起こったんだ? 地面から?」
アルトが辺りを見渡して目に入ったのは、倒れている人々。そしてそれ以上に目を引く、アスファルトに大きく穴が開き、地中深くまで続いているもの。それは直径30メートル程もあり、そして少し溶けている。覗き込んでいると崩落するかもしれない。そんな大穴が、10や20では利かないほどに存在していた。
アルトは安全そうなビルの屋上に移動し、SNSを確認してみる。
情報は錯綜しているが、突然に地下から出現した蛇のような怪獣災害によって建物に穴が開き、倒壊していったのだという。その動画も上がっていた。ジャンプするようにぬるりと地下から現れて人を飲み込んでいき、またすぐに地面に穴を開けて潜っていく怪獣。潜っていく際には力技で穴をあけているのではなく、すり抜けて潜っているように見える。しかし実際に終わってみると穴が開いていた。
「この怪獣はどこかで……」
アルトはどこから取り出したのか分からない紙束を捲る。名前を知らないので、インターネットで探すより紙の方が速いのだ。写真の部分だけを見ながらパラパラと書類を捲っていくと、そのうちの一枚のところで手が止まった。そこには動画にあったものと同じような姿の怪獣が記されている。
「あった。【
書かれた情報をよく読みこんでいると、頭上を戦闘機の小隊が飛んでいった。
「あっちか。行ってみよう。仮面もしなきゃ」
カシャと白黒の仮面を身に着け、アルトはビルからビルへ移動する。
アルトがその怪獣・リューズの姿を確認したときには、戦闘機の小隊とリューズの戦いはすでに始まっていた。怪獣に対して撃ち込まれるミサイル。街中だというのに随分と容赦がない。それ程までに、放置していれば危険な怪獣だということだ。発射されたのが普通の対地ミサイルなのか怪物退治用のミサイルなのかはアルトには分からなかったが、それがリューズに命中して爆炎を噴き上げた。
QWRQWLA?
しかしリューズは爆発をものともせずに動き回る。リューズの表面にバリアが張られているようで、炎すらも吸い込んでいった。触れている物質がどうとかいうレベルではない。物理的にダメージを与えるには、どれほどのエネルギーが必要なのか。
リューズがぐるりと眼球を動かし、戦闘機を視界に入れる。眼球は弱点になるのかどうか。 リューズはそこから垂直に飛び上がるようにして戦闘機に襲い掛かった。
「すげえ、めっちゃへび」
しかし戦闘機は瞬時に横回転することで、リューズの噛みつきを回避した。リューズは飛び過ぎたのか着地に失敗する。戦闘機が機銃を掃射し、リューズの全身に満遍なく弾丸の雨を降らせる。痛みがあるのかないのか、リューズはうねうねと体をくねらせて頭を大地につけるとぬるりと沈んでいった。
「めっちゃうなぎ」
アルトはうなぎのかば焼きが食べたい気分になったが、海にも怪獣が出現するせいで値段は高騰している。自分で取りに行くしかない。
「……うん? 胴体が触れた場所は削られていない」
アルトは一連の動きを見ていて気がついたことがあったのだが、次の瞬間にはそんなことは忘れてしまっていた。
というのも、突然上空から出現したリューズが戦闘機の一機を飲み込んでいったのだ。アルトは思わず目を疑った。
「地面だけじゃなく空気もすり抜けるのか……」
アルトは感覚を尖らせると、空気の中を動き回るリューズの存在を知覚した。
もう一基の戦闘機が爆弾を打ち込む。瞬間的に、圧倒的な熱量が周囲一帯を覆った。アルトは反射的に全身を防御する。
「こんなところでそれ使うかあ」
広範囲を爆破し延焼させる、大型焼夷弾。付近の逃げ遅れた人も、間違いなく今の爆発で吹っ飛んだであろう。そうまでしなければ怪獣にはダメージを与えることはできないということか。ただこの件についてのみ話をするならば、この“リューズ”という怪獣にはそれすらも全く通用しなかったようだ。
爆炎を突き破って現れた冷ややかな鱗の怪獣が、残った戦闘機も飲み込んだ。
リューズはうねうねと動き回り、獲物となる人間を探している。
「さて、そろそろかな」
突然に起き上がる巨大な影。50メートルの背丈を誇る怪獣が、暗闇から現れた。
リューズはスタンレイを警戒して威嚇するが、動き出したスタンレイは止まらない。
――
自身の影から引き抜くようにして現れた鈍器で、リューズを殴りつける。
ぎいん、と鈍い音がしてリューズは後退した。鱗の生えた皮膚にはそれなりの硬度と弾力があるようで、これといったダメージがあるようには見えない。リューズはスタンレイに吠えると、うねうねと土の中へと戻っていく。
“
次の瞬間にはリューズがスタンレイの背後に現れ、噛みつきを行う。スタンレイはハンマーで迎撃するが、一瞬のうちにハンマーヘッドが削り取られる。
スタンレイは咄嗟に後退してリューズの攻撃を躱した。
リューズは二度、三度と連続して噛みつきを行う。それを躱してスタンレイがぐるりとハンマーの柄を回すと、ハンマーヘッドがじわじわと墨汁のように染み出し再生した。
「頭は駄目みたいだな」
アルトは付近のビルからその衝突を眺めていた。
――
スタンレイはハンマーをリューズの影に突き立てる。するとリューズの影から無数の黒い腕が発生し、リューズの胴を掴んでその動きを止めた。リューズが身を捩っても、影による拘束は外せない。
「やっぱり、胴体は触れている物体を取り込めない。影を封じればなおさら。となると、通過のときは……」
アルトは考察しているが、構えたカメラは怪獣同士の争いから外れない。
リューズが空気に溶けるようにして透明化していく。スタンレイがハンマーをぶつけようとするが、すり抜けるように躱された。本体が消えたことで影もなくなり、拘束も消滅する。
スタンレイはその場に静止している。リューズがどこから現れるのか、それを待ち構えているようだ。
突然にがくり、とスタンレイがバランスを崩した。足下が崩落したのだ。地下にリューズが穴を開けたのだろう。そこへ追撃を行うリューズ。噛みつきによってスタンレイの上半身が削り取られる。スタンレイの身体が、どぷりと影の中に消えた。
「物体がない状態になればいいか!」
建物たちから伸びる影が、急激に真横に傾きだす。地面から壁面、壁面から屋上へと、ありえない方向に影が落ちる。大地は影によって暗く染まり、影以外の何物でもなくなる。リューズが驚いたように空へ飛び出してきた。
だとしても、天にすら影は伸びる。ぐるりぐるりと混ぜ合わせるように、しだいに空が暗くなっていく。天と地の境目はなくなり、いつのまにかすべては影になっていた。
暗闇なのか黒なのか、何も見えないその中で。
リューズの姿は空気の中に消えていたが、影の中にあってはひどく目立っていた。
すべての影が一点に収束していく。
既に光など届いていないのに、より黒くより暗くより深い影へと変性する。
リューズの姿を小さく押し込み、ひたすらに圧縮していく。
やがてそれは小さな球体となっており、スタンレイの掌に握られていた。
スタンレイだ。
影はいつの間にか一つの輪郭を成し、何事もなかったかのように完全な姿で立っている。
――
スタンレイは手の中の球体を握りつぶす。よく分からない液体がぴしゃりと飛び散った。
「ぐろいなあ。手を洗わなきゃ」
アルトが呟く。
スタンレイは静かに影の中へと消えていった。
◇ ◇ ◇
暗い部屋の中で、じっとモニターを見つめる目があった。
「【