東方を無理矢理FGOっぽくしてみた   作:Gasshow

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狂った指針

──咲夜。

 

レミリアの口から出たその名前は、目の前のメイドの名を指しているのだと立香は自然と察することができた。そして彼女たちの会話から、二人の関係性も察することができる。

 

──主人と従者。

 

恐らくそう言った関係なのだろう。紅美鈴と同じ、紅魔館で働いていた者、それが聖杯による力でレミリアに対立する立場となった。

そんな結論を出した立香は自然と体に力が入る。それはあの日、レミリアが敗北した日を思い出したからだ。紅魔館に属する者が普通のはずがない。それは先程、自分たちが一瞬でナイフに囲まれたことからも分かること。その現象は恐らくこのメイドが起こしたのだろう。だから立香は心配する。もしここでレミリアが負けたら…と。

 

「こんな所でレミリアお嬢様にお会いできるとは思いもしませんでした。美鈴(メイリン)から存在は聞かされていましたが、まさかここの魔女たちと結託しているとは」

 

「私もまさか貴方がいるとは思いもしなかったわ」

 

「私はこのアンデットたちの指揮を任されていますので」

 

「紅魔館のメイド長も魔物を従えるまで出世するとわね。そんな権限与えたつもりはないのだけれど」

 

立香の心配を他所に二人は会話を重ねていく。きっといくら重ねたところで先の未来は変わらないと言うのに。それはもしかすると、主従関係であった頃の名残なのかもしれない。(たわむ)れと言える程の可愛さはないが、恐らくそれに似た会話を二人は交わしているのだ。

しかしそんなものが長く続くはずもない。ちょっとした切っ掛けで、そんな細い糸のようなやり取りは終わりを見せた。

 

「残念ながらレミリアお嬢様。現時点で貴方様は紅魔館の主ではないのですよ。そんな権限は今の貴方にはない。故に──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔をなさるなら排除するまでです」

 

咲夜はそう言っていつの間にか手に持っていたナイフをレミリアに向けて投擲した。レミリアは突然の攻撃にも焦る素振りすら見せずに、こちらに向かってくるナイフを受け止め、それをそのまま握り潰した。

 

「メイドごとぎが、この私にたてつくと言うの?思い上がりも良いところね。恥を知りなさい」

 

レミリアの低く重厚な声と殺気が彼女の周囲から放たれる。ここは既に戦場だと言うのに、立香はここより更に危険な場所へと放り込まれたような錯覚を覚えた。そのことからレミリアと咲夜の戦闘が始まるのは秒読みだと察知した立香は後ろから自分のサーヴァントへ声をかける。

 

「レミリア!」

 

立香はレミリアの名を呼ぶが、彼女は振り向かない。しかしそれでも十分だった。いや、分かっていたと言うべきだろう。レミリアが敵を目の前にして、相手から視線を外すような馬鹿な真似はしないと。

だからマスターとして立香は言うべき言葉をかける。立場がどのようなものであれ、体裁だけだとしても自分はマスターでレミリアはサーヴァント。

だから──

 

「俺がいるから」

 

だから一人ではないのだと。

レミリアはその言葉を受け取ると、前を向いたまま小さくこくりと頷いた。レミリアの後ろに立つ立香からは彼女の表情を見ることはできない。挑戦的に笑っているのか、それとも真剣に顔を引き締めているのか。しかしこれだけは言えた。きっと今の彼女は自分が安心できるような、そんな頼もしい顔をしているに違いないと。

 

「はっ!」

 

先に仕掛けてきたのは咲夜だった。彼女が手に持った銀のナイフを投擲する。それは真っ直ぐレミリアへと向かっていく。この程度ならレミリアが傷つく要素はない。しかし次の瞬間、ナイフが分裂するように増え、それが一斉にレミリアへと襲いかかった。一つのナイフが一瞬にして数を増やし、刃の壁と化す。

しかしレミリアは慌てた様子を見せずに、魔力を帯びた槍を凪ぎ払い、真紅の暴風を発生させ、ナイフの全てを吹き飛ばした。

 

「奇襲のつもりかもしれないけれど、貴方の能力を知っている私には通用しないわ」

 

レミリアは咲夜を見据えたままそう言い放つ。咲夜も攻撃が全て防がれたと言うのに、余裕の表情と立ち振舞いを崩さず、済まし顔でレミリアに答えた。

 

「それはそうかもしれません。流石はレミリアお嬢様。しかし──」

 

そう言い残した瞬間、レミリアの周囲をナイフが覆う。それは始めに咲夜がレミリアに対して行った攻撃と全く同じだった。レミリアは槍でナイフを弾くと同時に横へずれ、ナイフの包囲網から抜け出る。その瞬間だった。

 

「それは私も同じことです」

 

レミリアの目の前に、いきなり咲夜が現れた。そして咲夜は手に持ったナイフで素早くレミリアへと切りかかる。月を反射してギラリと鋭く光る刃物の切っ先が、レミリアの頬をかすった。

レミリアはそれを気にする様子もなく、槍の持っていない手で咲夜の腕を掴むと、そのまま前方へと投げ飛ばす。そしてその方向へ追撃するように蝙蝠のシルエットを模した紅い光弾を三つ手の平から打ち出した。

投げ飛ばされ、宙を舞っていた咲夜が地面へと着地したタイミングで、その三つの光弾が咲夜に襲いかかる。咲夜は横へと走り抜け、その光弾を避けようとするが、まるで本物の蝙蝠のように光弾は咲夜を目掛けて追従する。

避けきれないと察したのか、咲夜はナイフを投擲し、その蝙蝠の光弾を相殺させる。爆発が起き、その風で砂煙が舞った。そしてその砂煙を切り裂くように、レミリアは咲夜との距離を素早く詰め、真紅の槍で突きを放つ。そのあまりのスピードに咲夜は対応する暇もなく、槍に貫かれる──と思ったが次の瞬間には彼女の姿はどこにもなかった。

立香は咲夜がどこに行ったのかと周囲を見渡す。魔物と魔女たちが戦う戦場で彼女を見つけるのは難しいかと思われたが、彼の探す人影は呆気なく簡単に見つかった。

 

「…………レミリアお嬢様の戦い方や弱点を熟知している私がこうも押されるとは」

 

咲夜はレミリアから少し離れた場所に、毅然とした態度で立っていた。しかしその態度とは裏腹に、彼女の右手からは少なくない血が流れ出ている。腕から指先に流れる紅い線はまるでレミリアの持つ槍のような色であった。

 

「さっきので仕留めるつもりだったんだけれど。ホント、相手にしてみると厄介ね。貴方の『時間を操る程度の能力』は」

 

「『時間を操る程度の能力』!?」

 

立香は予想していたよりも数段、凶悪な能力に思わず驚愕の声を上げる。いきなりナイフが増えたり、瞬間移動したように見えたのは確かだが、まさかそこまでの能力とは思ってもいなかったのだ。

 

「時間を操ると言っても制約は多いわ。大層な名前ではあるけれど、必要以上に恐れる必要はない。まあ強力な能力であることは間違いないのだけれど」

 

レミリアは立香を安心させるように咲夜の能力についてそう説いた。それを聞き、立香は安堵の息を吐いた。それはレミリアの言葉の内容を聞いてそうしたのではない。彼女の口調が、態度が──「私が勝つから問題ない」とそう(さと)しているように感じられたからだ。

故に立香は安心する。レミリアがそう言うのなら間違いないと。その言葉が外れることはないと。そしてレミリアもそんな立香を見て思わず微笑みを漏らす。それは自分の言葉に対して、立香が信頼を寄せたからだった。

そんな二人のやり取りを黙って見ていた咲夜は、ふとその蒼い瞳から放たれる視線を、すっとレミリアから彼女の後ろにいる立香へと移す。今まで眼中になど無いと無視されていたと言うのに、いきなり自分に彼女の注目がいったことに立香は思わずたじろぐ。

咲夜はしばらく観察するように立香を眺めていたが、やがてそっと口を開いた。

 

「今のお嬢様は冷静でいて、そしてどこかしっかりとした芯のようなものを感じます。お嬢様は何百年と生きておられますが、どこか子供のような幼さ、と言うよりは危うさがあるのです。しかし今はそれが全く感じられない」

 

咲夜は立香に目線を向けながらスッと目を細める。

 

「どうやら貴方がお嬢様の強さ本元のようですね」

 

そう言い終わるや否や咲夜は手に持っていたナイフを一本、立香へ向けて投擲する。いかに人間らしからぬ身体能力を持っている咲夜の投擲とて、三十メートル程離れた距離ならば立香も避けることができる。

 

──そう、本来ならば。

 

「ッ!」

 

立香は驚愕で反射的に目を見開く。それは咲夜が投擲したナイフが想像の何倍ものスピードで飛んできたからだ。先程までレミリアに投擲していたナイフのスピードとは比較にならない速さ。人間が投げたにしてはあまりに不自然なスピードに、立香はとある推測が頭によぎった。

 

──まさかナイフの移動時間を短縮している!

 

咲夜の能力を加味した推測が思い浮かぶが、しかし今さら気がついたところで遅い。既にナイフは咲夜の手元から離れ、立香に迫っている。立香自身も咲夜の奇襲のせいで、体が反応できていない。このままいけば鋭利な刃先が立香の体に突き刺さるだろう。

しかし彼のサーヴァントであるレミリアは焦った様子も見せずに、足を動かす素振りすら見せない。レミリアも立香と同じように反応できなかったのだろうか?いや、違う。彼女は気がついていたのだ。立香の元に自分と同じ立場の少女が来ていることを。

 

ボン!と咲夜の投擲したナイフが横より被弾した水色の光弾によって弾かれる。小さな爆風により立香は思わず目を目を閉じ、顔を両の腕でガードする。そうして爆発が収まったところで彼が目を開けると、そこには自分のもう一人のサーヴァント──ルーミアが目の前で背を向け立っていた。

 

「マスターは私が守る!」

 

ルーミアはそのままの姿勢で堂々とそう宣言した。咲夜は立香を守るように立つルーミアを冷ややかな目で見つめながら、再びナイフを手の中に出現させる。

 

「弱小妖怪ごときが私を止められるとでも?」

 

咲夜の挑発とも取れる言葉にルーミアは返事をせず、グッと目元に力を入れて彼女を睨む。

 

「ルーミア、ありがとう」

 

立香はルーミアに守られたことへの礼を言葉で表す。ルーミアはそれを聞いて、立香の方へ首だけを回し、にっこりと微笑んだ。

 

「私はマスターのサーヴァントだから当然なのだ」

 

ルーミアの頼もしい返答に立香は背中を支えて貰っているような頼もしさを覚える。

しかしそこで立香は一つの疑問を口にする。

 

「チルノは?」

 

ルーミアとチルノは二人で魔女たちに作戦を伝えて回る手はずだった。しかしここにはチルノの姿はなく、ルーミアただ一人だけが立香の目の前に現れた。だから彼はそんな質問をしたのだ。

 

「もう魔女たち全員に作戦を伝えたから、他の所の援護に行ってる」

 

どうやらルーミアたちは最低限のノルマはクリアできたようだと立香は内心でよく頑張ったと二人を誉める。

ならば後は自分たちが撤収までの時間を稼ぐだけだと、目の前に立ちはだかる強敵に意識を集中させる。

 

「レミリア、ルーミア行ける?」

 

「口にするまでもないわ」

 

「大丈夫!」

 

二人のサーヴァントによる頼もしい返事。これなら大丈夫だと確信した立香は二人に指示を出す。

 

「今回は作戦遂行を第一に考えよう。無理に倒さなくていい。できるだけ時間をかせいで」

 

「了解よ」

 

「分かったマスター」

 

立香の指示に二人が頷いた瞬間だった。咲夜が再び大量のナイフを投擲する。敵が二人に増えたからなのか、その数は今までよりも遥かに多かった。

しかしレミリアとルーミアは迫り来る刃の群れに臆することなく、弾幕を放ち、ナイフ一本一本を的確に相殺していく。お互いの遠距離攻撃がぶつかり合う中、その騒音に紛れて咲夜の凛とした声が響き渡る。

 

「『血濡れの串刺し人形(殺人ドール)』」

 

咲夜を円形に囲むようナイフが回転しながら出現し、それらが規則正しく縦列になってレミリアに襲いかかった。凄まじい速度でナイフの群れが一本の線として飛来する様はまるで銀のレーザーのようであった。

 

「『悲惨なる運命の鎖(ミゼラブルフェイト)』」

 

咲夜の生み出したレーザーに対してレミリアもスペルを放つ。レミリアの周囲に五本の紅い鎖が出現し、それぞれがナイフのレーザーに向かってて正面からぶつかり合う。

金属同士が勢いよく衝突した甲高い音が轟音となって立香の鼓膜を大振りに叩いた。

衝撃波とその音に立香は思わず視界を瞼と腕で遮る。

そして立香が目を開けた瞬間、そのタイミングを見計らったようにルーミアがスペルを発動する。

 

「『夜光鳥(ナイトバード)』」

 

ルーミアのスペル宣言が行われると同時に、咲夜を包むよう彼女は黒の球体に飲み込まれた。それからルーミアは手を左右に振りながら水色と青色の段幕を咲夜に向けて展開する。どうやらルーミアの『闇を操る程度の能力』で咲夜を暗闇で覆っているようだった。これで視界を遮り、遠方から弾幕で攻撃するスペルのようだ。

 

「小賢しいスペルですね。ですが──」

 

一瞬、忌々しげな声が黒い球体の中から発せられる。しかし次の瞬間には──

 

「こうしてしまえばいいことです」

 

その声はルーミアの後ろから聞こえてきた。

 

「うがッ!」

 

背後を取られたルーミアは咲夜に背中をナイフで切りつけられ、そのまま後ろ蹴りにより地面へ吹き飛ばされる。

 

ルーミアは自分のスペルが呆気なく破られたことに驚愕の表情を漏らすが、それは何ら不思議なことではなかった。確かに戦闘において視界を潰すのは大きなアドバンテージになる。しかしそれを克服する(すべ)は決して少なくない。それはパチュリーがルーミアを倒したことからも明かだった。

 

「ルーミア!」

 

立香はルーミアが負傷したことを察すると、魔術礼装によって使用できるようになった“応急手当”を発動させる。着ている服もろとも裂けていたルーミアの肌は、まるで逆再生するかのように元通りになっていく。

立香の治療により傷がふさがったルーミアは荒れた息を整えながら、上半身だけを起き上がらせ顔を上げた。

するとそこには無機質な目でこちらを見下ろす咲夜の姿があった。

 

「所詮貴方はちっぽけな存在。弱々しい弱小妖怪。どうやら貴方の主人はレミリアお嬢様と同じのようですが、主を守れない従者など何の価値もありません」

 

「ッ!」

 

咲夜が冷たく言い放った台詞にルーミアは顔を歪め、歯を食い縛る。

そこで咲夜がルーミアに向けてナイフを振り下ろそうとした時、横から真紅の弾幕が咲夜を襲来した。咲夜はルーミアへ振り下ろそうとしていた手を引っ込めて、そのまま後方へと跳んで下がる。

 

「主人を裏切った貴方がそれを言う資格は無いわ咲夜。彼女は仮にも私が立香のサーヴァントであることを認めた。なら貴方が横槍を入れるのは無粋と言うものよ」

 

レミリアは弾幕を放つ為に上げていた手を下げ、それから咲夜が退いた方向へ立ち直った。

その隙にと立香はルーミアの元へ駆け足で寄り、膝を折って未だに立ち上がっていない彼女の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫? ルーミア」

 

「……うん。ごめんなさい、マスター」

 

ルーミアは枯れてしまった花のように顔を歪め、目尻を下げる。今まで雑じり気の無い無邪気なルーミアの顔しか見ていなかった立香は、僅ながら始めて見せる彼女の表情にどのような声を掛ければいいか迷う。

心無い反射的な言葉はきっとルーミアを傷つけてしまう。そんな悩みを頭に巡らせているその時、まるでそれを強制的に中断させる声が遠方より飛来した。

 

「立香さん、皆さん!」

 

自分たちの名前を呼ぶ声の方向に顔を向け、視線をやると、そこには空を飛びこちらに向かってくる大妖精とチルノがいた。

 

「準備が整いました!撤退しましょう!」

 

彼女たちは攻撃してくるワイバーンを弾幕で払いのけながら、立香たちへ必死にそう叫ぶ。

周囲を見てみれば、魔女たちも各々魔物を迎撃しながら古城の方へと向かっていた。

 

「二人とも、撤退しよう!」

 

「ええ、貴方たち私に捕まりなさい」

 

レミリアはそう言い、吸血鬼の飛行速度で一気に立香とルーミアを両手で抱えてそのまま古城へと一気に向かう。

そのスピードは凄まじく、こちらに撤退の知らせを告げに来た大妖精とチルノを抜き去ってしまう程だった。

魔女たちの殆どは既に古城の内部へ撤退し、それを追うのは立香、レミリア、ルーミア、大妖精にチルノの五人。魔物たちはそれをただ攻撃していくが、遠方より魔女たちの魔法による援護が入る。しかし妙な所は魔女たちが使う魔法が攻撃魔法より、動きを止める“バインド”等の魔法を使っている点だった。

そんな戦況をじっと観察していた咲夜は目を細め、そっとこう呟いた。

 

「……なるほど。そう言うことですか」

 

そう言い終わった瞬間、咲夜の姿がその場から書き消える。そして、瞬きをする間もなく、咲夜はレミリアたちの前へと現れた。既に咲夜は立香とルーミアを抱えるレミリアにナイフを振り下ろす体勢が整っていた。

 

「逃がしません」

 

「ッ!」

 

ナイフを咲夜が振るった瞬間に視界がぶれる。それがレミリアが咲夜のナイフを避けたことによって起こった現象だと立香は遅れて気がつく。

咲夜の攻撃が失敗に終わったことに安堵した立香だったが、それも束の間、今度は真横から当然飛んできたワイバーンによる爪の刃がレミリアを襲った。レミリアはそれを紙一重で避け、そのままそのワイバーンを蹴り飛ばした。

 

「ルーミア。いつまで私の手をふさいでいるのかしら?貴方も立香のサーヴァントならそれに相応しい働きをしなさい」

 

「……うん。ごめんなさい」

 

レミリアはルーミアの謝罪を合図に彼女を抱えていた手を離す。まだ表情に曇りは見えるものの、その目はしっかりと眼前の敵を捉えていた。

 

「ちょっと、置いていかないでよ!」

 

「ま、待ってくださ~い!」

 

そのタイミングでレミリアたちの後ろを追っていたチルノと大妖精も合流する。かなり急いで来たようで、二人の体から焦りと疲労感が漂ってきていた。

立香はごめんごめんと謝りながら、苦笑いを浮かべる。

 

「さて、マスター。ここからどうするの?」

 

まだ撤退できていない五人が揃い、レミリアは現状直面している問題について尋ねる。

目の前には時を止めることができる咲夜。そして周囲には咲夜が従えるワイバーン。地面にはスケルトン等の魔物たち。四面楚歌とはまさにこの事だった。

この敵の包囲網をなるべく早く突破して、古城の地下工房に戻らなくてはならない。でなければ時間を稼いでくれている魔女たちの戦況が崩れ、自分たちの撤退する余裕がどんどんとなくなってしまう。

立香はレミリアに抱えられながらも、目を閉じてこれからどう行動すればいいのかを考える。どうすればこの包囲網を突破できるのか? どうすれば一刻も早く魔女たちと合流できるのか?

脳の血流が速まるよう、立香の思考もそれに合わせて加速する。そして彼は一つの作戦を思い付いた。

 

「……このまま空中戦でいこう。とにかく撤退を優先する。ねぇルーミア、古城全体を闇で覆うことはできる?」

 

立香は自分の横に浮いているルーミアへと尋ねる。

 

「できる……とは思うけどそこまで力を使っちゃうともう戦う力は残らないかも」

 

「俺からも魔力を全力で渡すから、お願いしていいかな?」

 

「うん、分かった」

 

「それから──」

 

立香は一人一人に指示を出し、作戦の内容を伝える。その様子をいぶかしんで目を細めていた咲夜だったが、次の瞬間、彼女は大きく目を見開くこととなる。

 

「『黒檻』!」

 

「これはッ!?」

 

突如として視界が全て黒へと染まる。ただ目を閉じた時よりも深く、暗い闇が彼女の世界を塗りつぶした。咲夜は直ぐ様、これがルーミアの能力だと察するのと同時に、その意図を理解する。

恐らくこの暗闇に乗じて古城へと逃げ込むつもりだと。

 

「させません!」

 

咲夜は反射的に能力を使い、周囲の時を止める。しかしそこで察したのだ。

時を止めたところでこの暗闇の中からレミリアたちを探し出すのは不可能に近いと言うことに。

レミリアたちは視界が働かなくとも、ただ城のある一方向を目指せばいいが、咲夜は特定の人物を探さなければならない。その難易度の違いは比べるまでもないだろう。

 

「ッ! やってくれますね!」

 

咲夜は忌々し気にそう吐き捨て、時の制止を解除する。無駄に時を止め、力を消費するのを避けたかった為だ。

しかしその瞬間、古城を覆っていた暗闇が一気に消え去り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──鼻先数センチに紅い光弾が迫っていた。

 

「がっ!?」

 

咲夜は理解が追い付かないまま全身に幾つもの衝撃を受け、空から地面へと落とされる。そして彼女の体が地面に落下した瞬間、今度は目の前に青い妖精の姿が見えた。

 

「『完全なる氷結(パーフェクトフリーズ)』!」

 

そして彼女の全身は針を刺されたかのような冷たさで覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のうちに!」

 

地面へ縫い付けられるよう、全身を氷漬けにされた咲夜を確認した立香は全員へ伝わるようにそう叫ぶ。

それが伝わったのか、四人はワイバーンの攻撃を避け、時には迎撃をし、古城へと一直線に向かう。

端から見れば、なぜ咲夜がこうなったのか理解し難らいと思うが行ったことは簡単だった。

ルーミアの能力で古城全体を暗闇で覆い、自分たちがそれに紛れて古城へ向かったと思わせる。そこで魔力の感知をされない程度の攻撃を咲夜に当て、そして咲夜を一瞬無力化した隙に、チルノのスペルで凍らせる。

本来なら暗闇の中で攻撃をピンポイントに当てるのは至難の技だが、レミリアの『運命を操る程度の能力』を使い因果率を操作すればそれは難しいことではない。そして咲夜の時を止める力も彼女の体自体を封じてしまえば、何の意味を成さない。

これが立香の立てた作戦の全てだった。

 

「一応、咲夜の足は止めたけれど、彼女なら氷の溶ける時間を早めて直ぐにでも復帰するわ。急ぎましょう」

 

レミリアの言葉に全員が頷いて、各々古城へ進む速度を上げていく。ワイバーンたちが邪魔をしてくるが、魔女たちの魔法による援護がその驚異を大きく下げていた。

そしてそのまま五人は飛び込むように古城の内部へと入り込む。

 

「着いた!」

 

怒濤の撤退劇を繰り広げた立香は古城の床へとレミリアに体を下ろしてもらった瞬間、思わずそう叫んだ。

 

「まだよ、ここから森へ帰るまで油断はできないわ」

 

レミリアの引き締まった要慎な言葉に立香は頷く。そして魔女たちと共に古城の地下工房へと繋がる大きな扉を目指し始める。カツカツと幾つもの足音が古城の廊下に響く中、後ろから魔物たちの咆哮がこちらを追従するように聞こえてきた。

しかし立香はそれが聞こえない程、無心にただ足を前へ前へと動かす。一歩でも前へ、一秒でも早く。彼の走りにはそんな意志が垣間見えた。

その甲斐あってか、立香の視界に目標としてきた大扉がハッキリと見えた。古びた木でできた大扉は立香たちを迎え入れるように左右へと大きく開かれている。

そこに魔女たちと共に飛び込むように入った立香は後ろを振り向く。そして魔女たち全員が扉の内側に来たことを確認した立香はルーミアへと指示を出す。

 

「ルーミア、道を塞いで!」

 

「了解、マスター!」

 

ルーミアは立香の指示を受け、地下工房へと繋がる階段の周囲に光弾を放つ。それにより瓦礫はガラガラと音を立てながら落下し、階段の入り口を完全に塞いでしまう。

 

「チルノ、ここを凍らせられる?」

 

「アタイを誰だとおもってるのよ? それぐらいラクショーよ!」

 

崩れた瓦礫に吹雪のような冷風を当て、凍り付かせるチルノ。それが終わると五人は急いで階段を下り、地面の底へと潜っていく。先程まで様々な轟音が響いていたと言うのに、今はただ世話しなく鳴る靴音だけが寂しく耳を撫でるだけだった。

こうして数えるのも億劫になる程の石段を踏み、立香たちは地下工房へとたどり着く。そこで待っていたのは立香たちと共に戦った魔女たち。そしてそれを束ねる紫色の魔女──パチュリーだった。

 

「よくやったわ。お疲れ様」

 

パチュリーは立香たちを視界に入れると、労いの言葉を口にした。

立香はそれに微笑みで返す。その顔には一言では表せられない様々な感情が見て取れた。

安堵、喜び、疲労──そして哀しさ。それらが一つの塊となって混じり合ったかのような弱々しい笑み。

今、彼の顔を飾っているのはそんなモノだった。

パチュリーはそんな立香の顔から、彼の後ろに位置する階段にチラリと目線をずらした。

 

「……これで全員かしら?」

 

「……うん」

 

「……分かったわ」

 

パチュリー返事をすると、後ろを向いて呪文を口にする。工房に大きな紫の魔法陣が浮かび上がり、そこにいる全員を覆っていく。そして次第にその魔方陣の光が強くなり。最後には真っ白な閃光と共に彼らの姿は跡形もなく消え去った。

 

それと同時に、紫の禍々しい破壊の光が太く巨大な塔のように天を貫き空へと消えていった。

魔女たちの住んでいた、古びた小さな城と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見事に作戦を完遂(かんすい)できた立香たちに対し、その祝いと歓迎を込めてささやかな祝宴が開かれた。集落の中央にある大きめな広場で、村人たちによる歓迎の声がこだまする。村人たちも、もう立香たちを仲間だと認識したのか気軽に声をかけ、料理を運び、空になった盃に飲み物を注いでいく。里を上からも横からも囲む大樹たちも、その賑わいに混じるよう、木葉を揺らし騒ぎ立てていた。

焚き火が闇を照らし、その火の先が騒音や風で揺らめく中、立香は地面に敷かれた敷物の上に腰を下ろして宴の風景を眺めていた。立香の横にはレミリアとパチュリーが彼と同じように座り、各々赤ワインの入った盃にそっと唇を着けていた。

 

「何とも品の無い宴会ね。幻想郷を思い出すわ」

 

レミリアは手に持っている盃をくるくると回しながら、呟くようにそう言った。

 

「幻想郷の宴会ってこんななんだ」

 

「ええ、似たようなものよ。騒ぐ者は騒いで、静かに呑む者は呑む。今を語る者もいれば、過去に()せ、未来を紡ぐ者もいる。言ってしまえば混沌(カオス)ね。酷いものよ」

 

レミリアはそう言うが、口角は軽く上に上がり、どこか暖かく優しい微笑みを浮かべていた。

立香は「そっか」と力が抜けるように笑い、手に持ったアルコール濃度の低い酒を口にする。

そんな立香を横目で見ていたレミリアはふと思い付いたと言わんばかりに眉を上げ、今度は顔を立香の正面へと回す。

 

「この異変が解決したら貴方も参加すればいいわ。誰かの宴会を待つと長くなるかもしれないから私が主催する。貴方が外の世界に帰るまでに開催しましょう」

 

「ええっ!?」

 

レミリアの突発的な発言に思わず口にした飲み物を吐き出さそうになる。それから戸惑ったような手つきで盃を地面へと置いた。

 

「でもそれって迷惑じゃない?」

 

「何を臆することがあるのよ。貴方は主催者(わたし)のマスターなのだから、堂々としていればいいのよ」

 

呆れたようにそう言ったレミリアの言葉に、今まで黙って二人の会話を聞いていたパチュリーは可笑しそうにクスリと笑った。

 

「他の参加者はさぞ驚くことでしょうね。あのレミリア・スカーレットを従者(サーヴァント)にした人間がいることに。もしかしなくとも天狗の新聞にあることないこと書き込まれるわよ」

 

「ふん、言わせたい奴には言わせておけばいいのよ」

 

レミリアはどうでもいいと言わんばかりに言い放ち、再び馬鹿騒ぎの起こっている宴会の中心である場所を見た。立香もそれに合わせるよう、その方向へ視線を移す。

そこではチルノが訳の分からない演説をしながら、飲み食いしている様子があり、それを煽る村人と、収めようとする大妖精の攻防戦が行われていた。

何とも彼女たちらしいと思わず笑みを溢した立香だったが、そこで何かこの空間に足りないモノがあることに気がついた。

立香は周囲を見渡し、闇のように黒い服と冴えるような金髪が特徴の少女、そのシルエットを探す。しかしいくら目を見開き、光を多く取り込んでも、その姿を見つけることはできなかった。

 

「……ルーミアは?」

 

「やっと気がついたのね」

 

レミリアは面白く無さげにそう言い放ち、指先でとある方向を指し示した。その白く透明な道案内の先は光の遮られた木々の群れがじっと仁王立ちしていた。

 

「ここから少し離れた所に一人でいるわ。理由は貴方から聞き出しなさい」

 

彼女はそれだけ言って、盃に入っている酒をチビりチビりと飲み始めた。まるで立香を意識から完全に外してしまったかのように。

 

「ありがとう、レミリア」

 

立香はそう言い残し、レミリアが指差した方向へと歩き始める。足がアルコールにより左右へとつつかれながらも、確実に向かうべき方向へと進む立香。

そんな彼が探していた後ろ姿を見つけたのは、宴の光が(かす)かに見える集落の端っこだった。足を折り畳み、体全体で三角形を作って座るその背中はいつも以上に小さく、縮こまっているように見えた。

 

「ルーミア、こんな所で何してるの?」

 

立香はその小さな背中を撫でるような柔らかい口調でそう問いかけた。

するとルーミアは後ろを振り返り、小ぶりな唇を儚げに動かす。

 

「……マスター」

 

自分を指し示す単語言葉を受け、立香はルーミアの横に並ぶよう地面へと腰を下ろした。

それを歓迎するよう、頭上でかさりかさりと乾いた音が鳴る。

 

「ごめんなさい、もうすぐ戻るつもりだったの」

 

「うん、俺もルーミアがいないと寂しいからね」

 

立香のそんな言葉を聞いたルーミアは綿のように柔らかな微笑を浮かべ、「やっぱりマスターは暖かいね」とそんな台詞を添えた。

それに伴い、立香の中にある違和感が浮上する。

 

「……何か考え事?」

 

ルーミアの元気で明るい様子はどこへ行ってしまったのか。彼女はそれを遮るような暗い表情でどこか遠くを見るように前を向いていた。

そして語り出す。弱々しく、稚拙な声で。

 

「ねぇ、マスター。私ってマスターのサーヴァントでいていいのかな?」

 

彼女は言葉を切り、きゅっと両手で膝を抱える。小さな体を更に小さく、そして凝縮させた。

そのまま放っておけば最後には見えなくなる程小さくなってしまうのではないか? 彼女の様子はそんな不必要な心配を思わせる程だった。

 

「あのね、マスターは私の飢えを押さえてくれて、命まで助けてくれた。だから私はマスターの役に立ちたい。でも私がしているのはマスターの魔力を奪っているだけ。今日の戦いでもあんまり役に立てなかった。咲夜にもやられちゃったし」

 

ルーミアは前から立香の方へと顔を回す。

 

「私、マスターを守れるほど強くないの」

 

ルーミアの瞳はどこか不安げに揺れていた。先程まで見ていた宴、そこで揺らめく炎の先端のようにゆらりゆらりと揺れていた。風が通れば大きくぐらついてしまう、そんな炎のように。

立香はそんなルーミアの心の内を聞き、安心したように肺の空気を外へとおざなりに吐き出した。いや、事実安心しているのだろう。何故なら彼は、どこまでも澄んだ真っ直ぐな瞳でルーミアを見つめているのだから。

 

「何言ってるの。ルーミアは十分俺の役に立ってくれてるさ。魔物からも守ってくれたし、それに古城に逃げる時もルーミアの力がなかったらあんな簡単には逃げれなかった」

 

立香は未だ、不安定に揺れ動くルーミアの瞳を正面から受け止める。

 

「ルーミアは確かにレミリアや咲夜さんよりは弱いかもしれない。それでも俺は十分過ぎるほど助かってる」

 

そして嘘偽り無い、自分の体の奥底から溢れ出る言葉を飾らず、そして削らず全てそのまま声で表す。

 

「こんなに凄いサーヴァントの為なら俺の魔力なんか安いものだよ」

 

そう言いきり、立香は手を上げ、赤子に触れるような手つきでルーミアの頭に手を置いた。

 

「だからルーミアは俺の自慢のサーヴァントだ」

 

言葉をもって、行動をもって、態度をもって、彼の全てをもって立香はルーミアへと表した。

感謝、信頼。自分がルーミアと言うサーヴァントをどれだけ必要としているのかを立香はただ純粋に語ったのだ。

ルーミアは立香の言葉に何一つとして偽りがないと感じたのか。柔和にひっそりと小さく微笑んだ後──

 

「そーなのかー」

 

そう言って彼女は“常闇の妖怪”に似合わない真昼のような満面の笑みを浮かべた。

古城に帰ってから、明るい顔をしていなかったルーミアの生き生きとした笑顔が見れたからか、立香も彼女に負けじと頬を切り裂くように口を大きく開けてはにかんだ。

 

「さあ、宴会に戻ろうか」

 

「うん!」

 

立香は立ち上がって、大きく背を反らす。まるで月に向かい威嚇しているようなその動作は、まるで周囲の大樹に負けじと背丈(せたけ)を伸ばしているようだった。

体の筋肉を伸ばし終えた立香は宴の場所に戻ろうと足を前へ出そうとした。しかしそこでルーミアが未だに座ったままで、そしてじっと真ん丸な瞳で自分を見上げていることに気がついた。一体どうしたのだろうかと疑問を口にしようとした直後、先にルーミアの口が開かれた。

 

「……ねぇ、マスター」

 

「ん?」

 

「手、繋いで欲しいな」

 

姿勢はそのままに、片手を真っ直ぐ立香に向かって伸ばすルーミア。弱々しさを感じさせるか細く幼い手。しかしその手は暖春(だんしゅん)に立つ若木の枝のような強剛(きょうごう)さで形を保っていた。

立香はにっこりと笑いルーミアの願いを頷いて了承する。そしてルーミアの小さな手を覆うように、自分の手を彼女と重ねる。そしてどちらともなく、ぎゅっと二人の手は結ばれた。

力を込めて少女を立ち上がらせる立香。

助けられる形で、男に引き上げられるルーミア。

並び立つ二人の影は、繋がり二つとなった。

そして二人はそのまま、賑やかな声が響き、夜を照らす炎の明かりの方へと進んでいった。

どちらに合わせるでもなく、仲良く並んで歩くその姿。

それは主人と従者と言うよりは、仲の良い兄妹のよう見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ルーミアは元々、「すっごく好き」って感じじゃなかったんですけど、書いてると何故か好きなキャラになってしまった。
自分はあんまり書いてるものに自己投影しない派の人間(特に今回は主人公が既存キャラなので)なのですが、後半もしかすると無意識にそうしてしまったのかもしれない。

と、書き終わった後に思いました。



・以下小ネタ

立香「咲夜さんって、時間止めれるんですよね?なら男湯とか覗いたりするんですか?」

咲夜「……貴方、将来の夢がハリネズミだったりするのかしら?私なら叶えてあげられるわよ」

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