東方を無理矢理FGOっぽくしてみた   作:Gasshow

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あれから七日間後

立香の目覚めはいつも、ある一つの音によって始まりを迎える。

 

──コン、コン。

 

チルノたちから借りている小さな一軒家。その外から規則的に聞こえるそんな乾いた音。断続的に途切れることなく、それは地平線に伸びる一本の線のように終わりが見えなかった。

 

「……ん」

 

意識が覚醒させた立香は小さなうめき声と共に瞼を持ち上げた。そして誰かに操られるよう、ベッドから体を起こし、寝巻きからパチュリーに製作してもらった魔術礼装へと着替え始める。

未だに寝ぼけているのか、どこか危うい足取りで今にも転んでしまいそうになりながらも、無事に立香は着替えを終わらせる。

 

──コン、コン。

 

立香が着替え終わった今でも、外からはあの乾いた音がいつまでも響き渡る。少しも変わることのないその音は、まるで自然から起こる人為的ではないようなものにすら思えてくる。

 

「……さて」

 

外出の準備を終えた立香はそう一人でに呟き、玄関から家の外へと出ていく。外には太陽の代わりをするよう、仄かな月明かりが上から地上を淡く照らしていた。

そしてそこで、先ほどから聞こえていた音の正体が判明する。

 

「おはようさん」

 

立香が家から外に出ると、野太いながら気さくな挨拶が彼の横から聞こえてきた。そこにはぶつ切りにした木の幹を割り、薪へと変えている一人の男性がいた。首には橙色の麻布がかけてあり、額はうっすらとかかれた汗により光っていた。

 

「おはようございます」

 

立香もその男に挨拶をし、足を止める。朝が来ないこの世界において、“おはよう”と言う挨拶はどうなのかと疑問に思うかもしれないが、もう立香はそんな違和感すら感じさせない様子だった。

 

「今日も親分たちの元へ行くのかい?」

 

男は薪割りを中断させ、肩にかけている麻布で額を拭きながらそう尋ねる。

 

「はい、もうすぐ戦いの準備が整うので」

 

「ほう。なら俺がこの薪割りで鍛えた体を披露する日もそう遠くないってことだな」

 

男は挑戦的な笑みを浮かべながら、腕を曲げ、力こぶを作り出す。盛り上がった二の腕が彼の着る服を圧迫し、ギチギチと音を鳴らす。

そんな服の悲鳴が続く中、男は表情を人懐っこい笑みに変える。そして大きく手を上げ、それを立香向かって左右へと振る。

 

「気をつけてな。親分にもよろしく」

 

「はい、行ってきます」

 

男からの見送りの言葉を受けとると、立香はある方向へと歩き始める。迷いを見せることなく、村の中を進み続けると、目の前に土塊でできた真四角の小さな建物が見えてきた。それは以前、立香たちがルーミアと戦う前にパチュリーが造った簡素な小屋に酷似していた。立香は扉を開け、その小屋に入る。

小屋の中には家具や置物と言った、本来部屋にあるべきものは何も置かれておらず、ただ天井から吊るされている灯りの点いていないランプが一つぶら下がっているだけだった。本当に一見すれば何も無い空の空間。しかしよく目をこらして見れば、床から地下の奥底へと続く階段が息を潜むようにポツリと設置されていた。

立香はその階段へと近付き、一歩一歩その段差を降りていく。彼の足の裏へと伝わる硬い感触は、粘土を焼いたような陶器を連想させ、段差に色や形の境目がないこともそれを加速させていた。

そんな階段をしばらく丁寧に降りていき、全ての段差を踏み終えると、今度は目の前に真っ直ぐ伸びる廊下に出た。土の色に統一された床や天井、壁はまるで鋭利な刃物を使って果物を切ったかのように真っ直ぐで、その平らな面が合わさり四角を形成してその通路を作っていた。

直線に伸びた通路の壁には等間隔で木の扉が備え付けられており、その正確な並びはまるで訓練された軍隊の整列を見ているかのようだった。

しかし立香はそんな扉たちには目もくれず、廊目の前の暗闇一点を見て進んでいく。するとすぐに行き止まりが見えた。ただ行き止まりと言っても壁だけがあるわけではない。そこには一つの扉があった。他の扉と全く違いのないその扉は、立香の視線を一身に受け取っていた。

立香はその扉から終ぞ視線を反らさず、流れるように取っ手を掴み開け放った。

 

「あら、おはよう立香」

 

扉を開けた瞬間、立香を出迎えたのはそんな挨拶だった。

その挨拶をした人物は片手に湯気の伸びたティーカップを持ち、真紅な瞳でこちらを見て薄く唇を横へ引く。地下の暗い部屋にいるせいか、ティーカップを持つ彼女のほっそりとした指がまるで透き通った水晶のように美しさを感じさせた。

立香がそんな少女に気を取られている時だった。

 

「おはよう」

 

「おはよう、マスター!」

 

「おはようございます」

 

「おはようね!」

 

始めの挨拶に続くよう、次々と朝の挨拶が立香に投げ掛けられた。

それらは立香の知る人物たち──レミリア、パチュリー、ルーミア、大妖精、チルノ──からだった。

そんな人物たちがいるのは、本棚に囲まれた大きな部屋。いつぞやの古城にある一室を連想させる、随分と物々しい雰囲気のある部屋だった。彼女たちはそんな部屋の真ん中にあるテーブルの椅子にそれぞれが腰掛けていた。

 

「おはよう、皆」

 

立香は数多くの挨拶に微笑みながら、同じ言葉を返した。そして視線を微かにさ迷わせ、彼女たちが座っていない、空いている席を探す。すると、レミリアとルーミアの間の席が一つ空いており、そこには移動し座ることにした。

 

「もしかして遅刻した?」

 

立香は木製の簡素な椅子を引き、席に座ると心配気な口調で周囲へとそう投げ掛ける。

それにすぐさま反応したのはチルノだった。

 

「アンタが最後だったけど、遅刻じゃないわよ」

 

立香はそれを聞くと「よかったよ」と返し、緩く結ばれた口をほどいた。

 

「はい、立香さん」

 

ふと立香の目の前に紅茶の入ったティーカップと白いパンが置かれる。平べったいながらも僅かに膨らんだその表面には、このパンが焼かれたと言うきつね色の証明判子が押されていた。

立香は大妖精にお礼を言い、白い湯気の立ち上ったティーカップを口元へと運ぶ。まだ立香が飲むには少し熱すぎたが、何故か心が落ち着くような暖かさを彼は感じ取れた。

 

この一連の流れを彼らはこの一週間、繰り返していた。朝になると魔女たちの住居であるこの地下に行き、そこにあるパチュリーの部屋で朝食を取る。そしてその日、紅魔館を攻め入る為の作戦、またはその準備を決める。これが彼らのルーティンワークだった。

 

「さて、全員揃ったところで、最終決戦の準備。その最終段階の話をしましょう」

 

立香が一頻り落ち着いたのを確認したパチュリーはいつものようにそう言い放った。いや、いつもよりどこか張り詰めたように言い放った。それはパチュリーが『最終段階』と言ったことからも察することができるだろう。

 

「私たちが古城からここに拠点を移し、一週間がたったわ。人間たちの勧誘。武器制作。そしてレミィの能力による魔族たちの確保。これが私たちがしなければいけない三つのこと。でもこの一週間で完遂できているのは、武器の製作だけ。そろそろ他の二つも終わらせる必要があるわ」

 

そう、この一週間。パチュリーたちが主に行ったのは武器の作成と人間たち──言うなれば戦力の確保だった。武器の製作は主に魔女が、勧誘はそれ以外の者たちが行う。この七日間と言う時間、彼女たちはそれらをひたすらにやり続けた。無事に武器作成の方は十分なものを用意できたのだが、勧誘の方はまだ少しやり残しがあるのだ。あと一つだけ、勧誘の便りは送ったもののここに来れていない集落がある。なぜ来ていないのか? もしくはなぜ来れないのか? その詳しい理由は立香たちも、まだ把握できていなかった。

 

「でもパチュリー。武器の製作は二週間は必要って言ってたのに随分早く終わったね」

 

ルーミアは朝食として用意されたパンをチマチマと口に入れながらそう言った。

 

「パチュリーたちが頑張ってくれたお陰だね」

 

「ええ。お陰様で三徹目よ」

 

立香の言葉にパチュリーはいつにも増して重そうな瞼を更に細目ながらそう返す。よく見てみれば、彼女の目の下にはくっきりと寝不足を表す証が貼り付けられていた。

 

「と言うことで明日、残りの二つを一遍(いっぺん)に終わらせましょう。難易度自体は決して高くないはずだから、それでも十分いけるわ」

 

言うなればパチュリーは残り一つの集落の勧誘と、レミリアの力を使った魔族たちの従属を明日、一気に終わらせてしまおうと言っているのだ。まるで火急な用事でもあるのかと問わんばかりのパチュリーの案にくってかかったのは、立香にとって一番予想外な人物だった。

 

「ねえ、パチュリー。武器の製作が本来の半分の時間で終わったんだから、そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」

 

机に肘を着け、ただそう疑問を口にした人物。その人物を見て、先程まで眠そうに細めていたパチュリーの目が一瞬ではあるが、僅かに見開かれる。

 

「……チルノ、貴方からそんな最もらしい質問が来るなんてね。驚いたわ」

 

パチュリーの言葉に誰もが同意を示したが、当の本人は「それってどう言う意味よー」と不満の声を漏らす。

パチュリーはそれを尻目に先程投げ掛けられた疑問を実際に言葉として回答する。

 

「いいえ。確かにそうかもしれないわ。だけど紅魔館が何を目的にこんなことをしているのかまだ分からない以上、何かが起こる前に早く決着を着けなければいけないのは確かよ」

 

チルノはなるほどと頷いてはいるが、本当に意味を理解しているのかは、少なくとも立香からは分からなかった。

ただ立香もパチュリーの考えには完全に同意だった。いつ何が起こるか分からない以上、少しでも早くこの異変を解決すべきだ。まだ猶予があると思い込み、後々何かしら取り返しのつかないことになっては遅いのだ。

パチュリーは自分の意見に異論がないと判断したのか、先程まで途切れていた話題を繋ぎ会わせる。

 

「さて、話を戻すわね。長々と言ったけど、私たちは明日、人間たちの勧誘と魔物の確保を同時に行う。そこでチームを二つに分けたいと思うの。人間を勧誘するチームと、レミィと共に操る魔族を確保するチーム」

 

パチュリーは言葉を切ると大妖精の方へと顔を向けた。

 

「大妖精。もう目ぼしい集落はあと一つなのでしょう?」

 

「はい。もう私の知る限り集落と呼べる場所はそこしかありません」

 

「なら大妖精。貴方はチルノとルーミアを連れて人間を勧誘する方へ回ってくれるかしら? 私たちの団体の人間を取り仕切っているのは実質貴方。私たちが行くよりも筋が通っているし、成功率も高いはずよ」

 

「……はい、分かりました」

 

パチュリーの提案に大妖精は引き締めた表情のまま頷く。立香から見ても肩に力が入っているのが分かるのは、随分と緊張しているからだろう。

しかしこの使命を誰かに投げるわけにはいかない。それを誰よりも分かっているのは誰でもない大妖精本人だった。

 

「二人もそれでいいわね?」

 

「うん」

 

「ちょっと待ちなさい!子分たちを取り仕切っているのはアタイなんだか──」

 

パチュリーは快く二人が了承したのを確認すると、今度はレミリアの方へと向き直る。

 

「レミィは当然、魔族の確保よ。滅んだ都市を探して魔族を連れてきてちょうだい。と言っても、不測の事態に供えて私も同行するわ。これでチーム分けは終わりよ」

 

パチュリーはおっとりとした口調で話を閉じる。大妖精のチームにはチルノとルーミアが。レミリアのチームにはパチュリーが着くこととなった。

しかしそこで異論の声がある人物から飛び出る。

それはそう。この場にいて唯一名前を呼ばれなかった人物である。

 

「ち、ちょっと待って! 俺は!?」

 

立香は焦ったようにパチュリーの方へと上半身を突き出す。

パチュリーは悪戯が成功したと言わんばかりにクスリと笑い、立香の名を呼ばなかった訳を話した。

 

「立香、貴方には選んで欲しいのよ」

 

「選ぶって言うのは……」

 

「どちらのチームに着いていくかよ」

 

立香は予想外の言葉に目を見開く。

 

「私は──いえ、私たちは貴方をお荷物でも何でもなく戦力として数えているわ。だからこそどちらのチームに着いてもそれぞれの役割がある」

 

パチュリーはふとお盆を持つ給仕のように左手を顔の横まで持ってくると、そこから翡翠色の蝶々を掌から出現させた。蝶々はおとなしくレミリアの手のひらに留まり、呼吸をするようなリズムで羽を開いては閉じ、開いては閉じてを繰り返していた。

 

「大妖精たちに着いていく分には、単純な戦力の増強として。仕方がないことだけれど、私とレミィが抜ける分、そちらのチームの戦力は決して安心できるボーダーではないわ。だから貴方が入ることによってそれを少しでも緩和させる」

 

言い終えると今度は右手を同じように上げ、今度は手のひらから紅色の蝙蝠を出現させた。そのコウモリはパチュリーの手にぶら下がり、風もないのに小さくゆらゆらと揺れていた。

 

「私たちに着いていく場合は何か不測の事態が起こった時に広く対応できる為よ。私たちがこれから向かうのは落ちた城や滅んだ都。だから何が起こるか分からない。もしそんな場面に出くわした時、一人でも人数が多くいれば、できる対応も変わってくる。それがこちらのチームにおける貴方の役割よ」

 

まあ単純な戦力増加もあるけれどね、とパチュリーは自分の言葉をくっつけるよう後ろから補強した。

立香は突然、現れた大きな選択肢に思考が纏まっていなかった。どちらのチームに参加した方が役に立てるのか? この集団としてのメリットになるのか? それを瞬時に判断できるだけの頭脳も、知識も、経験も立香は持ち合わせていなかった。

 

「今すぐに決める必用はないわ。作戦決行は明日だからそれまでに決めてくれればいい」

 

悩む立香の様子を見ていたパチュリーは彼にそんな言葉を投げ掛ける。

それは立香にとってありがたい提案だった。何せこの事に対して自分の回答を見出だすのに時間がかかることを立香は自覚していたのだから。

 

「……分かった」

 

「さて、それじゃあ今日は各々明日の準備をするように。解散よ」

 

立香の返事を聞いたパチュリーは宣言するように話し合いの終わりを告げた。

各々が部屋を退室する中、立香の顔は終始何かを考えるようにしわが寄せられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは紙幣を擦り合わせるような音だった。水気など無く、乾き尖った擬音が断続的に立香の頭上から降り注ぐ。それは風が強く吹けば同じように強くなり、風が弱まれば弱くなった。そんな集落の中を立香は穏やかな足取りで歩いていた。どこに向かうでもなく、目標も無い。ただ立香は頭を働かせる為の道具として集落の中をぐるぐると回っていた。

立香をそこまでさせるのは朝にパチュリーから投げ掛けられた一つの問題だった。

『どちらのチームに着いていくのか?』立香はずっとそれについて悩んでいた。客観的に見ればそこまで悩むことはないと皆が言うだろうが、ただの平凡な人間としてこの世界を進んできた立香にとってこれは大きな問題だった。と言うのも、パチュリーは立香のことを戦力だと言っていたが、当の本人はそう思っていないからだった。

いくら二人の怪異のマスターをしているとは言え、結局自分はただの人間だ。だからこそチームの足を引っ張るわけにはいかない。

立香の胸の奥にはそんな考えが渦巻いていた。故に立香は悩んでいた。自分が彼女たちにとってマイナスではなく、プラスに働くことができるのはどちらなのだろうと。

あるけば歩くほど、時間が過ぎれば過ぎるほど、思考の海へと沈んでいく立香。そんな深く沈んだ場所から引き上げたのはただの幼い一声だった。

 

「あっ、立香さん」

 

立香は自分の名前が耳に投げ込まれたことにより、思考に埋もれていた意識を一気に覚醒させる。幼く、しかし日溜まりのような温かさを内包した優しい声。その声に聞き覚えがあった立香は天を仰ぐように上を見る。その声が自分の頭上から聞こえてきたからだった。

案の定、そこには蜻蛉のような薄い羽を背に生やした少女──大妖精が、ニ十メートルはある樹木の太い枝に腰を落ち着かせていた。

大妖精は立香が自分の事に気がついたのだと理解すると座っていた枝から飛び降り、フワリと綿毛が舞い落ちるように立香の前へと着地した。

 

「大妖精、こんな所で何してたの?」

 

立香は疑問に思ったことを尋ねた。

 

「明日の作戦を考えてたんです。実はここ、私のお気に入りの場所で」

 

大妖精の言葉を聞き、立香は先程まで大妖精がいた大木の枝に目を向けた。今一度、じっくりと見てみると不思議な枝だと立香は思案を巡らす。

その枝は何故か他の枝から独立したように一本だけ真横に生え伸びていた。そのお陰か、周囲に葉が生い茂っている訳ではなく、人間の一人や二人は何の邪魔もなく座れるようなスペースがいくつもあった。

 

「立香さんも登ってみますか?」

 

立香がそのように枝を凝視していたせいだろうか。大妖精から思ってもみない提案が立香に提示された。

 

「えっ……でも……」

 

しかし立香は言い(よど)む。それはそうだろう。空を飛べる大妖精には関係のない事かもしれないが、普通の人間である立香からすればそれは命を伴う行為だった。

 

「大丈夫です。ちゃんと落っこちないようにしますから」

 

立香の様子から彼が言い淀んでいる理由を見抜いたのか、大妖精は微笑みを浮かべながらそう言った。

 

「うん、じゃあ頼もうかな」

 

立香も大妖精がそう言うなら問題ないと了承する。

大妖精はレミリアが抱えるのと同じように立香の脇に手を回し、抱きつくよう後ろから(かか)え空へと浮かび上がった。レミリアの時とは違い、ガラスの作り物を扱うような優しい運び肩に立香はどこかむず痒さを覚える。

ぐんぐんと地面から遠ざかり、先程まで自分が立っていた大地がどこか他人行儀に見えるのを立香はただ見送るばかりだった。

 

「高い所、得意なんですか?」

 

大妖精により立香が樹木の枝に座った時、大妖精からそんな問が立香になされた。それは普通の人間なら恐怖する高さ、それも自分を支えているのが樹の枝一本だけなのにも関わらず立香があまり怖がっている様子を見せなかったからだった。

 

「別にそう言う訳じゃないんだけど、多分慣れたのかな?」

 

「慣れ?……ですか?」

 

「うん。ここに来てからレミリアに抱えられて飛ぶことが何回かあったから」

 

「なるほど。古城の時もそうでしたね。確かにレミリアさんのスピードで飛ぶのに比べたらこのくらいは何ともないのかもしれません」

 

大妖精は口許に手を添え、日溜まりのように微笑む。日の昇らないこの世界において、その様子はじわりと立香の胸に温かさを浸透させるのには十分だった。

しかし突然、まるでスイッチが切り替わったかのように大妖精から落ち着きが無くなった。丁寧に揃えられた足をすり合わせ、目線も立香の方を何度もちらちらと伺うように揺れ動いていた。よく見てみると頬には僅かな赤が敷かれており、表情には躊躇いと羞恥が見て取れた。

 

「あの……でも、もし落ちたら危ないので……いいですか?」

 

おずおずと呟かれたその言葉に立香は疑問符を浮かべる。しかし自分が座っている枝に添えていた手、そこにちょこんと何かが当たる感触があり、立香はそこで大妖精の言わんとしていることを察した。大妖精は立香が木から落ちても大丈夫なように手を握ろうとしていたのだ。

立香は自分の手に触れていた大妖精の指先をそっと家に招くよう迎え、握りしめる。その事に大妖精は一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐに微笑んで立香の手を握り返した。

 

カサカサとした音が耳に馴染む。立香は先程までどこか一線を引いて立香を見守っていた“自然”が、今は身内のように自分の近くにいる気がしていた。

吹く風が、揺らす木葉がまるで自分を迎え入れようと手招きしているように立香は感じた。

ふと目を閉じればそこは不思議な場所だった。

今、自分がいる場所、理由、意義。そして己の存在すらも些細なことに思え、誰かの大きな手に包まれているかのような安心感を覚える。このような感覚に立香は初めて出会った。

そんな、まるで異世界に旅立ったかのような陶酔感から立香を呼び戻したのは、手を握っていた少女の一言だった。

 

「ここ、私のお気に入りの場所なんです」

 

立香は目を開け、視線を大妖精の方へと向ける。

 

「そうなの?」

 

「はい。ちょっとした思い出がありまして」

 

そう言う大妖精の横顔は昔、大好きだった絵本をたまたま見つけたかのような慈しみと懐かしさが交差した不思議なものだった。

立香は大妖精にそんな表情をさせる“思い出”に興味が湧き、その内容を尋ねることにした。

 

「その思い出、聞いてもいいかな?」

 

立香の問いに大妖精は躊躇いながらも、しかししっかりと首を縦に振る。

そして目を閉じ、大妖精はそっと口を開いた。

 

「それは幻想郷から訳も分からずこの世界に連れてこられた時のことです。私──正確には私とチルノちゃんは突然、どこか分からない未開の地に放り投げられました。全く思い出当たりの無い場所で、どうにか帰る場所を探そうとかなりの時間を歩き回りました。そうして判明したのが、この世界が私たちの生きていた世界より何百年も過去だったと言う事実。私は愕然としました。まさか私たちの元いる世界から離れていたのは距離ではなく時間だったからです。距離なら何とかなったかもしれませんが、時間ばかりはどうしようもありません。いきなり目の前が暗闇の呑まれたかのよう真っ暗になったのです」

 

まるで我が子に本を読み聞かせるように黙々と思い出を読み上げる大妖精。その一言一言に想いが詰められ、感情が込められていた。彼女は記憶のページを一つ一つ丁寧に捲るのだ。慈しむように、撫でるように、そうしてその時の自分自身を語っていた。

 

「そんな絶望に私が打ちのめされていた時、救ってくれたのはチルノちゃんでした」

 

大妖精は閉じていた目を半分ほど開く。その奥にある瞳はしっとりと濡れ、月明かりを余すこと無く反射した。

 

「チルノちゃんは呆然と涙を流す私の手を取って、この場所に連れてきてくれました。そっと手を握って、引っ張ってこの場所に。そして言ったんです」

 

──大ちゃん、ここの世界も綺麗だよ!

 

「私、思わず笑ってしまいました。チルノちゃんはこの世界に悲観的な印象ばかり抱いていた私とは全く見ているものが違うんだなと思って。そして思ったんです。こんな所だけど、チルノちゃんとなら大丈夫。なんとかなるって」

 

大妖精はにっこりと笑い立香の方へと顔を向けた。

 

「だから私にとってこの場所は大切なんです。例え偽物だったとしても。消えてしまえば、何も残らない場所だったとしても」

 

大妖精は何の躊躇いも無く、迷いもなく、純粋で透明な思いを告げた。彼女の持つ薄い羽がそれを確信付けるかのように、向こうの景色を美しく透かし見せた。

 

その光景を見て立香は思わず小さく息を吐く。綺麗だった。今見える景色が、大妖精と言う存在が、そして何よりも二人の関係が。そのどれもが立香の心を感嘆させ、心臓の鼓動を緩やかなものにさせた。

 

「……いい友達だね。羨ましいよ」

 

「はい、一番の親友です」

 

立香は大妖精の笑顔を見て微笑む。しかしそこでふと我に返るよう、立香に一つの疑問が生まれる。

 

「でもよかったの?そんな場所に俺を連れてきて」

 

そんな思い出の場所を最近会ったばかりの人間に教えるのはどうなのかと言う立香の疑問。しかし大妖精とは何の問題もないとばかりに表情を変えることはなかった。

 

「良い場所なんですから、私とチルノちゃんだけが知っていてももったいないです。それに立香さんなら良いかなって。何ででしょう? そう思えるんです」

 

そう言った後、大妖精ははたと思うように言葉を繋いだ。

 

「そう言えば立香さん。明日、どちらのチームに着いていくのか決めました?」

 

「いや、実は凄く迷ってて……」

 

大妖精と出会う前、どちらのチームに着いていくか迷って出歩いていたので当然、立香はまだ自分がどうしたら良いのか決めかねていた。

困ったように頬をかき、そう言った立香の言葉を聞き、大妖精は小さく安堵の表情を浮かべた。そして躊躇(ちゅうちょ)するように唇を結んでは解いてを繰り返す。

 

「あ、あの……ちょっとした案と言うかなんと言うか」

 

そしてそのままの様子で彼女は口を開いた。

 

「も、もしよかったら私たちと一緒に行きませんか?」

 

「大妖精たちと?」

 

「は、はい!」

 

唐突な大妖精の提案に立香はポカンと間抜けな顔になった。そしてそんな状態のまま二人はお互いにしばらく見つめ合う。

時間にして僅か数秒。固まったように動かない二人だったが、ハッとしたように大妖精の顔から赤みが増す。

 

「い、いえ! 別に深い理由があるわけではないんです! ただ私の我が儘なようなものでして!」

 

早口であわあわと慌てるようにそう言う大妖精だったが、それは段々と収まり、沈静化していく。しかしその代わりとでも言うように彼女の頬から羞恥の証である赤色が浮かび上がってくる。

そして彼女は風船が萎むような小さな声でこう言った。

 

「り、立香さんと冒険できたらその……楽しそうだなって」

 

それは立香に聞かせると言うよりは、自分の考えを再認識させるようなものだった。思っていたことが不意に言葉として外へと漏れてしまったかのような。言ってしまえばそれは呟きに近かった。

大妖精は自分が失言したことに気がついたのか、慌ててブンブンと首を横へと振った。

 

「ご、ごめんなさい! こんな子供みたいなこと言ってしまって!」

 

大妖精は脳が容量を越えたのか、混乱したように目を回す。普段、幼いながらも落ち着きを見せる大妖精の知らない一面を見て、立香は口許を緩めた。

 

「ありがとう、少し考えてみるよ。俺も大妖精と冒険するの楽しいと思うしね」

 

きっとそうなのだろう。きっと楽しいのだろう。立香はそんな確信された未来を予感しながら、とりあえず大妖精を落ち着かせる方法を考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立香に与えられている家は集落の中心から少し外れに位置した場所にあった。と言っても、数分も歩けばチルノたちの暮らす中央部に行くことができるので、距離だけで言えばそこまで遠いと言う訳ではない。

そんな立香の家だが、外から見ればこじんまりしていて、家と言うよりは小屋に見えてしまう。しかし中は人が暮らすには十分なスペースの部屋が一つにトイレと浴室があり、立香としては文句もなく非常に満足していた。そんな自分のテリトリーとも呼べる場所に立香は体を休ませる為に帰ることにした。

七日間で見慣れた場所を通り、家の扉に手をかけ、中に入る。その瞬間、立香は思わず目を見開いて驚きを露にする。それもそうだろう。ただ自分の家に帰り、中に入るといきなり目に、自分のサーヴァントの一人、レミリアがベッドの上に腰掛け座っていたのだから。

 

「お邪魔してるわ」

 

「ビックリした。来てたの?」

 

立香は言いながら、扉を閉めて家の中に入る。レミリアはそんな立香の言い様にブスッと不満げな表情を浮かべた。

 

「何かしらその言いぐさ。失礼ね。私が来たのだから盛大に歓迎して舞踏会の一つでも開きなさい」

 

「急な来訪にそこまでするマスターってレミリア的にどう?」

 

「ないわね」

 

立香は予想していた返答に思わず苦笑いを浮かべる。

 

「それで? ここに来た理由は何なの?」

 

軽口を交わした後、立香はレミリアを見て思った疑問をぶつけた。そして、その疑問の返答はなんともレミリアらしい、我が儘で一方的で、そして魅力的なものだった。

 

「暇だからお茶に付き合いなさい。パチュリーは今、手が離せないようだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かちゃりと土器同士がぶつかる音が鳴る。そっと遠慮がちに、その土器たちがまるで恥じらうように鳴らした音は、ただ何者にも邪魔されず、小さな部屋を反響した。

立香はそんな些細な出来事に意識を引っ張ることなく、自分の目の前にあるティーカップを持ち上げ、口元でそれを傾けた。彼の喉が躍動(やくどう)し、口元から離したティーカップから湯気が散乱した。

 

「レミリアの淹れるお茶は美味しいね」

 

立香は持っていたティーカップを受け皿(ソーサー)の上に起き、自分と対峙するように座っているレミリアへ向けてそう言った。

 

「あら、ありがとう。それに対して貴方の淹れるお茶はそうでもないわね」

 

レミリアはそう言いながらも、機嫌が良さそうに自分のティーカップを口へと運び、中身を喉奥へと差し込んだ。

 

「でも嫌いじゃないわ。これからも淹れてちょうだい」

 

立香は頷く。そしてこう思った。いつかレミリアが満足できるような、そんなものを淹れようと。

そこでふと、立香はに疑問が沸き上がった。本当にちょっとした、些細な疑問が。

 

「レミリアは普段、自分で淹れて飲むの?」

 

これ程までに美味しい紅茶を作れるのだから、もしかしてそうなのかと立香は尋ねる。

 

「いいえ、咲夜が淹れていたわ。それが紅魔館メイド長である十六夜咲夜の仕事の一つだったもの」

 

その事に立香はハッした。今までの敵対心から忘れていたが、十六夜咲夜と言う女性は紅魔館のメイドだったと。

立香のそんな表情を見て、彼が何を思っているのか察したのか、レミリアは繋げるように言葉を紡いだ。

 

「貴方からはそう見えなかったかもしれないけど、あのメイドはもっと物腰柔らかくて人間味のある性格なのよ。この異変が終わったら彼女も正常な常態に戻っているでしょうから、同じ人間同士じっくりと話してみるといいわ」

 

「……うん。そうだね」

 

同じ人間──あのような力を持った人物を同じ人間と表現することが適切なのかどうかは置いておき、レミリア・スカーレットに仕え続ける人間がどのような人物なのか? その事においては純粋に立香の好奇心は刺激された。

 

そんな話題があって後、彼女たちは更に話題を重ねていく。ある者はその光景を見て、“空虚なものだ”と言ったかもしれない。またある者は耳を傾ければ“不必要だ”とそう断言したかもしれない。だがそう言われても、この二人は一切迷わず言うだろう。

「自分たちはこの時間が好きなのだ」と。

だからこそ二人は顔を合わせ、言葉を向け合うのだ。

 

そんな時間が流れる中、立香はレミリアに今現在、自分が抱えている問題を話すことにした。レミリアに相応しいマスターでありたいと思うからこそ、一人で問題を抱え込まないように。

 

「ねぇレミリア。実は相談があるんだけど」

 

「相談? 何かしら?」

 

レミリアは立香が自分に相談を持ちかけてきたことが意外だったのか、ピクリと僅かに眉を上げた。

 

「実は明日、どちらのチームに着いていくかまだ決めてないんだ。それでどっちのチームに着いていったらいいかなって」

 

「あら、私にその相談をしたら帰ってくる返答は一つしかないわよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ」

 

レミリアは迷う素振りすら見せずにそう断言する。

 

「私はこう答えるわ。私たちのチームに来なさいって」

 

「何で?」

 

反射的とも言える速度で回答を提示したレミリアに、立香はその理由を尋ねる。

きっとそこまで言うからには理にかなった言葉が返ってくる。立香はそう思っていた。

 

「そんなの、私が貴方から離れたくないからに決まっているじゃない」

 

「えっ!?」

 

思ってもいなかったその理由に立香は思わず声を出していた。理論や意義など意にも介さない、私利私欲に満ちたその理由は如何にもレミリアらしかった。

立香の頬がそっと赤くなる。それはレミリアから直接、彼に向けられた好意の言葉だったから。立香はレミリアの言葉にどう返していいか分からず、まるで石になったかのように全身を固まらせる。

しかしそれは、レミリアが小さくクスクスと笑い出したことで終わりを見せる。

 

「……もしかしてからかってる?」

 

「さあ? どうかしら」

 

レミリアは目をスッと細める。そのせいか、立香にはレミリアの真意を読み取ることができなかった。

 

「どちらにしても決めるのは貴方よ。貴方が選び、貴方が決め、そしてその方向に進む。今までだってそうだったでしょう?」

 

「……うん」

 

「そして何があっても後悔がないようにしなさい。何があっても誇れるように。選んだ先に何があろうとも、自分の選択が間違ってなかったと言えるような行動をしなさい。それが結果的に答えとなるわ」

 

レミリアは言い終えると、ティーカップを持って口元へと近づける。

その仕草一つ一つが優雅で、美しく、妖艶であった。立香は思わずその光景に見とれる。彼が初めて、彼女を見た時のように。あの湖の畔で契約を交わしたあの日のように。

レミリアはそんな立香に気がついたのか、ティーカップを机の上に置くと、姿相応の少女のように小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立香は扉の前に立っていた。集落の地下にある、一室に備え付けられている扉。そこは今日の朝、立香たちが集まって話し合いをしていたパチュリーの自室だ。

立香は一つ大きく息を吸った後、コンコンと目の前の扉を手の甲で叩いた。

するとこの部屋の持ち主である、一人の少女の声が返ってきた。

 

「誰?」

 

「俺だよ、パチュリー」

 

「ああ、立香ね。どうぞ。入ってちょうだい」

 

部屋を訪ねてきたのが立香だと分かるとパチュリーはすんなりと入室を許可した。

立香は扉を開け、中へと入る。そしてそれと同時に自分がここへと来た理由を説明しようと、視線をパチュリーの方へと向けた。

 

「実は相談が……ってごめん!」

 

しかしその瞬間、立香は開いていた扉を巻き戻すように急いで閉め直し、謝りの言葉を入れる。

その突然の行動にパチュリーは疑問符を浮かべたが、今している自分の格好を見て、その理由を理解した。

彼女は寝巻きとしてネグリジェを着ていたのだが、そのネグリジェが問題だった。パチュリーは暑いからと言う理由で、桃色の非常に薄い生地でできたネグリジェを着ていたのだ。そのせいで、パチュリーは(はた)から見ればほぼ下着姿のようなものだった。

女性としての体つきがありありと見て取れるパチュリーのその姿は男性の立香からすれば非常に妖艶に見えただろう。

 

「……いえ、私も気づかなかったわ」

 

パチュリーは扉越しに立香へとそう言って、近くにある上着を羽織った。

 

「もういいわよ」

 

それから入室を促すとおずおずと言った様子で立香は扉を開ける。そしてパチュリーの格好を見てホッと安心したように顔の筋肉を緩めた。

 

「それで、どうしたの?」

 

ようやく話ができる状況になったと見て、パチュリーは立香の言う相談事の内容を尋ねた。立香はそれに答える。今日、様々な人に話した自分の迷いを。

 

「実は明日、どちらのチームに着いていくかまだ決めてなくって」

 

「それで私に相談しに来たのね」

 

立香は頷く。

 

「取り敢えず座って。今、何か飲み物でも持ってくるわ。紅茶でよかったかしら?」

 

「うん。ありがとう」

 

パチュリーは立香の返事を聞くと、部屋の隅にある食器棚に向かって行った。立香はそれを僅かに眼球で追った後、ふと先程までパチュリーが座っていたであろう作業机に目を向けた。そこには何やら難しそうな数式のようなものと、何を表しているか分からない魔方陣のような模様が描かれた古紙が幾つも置かれていた。日本語でも英語でもない言語で書かれている為、立香にはその紙が何を記しているのかは一切分からなかった。しかしそんな立香でもパチュリーがこんな夜遅くまで身を削って作業をしていることだけは理解できた。

そんな風にしばらく作業机に目を馴染ませていた立香だったが、飲み物を淹れ終わったパチュリーが戻ってきたことでそれは終わりを告げた。

彼女は両手に持ったティーカップを机の上に置き、立香と対面する位置にある席へと座った。

 

「さて、どちらのチームに着いて行けばいいか分からない……だったわよね。相談しにきてもらって悪いけど、本当にどちらでもいいのよ。と言うか、私が決められなくて貴方に投げた問題だから。私もこれと言ったアドバイスはできないわ」

 

「そうなの!?」

 

パチュリーは座るや否や、立香の悩みに対して答えをだしたが、その予想の範疇を越えた答えに立香は思わず驚愕の声を漏らす。

 

「ええ。作戦の難易度を考慮してチーム分けをしたのだけれど、どうしても貴方を入れるとどちらかのチームのパワーバランスが傾くのよね。本音としては貴方が二人いればよかったのだけれど」

 

パチュリーは少し困ったように目尻を下げた。

 

「だから正解は終わってからでないと分からない。言ってしまえば結果論なのよ。例えるなら二つ箱があって、もしかしたら片方に何か予想外のものがあるかもしれない。それどころか二つともに入っているのかも。でもそんなことは杞憂で二つともに何も入っていないかもしれない。そんなところね。だから気軽に選んでちょうだい。なんならコインの裏表でもいいわ」

 

「なんて適当な」

 

立香は思わず苦笑いを浮かべる。パチュリーから明確な答えを貰い、胸が軽くなったのは確かだが、しかしその返答が返答なだけに素直に喜ぶことはできなかった。

そんな中で立香が紅茶の入ったティーカップを手にその中身に口を着けようとしたところでふと立香は気がついた。目の前に座るパチュリーの目元にうっすらと隈ができていることに。

 

「パチュリー。ちゃんと寝てる?」

 

立香は思わず尋ねる。

 

「……まあ、あまり寝ていないわね」

 

「駄目だよちゃんと寝ないと。俺が来る前まで何か作業してたんでしょ。これ、今日中に終わらせないと駄目なものなの?」

 

立香はそう言って、あの古紙が幾つも置いてある作業机の上を指差した。

 

「いえ。新しい魔法を少し思い付いてね。もう終わりそうだから最後までしてしまおうと思って」

 

「どうせそんなこと言って、終わる頃には朝になるんでしょ」

 

「むきゅ……」

 

パチュリーは珍しくばつの悪そうな顔をし、少し俯いた。

これは放っておくと作業を再開するなと思った立香は立ち上がってパチュリーの手を取った。

 

「ほら、今日はもう寝よう。明日はパチュリーもレミリアについて行くんでしょ?」

 

「うっ。でももうすぐ……」

 

「ダメダメ。ほら、ベッドに寝て」

 

渋るパチュリーの腕を引っ張り上げようと、立香は腕に力を加えるが、そこで放たれたパチュリーの思いもしなかった一言に立香は固まることとなった。

 

「……なら、貴方が寝かしつけてちょうだい」

 

「……ん?」

 

「だから私を寝かしつけてちょうだい。それなら寝るわ」

 

「ええっ!?」

 

立香は驚愕の声を口から放つと同時に、握っていたパチュリーの手を思わず離した。そしてそこから急速に頭が回転させる。脳内の奥底にある思考の海に深く沈んでいく。

 

──なぜ?

 

──どうして?

 

──何の意味が?

 

繰り返し行われる選定と判別が様々な回答を導き出していく。普段なら絶対にそんなことを言わないパチュリー・ノーレッジと言う魔女の意図は何なのか?

その答えを探し続け、そして立香は自分なりの答えを見つけた。

 

そうだ。きっとパチュリーは自分がこう言えば退いてくると思ったのだと。

 

そしてその答えから導き出される最善の返しを立香は返すことにした。

 

「い、いいよ」

 

立香の返答があまりに意外だったのか、パチュリーは大きく目を見開かせる。しかし次の瞬間には、再び瞼の力を抜いて言葉を付け加えた。

 

「やっぱり一緒に寝てくれないと寝ないわ」

 

「い、一緒に!?」

 

更に過激な内容と貸したパチュリーの条件。しかしそれで退いてしまえばきっとパチュリーが寝ないで作業机に向かうであろうことは誰の目に見えても明らかだった。

だからこそ立香は曲げるわけにはいかなかった。自分の中の答えを。

 

「…………いいよ」

 

乾いた雑巾から水分を絞り出すような声で立香はそう言った。

 

「……まさか乗ってくるとはね」

 

パチュリーは敗けを認めたように小さく溜め息を吐いた。

 

「少し待ってちょうだい」

 

そう言った後パチュリーは立ち上がって、棚から小さな霧吹きを取り出した。そしてそれを自分の首元と手首に振り掛ける。

その瞬間、立香の鼻にふわりと優しい香りが飛来した。不思議な匂いだった。具体的には何に似ているかとか、何から作られたのか答えることのできない独特の匂いだった。ただ鼻から入り込んだその香りが全身に行き渡り、体の奥から全身を寝かしつけていることだけは理解できた。

 

「それは?」

 

立香は尋ねる。

 

「リラックス効果のある香水よ。せっかくなら質のいい睡眠をしたいでしょ?」

 

パチュリーはそう言うと、そのままベッドに入り、立香に背を向けるよう横になった。そして頭だけを出して掛け布団を体の上に敷いた。

その様子を見た立香はもう大丈夫だろうと部屋を後にしようとする。そっと音を立てないよう足を忍ばせ、彼が部屋の外へと続く扉の前にたどり着いた瞬間、そこで彼の背中に声がかかる。

 

「どうしたの立香? 早く来て」

 

「えっ!?ホント一緒に寝るの!?」

 

立香は驚きの形相で後ろを振り向き、そう叫ぶ。

 

「……あら、そうしないなら私はこのまま作業を続けるわよ」

 

「ん~」

 

立香は困ったように唸るが、パチュリーにそんなことを言った手前、このまま部屋から出るわけにはいかなくなってしまった。

立香は顔を歪ませ頭をかきながら、上着を脱いでそれを椅子に掛ける。

それからなるべくパチュリーから距離を離し、ベッドに入ろうとする。しかしどう工夫してもどこか体の一部が当たってしまう為、立香は諦めてパチュリーと背中合わせになるようにベッドに入った。

立香がベッドに入ったことを確認するとパチュリーは細々と口を開いた。

 

「おやすみ、立香」

 

「おやすみ、パチュリー」

 

二人はその言葉を最後に口を閉ざす。

地上ではなく、地下だからか、いつもは寝る際に聞こえる風の音や虫たちのさざめき声が今はすっかり鳴りを潜めていた。ただパチュリーから聞こえる小さな寝息だけが立香の耳の中を支配していた。

だからこそ考えてしまう。こんな強引な方法でパチュリーを休ませたのは本当に正しかったのかと。その答えを得るために、立香はパチュリーの表情を思い出そうとするが、パチュリーがずっとこちらに背を向けてベッドに寝ていたことに気がつく。

 

だからパチュリーがどんな表情をしていたかは分からない。

 

分からないが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと見えた彼女の頬はどこか赤く染まっていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




取り敢えずここまでです。短い間ですが、ありがとうございました。四月の終わりまでこの話は残しておこうと思います。中途半端ですみません。

あと最後にもしよろしければアンケートに答えて下さい。
自分で決められなくて……。

どちらのチームに着いて行くか

  • レミリア&パチュリー
  • ルーミア&チルノ&大妖精
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