村長たちと言葉を交わした翌日。立香はレミリアとパチュリーと共に草原を歩いていた。そよ風に揺られる草花たちが、月明かりに照らされ様々な表情を見せる。その奥にはごうごうと立ち並ぶ山脈が圧倒的な存在感で頓挫していた。
もう既に見慣れてしまったこの広大な景色だか、何度見てもこれが聖杯によって作られたとは考えずらいなと立香は一人思う。それ程までにこの景色が、今まで自分の見てきた自然と何ら変わらない景色なのだ。
「ああそうそう。一つ言い忘れたことがあったわ」
そんな風景を突き進む中、ふとパチュリーがそう話題を切り出した。
「もしこの先、どうにもならないことがあったら私を囮に逃げなさい」
唐突な忠告、と言うよりは命令に立香は驚き、パチュリーへと大きく拡張された瞳を向ける。パチュリーはそれに知らぬ振りをして話を続けた。
「貴方はこの世界で自分が死ねばどうなるか分かる?」
「えっ? 普通に死ぬんじゃないの?」
「ええ正解よ」
パチュリーは質素に答えた。
「でもね、私は……私たちは違うの」
“私”、“私たち”。その区切りが何を意味しているのか立香は分からなかった。魔女という事だろうか? それとも人ではない者と言う大きな枠の話だろうか? 立香がそんな考えを頭に巡らす中、彼の求める答えはあっさりとパチュリーの口から吐き出された。
「知らなかったでしょうけど、聖杯に取り込まれた者と、自分から聖杯のシステムに侵入した者とでは明確な差が生まれるの。聖杯に取り込まれた者、つまり私はこの世界で死んでも実際に肉体として死を迎えることはないわ。聖杯の記憶容量、メモリとでも言いましょうか。そこで眠り続けることになるけどね。でも貴方たちは違う」
パチュリーは一度言葉を区切ると立ち止まって、立香とレミリアを交互に見た。
「今の私は聖杯と言う魔術礼装における一つのパーツとなっているよ。言うなれば聖杯の一部とでも言いましょうか。でも貴方たちは違うでしょう? 貴方たちは侵入者でこの世界において一個人として独立している。聖杯からすれば貴方たちは自分の体に入ってきた不純物なのよ」
立香は念頭にも過らなかった言葉を聞いて驚きを露にする。つまり聖杯の起動と共にこの世界にやって来た人物たちは聖杯から体の一部だと認識をされている。しかしそれ以外の方法でここに来た自分とレミリアは要らないものとして聖杯に認知されていると言うことだ。
人間でも自分で小指を引き抜いたり、目玉を抉る者はいないが、体の内部や外部にある要らないものは自分から分離させる。つまりはそれと似たことだ。
「でもパチュリー。そうなった場合、どうやってそこから目覚めるの?」
そう。もしパチュリーたちがこの世界で死に、聖杯の記憶領域で眠ることになった場合どうなるのか? 立香はそんな疑問をパチュリーにぶつけた。
パチュリーはそれに対して、一瞬だけ考えるよう自分の顎に手を添え、それから小さい彼女の口は儚げに開かれた。
「そこは私も確信があるわけではいないけれど、誰かが聖杯を回収する。つまり、この世界が消えてなくなれば、自動的に私たちも目を覚ますことができるはずよ。少なくとも聖杯の中身を空にすれば良いだけだから、何とかなるはず。だからこの世界における私の命の優先度は貴方たちより低いわ。この先に何が待ち構えているか分からない以上、そのことは念頭に置いておきなさい」
パチュリーはそこでこの話題を区切りとした。
立香はパチュリーの言葉に頷いたが、現実としてそんな場面に出くわせば自分がどう動くかは分からなかった。
パチュリーは仲間だ。まだ出会ってから数日しかたっていないが、それでも立香はパチュリー・ノーレッジと言う人物をそう認識していた。立香は彼女から多くのものをもらった。それは現物的なものもしでもあるし、概念的なものでもある。だから立香は少しでもパチュリーの役に立つようなことがしたかった。そんな彼女をいざ置いていかなければならないような場面に出くわした時、自分がどんな感情を持って、どのような行動をとるのか分からないのだ。
立香がそのように起こるかも分からない未来に頭を悩ませているその傍らで、いつの間にかパチュリーとレミリアは別の話題を話し始めていた。
「それにしてもパチェ、よくそんなことを知ってたわね。検証のしようもないのに」
「一応は魔女の端くれだもの。魔術礼装がどのような作用で働いているのか、その程度は分かるわ」
歩きながらなおも話し続ける彼女たちだったが、そこでピタリと二人同時に足が止まる。しかし立香は考え事をしていたせいか、それに気がつかないで一人先を行こうとする。
「ぐぇっ!」
レミリアはそれを彼の襟首をつかむことで停止させた。まるで蛙を潰したような音が草原に吹く風に流れ、草花を撫でる。
「ど、どうしたの?」
自身の喉を労るように擦りながら、立香は後ろの二人へとそう問いかけた。
「貴方がディナーのメインディッシュになりそうだったから、代わりにキャンセルしてあげたの」
「メインディッシュ?」
立香が疑問符を浮かべた瞬間だった。立香たちの周囲を囲うように地面の一部が幾つも盛り上がり、そこから人間の腕が生え出てきた。そしてそれを機転にどんどんと人の形をした何かが地面から姿を表す。しかしその姿は肉がただれて、その血色も彼らが這い出てきた土のような黄土色だった。立香はこの生物を一度、見たことがあった。
「ゾンビか……」
立香は小さくそう呟く。パチュリーに出会う前に村人たちと戦った怪異の名前を。
ワイバーンやスケルトンよりは弱いと言う印象があるが、一度命を奪われかけた相手なだけあって、立香はどうにもこのゾンビと言う怪異に苦手意識を持っていた。
「ええ、この程度の相手なら敵ではないわ。何も考えずに体を動かしていれば全滅させられるような相手。ならば少し試してみましょうか」
そんな立香の事情を知らないパチュリーはそう言い彼にゆっくりと近づく。それから彼の右手を拾い上げ、小さな呪文を呟き、自分の手の甲で立香の令呪に軽く触た。その瞬間、金属同士を打ち合わせたような甲高い音が鳴り響き、立香の手の甲に刻まれた令呪が赤く光り出す。
「な、何を?」
唐突なパチュリーの行動に困惑の色を示す立香だったが、そこでハッと何かに気がついたようで、パチュリーをジッと凝視する。
パチュリーはその視線を振り切って立香の前へと進み出て口を開いた。
「一時的だけれど、私も貴方のサーヴァントになったの。この戦闘で、私とレミィを使いこなしてみなさい。私たちは貴方の指示にのみ従う。自分で判断はしないから、全てが貴方にかかってるわ。それでいいわね、レミィ」
「パチェの悪い癖が始まったわね。マスター、そう言うことだから頑張りなさい」
二人のやり取りを聞いて立香は理解した。この場においてもパチュリーは自分を試そうと、あるいは鍛えようとしているのだと。もしかすると連携を取り易くするための練習の一貫なのかもしれないが、どちらにしても立香がやることは変わらない。
立香は頭を切り替え周囲を見渡した。地面から完全に抜け出たゾンビたちが緩やかに、しかし確実に四方八方からこちらへと迫っている。
「……パチュリー、レミリア。ゾンビたちに囲まれてるから一旦この囲いから出よう。俺の走る方向の進路を確保してほしい」
「了解したわ」
「仕方ないわね」
サーヴァント二人の返事を聞いた立香は一番ゾンビたちの数が少ない場所を見つけ出し、その方向へと一直線に走り出した。レミリアとパチュリーは立香の盾になるよう彼の前を陣取って、迫り来るゾンビたちを切り裂き、燃やし尽くし、あるいははね除けていった。
そうしているうちに彼らはゾンビを包囲網を抜ける。そのタイミングで立香は立ち止まると同時に振り返り、次の指示を飛ばす。
「レミリアはそのまま白兵戦でできるだけゾンビを自分の周りに集めてくれ。パチュリーは遠距離からレミリアの援護を。レミリア、もし危なくなったら一旦こちらに引いて欲しい」
「あら、それは私への挑発と受け取ってもいいのかしら?」
ニヒルな笑みを浮かべたレミリアに立香は同じような笑みで返す。レミリアはそれを見て、「生意気ね」と嬉しそうに呟き、立香に指示された通りゾンビたちの群れへと突っ込んでいった。
ゾンビたちは立香とパチュリーには目もくれず、ただ自分の一番近くにいる敵──つまりレミリアにのみ近づき、攻撃を仕掛けようとする。パチュリーの遠距離から放たれる魔法によって、同胞が次々と倒されていると言うのに、彼らはまるでレミリアしか見えていないかのように彼女の元だけに殺到する。それはゾンビたちの知能指数が限りなく低いことを表していた。
「パチュリー、何か広範囲を攻撃できるスペルはある?」
レミリアの元にほとんどのゾンビが集まったところで立香はパチュリーへとそう問いかける。
「ええ、あるわよ」
「ならいつでも打てるよう準備をしていて欲しい」
パチュリーへとそう告げた立香は、目の前でゾンビたちを容赦なく肉片へと変異させているレミリアへと声を張り上げた。
「レミリア、俺の側に!」
立香の声を耳に受けたレミリアは、地面を蹴ることで空中へと舞い上がり、それから滑空により一瞬にして立香の隣へと降り立った。
「パチュリー、スペルを!」
そのタイミングで立香からの指示がパチュリーへと飛ぶ。パチュリーは手に持っていた本を開ける。すると本を開けたページから燃え盛る一つの玉が浮かび上がった。多大な熱量と光を発するその玉が、パチュリーの頭上に達すると、それは一気に膨れ上がり、その体積を何十倍も増幅させた。
「灰となりなさい。『
パチュリーがそう言い放つと同時にパチュリーの頭上にあった炎の玉が、ゾンビたちの塊へと真っ直ぐに向かっていく。レミリアによって集められていたゾンビの集団にそれは到達し、爆炎が舞い上がった。
「熱っ!」
距離を離していると言うのに、熱風と爆風により立香は自分の皮膚が焼かれるような錯覚を覚えた。目をつむり、腕を盾に顔を守る。轟音が鳴り響き、その余韻が耳に留まり続ける。
砂や小石が立香の全身に叩きつけられ、それが収まったタイミングで立香は目を開けた。
まず目に入ったのは草原に酷い傷痕を残した証である爆心地だった。緑の草花があったはずの地面は深くえぐられ、土が見えていた。そしてそこを中心にゾンビたち部位が辺りに転がっている。どうやら動けるゾンビは一匹足りとも残っていないようだった。
「まあ、及第点ね」
戦闘が終わったと判断したパチュリーは立香の評価をその一言で表した。
「て、手厳しいね」
パチュリーによって下された評価に立香は思わず苦笑いを浮かべる。
「パチュリーは照れ屋だもの」
「……レミィ」
横槍を入れたレミリアにパチュリーは鋭い視線を送った。昔からの友人と言うだけあってレミリアはパチュリーがどう言う人物なのか良く理解しているようだった。立香はまだ二人と出会ってから長い時間を共に過ごしたわけではない。二人の知らない部分が多くあることも立香は理解していた。しかしそれでも、これから先の道はこの現状を打ち消す程、愉快なものになるのではないか。そんな予感が、ふと立香の盾に頭に入り込み、絡まった。
この世界に朝はない。どれだけ空を仰いでも、首がへし折れてしまうほど上を眺めたとしても、太陽と言う地球から見れる一番巨大なランプは姿を現すことはない。
しかしそれでも、幸いと言うべきか、この世界の月は明るかった。障害物や影が無い場所であれば、普通に生活ができる程には光で大きく苦労することはない。
だがやはり例外と言うものもある。そしてその例外に分類される場所に立香たちはいた。
「グペッ!」
風が木葉を揺らす音に紛れて、そんな情けない音がこだまする。立香とレミリアとパチュリー。三人を囲む木々が彼らを見下すように笑っていた。
いや、正確には木の根に足を引っ掛け、前屈みに転けてしまった立香をと言った方がいいかもしれない。
「ちょっと、何やってるのよ」
レミリアが呆れたようにそう言い、立香へと手を差し出す。
「ごめん、レミリア。でもこの森、暗くて足場も不安定だから結構危ないんだよ」
立香はレミリアの手をつかんでゆっくりと立ち上がる。それから再び歩き出すが、またもや足に何かを引っ掛けバランスを崩す。
一見、彼がどんくさいように見えるが、これは仕方のないことだった。この森は村人たちの住んでいた森よりも木々の数も、葉の密度も段違いに多い。それ故に空から降り注ぐ月の光はほとんど入らない。
パチュリーやレミリアと違い、浮けるわけでも夜目が効くわけでもない立香には危険すぎる場所だった。
「今日はここで夜営しましょう。急いでも仕方がないもの」
立香の様子から彼に旅の疲れが出始めたと判断したパチュリーは立ち止まってそう言い放つ。
それから彼女は周囲を見渡し、手頃なスペースのある場所へと手をかざし、何か呪文のような言葉を呟き始める。すると地面が盛り上がり、次第に形を変えていく。地面に意思があるように、その土壌は別のものへと変化していく。それはまるで巨大な粘土遊びをしているようだった。立香が唖然としている中でもそれは変化し続け、やがてそれは四角い土の箱になったところで落ち着いた。
四角の一面には人が一人通れる大きさの長方形にくり貫かれた穴があった。そのことから立香はパチュリーが簡易な家を造ったのだと察した。
「何も無いよりはマシでしょう?」
確かにそれは最もな言葉だった。しかしそれを実現させてしまうパチュリーに、立香は最近、彼女に対して思い始めた印象が更に強まった。
「なんと言うか、凄い便利屋だよね。パチュリーって」
「……それはどう言う意味かしら?」
パチュリーは立香をジト目で見る。それに立香はごまかすよう無理矢理に笑う。パチュリーから発せられる露時期のような重い威圧感が立香にのし掛かる。
そんな時だった。
「うがぁぁぁああぁぁぁぁあぁ!」
ふと唐突に荒々しい蛮声が三人の耳に届いた。何事かと立香は叫び声のする方へ顔を向ける。そこで目にしたのは障害物となる木々が見えているのか怪しい程、愚直に突っ込んでくる謎の少女だった。全体的に黒いワンピースのような服を来ており、髪は金髪のショート。そしてその金髪を赤い纏め上げていたのは赤いリボンだった。
謎の少女は血走った目で立香を凝視しており、そこから垣間見える切羽詰まった余裕のない表情は狂気的にすら思えた。
「……
ふと呟かれたレミリアの言葉に立香は眉毛を僅かに引き上げる。
「知ってるの?」
「ええ、幻想郷にいる人喰い妖怪よ」
「ひ、人喰い!?」
思いもしていなかった回答に立香は驚きで肩を跳ね上げさせる。そして同時に察した。
もしかすると、この少女が必死になってまでターゲットにしているのは──
「タベラレルニンゲン!」
自分なのではないか? と言うことを。
「うがぁぁぁああぁあ!」
喉を裂いたような咆哮が周囲へ広がる中、立香は自分の嫌な予想が当たってしまったことに、右の口端を引っ張り上げた。
間違いない! この少女は完全に自分のことを食料としか見ていない! と、一瞬にして食物連鎖の王座から陥落させられた立香は、考える力を完全に奪われてしまった。
「なるほど。空腹で理性を失ってるのね。この世界には人間がいないからこうなったと見るべきかしら?」
人間がいない。いや、正確には“
と言うのも、恐らくこの少女も聖杯の始動に巻き込まれここにいる。とすればパチュリーと同じく、少女は聖杯の一欠片としてその世界に現存していることとなる。しかしそれでも、根本的に彼女は聖杯外の人間なのだ。人食い妖怪は人間を口にして、飢えを解消させる。しかし口にしたそれが
「ど、どうするの?」
そんなことなど露知らない立香は、しかし本能と直感で自分の置かれている立場を何となく察する。ただこの場をどうにかしなければならないとすがるようにパチュリーへと助言を求めた。しかし彼女から返ってきたのは思いもしない答えだった。
「殺すわ」
ただ一言。たった一言の意思。しかしその中には何事にも勝る理不尽さと冷酷さが内包されていた。
「……殺すの?」
「ええ。少し前に言ったでしょ。ここで死んでも現実として実際に死ぬわけではない。聖杯を回収したら元に戻れるのだから、それまで眠ってもらいましょう」
パチュリーらしい、合理的で一方的な判断だった。
「人喰い妖怪と言っても力のある妖怪ではないわ。レミィは立香を守って頂戴。私一人で十分だわ。立香、戦闘の指示を。練習の続きよ」
目の前の少女を殺す。いや、実際に殺すわけでなないが、それでも今まで戦ってきた魔族を相手に戦闘するのとは訳が違う。種族が人喰い妖怪だとしても見た目はまんま、小学生くらいの女の子なのだ。その娘を今から殺す。自分たちが、自分の命令が、彼女を殺すのだ。
「うがぁぁあぁあ!」
まだ決心がついていない立香だったが、しかし迷っていては殺される。
そう、自分とレミリアだけはこの世界で死んではいけないのだ。心臓で血液を身体中に循環させるよう、その言葉を何度も何度も自分の胸の内で反復させた。
そして目を一度閉じ、開く。瞼を開けた奥にあったのは、迷いを完全に捨てた力強い意思だった。パチュリーはそれを見て安堵するように微笑み、立香の前へと進み出る。
依然としてこちらに突っ込んで来ている人喰い妖怪の少女に、立香はさてどう対処しようかと考えを纏め始める。その最中、ふと彼の隣にいるレミリアが口を開いた。
「宵闇の妖怪、名前はルーミア。自分の周囲を闇で覆う能力を持ってるわ。でもその闇は相手だけでなく自分の視界も閉ざしてしまう。何ともお間抜けな妖怪よ」
それは情報だった。今から自分が戦う相手の名前、特徴。今、一番必要なものをレミリアはそっと差し出すように立香へと提示した。恐らくこれはレミリアなりの気遣いなのだろう。そう判断した立香は「ありがとう」とレミリアへはにかんだ後、表情を引き締めて前を見据えた。
「パチュリー、引いて弾幕を張ろう。あの状態ならあまり相手は避けられないと思う」
パチュリーへ向けた始めの指示。それを彼女は忠実に実行へと移した。彼女の手の平から色とりどりの光弾が発射される。
「うぎっ!」
理性を失い、尚且つ勢いに乗って進んでいたせいだろう。宵闇の妖怪──ルーミアはパチュリーの弾幕を避けられずに直撃する。小さな連続した爆発が巻き起こるが、ルーミアはそのまま顔を歪めながらも強引に前へ進み続ける。
「無理矢理にでも突っ込むつもりね。マスター、私が避けてしまえばそのまま貴方の所に来そうだけれど、どうする?」
受け止めるのか、それとも避けていいのか。パチュリーは弾幕を張りながら立香の指示を待った。
「……大丈夫、そのまま回避してスペルの用意を。あとレミリアは手を出さないで欲しい」
まさかの指示に驚いたのはパチュリーではなくレミリアだった。なぜなら立香が言っていることはルーミアと自分で一騎討ちしたいと言っているようなものなのだ。一瞬とはいえ、敵であるルーミアと自分のマスターを対面させる。それはレミリアにとってあまり良い選択肢とは言えなかった。しかしそれでもマスターが言っているのならば、従うのがサーヴァントの在り方。そう思っているが故にレミリアは妥協を口にすることを決めた。
「……分かったわ。でも本当に危なくなったら、その限りではない。覚えておいて頂戴」
「うん、ありがとう」
立香の返事を聞いたレミリアは、僅かに横へと移動し、彼から離れる。完全とは言わないまでも、戦闘から孤立した立香。そこに一直線へとルーミアが突っ込んだ。
「ごぁぁあ!ニンゲン!」
ただ真っ直ぐに食欲と言う名の導きに従い、ルーミアは盲目的に立香の元へ進む。そしてルーミアが立香に跳びかからんとした時、彼は地面を蹴り、真横へ体をずらした。
「うぐっ!」
立香が身体をずらしたことにより、ルーミアは地面と正面衝突した。相手が理性を失っていることから、直線的な突進程度なら避けられると判断した故の行動だった。
こうして自分を囮にしたことでルーミアに大きな隙が出来た。ならば、次に彼がすることは決まっていた。
「パチュリー!」
立香は大声でパチュリーの名を呼ぶ。これの意味することはすなわち一つだ。
「天高く舞い上がりなさい。『
パチュリーの声に呼応するよう、地面から翡翠色の長方形が勢い良く飛び出した。数にして八本。材質は恐らく石だと思われるが、その詳細は見ただけでは判断がつかなかった。
「うがぁぁぁあああぁぁ!」
絶叫が空中に投げられる。振動が枝木を震わせた。
端から見れば、いきなり生えてきた翡翠色のビルにルーミアが下から突かれたような光景だった。
「追撃するわ、いいわね?」
パチュリーの確認にレミリアは頷く。
了解を得られたパチュリーは空中へとうち上がったルーミアに近付いて手の平を添えた。するとパチュリーの手の平から水色の魔方陣のような紋様が浮かび上がった。
「潰れなさい」
魔方陣がより一層、輝きを増し、幅広く膨張する。そしてそれが限界に達すると、そこから勢い良く大量の水が噴射された。
ルーミアは悲鳴を上げる暇もなく、水の噴射により地面に突き刺さる。水流の勢いで、地面はえぐれ、幾つかの樹木に深い傷が刻まれる。
「ううっ……」
水飛沫が上がり、視界が悪くなる中、ルーミアの呻き声が微かに聞こえた。まだ戦闘は終わっていない。そう判断した立香は、ルーミアのいるであろう方向を隙無く見やる。
「『
予想は当たった。まるで不意を突くかのように発動されたスペル。それはルーミアの『闇を操る程度の能力』によって産み出された暗闇から始まった。
「これは!」
立香は驚きの声を上げる。それもそうだろう。唐突に自分の視界が黒に──いや、闇に犯されたのだから。
何が起こったのか判断がつかなくなり、一瞬にして思考が停止する。自分が何をすればいいのか? 何ができるのか? その選択が根底から崩れ去った立香は、言葉を詰まらせ、無意識に呼吸を浅くしていた。
「落ち着きなさいマスター。これがルーミアの力よ」
いきなり自分に降りかかる現象に戸惑っていた立香だったが、レミリアの声により我に返る。視界が遮られているのに──いや、視界が遮られているからこそ、その声は立香の脳に程よく入り込んだ。
「ありがとう、レミリア。もう大丈夫」
「そう、良かったわ」
レミリアとのやり取りで調子を取り戻した立香は今度こそ自分がするべきことを考える。視界の遮られた中で何ができるのか、何が正解なのか。そこで一つ、ルーミアと戦う前にレミリア言っていたことを思い出す。
“宵闇の妖怪、名前はルーミア。自分の周囲を闇で覆う能力を持ってるわ。でもその闇は相手だけでなく自分の視界も閉ざしてしまう。何ともお間抜けな妖怪よ”
つまりルーミアは自分がどこにいるのか、相手がどこにいるのか分かっていないのだ。ならばまず前提条件として自分が声を出すわけにはいかない。
そうすれば必ずその方向に攻撃が飛んでくることになるからだ。
しかしそう思っていた矢先に、立香の右隣で爆音が鳴り響いた。
「…………えっ?」
まさかまさかの攻撃に立香は間抜けな呟きを漏らす。なぜ自分に攻撃が飛んでくるのか? ルーミアは自分も視界が閉ざされるのではなかったのか? それとも無意識に音を立ててしまったのか? そんな疑問が立香に沸き上がるが、それは彼から離れた場所で再び爆音が鳴ったことで全て解消された。
そう、これは見えているんじゃない。無差別で適当に攻撃しているのだと。
一見、馬鹿らしい攻撃に見えるが、実際に相手をしていると何とも厄介な攻撃だった。ルーミアがどこから攻撃しているのか分からず、視界が効かないので対処することも難しい。
さて、これはどうすればいいのだろうか? と立香が頭を捻っている時にその声は聞こえた。
「マスター、終わらせましょう」
パチュリーのそんな宣言。それは間違いなく戦闘を終わらせようとする意志が感じられた。どう言った方法かは分からないが、どうやらパチュリーはこの状況を打破できるらしい。
ならば立香のできることは一つだった。
──瞬間強化。
視界が遮られた中で自分ができる唯一の支援。概念礼装から放たれたスキルは、パチュリーの魔力を一時的に向上させる。
視界が効かず、何も見えないが、肌に伝わる空気からパチュリーが膨大な魔力を練っているのが伝わる。魔術について素人の立香でもそう感じるのだ。そこからもパチュリーの本気度が伺える。
「終わりね、『
パチュリーの言葉と共にバチリと電撃が走ったような音が鳴る。ルーミアの闇は光に類するもの全てを呑み込むと言うのに、立香は目の前で電撃が走ったような錯覚を覚えた。
「うがぁぁああぁぁ!」
そして次の瞬間、ルーミアの絶叫と共に、雲が爆風で消し飛ぶかのように暗闇が消え去った。
そして視界が晴れた先で立香が見たのは光輝く美しい輪っかだった。その輪っかがぐるぐると回り、そこから分離するように、雷の弾幕がルーミアへと殺到していた。
まるで雷の段幕が一つ一つ意思を持っているかのように、ルーミアを目指して飛んでいく。
そして最後の一つがルーミアに届くと同時に、彼女は力を失ったように地面へと倒れ付した。
「目標にした生体反応を検知して、そこへ攻撃を自動追尾させるスペルよ。視界があろうがなかろうが関係ないわ」
スペルの発動が終わり、パチュリーは立香の元へと歩き近づく。魔族たちより激しい戦闘を行ったせいか、彼女の全身から気だるげな雰囲気が漂っていた。
「ううっ……」
そんな中、ふとか細い
「生きてるのね。結構本気の威力だったはずなんだけど」
パチュリーは無感情にそう言い放ち、手の平をそっと倒れ伏すルーミアへと向けた。どうやら止めをさすようだった。
「…………おなか……へったよぅ」
そんな時、ルーミアからそんな言葉がこぼれ落ちる。今まさに、自分の命が
何故だろうか、それを聞いて立香の足は勝手に動いていた。
魔法を発動させようとしていたパチュリーの横を過ぎ去り、立香はルーミアの元へと一歩一歩近づいた。
「立香?」
後頭部に投げ掛けられる疑念の声を置き去りにし、彼はルーミアの側でしゃがみ、多様性があるからと古城から拝借したナイフで自分の腕を十センチ程切り裂いた。
「痛っ!」
「ちょっと、立香!」
立香の唐突な行動に、パチュリーもレミリアも目を大きく見開く。そして慌てた様子で彼の元へと寄って近づいた。立香はそれを尻目に、ナイフで切り裂いた傷口をルーミアの口元へと持っていった。
「ごめん、でもやっぱり殺すのは可愛そうだよ。それが例え、一時的なものだとしても」
立香の言葉を聞いたパチュリーはまるで眼球の質量が増したような目で立香を見据える。レミリアも鋭い眼光を携え、目を細めた。
「……立香、甘いことを言ってる自覚はあるかしら?」
「うん、分かってる。ごめん」
パチュリーの言葉に立香は同じ言葉をもって謝りはしたが、彼の瞳は一寸の揺らぎも存在していなかった。
そんな立香の様子にレミリアは呆れたように顔の力を緩める。
「まあ貴方らしいわね。パチェ、一時的とは言え立香は貴方のマスター。ならば彼の意向にはなるべく従うのが筋と言うものではないかしら?」
レミリアは未だ、立香に否定的な態度を見せているパチュリーへと意味あり気な視線を送る。
しばらく不格好なにらめっこが行われていたが、パチュリーは諦めたように小さく息を吐く。
「……はぁ、仕方ないわね。ホント、治療をする私の身にもなって欲しいわ」
パチュリーの言葉に、立香は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ありがとう、パチュリー」
パチュリーへと感謝の言葉を述べた立香は、自分の腕に走る切り傷をぐっとルーミアの口元へと寄せる。
「ほら、肉は食べさせて上げられないけど、血なら大丈夫だから」
ルーミアは
「うぐっ!」
傷口を刺激された激痛に、立香はぐもった声を発する。血液が腕から吸い出されることにより、その部分から温度が急激に抜け落ちていくのを自覚する。
ピリピリと腕が痺れをきたし、感覚が抜け落ちる。この腕がもう自分のものではないのでは、と疑ってしまう程にそれは加速し続けた。
「おいしいよぅ」
立香の腕にしゃぶり付きながら涙ながらに言葉を漏らすルーミア。立香はそんな彼女を見て微笑む。
──殺さなくて良かった。
立香は自分の選択が間違いではなかったことを、この瞬間確信した。
しかしそこでぐらりと体の芯が崩れた。かすれた視界と共に、世界が横へと傾く。何が起こったのか? なぜこうなったのか? その先を考える思考能力すら、自分から欠損していることに立香は気づくことすらできなかった。まるで自分を支えにしていた背骨がまるまる引き抜かれたように立香は地面へと倒れる。
「ちょっと、立香!?」
視界がかすれ、聴覚が擦りきれる。最早この声が誰の声かすら判断ができなくなっていた。
段々と意識が闇へと沈む中、立香が感じることができたのは、鉛を纏ったような気だるさと、誰かが身体を揺する僅かな感覚だけだった。
始めは痛みだった。体の脳天から爪先までを繋ぐ一本の線に電流が走ったような痛み。それが目覚めのトリガーだった。
「ッ!」
ぐもった声と共にパチリと瞼を開ける。瞳から視神経を伝う情報量が、脳の隙間を埋めた。
どうやらそこは屋内のようだった。決して高くはない茶色の天井が、どこからか灯る淡い光に照らされていた。
「起きた!」
立香が状況を把握する為に上半身を起こすと、突然幼い声と共に腹部へ謎の物体が飛来してきた。
一瞬、息が詰まるが、立香はそれを難なく受け止める。何が飛んできたのか疑問に思い、彼が視線を下へと向けると、そこには金髪の少女が自分へ抱きついている様子があった。
そこで思い出す。自分が倒れたこと。そして倒れる直前の出来事を。そして無意識に浮かんできた名前を口にする。
「……ルーミア?」
そう、“ルーミア”。自分が倒れる前に戦闘を行った人喰い妖怪。この少女の名前を立香は思い出したのだ。
「ん、どうしたの?」
ルーミアは立香の腹部に埋めていた顔を上げ、そう言う。
「え、えっと……」
未だに正確な状況が把握できていないのか、立香は次の言葉が出てこない。
しかしその問題は一気に解決する。とある人物の口添えによって。
「貴方、気絶してたのよ。血を吸われたのもあるでしょうけど、それ以上にこれまでの疲れと、激しい痛みによって身体が防衛反応を起こしたんでしょう」
立香はハッとして声のする方へと顔を回した。そこには薄暗い中で土製の椅子に座り、本を読むパチュリーの姿があった。
そしてそのタイミングで立香は自分が周囲をよく見ていなかったことに気がつく。なぜならそれは自分が今、どのような場所にいるのか、そこで初めて知ったからだ。
どうやらここは家の中のようだった。いや、家と言うよりは、土を固めて造った小屋と言った方がいいだろう。窓もなく、密閉に近い状態にあるその小屋。その小屋の中を照らしているのは石だった。オレンジ色に光る幅三十センチ程の石。それが優しく、儚げな光を灯し続け、小屋の内部を照らしていた。恐らくパチュリーの魔道具か何かだろう。地下工房で似たようなものを立香は目にしていた。
そんな時ふと、この小屋に心当たりがあることに気がつく。それはルーミアと戦う前、ここで一旦休息を取ろうとパチュリーが提案した時に彼女が作成した土の小屋。それがこの部屋なのではないかと立香は思い至った。
「それで体調はどう? 少しはマシになったかしら?」
立香が思考の渦にはまっているところで、そんな声に引っ張り出される。
その声の主はレミリアだった。彼女は部屋の際で土製の椅子に座っていたが、立香が起きたことで彼の側へと歩いて近づく。それから立香の顔色を伺うように、鼻先を彼の顔に寄せていった。
「うん、良くなったよ。ごめん、レミリア」
立香が素直に謝ったからか、それとも立香の顔色が良かったからなのか、レミリアは顔を引いて、それから少し不機嫌そうに口を歪める。
「……いいわよ、別に」
確かに立香は自分勝手な判断をしたかもしれないが、それを補助したのはレミリアだ。倒れるまで血を提供することに思うところはあるものの、そのせいであまり強くは言えなかった。
「ねぇねぇ」
立香とレミリアの会話が一段落したタイミングで、未だに立香へとへばりついていたルーミアが口を開いた。
少し前まで狂気をはらんでいたように見えた瞳には、好意的な光がきらめいており、少なくとも、もう襲われることはなさそうだった。
「どうしたの?」
立香はルーミアへと微笑み、そう言葉を返す。するとルーミアも笑顔を浮かべ、立香の瞳を真っ直ぐに見返した。
「助けてくれてありがとう。とてもお腹が減ってたから凄く嬉しかった。私に自分からご飯をくれる人間は貴方が初めてなの」
立香は「どういたしまして」と言いながら、ルーミアの頭へ手を持っていき、優しく撫でる。ルーミアは気持ちよさ気に目を細め、成すがままになっていた。
そんな微笑ましい光景が続くと思われていたが、それはパチュリーのたった一言によって打ち切られる。
「さて、立香。貴方がこの娘を助けたのだから、それ相応の責任と言うのを取らなくてはいけないわ。ルーミアは人喰い妖怪。だからこれからも人間を食べないと飢えはしのげない。その事を忘れたわけではないわよね?」
立香はルーミアを撫でていた手を止める。決して目を反らしていたわけではない。自分がルーミアを助けると決断した時点で、その問題は必ず付いて回と理解していた。
しかし、いざ現実的な問題として目の前に突き付けられると、自分の発言がいかにノープランだったのかを立香は嫌でも分からせられる。
「人間が食べる食べ物じゃ駄目なの?」
立香の問いに、ルーミアは首を横へと振る。
「普通のご飯を食べたいと思う餓えと、人間を食べたいと思う飢えは別物なの。だから駄目。この感覚は妖怪にしかないかも」
ルーミアの言う妖怪特有の“飢え”が理解できない立香は言葉を詰まらせる。
足りない知識、知恵を懸命に絞り出そうと、立香は唸り声を上げるが、出てくるのは自分の情けなさを助長する感情だけ。それでもこの問題を作り出したのは自分だと言う考えから、立香は思考を止めるわけにはいかなかった。
「……一つだけ解決する方法があるわ」
そんな立香の様子を見かねたのか、パチュリーが明天とも言える言葉を投げ掛けた。立香は思わず目を見開いてパチュリーへと視線を向ける。
「ルーミアと令呪でパスを繋ぐこと。それが解決法の一つよ。人間である貴方の魔力をルーミアに流すことで、多少なりとも妖怪としての飢えはしのげるはず」
令呪のシステムをよく知らない立香だが、その解決法は妙に納得してしまうものだった。パチュリーが言うのだから、と言う部分もあったかもしれないが、令呪による生命力の供給ならば、確かにルーミアの飢えをどうにかできそうではあった。
しかしその提案に賛同しない声が一つ上がる。
「ちょっとパチェ、私は反対よ!」
そんな耳を貫くような甲高い音を発したのはレミリアだった。
「もう既に立香は私とパスを繋いでいる。これ以上、パスを増やしたら立香の負担は大きくなるわ!」
レミリアは珍しく声を大にしてパチュリーの案を否定する。どんな時でも揺るがなかった彼女の表情はどこか焦っているようにすら見えた。
しかし、そんなレミリアの言っていることは事実正しかった。立香は魔術の才能がない。保有している魔力量も、魔力を扱う技術も知識も、サーヴァントを扱うには能力が足りていない。そんな状況なのにも関わらず、これ以上、令呪による契約を増やすのは完全に容量オーバーだ。パチュリーのような仮契約ならまだしも、ずっとパスを繋いでいるとなると話は別だった。
しかしパチュリーはレミリアがそう言うことを予測していたのか、間髪入れずに口を開いた。
「レミィ、そこは貴方が立香から摂取する魔力を抑えれば解決することよ。力もかなり戻ってきた頃でしょう?それに……」
パチュリーは一旦、台詞を切り、未だに立香へと抱きついているルーミアへと視線を移す。
「独占欲は見ていて美しいものじゃないわよ」
パチュリーの言葉にレミリアは大きく目を見開き、それから不機嫌そうに顔を歪め、閉口した。
どうやらパチュリーとレミリアによる意見のぶつかり合いは前者に軍配が上がったようだった。
もうレミリアがこれ以上、反論をしないと判断したパチュリーはルーミアへと顔を向ける。
「ルーミア、立香から離れて彼の手に触れなさい」
パチュリーにそう言われたルーミアは素直に頷き、彼女の言われた通りにする。ルーミアの幼い手が立香の令呪へと優しく触れた。
そしてそれを覆うように、パチュリーはルーミアの手を自分の手に重ねる。
「おおっ!」
その瞬間、金属を打ち鳴らしたかのような鋭い音が部屋の中にこだまする。部屋の端々にぶつかった高音は、やがて暗闇に溶けるよう、己の姿を静めた。
「これで貴方は立香のサーヴァント。餓えももうあまり感じることはなはずよ」
パチュリーはそっと手を退いて、平坦な瞳を立香の令呪へと添えた。
「サーヴァント?」
ルーミアは聞き慣れない言葉を口にし、疑問符を付属させる。
「使い魔みたいなものよ」
「そーなのかー」
本当に分かったのか怪しい返事をしたルーミアは、身体を回転させ、立香へと向き直る。
「ねぇ、何て呼べばいい?」
突然、ルーミアにそう言われ、立香は今の今まで自分の名前を彼女に教えていなかったことに気がついた。
自己紹介をする暇がなかったとはいえ、それが完全に頭から抜け落ちていたことを立香は反省する。
「俺の名前は藤丸立香。呼び方は何でもいいよ」
遅まきの自己紹介に対して、ルーミアは腕を組んで唸り始める。恐らく彼女の頭は、立香をどう呼べばいいか頭を捻らせているのだろう。他者からすれば、それは
幼い唸り声が木の葉の揺らめく乾いた音と同調する。風が止むことの無いように、ルーミアのそんな声もずっと終わりが来ないかのように思えた。しかし、それは意外な結末で呆気なく終焉を迎えた。
「……サーヴァントなのだから無難にマスターでいいんじゃない?」
それは何気ない言葉だったのかもしれない。もしかすると私欲に溢れた意図的な言葉だったのかもしれない。
とにかく、この場で彼女が──レミリアがポツリと置き捨てるように呟いたその言葉は、今の状況を変えるだけの力が備わっていた。
「おーよく分からないけどそれにする」
あれだけ悩んでいたと言うのに、ルーミアはレミリアの提案を驚く程あっさりと、素直に聞き入れた。
何の抵抗もなく、するりと樹になっていたリンゴが地面へと落下するように、ルーミアはそうした。
「よろしく、マスター!」
ニヒッと子供特有の笑みを顔にぶら下げ、ルーミアは出会いの二歩目を踏み出した。
「うん。よろしく、ルーミア」
立香もそれに合わせて一歩、前へと進み出る。
深緑溢れる小さな小屋で結ばれた、おざなりのような一つの契約。慈悲か、善意か、はたまたエゴかで生まれた切欠だが、しかしそこに何一つとして後ろ向きな感情は存在しなかった。
ルーミアってどんな口調にすればいいんだろう?
普通でもいいけど、少し特徴がありそうな気がしないでもない。東方キャラを書いてて初めて口調で躓きました。
『ルーミア』
《クラス》アサシン
《種族》妖怪
《ステータス》
筋力 C
耐久 C
俊敏 C
魔力 D
幸運 B
《クラス別能力》気配遮断(B)
《スキル》
捕食(A)
食した時に得られるエネルギーの効率を向上させるスキル。
暗黒行動(E-)
暗闇に対する空間把握能力。E-となると、ほぼ効果は得られない。
《スペル》
・
Rank:D+
ルーミアが指定した箇所を中心として一定範囲を暗闇へと変貌させ、レーザーのような光線で攻撃する。彼女の作る暗闇は光自体を拒絶し、光の存在を書き消してしまうため、吸血鬼の眼を以てしても視界を確保することは不可能となる。しかしルーミア自身もこの暗闇を看破する手段を持たない為、その中にいれば必然的に彼女も盲目同然となってしまう。
*以下小ネタ
立香「いけ、パチュリー! 10まんボルト!」
パチュリー「……燃やすわよ」