申し訳ありません…
痛みのあまり、声を失った。
激しい痛みを感じると声が出なくなるのは本当なのだと実感した。
俺は倒れそうになるが、何とか踏ん張る。
右肩が熱い。手を握るだけで肩から尋常じゃない痛みを感じる。力も入れにくい。
だがリグルを護るためにも、俺は掴んだ手を引っ張り、胸元に引き寄せる。
リグルがすごい声を出したが聞いてる暇が無かった。
しかし、さっきの声…
明らかに少女の声だった。リグルみたいに少女の姿をした妖怪だろうか。
ならばこの暗闇も、その妖怪の能力だろうか。
本来ならあり得ない考え方を実行している。
これからもその機会が多くなりそうだなとふと思う。
そう考えている間にも、どこからか何かの気配を感じる。
あまりにも速く移動しているらしい、気配の位置が特定できない。
そうしてる間にも、俺の体の一部が喰われていく。
左上腕の一部、右のふくらはぎの一部…
軽い傷だが、蓄積していけば大変なことになる。
くそっ、どうすれば…
俺は焦り、周囲への警戒が薄れてしまう。
それが命取りとなった。
後ろから咀嚼音とともに声が聞こえた。
それに反応し、後ろを向く。
だがその直後、俺は喉元を喰らいつかれた。
◆
瞬間、周りを覆っていた暗闇は嘘のように晴れ、視界が良好になった。
夜空が見える。
どうやら何かに喰らいつかれた勢いで倒れかかってるそうだ。
出欠量が多くなったのか、力が抜けていく。
だが俺は腕に何かを抱き寄せてる感覚があった。
その正体を思いだし、出せる力を振り絞ってリグルを突き飛ばす。
少し痛いだろうが、許してくれ。
バランスを崩し、俺は地面に倒れた。
喰らいついてきた何かが喉元から口を外す。
それは先ほどの予想通り、少女の姿をしていた。
短い金髪に赤いリボン状の飾り物を着けており、夜闇のように黒い服とスカートを身に付けている。
黒い服は羽織りものなのか、袖は白い。
その少女の血塗れの口が開いた。
「今、ワタシの“友達”に乱暴したな~
もう許さないぞ~!」
ふわふわとした声色で怒りを露にする。
…ん?友達に乱暴?
身に覚えのないことだ。
誰がこの少女の友達に乱暴するのだ…
…今って言ってたな。
倒れる直前に少し粗い行動をしたと言えば、リグルを突き飛ばしたことくらいしか…
もしかして、この子の友達ってリグル?
なら、弁明の余地がある!!
俺は少女にリグルを突き飛ばした理由を伝えようとしたが、声が出なかった。息も苦しい。
恐らく、先ほど喉元を噛まれた時に声帯が潰れたのだ。
必死に弁明しようとしたがそれも虚しく、俺は金髪の少女のディナーとなった。
腹に食らいつき、腹筋を引きちぎる。
肩の痛みとは比べ物にならない痛みに、俺は無意識のうちに体に力を入れる。
だがその勢いで臓物が飛び出る。痛みは更に倍増した。
少女が掴んだのか、内臓、小腸だろうか、本来感じてはいけない感触が生じる。
そして少女は何のためらいもなく、むしろ表情を明るくしてそれを食べ始める。
痛い、痛い!
痛みで頭がおかしくなりそうだ。
本来であれば、今俺が振り絞って出そうとしてる絶叫でこの不快な咀嚼音が聞こえなくなるはずなのだが、声の代わりに口からはどす黒い血が溢れ、辺りにクチャクチャと嫌な音が響き渡る。
少女は小腸(?)を口に咥えたまま、箱の奥に埋まったおもちゃを出すかのように、俺の内臓を引っ張り出していく。
肝臓、腎臓、脾臓… 手にとってはそれにかぶりつく。
「おいしー♥」と満足そう内臓を食している姿は、ファミレスでお子さまランチをはしゃいで食べる子供のようだ。
「え!?ルーミア!?」
やっと起き上がってこちらを見たのか、リグルは少女に声をかける。
「はふぇ?ひふふ?」
口に含んだまま話したせいか、音が濁る。
どうやら予測通り彼女達は友達だったらしい。
リグルが震えた声で、ルーミアに問いかける。
「なに…食べてるの?」
「さっきリグルに乱暴したやつだぞー?
リグルも食べるかー?」
口に入ってたものを飲み込んでから、ルーミアは自慢気に言う。
寧ろリグルに、食べかけの肝臓を手渡そうとしてる。
リグルはそれを無視し、ルーミアに怒鳴り付ける。
「ふぇっ?ど、どーしたのだ?」
ルーミアもこれには驚いたようだ、リグルの様子に困惑する。
リグルは怒りのまま続ける。
「この人は私の友達!
ルーミアが急に暗闇で包むから、パニックになっただけだったの!」
「そ、そーなのかっ!?」
ルーミアが凄くテンパる。
(まぁ、本当はあなたを助けようと思っただけなんですけどね…)
感覚が麻痺しているなか、俺は冷静に心の中で突っ込む。
「どうしよう!?もぐもぐ、どうすればいいのだー!?」
「ホントにそう思ってるんなら、食べるのを止めてよ!」
「だってこの人のお肉、もぐもぐ、美味しいんだもん!
やめられない止まらない…もぐもぐ」
「もぉぉぉ!ルーミアぁぁぁ!」
反省しながら俺を食べるルーミアにリグルは激怒する。内容はヤバいがギャグめいたやり取りを面白く思ってしまう。
だがその賑やかな声も遠くなり、ひんやりと寒くなってくる。
そして視界もなくなっていく。
意識も…遠く、なって……………
………………
………
…
◆
そしてその日の次の日の朝。
「いや~、しかし良かった~!
もしこのまま死んでたらリグルに顔が立たなかったのだー!」
「いや、普通なら死んでますからね?
ホントに反省してる?」
明るく言うルーミアに俺は突っ込む。
「反省してるぞ!
でも、もしよかったらまた食べさせてほしいのだー!」
「…ルーミア?」
「じょ、冗談なのだ、リグル!」
怒りながら言うリグルに、ルーミアは冗談だと笑い飛ばした。
「そんな怒るなよ、リグル。
俺も大丈夫なんだし、許してあげなよ?」
「……」
リグルは無言で返す。
あのあとリグルはルーミアに激昂し、大喧嘩をしたそうな。
そして、今の今まで全く話していないとのことだ。
「まぁ、友人があんな酷い目にあったら、確かに許しがたくはありますよねぇ…あはは…」
イナバがどんよりした笑顔でリグルに同感する。
昨晩、俺とリグルが11時になっても帰ってこないので迎えに来てくれた。
だがイナバがそこで見たのは治ってる最中と言えどむごたらしい死体と、その傍らで喧嘩する二人の少女だった。
「あんなにヤバいのは、初めて見ました…
うっ、思い出しただけでも吐き気が…」
どうやらとても強烈な見た目をしていたらしい。
イナバは小走りで厠に向かう。
「まぁでも、あんなにも損傷が酷かったのに全部元通り…
そしてお腹だけ治って、肩は今再生中…か」
小走りしていったイナバを横目に永琳は冷静に俺の状態を分析する。
「どうやら死因に直結する部位が一番早く治るのは確かね。
そしてそれ以外の部位は後から再生するらしいわね」
「ほほう…」
分析を終えた永琳に俺は感嘆を漏らす。
「でも内臓は治ってるんですかね?」
「それは問題無かったわ。
お腹が治る前に内臓が修復されるのを確認したもの。
あれには驚かせられたわ」
永琳はイナバが拒絶していたあの死体を見ていたらしい。
だがそれでも永琳は平然としている。
流石だな、と内心思う。
「リグル~、ホントにごめん~…
反省してるぞ~…」
「……」
傍らではルーミアがリグルにずっと謝っていた。
リグルはまだ怒っているらしい。
俺が見ていたことが分かったらしいルーミアは、目をうるうるさせながらこちらを見てくる。
流石にルーミアも真面目に反省してるようなので、俺は助け船を出してやる。
「な、なぁリグル?
ルーミアもお前を助けようとしてこんなことしたんだ。
そう考えると、ルーミアもわざとじゃないって分かるだろ?」
「……」
リグルは無言で頬を膨らませ、そっぽを向いている。
俺は頑張ってリグルを諭し続ける。
「それにほら!妖怪も人を襲うこともあるんだろ?
ほら、致し方ないことだって!…」
「ねぇ」
リグルが急に俺に声をかけてくる。
「ど、どうした?」
「…あなたは怒ってないの?
あんな酷いことされて…昨日から思ってたけど、何でそんなヘラヘラしてられるの?…」
リグルは逆に問いかけてくる。
“ヘラヘラしてられるの?”
この言葉にドキリとする。俺もこれが原因で人に嫌われたものだ。
少し本心を言うのをためらう。
だがリグルは、俺の虫と話せる力を気味悪がらなかった。
リグルになら、話せる。
そう思い、俺はリグルに伝える。
「俺は、ヘラヘラすることで相手も同じように気分が紛れると思ってやってる。
そうしたら、相手も暗い気分が晴れて笑顔になるかもだろ?
だから、俺はこうし続けるんだ。
もしこれが気に障ったのなら謝る。すまない」
俺はリグルに頭を下げる。
「な、何してるの?
別に怒ってる訳じゃないよ?」
リグルは怒ってない旨を伝える。
「私はね?、えっとね?
ルーミアに怒ってないのか聞きたかっただけなの」
リグルがおろおろしながら俺に再び問いかける。
俺は顔をあげ、笑顔を作りリグルに返答する。
「全然怒ってないさ。
わざとじゃないんだし、それなら仕方ないじゃないか。
それに、ルーミアの行動は友達を思ってのことだ。だったら怒る理由もないさ」
「でも…それでも……」
リグルはいまだに納得してない様子だ。
俺は更に続ける。
「リグル。
友を思っての行動は素晴らしいことだ。やり過ぎはよくないけどな。
まぁ今回はやり過ぎの域に入るとは思うけど、俺は咎めることもしないし気にしてもないさ。こうして無事なんだし。
だから、ルーミアを許してやってくれないか?」
「……」
リグルはまた無言になる。
それを見たルーミアは今にも声を上げて泣き出しそうだ。
「…許す…」
リグルが小さい声で呟く。
その膝には涙が零れ落ちている。
「ルーミアを、許してあげる!」
リグルは大声で言う。
「ゆ、許してくれるのかー?」
「うん!優しい友達のルーミアを、許します!」
リグルは目元に涙を溜めながら、笑顔でルーミアに応じる。
それに対しルーミアは涙と鼻水を垂れ流しながらリグルに抱きつく。
「ぶぇぇぇぇ!リグルぅぅぅぅぅ!
ごぶぇんなざいぃぃぃぃ!!」
「ありがとう、ルーミア。
私もずっと怒っててごめんね?」
泣きじゃくるルーミアを、リグルは撫でる。
俺はそれを見て思わず涙腺にうるっと来てしまう。
「友情って良いものだなぁ…」
「えぇ、そうね」
永琳は俺に同感してくれた。
清々しい朝が、訪れたものだ。
さて、この次の話は誰が出てくるでしょうか?
お楽しみに!