ヴァーナログ 人類の黄昏   作:アルクポッド

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第4話

降り注ぐ異形たちの血、それらは乾いた大地を濡らすことなく蒸発する。

積み上げられた死体の丘で勝者は、苦痛に顔を歪める。

辺りには暴風の如く碧の雷撃が吹き荒れ、燻んだ夕景が戦いの終わりを告げていた。

 

 

 

雷霆アダマスの運用試験

 

目が覚めるといきなり、そう告げられた。

細胞移植の疲れからか兵士としては即厳罰クラスの寝ぼけ半分で返事してしまったのは悪かったが、完全に眠気が無くなった時には既に東部戦線のど真ん中に立たされているのは如何したものか。

 

「テール君、改めて調子はどう?」

 

通信機越しにウェスタさんの声が聞こえる。慣れない君付けに一瞬ドキドキしてしまう。死んで二階級特進かと思ったら神人派部隊には階級がないみたいで、こういった場面では階級ではなく、年上には君付けで呼ばれることが多いのだ。以前ならばこんな状況でそんなこと考える余裕すらなかったが一回死んだからか、随分肝の据わった自分に生まれ変われた。

 

「問題ありません!」

 

とは言ったとはものの、実際は大きな爆弾が真横にいて全くもって問題ないと言える状況ではなかった。

爆弾の正体は、俺の指導役という名目で同行してくれている神人派のユピー小隊所属のメルクリウスさんである。

そして見るからに不機嫌である。その圧で神経の細い俺の眠気を完全に吹き飛ばしてくれたことには非常に感謝している。

 

「そう、良かったわ。雷霆アダマスは誰も扱えなかった代物だから、少しでも違和感があったらすぐに教えてね。」

 

「あと、メルクリウス君はちゃんとテール君をサポートしてあげてね。」

 

「分かっている、今更言われるまでもない。」

 

無愛想で目つきも悪い。だが右も左も分からない状況では頼もしい存在に思えた。

不死の肉体を手に入れたとはいえその実感もなく、銃などを持たない生身の人間にとっては下位眷属ですら脅威足り得るのが戦場では常識だったからだ。

 

「では運用試験を始めます。」

 

「はい!」

 

そしていきなり実地での運用試験が始まった。ユピーさん曰くシミュレーションで慣らしている時間はない、実践の方が効率が良いとのこと。しかし肝心の使い方を教えてもらっていない。そして遙か前方には人道派部隊が打ち漏らした下位眷属がこちらに迫っているのが目視できた。

 

「メルクリウスさん、雷霆ってどうやって使うんですか?」

 

「てめえの方から話しかけるな。」

 

前途多難。

 

「メルクリウス君、ユピーからの指示よ?」

 

「くっ!」

 

下位眷属が8体こちら猛接近してくる。

 

「そもそも雷霆なんて人智の外にあるものを理屈で捉えるのが無理なんだよ。」

 

そう言うとメルクリウスさんの右腕が帯電し始める。

雷の色は紫から蒼、碧、赫そして最上位の銀へと変化していく。

迸る威圧が徐々に膨れ上がる。碧を超えた辺りから大地が赤熱し、大気は陽炎の如く揺らぎ始める。

 

「これが…雷霆…!」

 

生命エネルギーを雷に変換する疑似権能兵器、雷霆。

人道派部隊の用いる一般兵装などもはや比べ物にすらならなかった。

 

「見て覚えろ。」

 

そう呟くとメルクリウスさんは掲げた右腕を刹那の速度で振り下ろした。空間をギチギチに裂きながら右腕が下位眷属の方に向けられる。

 

「これが雷霆の使い方だ!!」

 

瞬間、雄叫びのような爆音を響かせながら銀の雷が世界を穿ち、下位眷属に直撃した。

 

煙が晴れるとそこには何もなく、何も無いが故に8体いた下位眷属が肉片ひとつ残らず蒸発したことが理解できた。余りにも違いすぎた。人道派部隊では銃剣を手に、キルレシオ1を切る泥沼の戦いをしていたのが悪い冗談のように思えた。もし、もしも全兵士が雷霆を手にしたのであれば人類は神々にすら勝てるとそう思わずにはいられなかった。

 

しばらく呆然としている俺を横目にメルクリウスさんは少し機嫌を取り戻したようで、揚々と説明し始める。

 

「雷霆は脊椎に宿る。背筋に力を入れながら血液を右腕に集めるイメージで帯電して、そのまま爆発させる感じだ。慣れればある程度指向性を持たせられるが、まずはまっすぐぶっ放せるようにしろ。」

 

「背筋から右腕に…なんとなく分かりました。」

 

「それと雷霆には色がある。虹の七色に銀を加えた全8色。威力は紫から赫にかけて高くなり、銀で最高火力となる。」

 

ちなみに銀色の雷撃はユピーと俺しか出来ねえがなと自慢してきたが、機密事項だったらしくウェスタさんに怒られていた。

 

「ということでな、まぁとりあえず行ってこいよ。」

 

「は、はい!」

 

一人で戦場に駆り出される、訳も分からぬまま。兵士として、人類の末端として、これまで幾度となく理不尽な現場に赴かされた。そういうときは決まって、心臓が焦がされるような死の香りが鼻につく。手足が砕け、死神の鎌が首筋のすぐ側に感じられたのだ。しかし今回は違った。高鳴る鼓動、運命と戦う力を得た。鼻につくのは砂塵の匂い。戦場に在るというのに、不安はなかった。自分もまたメルクリウスさんのように人類の刃足らんとする明確な意志があった。ウェスタさんに誓ったのだ。共に戦い抜くと、それが自らの生きる意味であると。

 

「テール、出撃します!」

 

そう言い切って、前へと駆ける。雷神の細胞のおかげで身体能力が飛躍的に向上している。

踏み込むと踏み込むだけ大地を陥没させ、より大きな反動をもって加速できた。

 

「これが、神々の肉体…!」

 

人体の限界を超えた速度の中で敵を視認する。下位眷属が前方に6体、左方に5体。

軽く速度を落としながら背筋に力を込める。

 

「雷霆起動!」

 

ただ力を入れただけで背筋に雷撃と共に痛みを超えた衝撃が奔った。しかしそれを全力でかみ砕く。

次いで右腕に血液を流し込む。神経が焼き切れ、再生し、再び焼き切れる。それも無視する。

臨界を超えた蒼を帯びる雷撃を、右腕を擲つように前方に放つ。

 

「うおおぉぉぉぉ!!!」

 

主を離れた雷撃は空間を急速に穿ちながら世界を攪拌していき、そのまま前方の下位眷属を飲み込む。回避行動など無意味。生物の神経伝達を悠々と超える速度で弩級のエネルギーが衝突した。爆音に顔を上げると下位眷属の外皮が弾け、中身が焦げ付いているのが見えた。

しばらく痛みに悶えるが、次々と力尽き、ほどなくして6体全部が地にひれ伏した。

 

壮絶な痛みを覚えながらも、心がどんどん充足していく。下位眷属をたった一人で討ち滅ぼした。これが雷霆、これが神人となった自分。下位眷属に怯える日々などもはや過去のものだ。ともすれば上位眷属にだって、過剰な自信に酔いしれる。全身が打ち震えるほどの喜びをもう一度味わおうと、左方に向く右腕を向ける。

 

瞬間世界が反転する。

 

「え?」

 

間抜けた声がどこかから聞こえる。それが自分の声だと気づく。

全身から力が抜け、身体のどこかに罅が入る感触がした。そして視界が地面スレスレになっていることから自分が倒れ伏したことをようやく理解する。

触覚が消え去ったが、辛うじて視覚と聴覚が残っている。そして受け取った外部情報から自分の未来を悟る。左方の下位眷属が餌を見つけたとばかりに猛接近してきているのだ。

 

せっかく生き返らせてもらったのに、大した活躍もせずにこんなところで死ぬのか。

死が迫る音が大きくなる、ああもうすぐ食われるのかと。

 

しかしその未来はメルクリウスによって否定される。

おぞましい爆音を立てながら、銀雷が彼らを粉々に吹き飛ばした。

 

「知ってるだろうが、雷霆は生命が命を運営するためのエネルギー、つまりは生命エネルギーを雷撃として外部に放つ兵器だ。」

 

「その打ち出す雷激の威力にもよるが、一撃打つ度に命が消し飛ぶ。

神々の細胞で肉体は復活するとはいえ、人の魂は死の衝撃に何度も耐えられるように設計されていない。」

 

足はすぐ近くに見えるのに、メルクリウスさんの声がとても遠くに聞こえた。

 

「いきなり蒼雷を放ったのは驚いたが、それが拙かったな。

今の一撃でお前は悠に三回は死んだ。」

 

「メルクリウス君、テール君を連れて即時離脱を。」

 

ウェスタさんが撤退命令を下す。

頭をかきながらメルクリウスさんが俺を持ち上げようとする。

 

戦闘終了、古強者が最も命を落とすタイミング。

 

メルクリウスさんの両手が塞がった瞬間、仄暗い地の底から地獄が顔を見せた。

地面から下位眷属が夥しい数湧き出し、俺たちを食らおうとぐちゃぐちゃに飛び出してきたのだ。圧倒的物量、死の匂いが鼻をつく。

 

そしてメルクリウスさんはここで判断を間違えた、自らの命ではなく雷霆アダマスを最優先対象に設定、俺の身体を思いっ切り後方へと投げたのだ。地面が陥没していく中、下位眷属を足場に雷撃を放ち続けるメルクリウスさんが空中から見えた。攻撃が完全に出遅れたせいでその姿が徐々に埋もれていくのも。

 

世界がスローモーションで回転していく

その中でふとユピーさんの言葉が思い出された。

 

「神々の肉体を手に入れた俺たちは一見無敵の存在に見えるだろ?死んで何回でもやり直せばいい、持久戦に持ち込めばまず負けることはないと。」

 

「だがそれは大きな勘違いだ。神々の肉体といえどこの世界の原初のルールには逆らえない。それは弱肉強食の原理。食われれば俺たちはただの肉と成り果て、復活することは永遠にない。」

 

だからグランの下位眷属は口が大きく発達しているのだと。

気を抜けば下位眷属すら我らの捕食者足り得ると。

 

すでにメルクリウスさんは100を超える下位眷属を吹き飛ばしていた。

雷霆の限界を超えた連続運用、常人の魂であればとっくに廃人になるほどの状況で、それでもメルクリウスさんは抗い続けていた。

しかし際限なく地面から湧き出る異形の口が遂にメルクリウスさんの両足を捉える。

 

薄れゆく視界の中でメルクリウスさんが苦痛に顔を歪めるのが見えた。

静かになっていく世界でもう一人の自分がささやく、

 

また自分だけ助かるのかと

 

瞬間脳が沸騰し、視界が真っ赤に染まる。そうならない為に手に入れた力ではないのか。

もう二度と世界に負けない、運命に溺れない、自分に絶望しないために!!

壊れかけの心に火を熾す。身体には依然として力が入らない、それがどうした。動かない身体に雷霆の電気を容赦なく流し込むことで無理矢理空中での戦闘姿勢を取る。

 

「…雷霆起動ぉぉぉぉ!!!」

 

脊椎から溢れる雷撃が碧に染まる。

放たれた碧雷は俺の命の色だ、俺の命で運命が変わるなら、もうこの世界に負けないで済むのならいくらでもくれてやる!

 

怒濤の碧雷を無我夢中で放ち続ける。

 

世界が夕陽に焼ける中、俺の周りは碧に染まり続けていた。

 

 

 

 

 

救援部隊が駆けつけた時には既に俺とメルクリウスさん全ての下位眷属を殺していた。

ただ二人とも息は絶え絶え、瞼を開け続ける力すら残っていなかった。

 

「恐ろしい子だわ、戦闘データ全ての数値が異常値だなんて」

 

「だがこれではっきりした。雷霆アダマスの力が。これならばようやく…」

 

ユピーは複雑な表情でテールを見つめていた。

 

 

 

 

ぼろぼろの初陣から数日、それなりに回復したということでようやく顔合わせが行われることとなった。

 

「先週付けで神人派部隊グラン戦域東部戦線809部隊に編入することとなりました、コードはテールです。よろしくお願いします。」

 

自分から見ても非常に爽やかな態度、新人はかくあるべしと教本に載るような挨拶であるが。であるが、タイミングが悪かった。

理由は至って深刻、この部隊が派遣されているグラン戦域における全戦線がグランの眷属に突破されたためである。しかしユピーさんが挨拶しとけと言うので、どうせならガッツを前面に押し出していこうと思ってのこの結果だったのだが、挨拶を終えた0秒後に張り切りすぎたと軽く後悔した。

 

しかしそんなテールの心境を余所に、ユピー小隊の面々は未曾有の危機に反するテールの態度に多様な関心を寄せる。

 

「こんな時にこんな暢気に挨拶できるとはな。こういう奴が選ばれるなら、俺がアダマスに選ばれねーのも納得だぜ。」

 

メルクリウスは小言を漏らすが、その態度は初めて会ったときよりもだいぶ和らいでいた。

メルクリウスさんは俺よりも重傷だったのに俺よりも回復が早かったらしい。

 

「回復早々新人いびりは関心しねえな、メルクリウス。

俺はマルスだ、よろしくな!お前の気合い、俺は気に入ったぜ。」

 

そう言い切るとマルスは上から、メルクリウスは下から互いに火花を散らす

臨戦状態の二人を無視して高身長の青年が挨拶を続ける。

 

「私はヘリオスだ、よろしく。運用試験での勇姿は聞いた。私も君のような人間は好ましく思う。これからもそのままでいてくれ。」

 

続けて小柄な少女がぼそっと呟く。

 

「私は、ミネル、よろしく。」

 

「そして俺がユピーだ、改めてよろしく。」

 

「よ、よろしくお願いします。」

 

「だあ!どいつもこいつも!そんなことしてる暇ねえだろ!」

 

マルスに身長差で勝てなかったメルクリウスが吠える。

 

「ユピー!てめえが大事な話があるからって来たのになんでこんな顔合わせなんかやってるんだよ!」

 

「顔合わせは大事だろ。」

 

「ああもうむかつく!!知ってるだろ?グランがもうすぐ全力でこっち攻めてくるんだぞ!」

 

「その意味がてめえら分かってんのか?」

 

ここ数ヶ月グラン戦域では火と鉄、戦争の神グランと幾度かの衝突はあったものの睨み合いの状態が続いていた。それは神々の敵は人類だけでなく他の神々もまた自分たちにとっては倒すべき敵であり、人類を緩衝材に彼らは冷戦状態となっていたからである。

 

そんな小康状態を壊す理由はたった一つだ。

 

「グランは他の神々を倒す算段がついたのでしょうか。」

 

俺の発言によって空気が一気に鋭くなる。

その空気の中心にユピーさんが立つ。

 

「それか他の神がそういう状況になったことを察知したか。

いずれにせよ我らに残された手は一つしかない。」

 

「グランとの全面戦争だ。」

 

「と言うことでな、上からの命令は至ってシンプルだ。」

 

「我らユピー小隊には東部戦線の押し上げが命じられた。これによって奴らに奪われた東部指令本部を取り戻せば、グラン神殿への電撃作戦が可能となる。」

 

「雷霆アダマスを起動出来た今こそが勝機、最大戦力をもって東部戦線よりグランに人類の脅威を見せつけてやれ。」

 

静かに皆が闘志を高めていく。これが歴戦の部隊、幾度となく死線を越え、北部戦線を一小隊で壊滅させた最強部隊の姿かと心が震えた。

 

初めての神人派部隊としての出撃、自らもまた人類に栄光を与えんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グラン様、お呼びに預かり参上しました。クレパウルスでございます。」

 

「数ヶ月の戦勤め見事であったクレパウルスよ。

伝えたいことは一つ。

人類がついにアダマスの鍵を開いた。

これよりは硬直状態を演じるのは止め、

速やかに彼らを絶滅させよ。」

 

「御身の御心のままに。このクレパウルス、全力をもって参らせて頂きます。」

 

「クリムゾル、クルボルン、クローヴィスにも同様の指示を与えた。

競い、

協力し、

務めを果たせ。」

 

「はっ!!」

 

 

 




どうも、アルクポッドです。
このくらいのペースでまったり更新していく所存です。たぶん。
そして毎回読んでくださりありがとうございます。
それではまた次回!
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