「神人派の研究は順調かね、君」
グラン戦域本部の廊下にて白衣を着た科学者と、ガタイの良い中年男性が並んで歩いていた。
軍服を着ていても筋骨隆々であることが見て取れる。加えて肩に並ぶ数多の勲章、何よりも醸し出す重厚な空気感が歴戦の猛者であることを雄弁に物語っていた。
「ええ、閣下の手厚い支援のおかげで滞りなく。今からご覧になって頂くモノもその例に漏れません。」
「結構結構、我ら合衆国/ステイツは生命工学の研究には財を惜しまない。人類とは異なる科学基板、電気ではなく生命のエネルギーを万能の淵に置いた生命工学。それらを解き明かすのは財ではなく、君たち優秀な研究者たちなのだからね。これからもその調子で頼むよ。」
「はい、必ずや人類に黄金の時代を。」
辺りには二人だけ、一切の人の気配はなく、会話と歩く音が響くのみであった。
「とはいえ唐突な雷霆アダマスの覚醒、今までの被験者は全員視ただけで廃人になっていたが、まさか視るという行為が承認の儀式だったとはな。」
「雷神が鋳造したモノですから我々の観測できない領域でなにかあった可能性もあります。ともあれ儀式を乗り越えてくれたテールには感謝が絶えません。」
「神人最強のユピー君と雷霆アダマス、そして今から見させてもらうグラン中将の最終兵器、これらがあるならばグラン戦域も安泰だな。」
「グランが全面戦争を仕掛けてきた今、猶予がありません。ぜひ合衆国にこの子の旅立ちをお願いしたく思います。」
「その価値があるかを見定めるための視察だ。なに我々は勝利のためならどんなモノでも受け入れる準備がある。」
そのまま二人は研究室と思しき部屋へと入っていく。
グラン戦域東部戦線にてユピー小隊は下位眷属の掃討にあたっていた。
人道派部隊を囮に下位眷属を一カ所に集め、神人派部隊で一網打尽にするこの戦争における常道の作戦。その地点に行軍するために先陣を切っている最中である。
「グランの攻勢は激しくなったが、期待の新人君が入ってくれたおかげで前よりも楽だな!」
「マルスは、楽観的、すぎ。」
ユピー小隊は会話を交わしながらも、巧みに雷霆を手繰り下位眷属をなぎ払っていく。
ユピーさんとメルクリウスさんは銀雷を、ヘリオスさんとマルスさんとミネルさんは赫雷を、そして俺は碧雷を使って道を切り開く。
「それにしても初陣から碧雷を繰り出せるとはテールには目を見張るものがあるな。」
「そんなことないですよ、きっとメルクリウスさんの教え方が良かったんですよ。」
「見え透いたお世辞は寄せ!気持ち悪い!」
「確かにメルクリウスがまともに教えられるとは思えんしな!がはは!」
不機嫌度が臨界に達したメルクリウスさんの横で、マルスさんが豪快に笑う。
「ユピー、なんで、メルクリウスにした?」
「まあ、あれだ。性格はともかく俺以外で唯一銀雷使えるだろ、不測の事態が起きても何とかなりそうだし。」
「実際不測の事態が起きたらしいじゃあないか。」
「ああそうだよ、クソッタレ!まじで腹が立つ!!
地表から地下50mまで下位眷属が潜んでたんだよ!!」
「間違いなく、上位眷属の、仕業。」
「ミネルの言うとおりだろう、平時の下位眷属の行動パターンからかけ離れすぎている。
また癖のある上位眷属がでてきたな。」
「ヘリオス!そんな雑魚気にするな!目の前に出てきさえすりゃ俺の雷霆で捻り潰してやるよ!!!」
「これはまた大きく出たな、メルクリウス。そいつの策にまたハマらなければいいけどな。」
「ユピーまでうるせえよ!今度は俺が食らう!!」
「食われる、の、間違い。」
「ははっ。」
「おめえまで笑ってるんじゃねえ!!テール!!」
談笑を交えながら緩い時間が続く。戦場とは思えない空気感だが、それでも行軍のペースは順調である。
「おっ、丘が見えてきたな!」
「もうすぐ、人道派との、合流地点。」
「テール、おめえもそろそろ雷霆は止めて、通常兵装に切り替えろ。」
「ベルカ条約における雷霆の隠匿の義務ですね?」
「ああそうだ、クソッタレな爺どもが保身のために作ったクソの塊だよ。」
「メル、口、汚い。」
「うるせえ。てか合流地点が見えたぞ、人道派部隊はどこに…」
人道派部隊と神人派部隊の挟撃作戦。東部戦線の下位眷属を一層するための大規模作戦である。人道派による追い込みが完了していれば、あとは下位眷属を俺たちで撃滅していけば良いだけのはずだが。
「人道派部隊がいねえ…だと?」
メルクリウスさんが僅かに動揺しながら呟く。ユピーさんとヘリオスさんで周囲をくまなく見渡すも人道派部隊の痕跡すら見当たらない。下位眷属はまばらに存在しているが、集められた様子もなく、ブリーフィングで伝えられた数を大きく下回っている。陽動作戦は明らかに失敗していた。
「人道派の連中が全滅しちまったのか…?」
「それなら、通信が、あるはず。」
「追い込み、ないし囮作戦で下位眷属をこの地点に集めるのが人道派部隊の仕事だ。
正面から打ち合うのならまだしも、この作戦内容で失敗を伝達できないほどの全滅があり得るだろうか。」
ヘリオスさんがみんなの疑問を代弁する。
瞬間、唐突に後ろから弩級の熱気が殺到する。
「上位眷属三体に襲われたっていうのはどうですか?」
全員が一斉に振り返る、ユピーさんはさらに銀雷で声の主を貫く。
しかし銀雷は熱気に触れると指向性を失い拡散していき、声の主には届かぬまま霧散してしまった。一瞬で戦闘陣形をとるが、戦場の重圧が周囲に一気にのしかかる。
「手厚い挨拶どうも、神々のなりそこない様たち。」
ユピー小隊は全員戦闘態勢に入り、各々雷霆を構えた。
しかし目の前、正確には背後に突然降り立った個体はそのまま話を続ける。
「私は、グラン様の手よりこの戦争を終結すべく鋳造された存在、銘をクロービスと申します。」
長身で、燃えるような赤い長髪が特徴のヒトガタの化け物はそう名乗った。
「貴方たちが上位眷属と呼ぶ者の一人です。短い間ですが以降お見知り置きください。」
怪物は英国紳士のような優雅さを醸し出しながら、返答を待っていた。
しかしその刹那、しゃべり終えたタイミングを見計らって、ヘリオスさんとマルスさんが突撃する。
攻撃は音速を超えて、ヘリオスさんは足下から天を斜めに穿つように、マルスさんは上段から大地を裂くように。息の合ったコンビネーションによって、同時に防御するのが不可能な二方向からの雷撃をクロービスに放つ。
「ええ、それは通用しませんね。」
クロービスの呟き通り、二人の雷撃は先ほどのユピーの銀雷と同じように霧散していく。
「「なっ!!」」
そして間髪入れずクロービスからさらに熱気が吹き出す。
大山嶺の噴火を思わせる莫大な熱量が接近した二人を吹き飛ばした。
二人とも神人でなければ戦闘不能になり得る火傷を負うが、時間経過とともに蒸気を上げながら回復していく。
「雷霆が通用しねえだと…」
メルクリウスさんの言葉にクロービスが応える。
「お分かり頂けて何よりです。彼我の差はご覧の通り。」
そのまま歌うように語りを続ける。
「争うのは無駄であると、何より私は争うために姿を現したのではありません。」
そしてとんでもない爆弾を放り込む。
「人類の強き戦士たちよ。出来れば投降し、我らの軍門に降って頂けませんか?」
「とは言ったものの、何度入っても此処は落ち着かんな、君。」
薄暗い部屋の中、僅かな明かりは、足下の誘導灯と水槽の中身を照らす淡青色の照明のみ。また水槽にはヒトガタの肉塊がデトリタスのように浮かんでは沈むのを繰り返している。
「適合手術に失敗した被験者の生体実験から、捕獲した下位眷属の解剖まで。此処はおよそ世界で最も倫理から外れた場所の一つでしょう。」
「こちらでは奴らが“権能”と呼ぶ異常現象を研究しています。」
科学者がそう指さした先にはドラフト内で絶えずレーザーで焼かれている肉塊があった。
「神人派部隊の肉体にも発現している謎の再生能力。熱力学第一法則を真正面から否定する永久機関を超えた現象です。マクロな視点では、通常の生物が傷を負った際の再生の早送りに過ぎませんが、ミクロな視点ではまるで別物です。」
「ほう、それはどういう事かね?」
「通常、傷口では繊維芽細胞が体内での代謝によって失われた組織の成分を作り出し再生していきます。しかし神人の身体の場合、未知の細胞が謎のエネルギーを放出し、空間に失われた組織を投射していくように再生するのです。」
「つまりその謎のエネルギーが肝要ということか。」
「はい、そしてそのエネルギーの出所こそが今最も重要なのです。人類の科学は有史以来エネルギーの運営に注目してきました。それは人類の手によってエネルギーは様々な形に変化可能なのと、何より、エネルギーを無から生み出すことができないからです。」
「確かに我々は100を50と50に分けることは出来ても0から100をつくることは出来んな。」
そう言うと男はドラフトに手を掛ける。
「しかし奴らにはそれが可能というわけか。」
「神々がそれを自覚して行っているかはともかく、その通りです。」
「なるほどな、上層部が奴らを神と呼称している理由が良く分かるというものだ。創造など神の領域であって、野蛮な侵略者が司っていいことではない。」
「しかし閣下、私たちはプロメテウス神より火を賜った生物ではありませんか。神に最も近い力を持つ生物なのですよ。」
「?」
「殊、戦争。とりわけ破壊に関して私たちは大いなる理解と経験があります。
神々が降臨する前、私たちの科学は地震を鎮め、津波を粉砕し、隕石をも止める領域に達し、同時に大陸を沈め、文明を粉砕し、地球を止めることまで可能でした。」
科学者は研究室のより奥へと進む。
「神々に対して創造では後塵を拝するとも、破壊では私たちが一歩先を行くのです。」
それに軍人がついて行く。
「そしてこれが例の兵器というわけかね。」
「はい、閣下。これこそが神の肉体を兵器転用した対神・対神殿用破壊兵器“神の杖”です。」
目の前に広がるモニターには件の兵器のシミュレーションが映されており、横にはそれを証明する禍々しい“弾”が蠢いていた。
そしてしばらく新兵器の説明を受ける軍人。話が進むにつれ顔が徐々にこわばっていく。
しかし話を終えた頃には満足がいったように安心した顔を見せる。
「見事だ。これならば大統領も納得してくれるだろう。誠に素晴らしいものだな。」
新兵器を褒めちぎり、今回の視察が実りあるものになったと喜ぶ軍人は、そこで意味ありげに問いかける。
「ただ兵器全体はともかく、この弾に関してはグランではなく、君が考案したな
“メルクリウス”。」
蠢く弾の一部が不気味に発光する。
その光に照らされた科学者の顔は確かにユピー小隊のメルクリウスであった。
「ええ、閣下。その通りです。」
「人類の強き戦士たちよ。出来れば投降し、我らの軍門に降って頂けませんか?」
全員がぎょっとする。上位眷属が人類相手に交渉を申し込んでくるなど前代未聞の話だ。
それもそのはず、神々にとって人類など他の神との緩衝材程度の認識であるはずだからだ。
圧倒的上位生命体からの通告、それは人類が蚕を飼うのと同等、種としての尊厳を失い、屈辱を飲み干す選択を迫ってきたのだ。
「グラン様は強き戦士を好みます。そして我らは一つの認識を改めました、人類にも一角の戦士がいると。同士クレパウルスと正面からぶつかり、打破しうる存在がいることを。貴方方の言葉を借りるなら“神人”、そのような存在ならば庇護下に加えるとおっしゃいました。」
「あくまで同盟ではなく降伏か。」
「そこは覆ることは決してありませんよ。貴方たちでは我らの戦いの舞台に上がることができないのですから。」
「舐めやがって。御託はもう十分だぜ、かかって来いよ!」
メルクリウスさんが雷霆を溜めたまま吠えるが、クロービスは静かに話を続ける。
「気に障りましたか、それは大変失礼しました。
しかしこれは貴方たちを侮っている訳ではないのですよ。」
クロービスの言にメルクリウスは勢いを削がれた様子だった。
「そもそも人類はこの戦いに参戦できるように設計されていない。
むしろその脆弱性を諸共せず目的を達成しかかっている姿に、我らは感動しているのです。」
(設計されていない…それに目的を達成しかかっている?どういうことだ?)
しかしメルクリウスさんは語り合う気は無いと激昂する。
「そんなこたあどうでもいい!!ここは戦場だ!交渉ならテーブルん上でやってくれや!」
「メルクリウス黙っていろ。」
ユピーさんは今にでも襲いかかりそうなメルクリウスさんを静止しながら、クロービスに応える。
「…」
「…」
「…………………」
囁くような言葉が風に乗ってクロービスにだけ届く。一番近くにいたメルクリウスさんですらその内容は聞き取れなかった様子だ。
しばらく考え込む態度をとるクロービス。
なんとも言えない時間がしばらく過ぎた後、
「なるほど。誠に残念だが交渉は決裂だな。これはグラン様に怒られるぞ。」
やけにあっさりクロービスが引き下がった。
「ユピーさん!一体なにを…」
「それでは貴方たちをここで葬ることにしましょう!」
クロービスがそう吠えると空から猛烈な熱波が二つ飛んでくる。
上位眷属が二体隕石の如く猛スピードで降ってきた。
そして速度そのまま地表との衝突、それによって辺りに爆音と大量の砂煙が舞う。僅かな影と、大きな声が揺れる。
「やはり矛を交えることこそが戦争の華よ。」
「交渉なんて無意味だって俺は言ったぜ?」
砂塵が上位眷属三体の熱波で一気に吹き飛ばされ、ようやく敵が見えた。
「改めて名乗らせてもらおう、我が名はクロービス。そしてこちらは同じくグラン様によって鋳造された戦士クレパウルスとクルボルン。先ほど言った通り上位眷属三体が相手となろう。さあ人類よ、絶滅を受け入れよ。」
相対するは神のごとき化け物。絶望の戦いが始まろうとしていた。
どうも、アルクポッドです。
第5話お読みいただきありがとうございます。
今月中に6話も出せればいいなって思ってます!
それではまた!