ヴァーナログ 人類の黄昏   作:アルクポッド

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第9話

「っ!」

 

テールは不意に目を覚ます。立ち上がり辺りを見回すと、周囲には真っ白な野が広がり、所々に崩れた白い橋のような建造物が突き刺さっていた。

 

「ここは...どこだ...?」

 

意識がやや混濁している、記憶もふらついている。自分は誰かと戦っていたはずなのに、敵の姿はどこにも見当たらない。ただ戦場のひりついた感覚だけが身体に残響していた。

 

「ようやく目が覚めたかい?」

 

しかし突如として背後から声がかかる。

反射的に振り返るとそこには先程まではいなかった白い青年が立っていた。

青年の輪郭は不気味にぼやけており、その姿は人ではないことを有言に物語っていた。

青年はしっかりとした足取りでテールに近づいてくる。

そしてテールの目の前で止まるとそこに腰を下ろし、空を見上げた。

 

 

「ようやく、ようやく君も舞台に上がるんだね、とても良かった。遅い幕開けだったね。」

 

歌いかけるような優しい口調だった。

 

「そう、これはユピーの物語でも、メルクリウスの物語でも、ましてやグラン達の物語でもない。君の、君だけの物語なんだから。」

 

羅列された言葉に不可思議な懐かしさを覚える。しかし頭の中でその青年の言葉を反芻するが、理解することは叶わなかった。

 

「混乱しているんだね、無理もない。台本を知らずに舞台に上がれば普通はそうなるよ。」

 

「一体なんのことだ?そもそもあなたは誰なんだ?」

 

「そうか、困ったな。いや少し馴れ馴れしすぎたね。自分でもこんなに舞い上がるとは思っていなかったんだ。

 

でもまだ君は何も知らなくていい。それに白痴の槍がない以上、真実を明かすことができない。」

 

「白痴の槍...?」

 

「ただし君の後者の疑問に答えよう。私の名前、それは——————、」

 

それまではっきりと聞こえていた青年の声に突如としてひどいノイズがまざる。

おそらく名前と思われる箇所だけが全く聞き取れない。

 

「——————、なるほどこれもダメなのか。」

 

青年はテールの状態を具に理解している様子だった。

 

「ならば言葉を変えよう。君に聞き覚えがあるといいのだけれど。」

 

青年は一呼吸置くと今まで以上に真摯な眼差しでテールを眺めて口を開いた。

 

「私は君たちが”雷神”と呼ぶ存在、その側面の一つ、”アダマス”と呼ばれる概念を司る者だ。」

 

「雷霆アダマス...!!」

 

なぜ自分がこう口走ったのかは分からない、ふとどこかで橋が崩壊する音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷霆アダマス...」

 

テールの声であった。砂塵舞う戦場にてメルクリウスは薄れゆく意識の中、はっきりとテールの声を聞いたのだ。倒れていたはずのテールはいつの間にか立ち上がりかけていた。

 

「これはまずいですね、アダマスの覚醒が既に始まっていたとは...」

 

ふらふらと立ち上がったテールの周囲では漏れ出した雷撃が辺りを食らいつくさんとばかりに地面を破壊している。

 

クロービスとクルボルンは一瞬の動揺の後にすぐに戦闘態勢をとった。瞬間テールがナニカを投げ、轟音が発せられる。

 

そしてナニカが一瞬でクロービスの左腕をもぎ取った。

 

クロービスが目視できたのは白い竜のようなナニカ。テールの放った竜の発光を直視したクロービスはその眼が灼き尽くされた。

しかしクロービスはそのナニカをすぐ様串刺しにし無力化した。

 

「クルボルン!!戦争の権能を!!!」

 

左腕を失い、目を潰されたといえどクロービスは狼狽えない。

 

「すぐに片をつけねば!」

 

クルボルンが権能を発動する僅かな隙をつくるべくクロービスがテールに正面から突っ込む。

 

視覚など不要、歴戦の戦士は戰の嗅覚を頼りに、鉄の権能によって鍛えられた黒槍を幾重にも振るいながら距離を詰める。

 

「喰らいなさい!」

 

一瞬の内に黒き波濤をテールに叩き込む。

しかしテールは風を撫でるかのような手つきでそれを振り払う。通常の生物相手ならば死を避けられないクロービスの猛攻すら歯牙にかけていなかった。

 

それどころかクロービスを無視し、ただメルクリウスに向かって歩を進める。あまりに自然に歩くので、クロービスは時が止まったかのような錯覚に陥る。

 

しかしそれも束の間、テールの周囲を迸る細い雷撃に触れた途端己の全てが崩壊する。

 

「ぐッッッ!!!」

 

「どけぉ!戦争の権能ぉぉぉ!!!」

 

ついにクロービスが稼いだ数秒によってクルボルンが権能を施行する。

戦争の権能、戦場において味方に不死を含むあらゆる祝福を齎し、敵にあらゆる呪詛を与える戦闘系最強の権能。

 

圧倒的な自信を持って放たれた権能は空間を猛烈な勢いで呪いながら、されどアダマスを纏ったテールには届かない。

 

「経験、戦争の権能。学習、抗権精製、戦禍の権能よ。」

 

最低限の言葉だけを虚ろに発するテール。

たったそれだけでクルボルン達の思惑が無に帰される。

 

「もう学習機構が解放されているとは!」

 

テールの放った戦禍の権能は戦争の権能を中和し、さらに戦争の火種となったクルボルンに禍を齎す。天より凄まじい雷撃が降り注ぎクルボルンを焼き焦がした。

 

「鉄の権能よ!!!」

 

形振りなど構ってはいられない、もはや策などない。黒焦げとなった同胞を無視し、最大出力の権能を以って眼前の人間を戦闘不能にしようとクロービスは槍を振るう。

 

「経験、鉄の権能。学習、抗権精製、熱砂の権能よ。」

 

振り下ろす暇すらなく推定3000度の熱砂が吹き荒れ、鉄の磁性を無に返す。

当然その熱砂に直撃したクロービスもただでは済まない。肉体の表面は熱で炙られ、風によって削られる。

 

メルクリウスの雷霆にすら耐えたクロービスの鋼の肉体は豆腐のように崩れていった。

 

「これしきのことで...!!!」

 

しかしクロービスには誇りがあった。自らは戰最強の神グランの先槍、人間一人に敗北するなどあってはならない。

崩れゆく身体を無視し、無理矢理の拳を打つ。対してテールは上半身を仰反ることで躱した。

 

「!、躱しましたね?まだ身体の強度はヒトのままですか!」

 

事実、テールは躱した衝撃で脊椎を大きく損傷していた。クロービスの神速の拳を躱すにはそれしかなかったが、あまりにも自身に無関心な行動であった。まるで遠い誰かに操られている人形のように。

 

そして厳かに呟く。

「雷霆アダマス覚醒。」

 

 

 

 

 

 

 

「アダマス、それが雷神から私に与えられた人格だ。」

 

白き青年はテールをあやすようにそう語りかけた。一方のテールはその言葉の意味を飲み込めずにいた。

 

「理解できないのも無理はない、ここまで君の旅はあまりにも説明が不足している。まるで誰かが意図的に情報を隠蔽しているみたいに。だから君の分からないことは...」

 

「待ってくれ!そもそもここはどこだ!?雷神ってなんなんだ?」

 

「いい質問だね。ここは雷神が君と私の為に生み出した異空間だよ。」

 

「異空間...」

 

「現世とは時の流れが一致せず、出入り口は私にしか作れない。主に君と私が対話するためだけの世界さ。ここなら人も神も干渉できない。」

 

理解の及ばない次元の話に必死に食いつこうとテールは考え込む。

 

「そして後者の質問だけど、それを完璧に答えるだけの機能が私にはまだないんだ。雷神は明確な目的をもって私を鋳造したはずだが、私の胎にはその目的だけがごっそりと抜け落ちている。」

 

「だが一つだけ明確な事実がある。

なんということはない、私は君の味方だよ。」

 

「俺の味方...」

 

「そう、如何なる状況でもどんな時でも君の味方さ。」

 

そう優しく言われると悪い気はしないテールだった。先程までの緊張と焦りが徐々にほつれていく。こんな自分にも味方がいたのだと。

それに伴い記憶が少しずつ蘇る。

そう、自分はまさに今グランの上位眷属と相対してる最中ではないか。

 

「そうだ!俺はメルクリウスさんを!!!」

 

「そう、君はクロービスとの戦いに敗れたメルクリウスを助ける為にアダマスを覚醒させた。」

 

「現世では今頃、無意識にその目的の為だけに身体が動いていることだろう。」

 

「早く、早く助けに行かなくては!!」

 

「あぁ...そのことなんだけどね。この世界と現世の時の流れは一致しないとは言ったけど向こうの時が止まるわけじゃないんだ。」

 

「跳ねっ返り、いや皺寄せは君の意識に作用する。今戻ると凄まじい頭痛に襲われるだろうけど、それでも今戻るかい?」

 

「聞きたいことは沢山ある、けど今はメルクリウスさんを助けたい!」

 

「良い返事だ。挨拶ができただけで今回は十分さ。」

 

アダマスさんがふと立ち上がりテールの左腕に手を当てた。

 

「それではまた会おう、君が願えば再びこの世界は開かれる。それまで元気でね。」

 

 

 

 

 

「雷霆アダマス覚醒。」

 

 

 

 

はっきりとした声でアダマスが紡がれる。

 

瞬間先程まで白い野にいたはずの意識が戦場に戻ってきた。不意に相対するは最強の刺客クロービス、メルクリウスさんを一方的に蹂躙した相手だ、圧倒的強者を前にして腰の浮く感覚が纏わりつく。しかしよく見ると相手は既に左腕と眼を失いボロボロであった。

 

「なるほど、、、。」

 

そして自らの状態も把握する。信じられないほどの頭痛は無視したが、背骨の感覚がない。というよりは背骨が何となくジャリジャリしている。

 

「アダマスさんめ、、、。」

 

無意識に身体が動いていたらしいが、ここまで自身にダメージを与えているとは思わなかった。だがぼやいても仕方がない、今はただメルクリウスさんを救うために身体を無理やり動かす。

やるべき事は身体が知っていた。

 

「アダマス装填!」

 

身体中にアダマスの雷を流す。応撃の鎧として防御性が上がるだけでなく神経伝達のスピードも上がる。

 

これ以上隙を見ても仕方ないと耐えかねたクロービスがこちらに突っ込んできた。

 

「ッ!鉄の権能よ!」

 

地面を這うように低姿勢でレーシングカーのように突撃してくるソレをテールは無意識に学習した権能で封じ込める。

 

地面よりボコボコと這い出た鉄が流体のままクロービスを地面に縫い付けた。

しかし彼の歴戦の戦士がただやられるはずがない。彼の目的は囮、先ほどまでグロッキーだったクルボルンが黒焦げのまま決死の熱線を放ってきた。

 

「ぐっ!!」

 

クロービスに集中しすぎていたテールは熱線を正面から受け止めるより他なかった。

反射的に両腕をクロスさせて熱線をガードする。ジリジリと後退させられていく中、雷霆を起動する。

 

「雷霆アダマスよ!!」

 

熱線に雷撃を以って応える。しかし満身創痍のテールは身に纏った雷を回してなお徐々に雷撃の出力が落ちていく。およそ30秒ほどの均衡の後、クルボルンの方も限界を迎えたのか、お互い同時にエネルギーの放出が止まる。

アダマスを宿す左腕は無疵だが、右腕は使い物にならなくなった。

 

瞬間鉄から抜け出したクロービスが横から突撃してくる。

それをボロボロの右腕で受け止めた。そして右腕を砲身として使い捨てるようにアダマスの雷撃を持ち得る最大出力で放つ。直撃を受けたグロービスは耐えかねたようにたたらを踏むが、間髪入れず戦闘態勢を整える。

 

しかしこの攻防の中でただ一人テールは笑っていた。上位眷属に正面から立ち向かえる自分にか、借り物の力といえど自分の奮闘がここまで戦場を左右している現実にかは分からず。

 

数秒の睨み合いの末、呼吸が治ったクロービスがふと静かに口上をあげる。

 

「いいでしょう、私は自らの言を訂正します。最大限の謝罪を、これはもはや前哨戦ではない。新たなる敵としてあなたを認めます、アダマスの使い手よ。

 

そしてこのままでは決着は着かないと。」

 

同じく千日手になりかけると思っていたテールは気を引き締めて口上に耳を傾ける。

 

「ここにグランの偉大なる眷属クロービスは顕現する。主よ、我が戰に祝福を。」

 

自らの権限を唱えた瞬間、クロービスの外皮がボロボロと崩れ落ち、ひび割れた体表から熱線が漏れ出す。

 

アダマスの学習機構によるものか、はたまた生物としての本能の叫びかは分からない。ただ脳内でサイレンがけたたましく鳴り響いていた、今すぐアレを止めろと、又はすぐにこの場から逃げろと。

 

しかしテールは自身の逃走を許さない。一度は捨てた命だ。この身はユピーの為に、人類のために捧げるという覚悟だけでクロービスに立ち向かう。

 

 

 

 

それは祝福の祝詞が終わろうとした瞬間だった。

 

 

 

 

不意に天よりアダマスの雷とは比べ物にならないほどの雷撃が戦場に降り注いだ。

直撃こそ免れたものの、凄まじい轟音と共にクロービスらとユピー部隊がそれぞれ逆方向に吹き飛ばされ、戦が分断される。

 

「”神に連なる者が軽々と約束を違えてもらっては困るな。”」

 

 

暫しの間を空け、神の如き威圧を孕む声が天上より降り注ぐ。膨大な砂煙が晴れると両者の間には黒いナニカを抱えたユピーが降り立っていた。

 

「“これでこの戦いはお開きだ。そもそもが挨拶程度の予定だったのだろう、クロービスよ。”」

 

片手に持っていた黒焦げの異物をクロービスに向かって放る。空中に広がるとその正体がはっきりわかった。それはかつて戦場を引っ掻き回したクレパウルスの焦げ残りであった。

 

数瞬考え込むクロービス、同時に頭の冷えたテールの両者は不意に気づく。ユピーのさらに背後からこちらを覗き込むような視線に。おどろおどろしい粘ついた存在がそこにいることが第六感で感じ取れる。

 

「なるほど...いや、ご配慮痛み入ります。

まさかこんな事態になるとは、、、行きますよクルボルン。」

 

「....これは仕方ねえな。」

 

「ここは外野の目も多い、次はもっと静かな戦場をご用意させて頂きましょう。」

 

「それでは。」

 

 

覚醒を止めたクロービスはクレパウルスを拾い上げると丁寧な口調でその場を去った。

 

と同時に未知なる視線もその気配を退散させる。

 

一方ユピーはクロービスらを見送るとテールの方を向き、テールの左腕を睨んだ。

 

「テール、よくやったな。いや....俺たちもひとまずは帰ろう。」

 

すぐに振り返ったユピーだったが、テールはユピーの泣きそうな顔を見逃さなかった。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます、
次の話も5月中にあげたいと思います。
(無理でした。すみません!!!)
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