ポケモンチャンプル ~この世界が「Pokémon」だとぼくだけが知っている~ 作:黒兎可
(――――しまった、逃げられた)
舌打ちこそしないものの、私は思わず顔をしかめてしまう。とはいえ時すでに遅く、私の眼前で黄色の尻尾がふりふりとして逃走するのを見る他なかった。
東アルプス
手持ちポケモンも関東地方の生態系を崩さないため、普段使っている子たちよりも幾分レベル――戦闘経験――の低い子たちを選択して準備していたのが、逆に仇となったのかもしれない。
森の南側入り口方面に向かって逃げる黄色い尻尾を、私は必死に追いかけている。
普段自転車を準備していないので、今日も当然のようにもっていない。そのため走って追いかけてるのだけど、流石に限界があった。
「ちょ、ちょっと待って、あなた……っ」
相手はねずみポケモン、愛嬌ある顔してすばしっこく賢い。
正直言って、地の利がない私相手できちんと逃げ切れるつもりでいるのだろう。
だが嘗めないでほしい、とちょっと私の中のいたずら心がささやく。
「イーブイ、高速移動――――」
「――――!」
私の横を並走していた、手持ちのイーブイ。ピカチュウとはまた別な、もっと愛嬌たっぷりの顔したポケモンなのだけど、私の呼びかけに、ぶいぶぃ、と応じて速度をあげる。
その速度はお目当てのポケモンに迫る勢いで、今にも追いつくだろう、よし挟み撃ちだと考えていたのだけれど――――。
「――――!」
ぴかっ、と、さっきまで聞いたこともないような声をあげ、目的のポケモンは足を止めた。
ぶぃ? と、私のイーブイも不思議そうな声を上げたのだけど、でもそれも似たような声を上げて足を止めた。
「ちょ、どうしたのイーブイ……?」
位置的に木々に隠れて見えなかったのだけど、どうも何かがイーブイたちの前に立ちはだかっているらしい。
この森の生息分布のポケモンで「立ちはだかれる」ようなものはいなかったはずだから、そう考えると人間かしら、とあたりをつける。
そして、私もまたイーブイたちに追いつく手前で、足を止めてしまった。
「……、……、……」
はじめ見た時は、幽霊か何かかと思った。
それくらいに、男の子の存在感は妙な薄さ――――いえ、周囲の森に妙な親和性をもっていた。
ともすれば、そこに居るのが当たり前、当たり前すぎて気づけないような。それでも目の前に現れたことに驚かされるそれは、なんとなく大木とかを連想する。
赤いキャップ、赤いジャケットにジーンズ姿。
トレーナーというには少しばかり年が下か、もうちょっとかなという雰囲気(※ポケモントレーナーは10歳成人を迎えたうえでの携帯獣捕獲取扱免許の取得が必須)。
ただなんというか……、年の割に妙に武骨な感じがするというか。妙に大物っぽい雰囲気というか。そんな印象があった。
「……、……、……」
そして、そんな彼がポケモンたちの前に立ちはだかっていて。それを前に、2匹とも前進することができないでいるみたいだった。
ちらり、と少年の視線が私にふられる。
「……、……、……」
…………あの、その目は何を訴えたいのかしら。
というよりも、極端に無口すぎないだろうか、彼。
いえ、足止めに協力してくれているってことは、少なからず「早く捕まえろ」みたいなニュアンスが含まれているのもわからなくはないのだけれど、それにしたってそれにしたってである。
少年に一声かけた後、指示を出す。
「イーブイ、あくび!」
「――――!」
ぶいぶい、と応えると、そのままイーブイは相手ポケモンを眠らせる。ちゃあ、と愛らしい声を上げても、数秒と立たずに夢の中だった。
体力はある程度削ったし、このままモンスターボールを投げた。
男の子は、眼前でゆれるモンスターボールをじっと見ている。
「……、……、……」
ホント、なんというか。
一体何を考えているのかしら、この子。
とりあえずお礼と自己紹介。最低限は名乗ってくれたけど、話しかけてもほとんど、男の子は無言を貫き通していた。何かしらポリシーでもあるのかしら……。でも視線は雄弁に訴えてくれるわけではないので、なんとなくポケモンとのコミュニケーションよりも大変な気がする。
「まぁいいわ。えっと……、マサラタウンってどっちか知ってる?」
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マサラタウンに来てから早一月。
今日も私は、オーキド博士に相談したりと色々と用事を終えた後、レッド君を町の中で見かけた。
「科学の力ってすげー! 今はパソコン通信で道具やポケモンをデータにして送れるんだと」
「……、……、……」
マサラタウンでもちょっとぽっちゃりとしてるおじさん相手にも、彼、レッド君は相変わらずの態度だった。
こう、妙に風格のある棒立ちといったら良いだろうか。それを前にすると、独特な、何というか「言動を矯正される」ような威圧感じみたものを覚える。
「科学の力ってすげー! 今はパソコン通信で道具やポケモンをデータにして送れるんだと」
「……、……、……」
幼馴染のグリーン君が家族で遠出していることもあってなのかしら、彼はよく大人に話しかけている。
「科学の力ってすげー! 今はパソコン通信で道具やポケモンをデータにして送れるんだと」
「……、……、……」
でもその大半の大人たちも、いきなり雰囲気が変わったらしいレッドくんに戸惑いを隠せないでいた。
むろん、それはレッドくんのお母さまも。
「科学の力ってすげー! 今はパソコン通信で道具やポケモンをデータにして送れるんだと」
「……、……、……」
「…………」
いえ、あのおじさんも何かおかしいわね。レッド君同様の圧を感じるわ。
どういうことかしら。お互い方向性が違うのだけど、共通する違和感があるというか。
というよりも、話し終えた途端にレッドくんはてくてくと歩き、町の外の方へ向かうように――――ってあの子、虫よけスプレーは!? 絶対準備してないわよね!
ちょっと待ってと声をかけると、レッドくんはやっぱり無機質な目をこちらに向けてくる。
「……、……、……」
まるで何かを期待するような、まるで何かが始まるのを待っているような、そんな目だ。
ごめん、そんな顔されてもお姉さん、どうしたら良いかわからないわ……。
グリーン君のお姉さんも今はいないので、ちょっと途方にくれる。
「……、……、……」
と、レッド君の視線が私の腰の方、モンスターボールの入ったポーチの方に向く。
「えっと……、ポケモンを見たいの?」
「……、……、……」
何も言っていないのだけど、不思議と肯定されてる感じがする。
この感覚もやっぱり奇妙というか。言わずとも考えてることが伝わるほどに、この子と一緒に過ごしたりはしていないのだけれども……。
別に減るものでもないので、私はそのままイーブイを出してあげた。
「――――?」
「……、……、……」
ぶいぶい、とイーブイはレッドくんの周りを走り回る。
レッド君は、それを顔だけで追っている。
と、しゃがんで彼は、何か壊れた小さな機械というか、ポケモン図解を取り出した。
「……、……、……」
「えっと、何をしてるの?」
「……、……、……」
反応はやっぱりない。
後ろから覗いてみると、そのポケモン図鑑は「真っ暗」で「何も表示されていない」。「電源が入っていない」か「壊れた」かしていように私には見えた。
「……、……、……」
でもレッド君は、不思議とそれを真剣な目で見つめていた。
まるでそこに、普通のポケモン図鑑のようにデータが表示されているかのように。
一体何を見ているのかしら……。いえ、あるいはポケモントレーナーごっこをしてるという感じかしら?
それくらいなら子供っぽいと、ほほえましいものを見る目になる。
「……、……、……」
無言のまま図鑑をしまい、レッドくんはイーブイを撫で始めた。ぶい、ぶいと喉元をこすられるにしたがって、私のイーブイが可愛らしく「もっとやれい」みたいな声をあげる。
素直に続けてあげている少年は、やっぱり私の目から見てもただの少年にしか見えない。
少し野暮ったいところはあるけど、表情の作り方とかは可愛らしい感じで、大きくなったら武骨になるんじゃないかしら? とか勝手に思ってる。
そんな彼の顔を見ながら、マサラタウンに来た当初のことを思い出す。
『おぉ
大木戸博士のあの第一声で、この無言調子の男の子、レッド君が普段の彼ではないのだと私は理解した。
道中で捕まえた、少し好戦的なピカチュウを預けて、
そして研究所を出ると、同年代くらいの男の子と話し合っていた。
『ようレッド! 買い物はおわったのか? 姉さんにはオレがわたしとくから、とっととかえりな!』
『……、……、……』
『な、なんだよその顔……』
『……、……、……』
『や、やんのか!』
やはりあの子も、レッドくんの立ち姿を前に調子が崩されているらしい。
ちょうど大木戸博士が出て来てケンカになりそうな二人をとめたことで、片方がお孫さんの
『本当にどうしたんじゃ? レッド。お前さん、調子がおかしいが』
『……、……、……』
『ひょっとしてホウオウでも見たかの』
ホウオウ? と私とグリーン君。レッド君も声はあげてなかったけど、不思議そうだ。
いえ私は、ホウオウという存在は知っている。世界を飛び回る鳥のようなポケモンで、正しい心の持ち主のもとに現れて、ホウオウを見たものには永遠の幸せが約束されるとか、そういった伝承がある。
どちらかといえば
それを指しているのかしら、大木戸博士は。
そのあたり二人にも説明を交えながら確認をとると。
『いまだ分かってないことが多いポケモンの一つじゃが、伝承にある以上はそれに準じる力を持っていると考えることもできるかもしれない。ホウオウには極楽浄土のような伝承が習合されたという学説もある。一目見たとき、何かしら影響を受けてしまうトレーナーもいるかもしれぬからのぉ』
これにはレッドくん、肯定も否定もせずはやり無言のまま。
その表情からは、完全に感情を読み取れなかった。
それからグリーン君のお姉さん(菜々美さんというらしい)たち家族を紹介してもらったりして、そして丁度彼女のポケモンコンテストに合わせて家族旅行の計画を立てているとか。
グリーン君が旅行に同行してから数日。なんとなく寂しそうに見えて、私はこうしてレッド君にかまっているのだった。
「……、……、……」
「レッドくんも、将来トレーナーになりたい?」
何気ない質問だった。ただ。
「――――っ」
次の瞬間、妙な威圧感を覚えた。
「……、……、……」
レッド君は、特に先ほどまでと変わらないような顔で私を見ただけ。
でも、だというのに――――彼のまとっている妙な雰囲気に、呑まれたような、そんな錯覚を覚える。
いや、この子はまだトレーナー資格もポケモン捕獲免許ももっていない。いくら大体は来年だからといっても、普通トレーナーとして成長するとしたら数年はかかるものだ(私じゃあるまいし)。
だというのに、この妙な胸騒ぎは何だ?
「……、……、……」
この妙な
バトルしてるわけでもないのに、負けたくない――――調子に乗ってるんじゃないわよとでもいうような、好戦的な感情が沸き立つ。
それはまるで、ポケモンリーグのチャンピョン戦のような。
まるで当然のように、帽子をかぶったこの子が、数体のポケモンを従えて……、なんとなくそこには、あの時のピカチュウも隣にいるような気がして。
そんな彼を前に、想像の中の私は決して警戒せず、それでいて「負けん気の強い」笑みを浮かべて――――。
「――って、いけない。何考えているのかしら」
「……、……、……」
「あ、ごめんなさい。何でもないから気にしないで?」
不思議そうに見える(様な気がする)レッド君に、私はあわてて釈明? した。
何を馬鹿なという話だ。彼がトレーナーとしてどれほどのものかすら見てもいないのに、将来的に彼とリーグで対峙する姿を思い描くなど。
でも。
グリーン君相手には抱かなかったその妙な直感というか――――掲示じみたそれに、私はわずかに武者震いを隠せない。
自分でもこんな
「……、……、……」
「って、だから待って待って、せめて虫よけスプレーかけてから!」
そして無言のまま町の外へ出ようとするレッド君の背中を、私はあわてて追いかけたのだった。
※レッド視点で見るとゲーム序盤同様の、オーキド博士がストップをかけるイベントをひたすら待っている形になります;