鬼滅の刃の世界に転生したけど味方に鬼がいませんでした 作:せとり
「……」
とある邸宅の一室で、育ちのよさそうな少年が額に青筋を浮かべていた。
怒りに影響されて手を握りしめて、持っていた本が握りつぶされた。
「猗窩座め、結局誰一人として殺せていないではないか」
その少年の正体は、とある製薬会社の養子として一家に紛れ込んだ、擬態した姿の無惨であった。
つい今しがた死んでいった部下の死を悼むことすらなく、容赦なく罵倒した。
「またこの死に方だ。全く忌々しい」
柱との戦闘の最中だったとはいえ、猗窩座ですら何一つとして予兆に気づけなかったというのはさすがに異常だ。
脳裏に浮かぶのは、忌々しい日の呼吸の使い手の男の姿だった。
「あんな化け物、早々に生まれるものか」
まだ400年しか経っていないのだ。
そんな周期であんな化け物が誕生していたら、今頃世界は化け物だらけになっている。
とはいえ奴に及ばないまでも、それに匹敵しかねない力を持っている可能性はあった。
「上弦どもは何をしている。いまだに柱の一人も倒せていないではないか」
どうやらもっと活を入れる必要があるらしいと、無惨は思った。鳴女に上弦を集めるように指示を出した。
▼
夏も真っ盛りという頃、ついに万世極楽教の本拠地を見つけた。
とはいえ私が何かしたわけではなく、隠が探して報告してくれたのだが。
便利なネットや通信手段もないし、地道に聞き込みをしたり足で稼ぐしかない。この短期間でよく見つけてくれたという思いだった。
宗教を隠れ蓑にする鬼は他にもいたようで、万世極楽教を探す過程で別の新興宗教に鬼が潜んでいる疑惑が出た。
それを確かめるために遠出をしていたところで、かまぼこ隊と煉獄さんが猗窩座に遭遇したというのだから、間が悪い。
救援が間に合い、人死にを出すことなく猗窩座を倒せはしたものの、煉獄さんは痣者になってしまい、寿命が縮まった。
更には内臓の損傷がひどく、未だに静養中だった。
聞けばその傷は、私が到着するほんの1分前に負った傷だったとのことで、せめてもう少し早く駆けつけていればと反省しきりだった。
昼間の太陽の下、山の中にある寺院に足を踏み入れる。
「……?」
首をかしげる。
本当にここは極楽教の本拠地か? 童磨の気配がしない。
だが、建物にこびりついた死臭は感じ取ることが出来た。
ここで大量の人が死んでいったことは間違いない。童磨だけがいないようだった。
「失礼、少しよろしいでしょうか」
「えっ、だ、誰だ?」
中にいた適当な人に話しかける。
貧しい身形の男だった。ここで寝泊まりしている信者だろう。
「……入信希望の者なのですが、教主様はいらっしゃいますか?」
「教主様? さあ、そういえば見かけないな?」
「そうですか……」
「入信希望なら補佐殿に会うといい。今呼んでくるよ」
「ありがとうございます」
そうして教主補佐とやらを呼んで貰って話したが、どうやら教主である童磨は不在のようだった。
不在なのは残念だが、所在が判明したのは大きな一歩だ。
帰る振りをして、山の中に潜伏する。
夜になろうが明日になろうが、何日だって待ってやる。帰ってくるのが楽しみだった。
そして一週間が経った。
この山から見る七日目の日暮れだった。
童磨はまだ帰ってこない。
もしや気づかれて警戒されてしまったのだろうか。ここまで姿を現さないのはおかしい。
とはいえ、純粋に外出が長引いているだけかもしれない。張り込み続けるべきだろう。
山の中は食料は豊富なのだが、隠密行動中に煙を出すわけにはいかないので火が使えない。
肉や魚や山菜を生で齧る。
あまりおいしくないが、贅沢は言っていられない。
寂しい食事を続けていると、一羽の鴉が下りてきた。伝令役の鎹鴉だった。
私が隠れ潜んでいることは告げてある。にもかかわらずやってきたという事は、すぐにでも知らせなくてはならない、緊急事態が起こったという事だ。
齧りかけの塩をかけただけの生肉を口の中に押し込み、荷物を持って立ち上がる。
「刀鍛冶ノ里、上弦ノ伍ガ襲来~! 至急救援ニ迎エ~!」
「え……」
馬鹿な、早すぎる。
原作では半年近く先の話だったはずだ。
それに結局、童磨はどこに行った?
伝令の内容に衝撃を受けながらも、鎹鴉を抱えて、とにかく走り出した。
刀鍛冶の里は柱にも秘匿されている。案内役が必要だった。
鎹鴉を抱えていると、全力で走ることが出来ない。私の全力疾走に鎹鴉の体が耐えられないのだ。
頑丈な自身の体を自壊させかねないほどの全力を出せば音速の壁も突破できるが、さすがにそれは短時間に限る。
無理のない範囲での全力だ。
口頭で案内されるのかと思ったが、どうも地図を持ってきてくれたようだ。
鴉の足に括り付けられていた地図を受け取り、目的地を確認する。
急いで書いたのだろう、筆跡はかなり荒かったが、とりあえず大体の場所は分かった。
だが遠い。とてもすぐさま駆け付けられる距離ではない。絶望的な気持ちになった。
鎹鴉を放して、一気に加速する。
早すぎる時期の襲撃の原因はやはり、私だろう。
それ以外に考えられない。
また私のせいで、大勢の人が死ぬ。
無意識に歯をかみしめて、酷い歯ぎしりの音がした。
(頼む、間に合ってくれ……)
せめて襲撃してきた上弦の鬼を討ち、仇を討ってやりたかった。
祈るような気持ちで足を動かした。
▼
刀鍛冶の里の警備の仕事が回ってきた時は、幸運だと思った。
鬼を殺せないから昇進できないとはいえ、逆に言えば鬼と遭遇して戦闘になることがない。
命の危険もなしに里に寝泊まりしているだけで給料が貰えるのだから、楽な仕事だと思った。
その認識は、一夜にして覆った。
「上弦の鬼なんて……! 冗談じゃねぇ!」
日が地平線に隠れたばかりの逢魔時。
獪岳は己の仕事を放棄して、無数の魚のような鬼たちに襲われる里の人々を尻目に、全力で逃げ出していた。
この刀鍛冶の里を襲撃したのは、上弦の伍だった。
遠目で見たそいつは、壺から飛び出た百足みたいな体のヒョロヒョロした外見の鬼だったが、格の違いは見ただけで分かった。
勝てるわけがないと瞬時に考え、生きるために逃げ出した判断が、獪岳の命を救っていた。
「生き残れば勝ちなんだ……! 他の奴なんてどうだっていい!」
鬼狩りとして鍛えた肉体と技術を駆使して、脇目も振らずに逃げる。
「邪魔だ! どけ!」
里の入り口にいた、魚の化け物みたいな鬼を切り伏せる。
頸を斬っても死なない。再生していた。恐らくは上弦の伍の血鬼術による化生なのだろう。
見るからに怪しげな壺を壊すと、魚の化け物は絶命の嘶きを上げて鬼のように崩壊していく。
倒した。道が開けた。逃げられる――。
獪岳が思ったその時、木立の影に幽鬼のように佇む人影に気がついた。
それを見た瞬間、獪岳は全身が凍り付くような感覚を覚えた。体中に怖気が走った。
長い黒髪を後ろで縛り、六つ目の異貌の剣士の出で立ちをした鬼。
瞳の中の『上弦』と『壱』の字を確認して、獪岳は納得した。
これが上弦の壱。
こいつに比べれば、先ほど遭遇して絶対に勝てないと思った上弦の伍が格段に劣って見えた。
圧倒的な格の違いを思い知らされて、逃走の意思も消え去っていた。
(嫌だ! 死にたくない! 生きてやるんだ! その為ならなんだってしてやる!)
全身をがたがたと震わせながら、獪岳は投降するように刀を置いて跪く。地面に頭をつけて土下座する。
「どうか……命だけはお助けを……。鬼殺隊を裏切るのも、鬼になるのだって、なんだってします! どうか助けてください! お願いします!」
全力で命乞いをする。
生い立ち、呼吸、階級、戦歴、聞かれてもいないことをペラペラと喋り、とにかく自分の有用さをアピールして、自分だけは助かろうと必死だった。
鬼殺隊最強と言われる鳴柱の弟弟子で、稽古をつけてもらったこともある――。
そう話したところで、上弦の壱――黒死牟の関心を引いたようだった。無言だった黒死牟が口を開く。
「その柱のことを…詳しく話せ…」
「は、はい!」
手ごたえを感じて、獪岳は知っている限りの明日藍の情報を話した。
子供の頃からとんでもなく強かったらしいこと、10にもならないうちに柱になって、鬼殺隊最強と称されていたこと。自分と同じ雷の呼吸の使い手で、異常な強さを持っていて、鬼殺の際も常に一瞬で勝負がついてしまうこと。上弦の参でさえも反応できずに殺されたらしいこと――。
話すたびに黒死牟の雰囲気が重々しくなっていく。獪岳はびくびくしながら話し終えた。
「その者には…生まれつき痣があったか……」
「は、はい、生まれつきかは知りませんが、子供の頃から首筋に稲妻のような痣があったと――」
獪岳の意識が遠のいた。
死を錯覚するほどの重圧が、黒死牟から発せられていた。
「…そうか…」
黒死牟はぽつりと呟いた。ぞっとするほど冷たい声だった。
「…いいだろう…お前を鬼にしてやる……」
最終話近くまでかけたので、ストック放出していきます。
1日2話更新です。