鬼滅の刃の世界に転生したけど味方に鬼がいませんでした 作:せとり
上弦の伍が刀鍛冶の里に襲来したとの報せを受けて、蜜璃は森の中を走っていた。
「私が一番近い柱なんだから急がないと……! 里の人を一人でも多く助けなきゃ!」
教えられた刀鍛冶の里の場所は、蜜璃の担当する地区と隣接していてかなり近かった。
すぐに駆け付けられる距離にいる柱は、蜜璃だけだ。
自分の働き次第で、助けられる人の数が違ってくる。
少しでも多くの人を助けるべく、蜜璃は奮起した。
里は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
あちこちに死体が転がり、そこら中から悲鳴や助けを呼ぶ声がする。
戦う力はなくとも必死で抵抗する人々を、気配からして術で作られたと思しき、大小さまざまな魚の化け物たちが襲っていた。
破壊された家屋に火の手が上がり、そんな惨状を明るく照らしていた。
「やめなさーい!」
追い詰められ、今にも手にかけられようとしていた里の人を助けるべく、蜜璃は日輪刀を抜いて駆けだした。
――恋の呼吸、壱の型、初恋のわななき。
大きな踏み込みから、鞭のような軌道の太刀筋で魚の化け物を切り裂いた。
「は、柱だ……!」
「助かった!」
「うおおお、すげえ!」
助けられた里人達が、口々に蜜璃の登場に喜んだ。
「遅れてごめんなさい! みんなすぐに倒しますから!」
言葉通り、目につく魚の化け物を片っ端から駆逐していく蜜璃だったが、不意に異様な気配を察知して警戒のために足を止めた。
壺だ。先ほどまではなかった場所にいつの間にか現れていた。
「ヒョッ」
壺から出てきたのは人間のような上半身に複数の小さな腕が生えた、異形の鬼だった。
目のように見えるのは唇で、額と口に目があった。瞳には上弦の伍と刻まれていた。
(うっ、気色悪いわ!)
その人外の造形を見て、蜜璃は思いっきり顔を顰めた。
目にある唇から声を出して、上弦の伍が話しかけてくる。
「よく気づいたなあ。さては貴様、柱ではないか?」
「そうよ! こう見えても柱なんだから強いのよ! あなただって倒しちゃうんだから!」
「ヒョヒョッ、さっそく柱に見えるとは運がいい!」
ぱちぱちと、短い手足を叩いて乾いた拍手をする。
「私は玉壺と申す者。柱のお嬢さんにはさっそく死んでもらいましょう!」
上弦の伍――玉壺は新たに壺を生み出して、なにかしようとしていた。
機先を制して、蜜璃が斬りかかる。
玉壺が壺へと引っ込んだ瞬間、気配が別の場所へと移動していた。
そちらを見ると、先ほどまでは何もなかった場所に、壺が現れていた。気配もその中にある。
(壺から壺に移動できるんだわ!)
頸への攻撃を避けたということは、斬られたらまずいということ。恐らくはあれが本体。
とにかく攻撃を続けようと、畳みかける。
気配を追って、壺から壺へと追いすがる。
無数の壺を割っているが、本体は中々捉えることができなかった。
「もう! こんなに壺が沢山!」
壺の出現に割る速度が追い付かなくなり、無数の壺の間を行き来する気配に追いすがることができなくなった。
一瞬で行われる移動に駆け足で追いつくのは、土台無理な話だった。
「よくも斬りましたねぇ、私の壺を……芸術を! 審美眼のない猿めが! 脳まで筋肉でできているような貴様には私の作品を理解する力はないのだろう!」
「むー! 脳まで筋肉って言った!」
乙女としてちょっと気にしていることを言われて、カチンとくる蜜璃だったが、必死に追いすがっても玉壺に翻弄されるばかりだった。
やがて玉壺にも余裕ができて、逃げるばかりではなく反撃する。
壺から、身を膨らませた金魚のような魚が飛び出してきた。
蜜璃が警戒して身構える中、金魚は空中でくるりと反転し、生き残っていた里人達が身を寄せ合っている場所へと体を向けた。
――千本針、魚殺。
その名の通り、無数の箸ほどの大きさの鋭い針が、金魚の口から扇状に放たれた。
「危なーい!」
里人の危機を察して、蜜璃が飛び出した。
――参ノ型、恋猫しぐれ。
全身のバネを使い猫のように飛び跳ねて、千本針を打ち落とす。
「ヒョヒョッ、他人を庇うとは愚かな! そのまま死ね!」
――血鬼術、一万滑空粘魚。
間髪入れず、毒を持った一万匹の粘魚が津波となり、蜜璃と背後の人々を襲う。
玉壺の卑劣な所業に、蜜璃の怒りは頂点に達した。
「弱い人たちを狙うなんて、許さないんだからー!」
蜜璃の全身が燃え上がるように熱くなり、身体能力が向上する。首筋に花びらのような痣が浮かび上がった。
――伍ノ型、揺らめく恋情・乱れ爪。
鞭のような日輪刀を活かした、縦横無尽の範囲攻撃。向かってきた粘魚を一匹残らず切り払う。
(全部斬りおった! だがまだだ、毒がある)
――陸ノ型、猫足恋風。
自身を中心とした螺旋斬りの剣圧で、毒を宿した粘魚の残骸を吹き飛ばした。
(何ぃ!)
――壱の型、初恋のわななき。
鋭い踏み込みからの連続斬り。玉壺の体を確かに斬ったが、手応えがない。
斬ったのは脱皮した後の抜け殻だった。
本体は、家屋の屋根の上にいた。
蛇のような下半身に、ふざけた短い手が消えて、逞しい人間のようになった上半身。肩から腕には鱗のようなものが生えていた。
「お前には私の真の姿を見せてやる。この姿を見せたのはお前で4人目だ……」
「真の姿だかなんだか知らないけど、負けないんだから!」
体の調子の良さにつられて、ふんすと鼻息を荒くする蜜璃。
そんな蜜璃に冷や水を浴びせるように、背後から声がかけられた。
「大変そうだね、玉壺殿。俺も手伝おうか?」
蜜璃は、息をのんで振り返った。
閻魔の帽子に、血を被ったような意匠の赤い服、くすんだ金髪のような色合いの長髪に、にこにこと笑う優男。
感じる威圧感は、目の前の玉壺よりも上回るかもしれない。
瞳には、上弦の弐と書かれていた。
(上弦が二人?! 嘘ぉ!)
玉壺との戦いもこれからだというところでの新たな強敵の出現に、蜜璃は大いに動揺した。
「……仕方ないですね、手伝いなさい」
「はーい」
鬼が協力するだけでも驚きなのに、それぞれが上弦の鬼というのは信じられなかった。
(これはちょっとまずいかも……)
玉壺と童磨、二体の上弦に挟まれて、蜜璃は顔を引きつらせる。額に一筋の汗が流れた。
恋柱。
任地が近かったばっかりに……。