鬼滅の刃の世界に転生したけど味方に鬼がいませんでした 作:せとり
遠目に見えた刀鍛冶の里はひどい有様だった。
明日藍も何度か訪れたことがあるが、もはや往時の面影はない。
建物は崩れ、灰となり、そこかしこに人間の死体が転がっていた。
もはや廃墟となった刀鍛冶の里には、玉壺の血鬼術によるものと思われる魚の化け物や、童磨の血鬼術らしき氷人形が跋扈していた。
(これは……)
目の前の光景に言葉を失う。
刀鍛冶の里が壊滅していることもそうだが、童磨がいたり、もう滅茶苦茶だ。
襲撃の時期も大分早いことから、無惨のてこ入れがあったと思われる。
おそらくは半天狗もいただろう。まさかとは思うが、黒死牟すらいた可能性もある。
その規模の戦力で完全な奇襲を受ければ、戦闘は一方的なものだっただろう。知り合いである柱たちの安否も気になった。
里の中心辺りに、女子供を中心とした生き残りの人たちが見えた。
その周りには、上弦の鬼たちがいた。明日藍が殺した参と陸を除く、壱から伍までが勢揃いだった。
明らかな人質だった。
暇つぶしにいたぶっていたのか、痛ましい有様の遺体が大量に転がっていた。
痛みと後悔、悲しみ、色んな感情が同時に襲ってきて、目に涙が滲む。
やがて全ての感情が怒りに染め上げられた。
赦せない。
とにかく目の前の鬼たちを一匹残らず殺してやりたかった。
(まずは人質を助ける)
玉壺にいたぶられ、今にも殺されそうな子供がいた。
一キロ近く離れているが、ここから全力を出せば、僅か一秒未満で詰められる距離だ。
しかし流石の明日藍でも、辿り着いて一太刀いれれば息切れし、一息入れなければならない距離だった。
鬼たちにはまだ、明日藍の存在は気づかれていない。
子供を見捨て、このまま距離を詰めれば、完璧な奇襲を決めて、苦労なく全ての上弦の鬼を殺すことができるだろう。
だが明日藍は、もう二度と助けられるかもしれない命を見捨てたりはしないと、心に誓いを立てていた。
子供一人のために、準備万端で待ち構える上弦たちの下、不利な戦いに挑むのは得策ではないかもしれない。
しかし明日藍に迷いはなかった。
――雷の呼吸、霹靂一閃・神速・六十連。
それはまさに、地上に雷が走るかのような光景だった。
規格外の耐久性を持つ肉体が耐えられないほどに、限界以上に脚を酷使する。
一瞬で最高速にまで加速する。音を置き去りにして、一歩ごとに足場を爆発させながら進む。
脳の血の巡りも早くして、思考を加速する。音速で動いていてもそれが遅いと感じるほどの知覚と思考速度だ。
警戒網を敷いていた魚の化け物や氷人形の間を通り抜け、童磨と黒死牟の間を素通りし、傷つき蹲る子供に止めを刺さんとしていた玉壺の頸を斬った。
一瞬遅れて、今と昔の音が同時にやってきて、間近に雷が落ちたかのような、ものすごい轟音と衝撃が轟いた。
「はあっ」
大きく息を吐く。
普段運動しない人が100メートルを全力疾走した時ぐらいの疲労感と、普通の人がビルの十階から落ちて足で着地した時のような痛みを感じた。
すぐさま次の行動に移るべく、シィィィと特徴的な音を立てて息を吸う。
普通の鬼ならまだ先手を取れただろうが、さすがは上弦の鬼。反応して動き出していた。
誰よりも先に明日藍に気づいた黒死牟が長大で歪な形状の刀を振るう。
なぜか上半身裸で、黒い袴にも所々傷があった。恐らくは戦闘があったのだろう。
切っ先の向かう先には、人質がいた。
黒死牟の体内の神経伝達を読み取り、瞬時にそのことを理解した明日藍は、呼吸をしながら人質の盾となるように躍り出た。
――月の呼吸、玖ノ型、降り月・連面。
――雷の呼吸、肆ノ型、遠雷。
無数の三日月の斬撃が様々な方向から人質に向かって降り注ぐ。それを明日藍は真っ向から打ち砕いた。余力でもって、人質の周りにいた6体の氷人形を破壊する。
明日藍は、目の前の黒死牟は後回しにできると判断した。
視線で黒死牟を牽制し、体内の動きでフェイントをかける。黒死牟の全ての意識が明日藍に集中し、人質への更なる攻撃を防いだのを見て取って、背後の敵の対処に当たる。
――血鬼術、霧氷・睡蓮ぼ――
――雷の呼吸、伍ノ型、熱界雷。
明日藍から全力で距離を取り、逃げながら術を放とうとしていた童磨に一瞬で近づき、神速の斬り上げによって頸を刎ね飛ばした。
形成されようとしていた氷の菩薩が、像を結ぶ前に崩れ落ちて行く。
――雷の呼吸、壱の型、霹靂一閃・神速・五連。
人質を攻撃しようとしていた半天狗の四体の分身、積怒、可楽、空喜、哀絶を斬って止めて、人質に向かって刀を振るう黒死牟に対処する。
足の負担が大きく、急激に速度が落ちていた。最高速の半分も維持できていない。
技の出を防ぐのは諦めて、後の先を選択する。
黒死牟の気配は、怒りと焦燥に満ちていた。
――月の呼吸、漆ノ型、厄鏡・月映え。
――雷の呼吸、陸ノ型、電轟雷轟。
無数の月と稲妻のぶつかり合い。
後ろへの攻撃はすべて防ぎ、勢いのまま頸、胴、両手足、計六か所を切断した。
「……縁壱――」
力強く明日藍を見つめる黒死牟の目は、まだ死んでいなかった。
死ななくとも何もできないように、黒死牟の体を更に細かく切り刻んだ。
最後に残るのは、森に潜む半天狗の本体だ。
巨大化しつつあった体に潜む小さな半天狗の頸を正確に斬り、しばしの残心。
周囲を探っても、鬼の気配は感じられなかった。
戦闘は終わった。
「ふぅぅー」
大きく息を吐きだす。
不利な形の戦闘も、終わってみれば圧勝だった。
一人の犠牲者も出さない、完全勝利だ。
「やれば……できるじゃん……」
少しばかりの達成感と、それをかき消すほどの悲しみと後悔が胸に押し寄せた。
足取りを重くしながら戦闘のあった場所に戻ってきて、人質となっていた女子供の姿を見る。
酷い恐怖に晒されていたのが一目で分かるほど、誰もが瞼を泣き腫らしていた。
周囲には、ひどい有様の遺体が転がっている。
少し離れた場所には、芸術と称して、死者の尊厳を冒涜された遺体の数々があった。
その中に蜜璃と行冥の首や体を見つけて、明日藍は膝から崩れ落ちた。
ぽろぽろと涙が頬を伝って零れ落ちる。
自分の人生は失敗ばかりだ。
また失敗した。守れなかった。
「うううぅ……」
ふらふらと、蜜璃の遺体の下へと歩み寄る。
胴体には蜜璃の日輪刀が体を縫うようにして巻きつけられていて、胸元辺りから突き出た柄の部分に切断された首が嵌められていた。蜜璃の表情は苦悶に歪んでいて、右手と右足は千切れてなくなっていた。言語を絶する悲惨さだった。
つい先ほどまで童磨が手に持ち、口を汚して食べていた女の足が蜜璃のものだった事にも気がついて、明日藍は既に消滅した玉壺と童磨をもう一万回ぐらい殺したくなった。
首をそっと持ち上げて、見開いていた目を閉じさせる。
「助けられなくてごめん……間に合わなくてごめん……ごめんなさい、蜜璃さん……ごめんなさい……」
心なしか安らかな表情になった蜜璃の首を胸にかき抱いて、明日藍は声を押し殺して泣いた。