鬼滅の刃の世界に転生したけど味方に鬼がいませんでした   作:せとり

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おじさん視点です。




15.刀鍛冶の里・上弦の壱

 寝返った鬼狩り――獪岳の話を聞いて、黒死牟は明日藍が無惨の言っていた柱であること、縁壱のように神々からの寵愛を受けた人間だと確信して、その打倒に向けて動き出した。

 

(あの御方も勝てなかった……。老いさらばえた縁壱にさえ、私は勝てなかった……だが……)

 

 寿命で死んだ。世の理を外れた強さをもっていても、奴もまた人間であることに変わりはなかった。

 奴もまた、死ぬのだ。

 

 黒死牟と無惨が縁壱に敗北を喫した時、どちらも一対一の遭遇戦だった。

 ならば、戦力を集めて手数を稼ぎ、足手纏いを用意して、奴に不利な状況を作り出したとしたらどうだろう。

 奴も一人の人間だ。対処能力には限りがある。用意した状況を打開されるまでに、手傷の一つや二つを負わせることができるかもしれない。

 そうなれば傷を回復できない人間は、不利になる。

 

 建物を壊して見晴らしを良くした場所に、人質の女子供を連れて布陣した。

 里の周辺には玉壺の化生と、童磨の氷人形によって警戒態勢が敷かれている。物見は万全だ。

 それを突破してくれば、黒死牟が前衛に立ち、残りの面々が中衛・後衛として援護を行う構えだった。

 完璧な布陣だった。

 

 問題はここまで不利な戦場を用意して、馬鹿正直にやってくるとは思えないことだった。

 一晩で全国に散らばる鬼狩りの戦力を結集させるのは不可能だ。短時間で集められる限られた戦力で戦わなくてはならない。

 まともな指揮官なら、里の人間を見捨てて戦力を温存するだろう。

 鬼殺隊は既に柱を二人失っている。一人は明日藍とかいう縁壱のような例外さえいなければ、今の柱で最強と断言していいだろう素晴らしい使い手だった。

 鬼狩りが、復讐のためなら死を厭わない異常者の集まりと言えど、この布陣を見て挑んでくるかは微妙だった。 

 

 日暮れと共に始まった襲撃も、既に鶏鳴――午前二時頃になっていた。

 真夏の今の季節は夜が短い。そろそろ撤収を考えなくてはならなかった

 やはり来ないのかと、黒死牟は落胆と焦りを感じた。

 

「……?」

 

 頸がひりつく嫌な感覚を覚えて、黒死牟は身構えた。

 瞬間、間近に雷が落ち、爆発したと錯覚するほどの雷鳴と衝撃が黒死牟の体を突き抜けた。

 

(何……)

 

 黒死牟は、全身の細胞が恐怖に沸き立つのを感じた。

 弾けるようにして振り返る。

 

 そこには鬼狩りの黒い隊服を身に纏い、背中に滅の字を背負った、一人の女がいた。

 成熟した女の肉体に、芸妓でもやっていた方が似合っているとすら思う整った容姿。

 だが黒死牟の三対の目に映る鬼狩りの女――明日藍の体内は、化け物と呼んで差し支えないものだった。

 

 細身の肉体ながら、異常に発達した筋肉。鋼で出来ていると思うほどに頑強で密度が高い骨。全身を駆け巡る、血管が破裂していないのが不思議なほどの激しさを持って流れる血。

 かつて垣間見た弟の体内に近い光景に、一瞬、縁壱の姿が重なって見えた。

 

(だが……策は機能している……)

 

 殺されそうだった子供を助けるために無理をしたのか、明日藍の脚はぼろぼろだった。

 膝の軟骨は破壊されて、骨同士が接触し合って削れている。筋肉はあちこちが断裂して、頑丈な骨にも大きく罅が入っている。最も酷使したのか、右の下腿の骨――脛骨と腓骨は半ばで完全に折れていた。

 既に手負いの状態。他の柱の援護もなく、一人で突出している形だ。

 望外の状況だった。

 ――いける。

 黒死牟は勝利の期待に胸を躍らせた。

 

 ――月の呼吸、玖ノ型、降り月・連面。

 行動を制限するべく、人質に向かって無数の斬撃が降り注ぐ。

 人質を守ろうと受けに回り続ければ最後、他の上弦たちの攻撃も加わり、削り殺されるだけだ。

 どこかのタイミングで人質は捨てるだろう。奴が攻勢に出るその時が一番の山場だと、黒死牟は考えていた。

 

 ――雷の呼吸、肆ノ型、遠雷。

 明日藍を中心にして、広範囲に稲妻が迸る様を幻視した。

 一瞬にして月の呼吸の斬撃は防がれ、人質の周りを囲うように配置していた童磨の氷人形が全て破壊された。

 

 動きが、まるで見えなかった。

 手負いにも関わらず、この速さ。人質がいなければ、今頃何度殺されていただろう。

 黒死牟の中で、縁壱に対して抱いていた憎悪の感情が、鮮明に蘇りつつあった。強さへの嫉妬と羨望で気が狂いそうだった。

 

(とにかく目だ……目を増やせ……よく見ろ、集中しろ……)

 

 上半身裸の状態で、体中から刀身に至るまで、あらゆる場所から目を生やし、全神経を傾けて明日藍の動きを注視した。

 

(――見えた!)

 

 極限まで集中した黒死牟は、明日藍の体内を透かして見て、僅かな徴候、行動の起こりの動作を捉えた。

 人質を捨て、こちらを狙っている。今にも飛び出さんばかりで、限界まで引き絞られた弓のようだった。

 それを防ぎ、背後から他の面々が攻撃を叩き込み、倒す。

 勝利への道筋が見えて、体が導かれるようにして動き出す。黒死牟は、沸き立つような気持ちを感じていた。

 

 光が瞬く。

 雷の呼吸の壱の型、神速の居合斬り。

 しかし、それを防いだように見えたのは幻だった。

 

 黒死牟の視線の先で、童磨が術を放つ間もなくやられていた。

 間髪入れず、雷光が爆音と衝撃と共に轟き、半天狗の分身達が真っ二つにされていた。

 そのままの勢いで自身の下へとやってくる明日藍の姿が見えたのは、奇跡だと黒死牟は思った。

 

 走馬灯を見るように、体感時間が一気に加速した。

 凄まじい速さで明日藍が迫る中、黒死牟の体は泥の中にいるように、遅々として進まなかった。

 

 先ほど動きの予兆を捉えたと思ったのは、相手に誘導されていただけだった。

 まんまと騙され、あれほど有利だった状況が、瞬く間に覆された。

 もはや黒死牟に援護はなく、間に遮るものは何もない、一対一の状況だった。

 

(ここまでして負けるのか? 多数で当たり、女子供を狙う外道まで行って……)

 

 無力な己への怒りと、迫りくる死への焦燥。

 黒死牟の体は、なんとか技を放っていた。いまだ嘗てない手応えだった。威力、速度、範囲、いずれも申し分ない。しかし普段であれば喜んでいたそれも、明日藍が相手では心もとなかった。

 

 案の定、人質に向けて明日藍を避けるように放たれた斬撃すらも簡単に防がれて、敵の姿を見失った。

 頸、胴、手足に走る、太陽に灼かれたかのような痛みに、黒死牟は己が斬られたことを理解した。

 

 頸が胴から離れる。

 黒死牟の脳裏に浮かぶのは、超然とした雰囲気の弟の姿だった。

 

「……縁壱――」

 

 ここまでしても、お前には勝てないというのか。どこまでふざけた存在なんだ、お前は。

 負けたくない。まだ消滅は始まっていない。頸の弱点を克服できる。まだ負けではない。私はまだ――。

 いつの間にか、全身の感覚がなくなっていた。

 

『お労しや、兄上』

 

 老いさらばえた弟が涙を流し、自身を憐れむ姿が脳裏に浮かんだ。

 

 数に頼り、外道を行い、頸を斬られ、体を切り刻まれてもなお、負けを認めない醜さ。

 ――生き恥。

 そんな言葉が去来した。

 

 こんなことをするために、私は何百年も生きてきたのか?

 負けたくなかったのか? 何をしてでも。

 強くなりたかったのか? 人を食らっても。

 死にたくなかったのか? こんな惨めな生き物に成り下がってまで。

 

(違う。私は――)

 

 私はただ――。

 

(縁壱――私はお前になりたかったのだ――)

 

 溢れる原初の願いを胸に抱き、黒死牟は消滅した。

 

 

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