鬼滅の刃の世界に転生したけど味方に鬼がいませんでした   作:せとり

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9.上弦の参

 田んぼに植えられた稲は、水面が見えないほどに青々と茂り、緑の絨毯が続いている。

 もう季節は夏になる。虫たちの大合唱が夜闇に響いた。

 夜の田園地帯を、炭治郎たちは虫の音に負けぬほど、賑やかに歩いていた。

 

 傷を癒して蝶屋敷を後にした炭治郎たちは、炎柱に会いに行った。

 なんやかんやあってその任務に同行して、鬼殺を終えた帰り道だった。

 

「――む、気を付けろ! 鬼だ!」

 

 賑やかに談笑していた最中、炎柱――杏寿郎が刀を抜いて、炭治郎らに注意を促した。

 一瞬遅れて、炭治郎、善逸、伊之助は、それぞれの特異な感覚によって、その存在に気がついた。

 杏寿郎が向き直り、遠く田園を隔てたその先に、鬼がいた。

 今まで倒してきた鬼が子供に感じるほどの、恐ろしい気配だった。

 遠目で鬼が、にやりと笑った気がした。

 

 跳躍。

 ものすごい脚力で鬼は田を飛び越えると、炭治郎達がいる道の先に着地して、少しの距離を開けて杏寿郎と対峙した。

 

 全身に藍色の文様が浮かぶ、殆ど半裸の鬼だった。

 間近で感じるその鬼の気配は重々しく、下弦の鬼の比ではない。

 その瞳には、『上弦』と『参』の文字が刻まれていた。

 

「下がれ! 少年達!」

 

 杏寿郎が叫ぶのと、鬼が動いたのは同時だった。

 

 ――破壊殺・空式。

 

 目にもとまらぬ無数の乱打が空を叩き、拳圧で生み出された鋭い衝撃波が炭治郎たちを襲う。

 

 ――肆ノ型、盛炎のうねり。

 

 射線に躍り出た杏寿郎が猛烈な勢いで前方を薙ぎ払い、無数の衝撃波をかき消した。

 

 一瞬の攻防。

 後ろで見ていた三人は、それを目で追う事ができなかった。

 杏寿郎がいなければ、今ので確実に殺されていただろう。

 己が殺される姿を幻視して、善逸は気絶していた。

 善逸ほどではなくとも、炭治郎も伊之助も本能的にわき上がる恐怖によって、少なからず身が竦んでいた。

 

「なぜ弱い者から狙うのか、理解できない」

 

 油断なく敵を見据えながら、杏寿郎が言った。

 何が楽しいのか薄らと笑みを浮かべた鬼が答える。

 

「話の邪魔になるかと思った。俺とお前の」

「君と俺とが何の話をする? 俺は既に君のことが嫌いだが」

「そうか。俺はお前のことを好ましく思ったぞ。その練り上げられた闘気、柱だな?」

 

 鬼の問いに、杏寿郎は静かに肯定した。

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

「俺は猗窩座。見ての通り、上弦の参だ。杏寿郎、お前も鬼にならないか?」

「ならない」

 

 猗窩座の勧誘に、杏寿郎は間髪入れずに答えた。

 

「そうか」

 

 足を開いて腰を落とし、猗窩座が構える。

 ――術式展開、破壊殺・羅針。

 猗窩座の足元に、雪の結晶に似た陣が展開された。

 

「近頃の柱は強くなっていると聞く。お手並み拝見といこうか」

 

 獰猛な笑みを浮かべて、猗窩座が杏寿郎に向かって突進した。

 杏寿郎も負けじと踏み込んだ。

 

 

 

 杏寿郎と猗窩座が戦い始めて数分。

 何合にも及ぶ攻防の末、杏寿郎は己の劣勢を悟った。

 パワー、スピード、再生力、全てが今まで戦ってきた鬼とは比べ物にならないほど高かった。

 それでも杏寿郎が未だに無傷でいられるのは、もっと強い人と何度も手合わせした経験があるからだった。

 

 鳴柱、鳥海明日藍。

 鬼殺隊で最も強い彼女は、自身もまた忙しいにもかかわらず、合間を縫っては柱の下に赴き、稽古をつけてくれていた。

 どれだけ打ち込んでも小動すらしない大木のようでいて、反撃は的確で素早く、相手が反応できるギリギリでもって行われる。

 集中力を研ぎ澄まし、無心で応じ続けることで、導かれるように成長していった。

 自分がどれだけ成長して、どんなに早く打ち込んでも、どんなに早く反応できるようになっても、稽古の内容は変わらなかった。

 相変わらず、相手が反応できる限界を見極めた速度での手合わせだ。

 

 猗窩座は確かに強いが、鳴柱ほど強くはなかった。

 

(稽古時の鳴柱の動きの方が、速かったし鋭かった!)

 

 それでも人である以上、疲労は避けられない現象だ。

 全力で動き続けることが出来る時間は短い。

 経験上、夜明けまで持つかは半々で、頸を斬ることも難しい。

 今は互角に渡り合えていても、時間が経つにつれて疲労しない鬼である猗窩座に天秤が傾き始めるのは明らかだった。

 

「素晴らしいな、杏寿郎! この技の冴え、今まで殺した柱の中でお前が一番だ!」

 

 喋りながらも行われる猗窩座による猛攻を、杏寿郎は紙一重で防ぎ、躱し、反撃する。

 猗窩座の身を傷つける斬撃は、時折手足を飛ばすこともあったが、次の瞬間には再生して元通りになっていた。

 

「最近殺されていった柱は皆強かったと聞く。その秘訣は何だ? 教えてくれ」

「答えると思うか!」

 

 ――伍ノ型、炎虎。

 ――破壊殺・乱式。

 

 激しい技と技のぶつかり合い。

 炭治郎と伊之助は、その戦いをただ眺めていることしかできなかった。

 柱と上弦の戦いは異次元で、常中を覚えたばかりの二人が介入できる戦いではないのは明らかだった。

 不用意に近づけば、何もできずに死ぬと確信できる。

 どうにか杏寿郎の助けになろうと、懸命に戦いの行く末を見守りながら、応援するしかなかった。

 

「追い詰めると体のどこかに痣が浮き出て、刀も赫くなったとも聞く。お前はできないのか、杏寿郎?」

「……!」

 

 その言葉で先輩の柱たちの健闘を察した杏寿郎は、自分もまた柱としての責務を全うすべく、死力を振り絞った。

 

(呼吸を深く、体を熱くしろ! もっと、もっとだ!)

 

 寿命を縮めるからと、平時に痣を出すのはよく考えるようにと、お館様や鳴柱は言っている。

 それでも普段から、痣を出そうと鍛錬する者は少なくない。

 杏寿郎もまたその一人だった。

 しかしどれだけ体を熱くしても、ある一線が超えられなかった。

 本能的にそれ以上は危険だと分かっているのかもしれない。命がかかっていない鍛錬ではその限界を超えることは難しかった。

 鳴柱との鍛錬でも、それは同じだ。完璧に手加減された稽古では、命の危険は皆無だった。

 

 死闘を経るにつれて、死の気配にあてられて、箍が緩むのを感じた。

 体が熱い。心臓の鼓動がうるさい。

 だが体の調子はいつになく良かった。

 いつの間にか杏寿郎の頬には、炎のような痣が浮かんでいた。

 

「ほう! それが痣か!」

 

 ――壱の型、不知火。

 今日一番の早さの、杏寿郎の斬撃。

 猗窩座は反応が僅かに間に合わず、左腕を肩口から斬り飛ばされた。

 

「ぐっ?!」

 

 斬られた傷口が、太陽に焼かれたかのように傷んだ。再生も遅い。

 杏寿郎の刀は、赫く染まっていた。

 

 ――弐ノ型、昇り炎天。

 好機を逃さんと、すかさず杏寿郎は追撃を仕掛けるが、早くも猗窩座は痣を浮かべた杏寿郎の速度に対応し始めた。

 多少の手傷は負ったもの、猛攻を凌ぎ切り、斬られた左腕を再生させることに成功する。

 

「それが赫い刀か」

「赫刀という。鬼には効果覿面だろう!」

「確かに、久しく感じていなかった脅威を感じる。だが、所詮は人間だ。疲れもするし怪我も治らない。武器が多少強くなったところで、俺の勝ちは揺るがない」

「いいや、勝つのは俺だ! 人間だ!」

 

 再び始まる攻防。

 赫刀の効果を認識した猗窩座の戦い方は慎重になっていた。

 ダメージ前提の捨て身の動きを無くし、攻撃と防御のバランスをとった、より人間らしい戦い方に変化していた。

 防御が厚くなった分、攻撃の圧は減っていた。

 それは、猗窩座の頸を斬るのがより難しくなった事を意味する。

 猗窩座の堅固な戦法を前にして、杏寿郎は攻めあぐねていた。

 

 元々身体能力では鬼である猗窩座の方が上だ。

 痣を浮かべて懸命に食らいつき、赫刀で再生を阻害したとしても、鬼と人間の差を完全に覆せるわけではなかった。

 持久戦では杏寿郎が圧倒的に不利だった。

 

「鬼になれ! 杏寿郎! そして俺と永遠に戦い続けよう!」

 

 蓄積した疲労が杏寿郎の体を蝕み、徐々に戦いの趨勢は猗窩座の方へと傾いていく。

 杏寿郎の体に、徐々に傷が増えていく。

 猗窩座も同等以上の攻撃は食らっているが、再生を阻害されるとはいえ徐々に傷は回復していく。戦闘行動に支障がない範囲の傷を負うことで、少しでも杏寿郎にダメージを与えることが出来るなら得だった。

 

 それでも杏寿郎は脅威的な粘り強さで戦い続けた。

 空が徐々に白み始めてきた。

 

 このままでは日の出まで持たないと、杏寿郎は思った。

 このままでは夜明けまでに仕留めきれないと、猗窩座は思った。

 示し合わせたように、両者は勝負を決めに動いた。

 双方が相手を強敵と認め、リスペクトしたからこその似通った思考だった。

 

 ――玖ノ型、煉獄。

 ――破壊殺・滅式。

 

 全身全霊の一撃同士がぶつかり合う。

 舞い上がった土埃で視界が遮られる中、そこから飛び出してきたのは杏寿郎だった。

 酷い手傷を負った様子だった。

 

「がはっ!」

 

 膝をついて胸を押さえた杏寿郎は、血反吐を吐き出した。

 鳩尾を殴られ、肋骨や内臓に甚大なダメージを受けていた。咄嗟に飛び退っていなければ、人体を貫通して即死するほどの威力だった。

 対する猗窩座は、腕を失い、胴の半ばまで斬撃が及んでいたが、鬼にとっては致命傷ではなかった。

 

「煉獄さん!」

 

 杏寿郎の苦境を見て、思わず飛び出した炭治郎は、杏寿郎を庇うように猗窩座の前に立ちふさがった。

 

「伊之助、善逸、動け! 俺達で少しでも時間を稼ぐんだ! 夜明けは近いぞ! 頑張れ!」

 

 猗窩座を取り囲むように動き出す3人を、猗窩座は不快な表情をして見た。

 

「弱者は引っ込んでいろ」

 

 気がついたら、猗窩座の拳が炭治郎の目と鼻の先に迫っていた。

 わずかな挙動も見逃すまいと集中していたにもかかわらず、まるで反応できなかった。

 死んだ――炭治郎が諦めかけたその瞬間、雷光が弾ける様を幻視した。

 猗窩座の全身が、細かなブロック状になって弾け飛ぶ。

 

(――え)

 

 一瞬遅れて、ものすごい轟音と衝撃が炭治郎を襲い、尻もちをついた。

 それは音速を突破したことで齎される衝撃波、いわゆるソニックブームだった。

 

 目の前で起きた現象に理解が及ばず、呆然と猗窩座のいた場所を見上げる炭治郎の目に、先ほどまでいなかった、しかし見知った人物の姿が映った。

 

「――明日藍さん!」

 

 長身に隊服の上からでもわかる女性らしい体つき、たれ目がちの優し気な風貌の黒髪の女性。

 どこか父にも似た植物のような雰囲気を持つ彼女は、以前炭治郎が浅草で邂逅し、交流を持った柱――鳴柱である明日藍だった。

 

 あの強大な鬼、猗窩座を一瞬で倒すという偉業を成したにもかかわらず、喜びの表情は少しも浮かんでおらず、まるで普段通りのように平然としていた。

 気配の感じられない幽霊のような人物で、匂いも嗅ぎ取りづらい彼女だったが、膝をつく杏寿郎を見て、僅かに悲し気な匂いを発したのを感じた。

 

「遅くなって申し訳ない」

 

 明日藍は、杏寿郎に向かってぺこりと頭を下げた。

 

「いやとんでもない、助かったぞ! 鳥海殿!」

 

 重傷にもかかわらず、杏寿郎は喜色満面に応えた。

 

「あれは上弦の参だ! 100年不動だった存在を、ついに討ち果たすことが出来たのだ!」

 

 その言葉に、炭治郎もようやく理解が追い付いてきた。

 そうだ――煉獄さんは勝ったんだ! あの上弦の鬼に!

 

「やったぞ!」

「うおおおお! すげええ!」

「わっしょい!」

「……」

 

 歓声が上がる。

 思い思いの方法で喜びを表現し、分かち合った。

 一歩離れたところにいた明日藍も、炭治郎に強引に巻き込まれていた。

 戸惑いながらも一緒に喜ぶ明日藍だったが、その表情はどこか物憂げだった。

 

 




実はこの後、猗窩座は無残に直接報告しに行く予定だったりした。
原作でもあった場面だけど、そんなに細かく読み込んでいなかったし、煉獄さんの死の印象が強すぎて覚えていなかったという設定。
鬼狩りとなって見敵必殺を繰り返してきたので、鬼を見逃して尾行するという柔軟な発想も出てこない。

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