綾野珪子ことシリカちゃんは困惑していた。
昨日宿屋で酒を飲んで、システム的に酔いを経験して何を口走ったか覚えていなかったが、目の前で熱く燃えるアスナを見るに、何か余計なことを口走ったのかもしれない。
「シリカちゃん!君の相棒を取り戻しに行くよ!!!!」
だそうな。
わかるわかる、相棒ってのはアレだろ?昨日ホロめいて死んだ珍獣ピナのことだろう?アイツモフモフで可愛かったなァ・・・。
「って、何でアスナさんがピナのこと知ってるんですか!?私教えましたっけ?」
「えー、昨日シリカちゃん言ったじゃない。『私の大事な相棒が死んじゃったんですよー。しかもあの子死んだら《ピナの心》何てアイテムドロップしちゃって・・・くぅッ、うううッ、何だよォ・・・』って泣きながら」
「わーーーーッ!!!!忘れてくださいそんな、私が忘れてしまったことをそうも事細かに話されると、こう、恥ずかしいです!!!!」
「あはは」
「もう、笑わないでくださいよ・・・で、ピナを取り戻すって、どういうことですか」
シリカの疑問に、アスナはニコニコと答える。
「フフン、昨日の夜思い出したんだよね。第47層の《思い出の丘》、そこに咲く《プネウマの花》とやらを使い魔の《心》に使えば、使い魔の蘇生が可能らしいんだよね」
「それって・・・本当なんですか?」
しかしシリカはその情報に懐疑的だ。嘘とお世辞を並べてヘラヘラと薄気味悪い笑みを浮かべるオタク共のパーティーに居たせいだろう。若干人間不信気味だ。
「まあ、私も噂程度でしか知らないから真偽のほどはね・・・でも、可能性があるなら行ってみても損はないんじゃない?」
「あのッ、それなら私一人で行きますからッ。時間はかかるかもしれないけど、レベル上げして。これ以上迷惑かけられませんし・・・」
「フフッ、シリカちゃんは良い子ね。でもあんまり時間は無いの。タイムリミットは明日まで。《心》がドロップしてから三日経つと、心は《形見》になって蘇生が出来なくなるらしいんだ」
「私、良い子じゃありませんよ・・・」
彼女は自己嫌悪の塊だった。自分のことが大好きで、一番嫌いなタチだった。凄くめんどくさい女の子なのである。なので他人に本心から褒められると、どうしても自らの醜悪さに目をやってしまい、自己嫌悪に陥ってしまう。
「まあまあ、自分を卑下しない。さ、私と一緒に行こう?ピナちゃんを蘇らせたいんでしょ?」
「・・・はい」
思わずシリカは涙ぐんだ。アスナの優しさに、父と母の面影を見たのである。
「あの、アスナさん」
「なに?」
「お姉さまって呼んでいいですか」
「うぇ!?」
♦♦♦
第47層主街区《フローリア》
「お姉さまお姉さま!見てくださいよ、お花が沢山!」
シリカはしゃぐ。ピョンピョン跳ねる。
「あのさ、シリカちゃん」
「何でしょうッ!」
「その《お姉さま》っていうの、やめない?」
「嫌です!」
シリカ、アスナの要請を拒否!無慈悲!
やってきて早々疲れた顔のアスナは、街を見渡す。周囲は色とりどりの花で装飾されていて、ぶっちゃけ臭い。めっちゃ青臭い。なんでこのゲームはこんなとこだけリアルなんだ。
心の中で愚痴を言った彼女は、未だにはしゃぐシリカを宥めると、手っ取り早く用を済ませようとシリカの手を引いて《思い出の丘》に向かう。フローリアというか、この花クセェ階層からさっさとおさらばしたかったのである。
(アアッ、お姉さまの御手手すべすべすけべぇ・・・ぺろぺろしたい・・・)
そんな彼女の気も知らず、シリカはアスナの手をエッチな目で眺めていた。昨日散々なことを思っていたクセに、熱い手のひら返しだな。シリカくん、君ちょろくない?
「ではお姉さま、私の雄姿を見ていてください!」
《思い出の丘》に着くと、シリカはそう言って走っていた。
「大丈夫かな、シリカちゃん・・・」
彼女のレベルではこの階層のモンスターはギリギリ相手に出来ない・・・心配だなァ。
アスナは不安になってシリカの後を追う。
「あわわ、お姉さまぁーーーッ」
案の定というか何というか、植物系モンスターの触手に捕まって宙づりになっていたシリカちゃん。必死になってスカートを押さえるが、普通にパンツ見えてんだよな。
アスナはパンツの色が白であることを確かめると、棍棒を取り出してシリカを捕らえるモンスターのどたまどいついて爆ぜさせる。
頭部を失ったモンスターは、力なく触手を地面に叩きつけると、ホロめいて消滅した。
「うへッ」
支えを失って地べたに倒れこむシリカ。彼女にアスナは叱りつける。
「駄目でしょシリカちゃん、勝手に行動しちゃ。キミのレベルが足りてないこと、忘れちゃだめよ?」
「あう、すみませんお姉さま・・・」
「だからお姉さまは・・・まあいいや」
頑固なシリカに、《お姉さま》と呼ばせないようにするのを諦めたアスナ。
「ささ、お姉さま、反省もしましたし、行きましょうよ」
「ええ」
それからモンスターを倒しながら丘のてっぺんに向かう一行。その後ろは拾いきれなかったドロップアイテム塗れになっていた。
「あ、見えてきましたよ」
シリカうれしそう。
「やっとついたのね」
お姉さまと呼ばれ続けたアスナは、また一段と疲れていた。なれるしかない。
「へへぇ、咲きましたよお花!」
「ほんとだ」
青い花が咲いた。シリカ無慈悲にもそれをもぎ取る。儚い命だった・・・。
「おっ、これちゃんと《プネウマの花》って書いてありますよ」
フレーバーテキストを見て言うシリカ。
「じゃ、帰ろ。さっさと帰ろう。頭クラクラする」
花の匂いに当てられて気分悪げなアスナ。
「おほほ、ちょっと待ちなさいな」
しかし、その帰路を邪魔する者があった。
その女、ロザリアは後ろに従えた男どもとともに、アスナたちの道を阻む。
「あなたはッ・・・ロザリアさん・・・!」
「知っているのシリカちゃん?」
「ええ、あの人は私の前居たパーティーの仲間です」
「ふぅん、そのお仲間さんが、どうして私たちの邪魔をするのかな?」
シリカの解説を受けたアスナの目が、スウッと鋭くなる。野生の目だ。
「あらァ、わからない?アンタラがレアモン持ってるからに決まってんだろうがッ!!!!」
ロザリアのその言葉とともに、男どもは刃物を構える!
「なるほど、あなたたちオレンジなのね」
「そんな、嘘ですよね、ロザリアさん・・・」
シリカ、昔の仲間の隠された真実にショック!
「嘘なモンですか、アタシャお前のパーティーをぶっ潰そうって前から思ってたんだよォ!」
「ひどい・・・」
シリカ絶句!
「それがサア、突然そこの剣士チャンに鞍替えしてサ、焦ったよホント。でも良かったわァ、シリカ、あんたがレアアイテム取りに行くってんだから!パーティー1つ潰すよりもよっぽど儲けがいいからねェ!あのトカゲが死んでくれたのはラッキーだったよ、感謝しなきゃあねぇ!!!!」
震えるシリカ。彼女はクズであるが、ゲスではない。人を殺すことは嫌いだし、殺されるのも嫌いだ。一定の良識も持っているし、根は良い子なのだ。そんな彼女は、本物のゲスに恐怖した。とてつもない嫌悪の情を覚えた。だから震えた。
「お前は殺して良いやつだ」
「・・・お姉さま?」
アスナの纏う雰囲気が変わった。粗暴な口調、粗野な顔つき、野人の様。
「いきなお前たち!」
ロザリアの言葉で、男どもが飛び出す!刃をむき出しにして!
「オラァァァ!!」
「死ねやァァァ!!」
俯いて立ち尽くすアスナに、男らの刃が突き刺さる!それも何度も!アスナの体は、その衝撃でぐらぐらと揺れる。
「いやあああ!!」
シリカの絶叫。
「やめて!やめてよ!!お姉さまが、し・・・・・・死んじゃう!!」
しかし、男らに聞く耳なし。聞く耳があるならば、オレンジなどやっちゃいない。ロザリアはその後ろでニタニタとしているだけだ。
(さしものお姉さまも、あんな攻撃を受けたら・・・ッ)
シリカは恐怖を堪え、短剣の柄を握る。自分は弱い、無力だ。しかし傍観に徹することはできなかった。シリカは受けた恩を忘れない。だから――
――私がお姉さまを守るんだ!!!!
「うわあああああああああああああ!!」
叫んで、アスナの元に駆け寄る。
だがそこで、彼女は気づいた。アスナのHPが減っていない。
やがて、男たちも目の前の細身な女剣士が一向に倒れる様子がないことに気付き、戸惑いの表情を浮かべる。
「な、なんだこの女!!」
「何で死なねぇ!!」
「あんたら何やってんだい!さっさと殺しな!!」
苛立ちを含んだロザリアの声に、男たちは再び雨のような斬撃をアスナにたたき込む!が、アスナ倒れない!死なない!
「お、おい・・・どうなってんだよコイツ・・・」
一人が、化け物を見るように顔を歪めて後退る。それに続くように、残りの男たちも攻撃を中止し、ゆっくりと距離をとった。
しんと静まりかえる場。その中心で、アスナはゆっくりと顔を上げた。
「楽しかったかよ・・・攻撃してよぉ・・・」
ドスのきいた声が、溢れた。
「何だよお前、何なんだよ!!」
ロザリアは叫んだ。
「私のレベルは90、ヒットポイントは25000だ。それに対しテメェらの与えるダメージ総量は10秒あたり400ちょっとが関の山。さらに戦闘時回復スキルによって、毎秒900ポイント自動回復されるから、逆立ちしたってテメェらが私を倒すことは出来ねぇ」
男たちは愕然とする。
「そんなのってありかよ・・・」
一人が呟く。
「ありなんだよそんなの、ぜんぜん。だってこの世界はゲームなんだからさ」
まあ、命が掛かってるデスゲームだけど。
アスナは吐き捨てるように言うと、馬鹿でかい棍棒を肩に担ぐ。
「さぁて、お遊びは終わりだな?今からは狩りの・・・いや、殺戮の始まりだぜぇッ!!!!」
瞬間、アスナの姿は掻き消える。
まず三人の男が爆ぜた。ギリギリ死んではいないようだが、虫の息である。
「あ・・・あの棍棒」
男の一人は思い出したように言う。
「まさかあいつ、《撲殺女
言い切る前に、男は胴から下が消えた。
「ぎゃあああああッ」
「私、その名前が嫌いなんだよ。だからさ、それ以上言ってみろ、晒し首だぞテメェ!!!!」
アスナ激怒。
そのままの勢いでその場に居た男どもを瀕死にして、ついでにロザリアの腕を叩き潰した。
「死ぬ前に一言くらいは言わせてやるよ」
ロザリア、痛覚を感じないはずなのに絶叫。死への恐怖が痛みを錯覚させたのだ。
「あーあ、汚ねぇ悲鳴だなァ、クソ豚。そういやテメエの面で一つ思い出したことがあったぜ。お前、《タイタンズハンド》のロザリアだったのかァ、いや、忘れてたよ。テメェら38層で《シルバーフラグス》ってぇギルドの奴らヤッたよなぁ?その後よ、そのフラグスの生き残っちまったリーダーが泣き叫んでたぜ。『仇を討ってくれ』ってな。だからよぉ、ただでは殺さねぇ。じっくり嬲って殺してやるよ」
「ん”ん”ーーーッ!!ん”ん”ーーーッ!!」
発狂したロザリアは、涎を巻いてのた打ち回る。屠殺場に立たされた豚の方がまだ潔いというものだ。
「お、お姉さま、ダメです、殺しちゃダメです!!」
ここでシリカ、目の前で行われる殺戮を止めに入る。
「何で止めるの、シリカちゃん」
「いや、あの、何ていうか・・・オレンジになっちゃうし・・・私、お姉さまがそこのゲスと同じ扱いをされるなんて、嫌です」
「そう・・・それもそっか」
みるみるうちに殺気を収めたアスナは、いつもの柔らかな口調に戻った。
「ごめんね、怖いとこ見せちゃった」
「いえ、私こそ手助けにも入れなくて」
「いいのよ。むしろ入ってこられたら困ってたよ」
「そ、そうですか・・・」
シリカと会話しながら、アスナは自身のインベントリから一つの結晶を取り出した。
「お姉さま、何ですかそれ」
「これは回廊結晶・・・転移結晶の豪華版だよ。転移先を任意に設定できるんだ」
「へぇ~」
「そして、これは既に黒鉄宮の監獄エリアに出口が設定してあるのよ」
「何でそんなの持ってるんですか?」
「いやあ、実は《シルバーフラグス》のリーダーに頼まれちゃってね。この人たちを黒鉄宮送りにしてほしいって。それでこれ渡されたんだ」
「余計殺しちゃだめじゃないですか!」
「あはは、ついね」
「つい、じゃないですよもう・・・」
呆れ顔のシリカを尻目に、アスナは転がるロザリアたちに向けて回廊結晶をかざす。
「コリドー・オープン!」
その掛け声とともに回廊結晶は砕け散り、空間が歪んで青い渦が現れた。
「ほら、豚箱に行って身の振り方を考えてきなさい!」
男どもとロザリアを抱え上げると、ぽいっとその渦の中に放り込んだ。
「はい、これでおしまい!」
「ほえ~」
これにて一件落着。シリカちゃんの冒険は幕を閉じた。
♦♦♦
「あの、やっぱり行っちゃうんですか?」
目をうるうるとさせて、シリカは言う。
「うん、今回は雑魚狩り兼レベル上げのために降りてきただけだし。ちょっと前線から離れすぎちゃったから、すぐに攻略に戻らないと」
「そう、ですか」
無言。
それは35層の宿屋に着くまで続いた。
「さ、ピナちゃんを復活させてあげましょ?」
「・・・はい」
シリカは羽の形をした《ピナの心》を実体化させると、既に手に持っていた《プネウマの花》と並べる。
「その花の中に溜まった雫を、羽根に振りかけるの。そうすればピナは生き返るわ」
そう言うと、アスナは腰掛から立ち上がって、宿から出て行こうとする。
「あッ、見て行かないんですか」
「やっぱり、感動の再開に私みたいな他人、いちゃだめでしょ?」
「あう・・・」
押し黙ってしまうシリカ。本当は一緒に居てもらいたい。ついて行きたい。ピナを見せてあげたい。けど、我儘は言ってられない、だから。
「じゃ、じゃあッ!」
シリカは言った。
「私、いつかきっとお姉さまのとこまで行きます!レベルを上げて、追いつきます!だからそのときは、一緒にパーティーを組んでくれませんか!」
その言葉に呆気にとられたアスナは、数瞬固まると、笑った。
「ふふっ、なにそれ。いいよ、そのときは一緒にパーティーを組も?約束だよ」
「はい、約束です!」
二人はそうやって約束を交わすと、別れる。
一人宿に残されたシリカは、手元の青い羽根見つめながら、心の中で囁きかけた。
ピナ・・・いっぱいお話ししてあげるね。今日のすっごい冒険を。ピナを助けてくれた、かっこいいお姉さまの話を。
シリカは羽根に、そっと花を傾けた。
これは、後に彼女が《撲殺姉妹》と呼ばれるその前日譚である。
二巻の構成をなぞってます
各話感想求む
-
良い
-
悪い
-
程よい